35話
「テメェ、どこからっ!」
驚く男達。ユリアの周囲を囲っていたのにゴーザは忽然とユリアの隣に現れたのだから無理もない反応だ。しかし、ゴーザは男達の疑問を完全に無視した。小汚い男の腕をユリアから引き離し、守るように男達の前に立つ。
「ユリア・フィナード。下がっていろ」
「は、はい」
言われるままにユリアはゴーザの背中を前にして距離をおく。
ゴーザはユリアが下がるのを確認してから両の拳を胸の前で重ねると身を屈めた。
そして不意に動いた。
摺り足で右に駆ける。
刹那、ゴーザの右の拳が突き出され、3人が吹き飛んだ。
間髪いれずにゴーザの左足が空に上がり、地上に向かって弧を描いた。
その瞬間に地表に土煙が舞い、同時に突風が起きてユリアから見て正面の4人と左側にいた4人の身体を空に投げた。
だが、ゴーザの攻撃をかいくぐった男が隙をついてユリアの側まで走り抜けていた。
男は驚くユリアの腕を強引に掴み、背後に回る。
「そ、そこまでだぜ、兄ちゃん」
男はユリアを背後から抱きしめて、ナイフを喉元に突きつけた。
「嬢ちゃんの命が惜しかったら、動くんじゃねぇぞ」
男の脅しにゴーザは口元を引き結ぶ。
「キミには無理だ。諦めろ」
「み、見捨てるってのか」
「決着はついている。手遅れだ」
ゴーザは徐に右手を上げてユリアと男の背後を指差した。
ユリアは男に抱きすくめられた状態で後ろを振り向いて、思わず安堵の笑顔になる。
男の背後に金髪の男性――ケビン・カラミティが立っていた。
杖を手にしていて先端を男の後頭部に突きつけていた。
杖を向けられた男の方は背後を振り向くこともできずに緊張で硬直していた。
「い、いつの間に……」
「そんなことより自分の身の安全を心配しろよ、チンピラ。まぁ今、大人しくその娘を放して立ち去れば寛大な俺様が特別に見逃してやらんこともねぇ。イヤだってんなら、俺の魔法でその身を焼かれるか、脳みそに致命的な欠陥を負うか。どっちがいい?」
「ひ、ひぃっ」
男はケビンの脅しに慄き、慌てふためいて逃げていった。
裏通りで傍観していたガラの悪い残りの男達も蜘蛛を散らすように姿を消した。
彼らの去ってく様を目にしながらケビンが鼻で笑っていた。
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気絶したひったくりとその仲間達を縛り上げて役人に突き出したその後。
ユリアは助けてもらった礼もかねてゴーザとケビンの2人を冒険者が集う大通りの食堂へ誘った。
「軽率な行動は慎め」
ユリアは食事の席でゴーザに辛辣な言葉を投げられた。
無表情で抑揚のない平坦な声にユリアは思わず縮こまる。
「す、すいません」
ユリアには返す言葉もなかった。
自分の実力も省みず無謀にもひったくりを追いかけて人気のないところに飛び込んだのだから責められて当然だ。
ゴーザとケビンが助けに来なかったら無傷ではすまなかっただろう。
「おいおい。被害者に冷たくねぇか、武道の部・実技試験首席のゴーザさんよ」
「危機意識が足りないと指摘しているだけだ、魔法の部・実技試験首席のケビン・カラミティ」
ケビンの皮肉な呼び方に合わせてゴーザも皮肉な呼び方で返した。
2人は互いを探るように睨み合う。
「クールだねぇ。だがよ、そういうクールさは戦いの最中に発揮するもんだぜ。ユリアちゃんを助けに出たのにユリアちゃんを人質にされるなんてマヌケをやらかしてさ」
「そういうキミは僕が現場に到着する前から物陰に隠れてずっと様子を窺っていたようだな。どうして助けに入らなかった? キミの実力なら助けられたはずだ」
「魔法は呪文を唱えるっていう面倒な時間が要るんだよ。それに人数が結構いたしな。一撃で全員倒せなかったらユリアちゃんを人質にとられるかもしれねぇって思ったから、慎重にチャンスを窺ってたんだ。まぁ、その前にテメェがユリアちゃんを助けに飛び出していってくれたけどな。しかも俺が杞憂していた通りにユリアちゃんを人質にとられてくれちゃってな。俺が飛び出さなかったらどうする気だったんだ?」
「あ、あの、お2人とも。その話はもうやめませんか? 終わったことですしね、ね?」
会話が険悪になってきてユリアは慌てた様子で仲裁に入った。
「確かにもうすんだ事だ」
「別に疑問に思ったことを聞いてみただけなんだが。まぁ、いいや」
勢いをそがれて興が冷めたのか、2人はそれっきり黙り込んで食事に専念してしまった。
しばしの沈黙。
耐えかねたのはユリアで、慌てて話題を搾り出した。
「そ、それにしてもお2人ともほんとにお強いですよね。って、当たり前ですね。ゴーザさんは武道の部一番でケビンさんは魔法の部一番ですものね。尊敬しますよ」
「いやぁ、褒められるとちょっいとテレちまうじゃねぇか。でもユリアちゃんも筋は悪くないと思うぜ。魔法の部の実技で対戦した俺が言うんだから間違いねぇよ。魔法は使い方さえきちんと学べば実戦で通じるレベルだし、それに剣も扱えるんだから魔法と併用して器用な立ち回りさえできれば、十分に世間で通用するようになるさ」
ユリアは逆に褒められて思わずニヤけてしまう。
おだてられていると判っているのに顔の緩みは抑えられなかった。
「そう言っていただけて嬉しいです。でも、残念ながら試験の成果は芳しくないんですよね」
「今からでも遅くねぇよ。試験はまだ終わってねぇんだし、巻き返せるさ」
「そうでしょうか? 残っているのは実技試験団体の部だけなんですよ」
「武道実技上位者のルーディスってヤツとレイリアってヤツと同じチームなんだろ? あいつらのサポートに専念すりゃいい線いけると思うぞ」
「そう、ですかね……」
厳密にはユリアはルーディス達と同じチームではなく、一緒に行動しているに過ぎない。
団体の部は個人で受験した場合、冒険者協会側がチームを割り振ることになっている。
団体の部の前日まで届出を出せばチームの再編成、あるいは受験者同士で新チームの結成は可能だ。
ルーディスかアトリス姉妹に頼めばチームに入れてくれるだろう。
それに、何も言わなくてもルーディスは自分をチームに誘ってくれるだろうという確信がユリアにはあった。
必要以上にルーディスが自分を心配してくれていたからこそ、ユリアは自惚れだと自覚しつつもそう思えた。
けれど、ルーディスの好意に甘えてはいけないという気持ちもある。
1人で頑張っていく決意をして実家を飛び出してきたのに他人に寄りかかってしまう訳にはいかないとも考えてしまうのだ。
「でも、頼りきるわけにはいきませんから。ゴーザさんみたいに河川敷で稽古でもしようかな」
「河川敷で稽古? まぁ、広いから走り込みとかには最適かもしれねぇけど……でも今は協会のトレーニング用施設が一般解放されてるだろ? タダだし、そっち使った方が有意義じゃねぇか」
「それはそうなんですけど、有力候補の方ばかりが利用してるみたいで、なんか敷居が高いんですよね。気後れするというか。まぁ、1人稽古は慣れているので」
「そういうもんかね。俺は魔法使いだから訓練とか稽古とかはしたことないんでよく判らんねぇ。そこんとこはどうなのだ、ゴーザさん?」
「1人で行なう稽古と他人と行なう稽古では出来ることが違う。両方の稽古ができるのならそれにこしたことはない。それに同じ稽古を繰り返すのも大事だが、変化をつける事も忘れてはならない。自分に合った訓練の方法を見出すことが必要だ」
「う~ん。深いのか、浅いのかよく判らん回答……」
「実践してみるか? 稽古ならいくらでも付き合ってやる」
「いや、俺魔法使いだから稽古とか特訓はちょっと遠慮しとく。つか、それならユリアちゃんの稽古に付き合ってやったらどうだ?」
「本人が希望するのなら構わない」
「え? いいんですか? でもなんかレイリアに悪いですし……」
「何でそこでレイリアくんの名前が出てくる?」
「あー。それはぁ……やっぱり、ねぇ?」
「ねぇ、って俺に振られても困るんだけど? 俺、レイリア・アトリスと面識ねぇし……」
「いやまぁ、そうですよね。あははは」
思わずユリアは苦笑い。ケビンは呆れ顔でゴーザは相変わらずの無表情。
いつの間にか険悪だったゴーザとケビンが普通に会話をしていた。
他愛のない話しかしていないのに穏やかな雰囲気になっていた。
ユリアはこの2人と会話しながらふと思う。
2人といると妙に和む。
この時にはその理由が判らなかったけれど、ルーディスと一緒のときとはまた違った安息をこの2人から感じていたのだ。
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食堂を出てゴーザとケビンと別れたユリアはふと、違う問題に直面して激しく落ち込んだ。
ルーディスに恵んでもらったなけなしの金が3人分の食事代で全て消えてしまったのだった。
「はぁ。少し軽率だったかも。困ったなぁ」
ユリアは肩を落として宿に戻った。
数時間後、ユリアはルーディスに溜息を吐かせてしまうのだった。




