31話
「魔法で接近戦か。杖の二刀流もそうだけど初めてみたなぁ」
レイリアは物珍しそうにマステラの戦いを眺めていた。
「だが、接近戦のみを評価するなら彼女の動きは問題外だ」
ゴーザの冷静な指摘にレイリアは同意するように頷いた。
「だよねぇ。大振りばっかりだし、動きはトロいし、相手が生粋の魔法使いだから通じる手だよね。派手に動いてるけど体力もつのかな?」
レイリアの懸念はゆっくりと現実に現れていた。
素人目には判らないぐらいの変化だったが、マステラの動きがほんの少しずつ鈍くなってきていた。
「私、思うんだけど」
「はい?」
ルイが誰にともなく話しかけ、隣で聞いていたユリアが反射的に聞き返した。
「マステラの戦術は間違っていないと思うのよ。少々奇抜な魔法だけど、世の中には魔法戦士とかもいるしね」
「そうですね」
「でもさぁ、女の子としてはどうなんだろうね」
前半の会話と全く繋がらないルイの言葉にユリアは困惑する。
「なんですか、いきなり」
「だってさっきからチラチラ見えてるよ」
「はい? 何の話です?」
「ぱんつ」
マステラが走る毎に、あるいは自身が魔法を放った瞬間や敵の魔法を避けた時などにスカートが捲れ上がっていた。
当然、その下の下着がその都度見えるわけだ。
ユリアはそれほど意識はしていなかったが、ルイの言葉で男性に露出した肌や下着を見られている自分を想像してしまい背筋が寒くなった。
「確かにアレはやだなぁ」
「でしょ。ほら、汗びっしょりでなんかここからでも下着とか肌とか透けて見えるし。まぁ、汗が雷や太陽の光で反射してキラキラ輝いてるのは綺麗だなぁって思うけど……でもそれも含めてなんかエロい光景だし。だから恥ずかしくないのかなって思って」
「そりゃ……恥ずかしいんじゃないですか。でもあの格好を選んで出てきたってことは自覚してやってるわけですよね。見られる覚悟はあるんだろうけど、理解は出来ないなぁ。ルイさんこそどうなんですか?」
「うーん。私は色気担当じゃないからなぁ。そうねぇ、じゃあ、さっきから私達の会話を盗み聞きしながら、ずーと『試合を凝視している』ルー君はどう思う? 男性の目線から一言」
いきなり話題を向けられてルーディスが顔を赤らめつつ険しい表情になった。
ルイの指摘通り2人の話をばっちり聞いていたようだ。
「なんか誤解されそうな言葉とタイミングで話を振られても回答に困るんだけど……」
「試合はちゃんと見てるでしょ」
「それは見てるけど」
と言いつつ、ルーディスの顔はやはり真っ赤だった。
何を脳裏に思い描いていたのかが想像のつく反応である。
「やっぱり見てたんだ。いやらしい」
「すけべ」
「えー! り、理不尽だよ、それ」
試合を観戦していただけなのになぜか精神的被害を被ってしまったルーディスだった。
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汗が額から落ちてきて眼の中に入ってくる。
手の甲で汗を拭い落として視界を確保しながら残っている敵を確認する。
視界に入ったのは男性が1人だけ。
あと少しで勝敗が決する。
しかし、マステラの体力は限界を迎えようとしていた。
足が震えていてもう走る気力が残っていなかった。
「くそっ。あと1人なのに……」
集中力が途切れてきたのか、思わず声に出して毒づいてしまう。
「さっさと倒れろ!」
怒鳴ると同時にマステラは杖を前面に突き出して稲妻を放つ。
だが相手の男は最後まで残っただけはありそこそこの能力と知恵を持っていた。
魔法で風の渦を作りだし、雷の軌道を誘導して直撃を避けてみせたのだ。
マステラは横着して射撃で倒そうとしたのが間違いだと即座に反省。
気力を振り絞って駆け出した。
しかし、男の風の魔法がマステラの動きを妨害する。
今のマステラには風に立ち向かう体力はなく、風を避ける程の機動力も持ち合わせていない。
それどころか、敵の突風で自分が飛ばされてしまいそうだった。
「あと1人。あと1人なんだよっ、このやろう!」
マステラは敵の突風が届かない位置まで後退して、左手の杖を真上に向けて雷を打つ。
その直後に前方斜め上、突風の届かないぎりぎりの位置に向けて電子の閃光を放つ。
すると最初に放った雷が電子の閃光を追尾するように軌道が空から地上に反転する。
最初に放った雷がマイナス電子、その後に放った電子の閃光はプラス電子でそれらの性質を利用して軌道を強制的に変化させたのである。
雷は電子の閃光に引き寄せられて上空で衝突、地上に向かう。
その直下には男の姿があった。
男の悲鳴と雷鳴が響き、試合終了を知らせる審判の終了宣言が流れた。
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疲労困憊だったがそんな態度は一切見せずに平静を装いながらマステラは結界を出た。
受験者待機席にいくとケビン・カラミティが笑顔で近づいてきた。
マステラはケビンを睨む。
ケビンの涼しい態度がまるでギリギリで勝利を手にした自分を嘲笑っているかのようで不愉快だったのだ。
「何か用?」
「怖い顔すんなよ。なかなか面白いものを見せて貰ったから、お礼の言葉でもかけてやろうかと思っただけさ」
「お礼? 意味がわからないわ。わたしはあなたと初対面のはずだけど」
「いやぁ、アンタの戦いはなかなか色っぽい光景だったからさぁ。いい目の保養になったぜ。でも白とピンクに黒下着は違うんじゃねぇ」
男共が自分を欲情の対象として見ていたなんてことは想像はつく。
そうなるように仕向けたのはマステラ自身なのだ。
ケビンの言葉も男の欲望に準じたものだ。
しかし、思惑は違うのではないだろうかとマステラは思った。
半分は女の勘、半分はケビンの目がマステラを女として捕らえているようには見えなかったからだ。
「あっそ……もっと他に言うことはないの?」
素っ気無く突き放すように言うとケビンは大げさにがっかりしてみせた。
「別にねぇよ」
「そう。なら失礼させてもらうわ。汗かいたから着替えたいの」
マステラはケビンに表面上は礼儀正しく一礼してから控え室の方へ向かった。背中に感じるケビンの不可解な視線を感じながら。
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第1回戦は順調に午前中で終わり、昼休憩となった。
その間に協会側でトーナメント表が作成され会場に張り出されていた。
注目は、ケビン・カラミティとマステラ・ミーナの2人。
順当にいけば決勝でぶつかることもあり、観衆の注目を集めていた。
そして午後となり、トーナメント戦が始まった。
ケビンは2回戦以降の試合すべてを1発の魔法ですべて勝利して危なげなく決勝戦まで勝ち進んだ。
一方のマステラ・ミーナは2回戦からは普通の魔法使いローブに着替えて試合に参加していた。
マステラは派手な魔法を連発して実力を誇示するかのような試合展開で決勝まで勝ち残った。
ルーディスとルイの2人と共に試合を傍観していたユリアは、決勝戦まで余裕で勝ち進んだケビンに羨望の眼差しを向けていた。
「すごいなぁ、ケビンさん」
ユリアが声に出して賞賛の言葉を口にすると、途端にルーディスの表情が険しくなる。
その姿を眺めてルイが笑う。
しかし、その表情はすぐに真顔に返る。
試合会場に目線を向けると、決勝戦に赴く2人の姿が確認できた。
ルイはケビンの姿を目に焼き付けるように睨んだ。
「最後に何かやらかす気なんでしょ、ケビン・カラミティ。私に魅せて頂戴よ、アナタの本性をね」
審判に決勝戦開始の指示を受けてケビンとマステラが受験者待機席を立ち、中央の結界に向かう。
自然と2人が並んで歩く。
観客はそれだけのことで歓声を上げて盛り上がっていた。
ケビンはそんな観客の様子を楽しそうに眺めながら歩いていた。
すると隣を歩くマステラが声をかけてきた。
「ねぇ、ケビン・カラミティ。わたしと取引しない?」
マステラがさり気なくケビンの腕に触れるほどに身体を寄せてきた。
2人の歩調が自然と遅くなる。
「取引ねぇ? 試合に勝たせろってか?」
正面を向いて聞いてない風を装いながらケビンがマステラの話に乗った。
観客の声で自分の声が途切れて耳に届く。
それが少しだけ疎ましい。
「まさか。第1回戦を見れば戦わなくたって実力差は誰の目にも明らかでしょ。なのにわたしが勝ったら不自然じゃないかしら。そうではなくて、わたしらのチームに入らないかっていう勧誘。アナタは個人受験者でしょ?」
4日後には最終試験の団体戦が控えている。
マステラはその団体戦のチームメイトとしてケビンを誘ってきた。
「面白いこと言うな。俺がアンタのチームに入ったら魔法使いが2人だ。アンタの存在が霞むぜ」
「美人の紅一点って肩書きは残るからそれで十分よ。わたし達のチームは色々と各方面から優遇されているから悪い話じゃないと思うわよ」
「堂々と不正を受けてることを宣言するなんていい度胸してんな」
「アナタみたいな男は悪巧み大好きでしょ?」
「いいねぇ、その勘の良さ。悪くねぇ。取引って言ったな。もしその話に乗ったら何をくれるんだ。金か? それともアンタの身体?」
「冗談言わないでくれる? 自分を売るほど安い女じゃないわよ」
「1回戦で自分を安売りしてたのは気のせいか?」
「はん。エロい目で女を見てるからそういう邪な発想が生まれるんでしょ。アレは自分を売ったんじゃなくて自分の武器を『自分のため』に有効活用しただけよ」
「そうか。残念。じゃあヤメだ」
「そう。しゃーないわね。ま、気まぐれで誘ってみただけだからいいわ。じゃぁ、大人しく真っ当に戦いましょうか。せいぜい、わたしが目立つように派手に戦ってわたしに勝ってちょうだい。それくらいしてもバチは当らないわよ」
「取引しないといいながら注文はつけるのか。我が侭な女だ」
「ふん。わたしの誘いを断ったんだからそれくらいしなさいよ」
「生憎、芝居は苦手だ。わりぃな」
「むかつくわね。その物言い」
「おいおい、だんだん化けの皮が剥がれてきてるぞ、嬢ちゃん」
マステラが一歩先を進み、突然歩みを止めて振り返る。
「んなこと、知らないわよ。覚悟なさい。勝てないまでも一矢は報いてやるから!」
マステラは捨て台詞のような言葉を吐くと、踵を返して結界の中へ走っていった。
「んー。やっぱ面白い女」
ケビンはマステラの背中を追いながら苦笑した。
リング結界の中で2人は別々に進んだ。
そして西と東に位置取りケビンとマステラは相対した。
お互いの顔を見合わせて不敵に笑う。
その間に入った審判が両者に向かって手を挙げる。
「準備はいいな。それでは決勝戦。ケビン・カラミティ、マステラ・ミーナ。開始!」
そして決勝戦が始まった。




