26話
ゴーザ・バイルは河川敷で静かに構えをとっていた。
鍛錬と整理体操を兼ねイメージトレーニングをしていたのだ。
今日、対戦した中で一番強かったのは間違いなくレイリア・アトリスだ。
しかし、ゴーザを一番本気にさせたのはルーディス・オルラントだ。
対戦中は先読みが上手い剣士なのだと思っていたが、あの動きはそれだけで収まるレベルではなかった。
(そういえば、あの2人は同じチームだったな)
レイリアの多彩な技の数々も、ルーディスと研鑽を積んでいく過程で編み出した物だろう。
戦いの動作から二刀流の使い手だと推察される。
一刀であれだけの攻撃バリエーションを扱えるのは二刀流を極めているからこそではないだろうか。
彼女がなぜ剣を1本しか持っていなかったのかは分からないが、元々気功を使うつもりがなかったゴーザにとって、とても釣り合いのとれた対戦となった。
その他にもレイリアは気になる動きがあった。
「ゴーザ・バイル! 見つけた」
真後ろから声をかけてきたのはレイリアだった。
「レイリア・アトリス君か」
レイリアは対戦した時とは明らかに異なる、怒気ともとれる覇気を隠しもせず近寄ってきた。
「ええ、あんたにどうしても聞いときたい事があるの」
ゴーザは静かに構えを解き、振り返った。
「……聞こう」
「今日の試合、アンタ手を抜いたでしょ」
ゴーザは一瞬、眉を潜めた。
「なぜ、そう思う?」
「貴方の戦い方にずっと違和感を覚えていたのよ。でも、さっきキルウェント様に会ってお話してその理由を知ったわ。貴方、気功使いだったのね。何で使わなかったの?」
「僕が気功術を行使しなかったのは、体力と体調を鑑みた結果だ」
何食わぬ顔でそう言うゴーザ。
だが、指摘した瞬間に見せた仕草から、それが嘘だと言うことをレイリアは確信した。
「嘘ね。ルーディスと戦ってる時に使おうとしていたじゃない。それに、私との戦いでアレだけ動いてて体調不良? 笑わせるわ」
「元々気功術を用いる気はなかった。ルーディス君との試合での行動は突発的な戦闘における反射的な反応に過ぎない」
レイリアはゴーザの言葉に納得する様子を見せつつも、怒りを隠さない。
「まあ、ルーディスの眼が厄介なのはわかるけど。っていうか今、堂々と手を抜いていた事を認めたわね」
「君も二刀流ではなかった」
「やっぱり気付いてたんだ。私は自分の手に合う剣がなかったのよ。アンタみたく、力を出せるのに出さなかったのと根本的に違うわ」
2本の剣を自在に操ることが、いかに難しいかということは容易に想像できる。
「では、三度暗器に手を伸ばしたにも関わらず使用しなかったことに関してはどう説明する?」
「へぇ~、そんな事にも気付いたんだ。バレてないと思ったんだけどな」
「僕も試合後に気が付いた事だ」
実際に使われていたら、あっけなく負けていたかもしれない。
しかし、レイリアは使わなかった。
それは、自分が気功を使わなかった理由と同じだと思っていた。
「あれは条件反射よ。いつもの癖が出ただけ。実際、暗器は持ってなかったの。実際に実行できたあんたと実行できない状況にあった私とじゃ意味合いが違うでしょ?」
彼女に対する弁明の言葉が出てこなかった。
しかし、本当のことを言ったら、彼女は激怒するだろう。
「どうやら、僕には君を納得させる言葉は持ち合わせていないようだ。僕に何を望む?」
「なによ、その言い方。もう言い訳する気も、本当の事を喋る気も無いってわけ? そうねぇ、それじゃちょっと付いてきて欲しい場所があるわ」
ゴーザはレイリアに言われるがまま街の郊外へと歩みを進めた。
郊外の林の奥、ちょっとした広場になっているところで、レイリアは歩みを止めた。
「この辺でいいかしら?」
「何をする気だ?」
人気のない広場に連れてこられたのだ。
こんな所で、2人の戦士がやる事と言ったら決まっている。
「言わなきゃわかんない?」
レイリアはそういうと、自分の剣とルーディスから借りた剣を抜き放った。
「そのような強引な手段に出られても、僕は女性に対して全力は出せない」
「アンタ、ボロだすの結構早いわね。でも、その答えだと、ただムカつくだけよ」
「すまない。だが、僕の答えは何を言われても変わらない」
「許される気もないのなら」
ついに堪忍袋の緒が切れたレイリアは「ビュッ」と風切り音を鳴らしゴーザの喉元に剣を走らせる。
手甲で剣を受け流しレイリアを投げ飛ばす体制をとるゴーザだったがすでにそこにはレイリアの姿はなく、伸ばした手は空を切った。
体制を崩したところに、レイリアの一撃が土手っ腹に入る。
「ぐっ!」
「殺し合いじゃなかった事を感謝しなさい」
二刀流のレイリアの実力を過小評価していた。
一刀流の比ではない。
技のキレ、虚実の切り替えの早さ。
強さの桁が違うのだ。
「ふっ。感情の前では、言葉や理屈は無意味だな、まったく」
ゴーザの顔色が変わった。
戦士としての闘争心に火がついた。
「ようやく、本当のアンタを見る事ができるのね」
レイリアはそう言うと、左手のルーディスの剣を逆手に持ち左足を軸に揺れるような構えをとった。
タイミングをつかみにくい構えだったが、ゴーザは気にせずレイリアの間合いに入っていく。
今度は風切り音すらさせない剣がゴーザを襲う。
ゴーザはそれをジャンプしてかわし、レイリアの頭上から拳を突きつける。
次の行動を上に決めていたレイリアは、そのゴーザの動きに一瞬動きを止めてしまった。
その隙をゴーザは見逃さない。
掌に集めた目には見えない『気』の塊を直下に突き出す。
放った一撃はレイリアの背中に打ち付けられた。
「がっ!」
ゴーザの一撃が背中に抜ける衝撃と内蔵に伝わる気功の圧力を受け、レイリアの呼吸が一瞬止まる。
なんとか間合いを取り再び剣を構えるが、乱れてしまった呼吸で目が霞む。
揺らいだ視界の中で、更に追撃をかけてきたゴーザを感じとり左手の剣で受け止める。
だが、耐えきれず衝撃で後ろに吹き飛んだ。
(気功使いってここまでオンオフ激しいわけ? 決勝戦との比じゃないじゃない。むしろ、この人私より確実に強いし……やっばいなぁ。こんな状態でトリック決めれるかなぁ)
そう思いつつも、レイリアは両手の剣を2本ともゴーザに投げつける。
いとも簡単に2本の剣を払うゴーザだったが、3本目の刃物――投げナイフ――には気付くのが遅れ、仰け反るように躱すしかなかった。
視界から外す事に成功したレイリアはゴーザの足元に音を消し滑り込み脚払いで、ゴーザを宙に上げた。
更に追撃をかけようとレイリアがゴーザの影に滑り込んだ。
「ううっ……」
攻撃に移る前にゴーザが奇妙なうめき声を上げて動きを止めてしまった。
ゴーザは大地の引き付ける力によってそのまま落下する。
影に入るということは、対象の下部に入ること。
受身をとる事を前提に動いていたレイリアは真下から僅かにずれてはいたが、ゴーザの肉体を避けることはできなかった。
「きゃっ! あいたたた」
膝に強い衝撃を受け、患部をさすろうとしたレイリアは動きを止めた。
ゴーザの頭がそこにあり、まるで膝枕をしている格好になっていたのだ。
一瞬すぐにどかさなきゃと思ったが、ゴーザの様子がおかしい。
胸を押さえ歯を食いしばり苦悶の表情をしている。
最初の腹部への攻撃によるものなら、呻き声などあるはずだ。
胸を押さえているのでそれではないのだろう。
そして声を上げる事すら苦しいのだろう、ひたすら歯を食いしばっているのだ。
「ちょ、ちょとアンタ。どうしたっていうのよ。待ってなさい。すぐに姉さん呼んでくるから」
レイリアはゴーザの頭を持ち上げようと伸ばした手をガッと握られた。
ゴーザは頭を僅かに横に振り、握った手を離そうとしなかった。
「何よ!」
レイリアの言葉に、ただ首を振るだけで返答はない。
「わかった、わかったから。ここにいるから、安心しなさい」
それから、しばらくゴーザは胸を押さえたまま一言も喋らず苦悶の表情を崩すことはなかった。
やがてゼイゼイと息をしはじめ、やっと苦しむ様子から解放されたゴーザが話せるようになった頃には、すっかり夜中になっていた。
「すまない、レイリア君」
掠れた声のゴーザに対してレイリアは小さく首を振る。
「謝罪はいらないけど、出来れば説明ぐらいは欲しいかな。別にイヤだって言うなら良いけど……」
遠慮がちに、けれど、興味は捨てきれない様子でレイリアは訊いた。
「見ての通りだ。僕の身体は病魔に蝕まれている」
それを聞いてレイリアの表情に苦悩が浮かんだ。
戦士が病気を患うことは他の職種とは比べ物にならないほど致命的なことだ。
命を賭ける戦場に立つのが常の戦士の肉体的欠陥がどれだけ危険を招くか、レイリアは知っている。
だからこそ、レイリアはそんな爆弾を抱えて戦士でいられる目の前の男に戦慄せずにはいられなかった。
「いつ頃からなの?」
「この世に生を受けたその瞬間からだ」
「それに病名は? 症状は発作だけ? それとも……」
「病名は不明だ。病状は全身の激痛と筋力低下」
「筋力低下……」
信じられないといった様子でレイリアが呟く。
そんなハンデを背負ってこの強さなのか、と。
だが、同時に戦士でありながら細すぎる身体に納得もできた。
「僕にとって体を鍛える事は、病気で落ちていく筋肉を維持するためのリハビリに過ぎない。病気の治療に対する積極性はあっても、戦士のあるべき闘争に興味がなかった。だから今日の試験も体力を温存する事を優先した」
「結局その甲斐もなく、私との私闘で発作が起きちゃったのね。なんかごめんなさい」
先程のクールな顔つきではなく、年相応の少女のシュンとした表情に、ゴーザは微笑みながら
「しかし、心躍る戦いが出来たことを嬉しく思う。ありがとう」
と、レイリアに感謝の言葉を伝えた。
「どういう事?」
「僕にとって戦場や試合は生きるための過程に過ぎない。そういう意味では冷めていたのだろう。だが、先程の試合で僕は初めて敗北を恐れた。勝利を渇望した。その感情に僕は驚いている。勝敗にこだわったのは今日が生まれて初めてだ。そうだな、宿敵と相対したということか。これで僕もやっと戦士になれたのだろう。もう一度言う、ありがとうレイリア・アトリス」
「ったく、戦士としての自覚がなかった? おまけに生きる為に体を鍛え続けてた。そんな……そんな人に勝てるわけ無いじゃない」
「君はなぜ強さを求める?」
「アンタ……ゴーザさんの理由に比べると、とってもつまらない理由なんだけど、剣を操るのが面白かったの」
高い実力にしてはあまりに子供っぽい理由に、ゴーザの顔が緩む。
「あ、笑ったでしょ。そうよ、私はまだ子供なんだ。何かを成したいとか、そんな大層な理由も生死を賭けているわけでもない。楽しい、面白いから私は剣を持っている」
子供っぽくはあるが、とても純粋で真っ直ぐなレイリアの顔を見てゴーザは
「君はまだまだ強くなる。完全に死角をつく技は、君以上の相手を見たことがない」
と真顔で言った。
「あはは。それは、ルーディスに感謝しないとね。あいつの視界内からの攻撃は9割防御されるんだから」
「そのような事を僕に話しても良いのか?」
「そっか、団体戦でぶつかる可能性もあるんだっけ。でも、ルーディスの死角に簡単に入れると思ったのなら考え直したほうがいいわよ」
「それは大変そうだな」
ゴーザがようやく立てるようになるまで話を続けていたら朝日が登ってくるのが見えた。




