17話
◆試験5日目 野戦実技試験3日目
ルーディス達が乗った船がレイトの街の桟橋に着いたのは明け方だった。
ようやく空から闇が取り払われる寸前の薄暗い中、桟橋の近くに、後半に割り当てられた冒険者が集まっていた。
「この中に、レイリア達がいるのね。暗くてよく分からないけど」
甲板の上で下船の順番待ちをしていたユリアが、港にいる集団を見てルーディスに尋ねる。
「ああ、レイ達なら、あそこにいるよ」
即座に一つの建物の近くを指さすルーディスに驚きながらも、ユリアは目を凝らす。
「え?どこ」
「あの白い建物に寄りかかって寝てるのがルイ姉さん、その隣でこっちの方見て僕達を探してキョロキョロしているのがレイだね」
ルーディスに言われた建物の近くで女性と思われる2人のシルエットを見つけられたが、暗すぎて本当にレイリアとルイなのか判断できなかった。
「ルーディスって、目がいいのね。あの2人なのはわかったけど。全然判別できない」
「見えるってより、あれが姉さんたちだってのがわかるってのが正しいかも」
ユリアの目線に合わせて顔を近づけたルーディスにドキッとしてしまった。
ユリアは誤魔化すように疑問をルーディスにぶつける。
「そういえば、入れ違いに乗り換える意味ってあるの?」
「前半組から後半組に情報を極力与えないための措置だよ。とはいえ、島の情報を伝えてはダメとは言われていないからね。船を降りたらきっと後半組の人達が情報欲しさに声をかけてくると思うから気をつけてね」
ルーディスはユリアにそう警告してから下船した。
想定通り後半組の受験者が近寄ってくたので、それを避ける様にルーディスは動いた。
しかしユリアはそれについていけず後半組の受験者に呼びかけられてしまった。
慌ててユリアを呼び戻そうとしたところ、運悪く目が合ってしまった受験者が話しかけてきてしまった。
何とか引き離した時にはユリアの姿は無く、完全に見失っていた。
「よっ!ルーくん」
いきなり背後から抱きつかれ、慌てて引き剥がした。
「ちょっと、ルイ姉。勘弁してください」
ルーディスが振り返りながらルイに抗議する。
「ふふふ。ちょっとレイちゃんとはぐれちゃってね。ルーくんもユリアちゃんとはぐれてるみたいだけど」
ニヤケ顔のルイに、ルーディスは諦め、いつもの口調で返答した。
「うん。さっきまで一緒にいたんだけどね」
「ふぅ~ん。ってか、久々に疲れてるみたいね」
「ええ、実は……」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
やがて後半組の出港時刻が迫り、ルイはルーディスと別れ乗船した。
ルイは受験者用に準備された船室(大部屋)に移動した。壁によりかかるように座り、すぐにでも睡眠をとって試験に備えるつもりだったが、先程のルーディスから聞かされた事を考え込んでいた。
ルーディスはルイに「ユリアのおかげで倒せた」と言った。
普通の魔物相手であればユリアに花を持たせる為の発言だったのだろうと理解できる。
もしそうなら、謙虚な弟を笑いながら小突いてやるだけで済んだのだが。
「まさか暗黒竜とはね」
「暗黒竜がどうしたの?」
顔を上げると妹の姿があった。
「ううん。なんでもない」
レイリアに暗黒竜の事を話すと対抗心から暴走しかねないので黙っておくことにする。
「さがしちゃったよ。そういやさっきユリアと会ったよ。ルーディスとはぐれたみたいだったから、すぐに宿に帰るように言っといた」
「ふふふ、あの子ってずっとルーディスを探しかねないもんね」
ルイとレイリアは2人でクスクスと笑った。
そこに、試験官が船室に入ってきて「全員そろったので出港します」と告げた。
船が動くのを感じつつ、姉妹は体を休める事にした。
「まだ、帰ってなかったのかルイ・アトリス」
暫く姉妹でのんびりしていると、唐突に敵意むき出しの声が降りかかってきた。
顔を上げるとクリストフチームの2人、オービルとマステラがいた。
「あら、オービル・フォーネさん。それにマステラ・ミーナさん。お2人ともこの船でしたか」
丁寧な口調で対応するルイとは逆に、明らかに嫌な顔をしたレイリアが2人に噛み付いた。
「うちの姉さんになんか用?ないんなら、休むんだからアッチ行ってよね」
「あら、子供が大人の会話に割り込むもんじゃないわ」
真正面から嫌悪感を出してくるレイリアに対し、マステラは挑発するような言葉で警告を発した。
「高圧的な態度しかとれない奴のどこが大人なのよ」
レイリアは嘆息しながら、わざと聞こえるようにつぶやいた。
「こーらレイちゃん。本当の事を直接言っちゃダメでしょ。この人達は、これでもうちの工房のお得意様のご家族なのよ」
ルイはレイリアを叱る素振りをみせながら2人を嘲笑した。
「アンタ、ずいぶん舐めた事言ってくれるじゃない。今の私は家族と無関係よ。そうでしょ、オービル!」
「ああ、もちろんだ。この試験に参加している以上、フォーネ家、ミーナ家それに、ゴーダ家は関係ない。それに、これだけは言っておく。一介の技術者が簡単に受かるほど、入会試験は甘くないぞ」
そう言い切ったマステラとオービルに対して、ルイはニッコリと微笑んだ。
「改めて忠告どうも。でも私のことは心配なく。頼りになる弟妹もいるし。それに私にはあなた達に無い物をもってますから。ここ、とか」
そう言いながら、自分の頭を指さした。
「ずいぶんと、バカにされたものだわ。その大層な頭で出来ることなんて限られてるのよ。実力を考えなさい!」
マステラはそう言い残すと、オービルを連れて去って行った。
「ふむ、口調は最後の方荒くなったけど、セリフにはまだ余裕があったわね」
「姉さん怒ってる?」
「別に。考え事の邪魔だっただけよ」
「そう、なんだ」
レイリアは姉の機嫌を察すると、ルイに体を預け「私ちょっと寝るね」と言って目をつぶった。姉の考えごとの邪魔にならないように。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
レイリアは孤島の南東に位置する小さな港で降りた。
ルイは先に立ち寄った防波堤に降りていた。オービルやマステラもそちらで降りたようだ。
「とりあえず、頂上に行ってみるかな」
レイリアは目の前にそびえる小高い山を見上げていた。
頂上に登る途中、いきり立った魔物が目についた。
レイリアは自分に襲いかかってきた魔物を切り伏せながら頂上へ登りきった。
「な~んか、魔物の様子がおかしいわねぇ」
頂上で休んでいた他の受験者も同じことを考えていたらしく、レイリアのつぶやきにのってきた。
「君もそう思う?もしかしたら前の受験者たちがかき回したから起こってるのかな?後半組って不利だったのかもしれないね」
話しかけてきた受験者を無視して、レイリアはあることに気がついた。
「ああ、島のボスが居なくなって、ボス争いが始まってるのか」
「え?なんでわかるの」
「うちの村の近くまで狼が出た事があってね、その時にちょっとやんちゃした状況とそっくりなの」
「そうなのか。そういえば爺ちゃんから森の主が倒れた後は森が荒れるって聞いた事あるな」
(姉さんが言ってた暗黒竜の事はこれなのかな? ん? あれ、あそこも)
レイリアは北西の浜辺と、東の岩山の麓を指さした。
「島の実力者のお出ましかも」
「え、どこだ?」
目を凝らしていた受験者だったが、獣の咆哮と共に砂煙が舞い上がった事で場所が特定できた。
「ありゃ、とんでもない化物だぞ。近づかない方がよさそうだな」
「う~ん。あいつらをターゲットにしようかな」
受験者の言葉を意に介さず。
目標をどちらにするか悩んでいると、今度は南東の方から爆発音が聞こえた。
「こっちのが近いわね。よし、早速行ってみよう」
レイリアは南東に向かって走り出した。
「ちょっと、キミ。まさか」受験者の一人が慌てた様子で声をかけるが、レイリアは助走をつけて崖から飛び降りた。
あっという間に崖の下まで駆け降り、見事に着地した。
かなりの高さだったにも関わらずレイリアは無傷だった。
「あなたは、他の人達と組んで終了まで警戒してたほうがいいわよ」
レイリアは、心配してくれた受験者に手を振ると、爆発音がした方へ駆け出した。
爆発音がしたと思われる森に近づいていくと、その周辺は土煙が舞っていた。
視界を遮られるため警戒しながら進まざるを得ない状態になってしまった。
ようやく土煙をぬけた所では、幾人もの受験者達が重傷を負っており、試験官が手当を行っていた。
どうやら受験者の危機に試験官が出張ってきたようだ。
「遅かったかぁ」
レイリアは周りを見渡し、比較的無事な受験者に声をかけた。
「何があったの?」
「鳥だ。でっかい怪鳥が襲ってきやがった。得点も高そうだったんで、そこらにいた全員で戦ったんだが、このありさまだ」
「それで、その鳥はどこにいったの?」
「おい、悪いことは言わないやめておけ」
「別に私は特別ボーナスが欲しいわけじゃないわ」
レイリアはただ強い魔物と戦いたい、それだけだった。
「……そうか。あの岩山の方へ飛んでいったよ。きっと巣があるんだろう。仲間もいるかもしれん。近づくんじゃないぞ」
「あの山ね。わかったわ。ありがとう」
レイリアはお礼を言うと岩山を目指し歩き始めた。
「この島、意外と広いわね。割と近くの岩山だと思ってたのに結構かかったし、山も割と大きいし」
岩山に到着したレイリアは用心のためにあたりを見回した。
周辺に人影はなく、何十年も人が立ち入った形跡すらなかった。
「姉さんは、協会が魔物の生態調査を兼ねて島を管理してるとか言ってたけど、あの怪鳥って対象外なんじゃ。飛べば島から出れるし」
切り立った崖を登っていると、大きな鳥の鳴き声がした。
「ここにいるのは確かなようね。ちゃんとした足場で戦えるといいなぁ」
次の大岩にしがみついた時、レイリアを覆う影の中に入った。
「しまっ……」
レイリアが剣を抜くより先に、怪鳥に両肩を掴まれてしまった。
「離せー!」
両肩が動かせない為、背中に背負っている長剣を抜こうにも抜けない。
仕方なく手の甲に仕込んでいる投げナイフを振りまわし抵抗するが、所詮は投擲用なので歯が立たない。
なすすべなく、岩山の頂上付近まで舞い上がったかと思うと地面に叩きつけるように、レイリアの体を放した。
「それを待ってたのよ」
レイリアは空いた右手で怪鳥の足にしがみついた。
そしてタイミングを見計らって手を放して地面に飛び降り剣を抜いた。
「さて、こっからこっから」
怪鳥は怒り狂い、鉤爪を突き出してレイリアをめがけ急降下してきた。
なんとか剣で防ぐも、反撃のタイミングは与えられず上空に逃げられてしまう。
「なかなかやるじゃないの。でも、次はそうはいかないわよ!」
怪鳥は再度大きな声で鳴くと、爪を立てて大地に降り立った。
翼を広げてレイリアを威嚇をしつつ、クチバシでついばむように襲ってきた。
レイリアは目を細め顔が最も近づいた時を狙って、左手を大きく振りナイフを投げつけた。
クチバシはレイリアを避け大地に突き刺さる。
「アンタが大地に降りた時点で、負けが確定したのよ」
レイリアが剣を振ると怪鳥は首から血を吹き出し倒れた。
怪鳥の右目から、先ほど投げたナイフを抜く。
「たっく、剣以外の装備はボロボロになっちゃたわ。次の魔物、どうしよっかなぁ」
すでに日が傾きはじめている空を見上げながら、レイリアはそうつぶやくのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
時間は少しまきもどり、レイリアが最初の山に登った頃、ルイはひらけた花畑にいた。
「ベヒモスの巣のようだけど、肝心の主がいない。昨日倒されちゃったってとこかな」
ベヒモスとは、特殊な花を食する大型の草食獣である。
縄張り意識が飛び抜けて高く、1歩でも巣である花畑に入ろうものならどんなものであろうとも、全力で攻撃してくるため魔物として扱われている。
「ベヒモスの育てる花のみつは滋養強壮、花は化粧品に、そして実は火薬の原料にってね」
この島に住む大抵の生き物は、最強の草食獣と呼ばれるベヒモスの巣には近づいてこないだろう。
ただ気になるのは、近くで暴れまわっているベヒモスを超える魔物の存在である。
「ルーくんが、島の主なんて倒しちゃうから、落ち着いて考えも出来やしない」
ルイはそう言いながら、花畑に落ちている木や蔦、それにベヒモスの花や実を集めながら花畑の中を歩き始めた。
「気をつけるのは、人間と大型の魔物だけでいいわよね」
独り言を言いながら、人間用に鳴子を張り巡らせて、魔物に襲われないようにいろいろな罠を張り巡らせた。
ひと通り、罠を仕掛けたところでベヒモスの寝床に座り、乗船する前にルーディスから聞いたことを思い出していた。
『ええ、実は島でユリアと行動していたんですけど暗黒竜に襲われまして』
『それで、逃げるのに必死だったと?』
『いえ、逃げられずに倒したんです』
ルイが知っているルーディスの能力では、1人で倒すのはどう考えても無理だった。
『ふ~ん、んじゃ、誰かに助けてもらったんだ』
冒険者になろうとしている者の中に隠れた実力者は多い。その中の一人が加勢でもしたのだろう。
『ユリアに救われました』
あまりに意外な答えにルイは驚きを隠せなかった。
ルーディス自身いまだに信じられていない様子だ。
『どういう事よ、ちゃんと説明しなさい』
『ちゃんとと言っても、もう時間がないので、かいつまんで説明します』
ルーディスは暗黒竜がなぜか、ユリアを狙っていたこと、倒す直前に見た幻影と、ユリアから放出された謎の虹色の光の事を伝えた。
『というわけなんですが、僕はどうすれば』
『ふ~ん、別にどうもしなくていいわ。わたし達が気にすることじゃない。本人の問題だから放置でいいわよ』
ルーディスが見た光の正体は分からないが、その発生源であるユリアが原因で、暗黒竜が昏倒したのは間違いないだろう。
だが、何が起こったのかを正確に知るには、情報が少なすぎる。
この島に降りてすぐに現場にいっては見たが、暗黒竜の血しぶきと思われる跡がそこかしこにあるだけで、死体はもちろん、ユリアの力の痕跡は何も残されてはいなかった。
「あんまし不確定要素で考えたくはないんだけど、これは噂に聞くアレかしらね?」
ルーディスから聞いた話を頭の中で整理していると、カラカラと鳴子が鳴った。
何者かが接近してきたようだ。
「ったく、タイミング悪いわね」
ルイが、寝床から這い出ると罠を仕掛けた場所の手前で受験者数名が呆然と立ち尽くしていた。
どうやら罠にかかった様子ではないようだが装備はボロボロになっていた。
その中に知り合いを一人見つけてしまったルイはばつが悪そうに声をかけた。
「ごめん。ビックリさせちゃったかしら。それよりも、集団でどうしたの?」
「ああ、ルイじゃない。って事は、これはあなたが?」
受験者達の話を聞いてみると、大型の魔物が島の中心で大暴れしているとのこと。
魔物を避けてやり過ごすつもりだった人達が逃げる過程で合流してきて、この人数になったらしい。
どうやら彼らは落ち着ける場所を探していたらしい。
「なら、ここにみんなここに陣取るといいわ。この周辺は私の罠がたっぷり仕込んであるから安全よ。罠の場所は教えるから、引っかからないでよ」
そう言って、ルイは場所を提供し人が集まることで、魔物の警戒心を煽って近づけなくした。
それが功を奏し、試験終了まで魔物が襲ってくることはなく、ルイは考えをまとめることができたのだった。
次回27日予定




