14話
山の頂上に登ると孤島の全容が判った。
山は2峰あり孤島の中央よりやや東に位置するようだ。
山を囲むように森が広がっている。
孤島の8割が木々に覆われている。
山を中心に5本の川が流れていた。
太陽は水平線でその身体の半分が隠れている。
空はオレンジに染まり、時刻は夜に向かってカウントダウンを始めていた。
山頂にはルーディス達以外にも数組の受験者の姿があった。
考えている事は同じのようだ。
ルーディスは腕を組んで頭を悩ませた。
孤島のほとんどが森なのだが、普通は森に存在しないはずの魔物が多数生息しているのを確認している。
川辺にも海にしかいないはずの海洋魔物を見かけた。
どうやら協会は環境に不適合の魔物までこの島に連れ込んでいるようだった。
品種改良された植物も複数あることから、本来の生態系とは異なる状況にあると考えた方がよさそうである。
「夜営は森の中が無難か。いや、山間部の方が隠れる場所は多いか。でもなぁ、う~ん」
孤島は決して広くない。
協会の手によってこの狭い空間に多種の魔物が詰め込まれていて、魔物の人口密度が高く常識が通じない。
夜行性の魔物も少なくない。
1日や2日程度では魔物の生息地域を把握するのも難しい。
どこで夜営をしても危険度は同じような気がする。
「どうするの?」
ユリアが不安そうに聞いてくる。
ここに来るまでに4度の魔物と遭遇した。
慣れない戦闘を繰り返したせいもあり、ユリアは疲弊していた。
ほぼルーディス1人で戦っていたようなものだが、彼女なりに役に立とうと頑張っていたのだ。
努力は認めてやるべきだろう。
「山を降りよう。麓から少し離れた川沿い付近の森で夜営をする」
ルーディスはユリアの顔を見て即断した。
不確定要素が多くて、より安全な選択肢が導けそうにない。
だったらユリアが出来る限り休めるように配慮した選択をしよう、と考えたのである。
二人が山を降りた頃、太陽は海の彼方に消えて夜の世界が降りてきた。
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夜。暗闇の森の中。木の根元を枕にしてユリアは眠っていた。
その隣では木を背もたれにしたルーディスが目を閉じていた。しかし、眠ってはいない。
森の中では複数の気配が常に動いていて休む余裕を与えてくれない。
ほとんどが魔物の気配だが、人の気配もまばらにある。
ただ、こちらに近づいてくる様子はなかった。
(数人が魔物から距離をとって夜営しているみたいだけど、近い。大丈夫かな)
不安はすぐに現実となった。
魔物の気配が人の気配と接触した。
程なくして金属音が暗闇から聞こえた。
魔法と思える稲光のようなものが空に走り、一瞬だけ森を明るくする。
光に触発されたようで、魔物の気配が魔法の光を発した場所へと近づいていく。
(このままじっとしてたら、寄って来た魔物が僕達も見つけてしまうかもしれないな)
疲れて眠るユリアの顔を覗き見る。
安心しきった表情で深い眠りについていた。
出来れば、この眠りを妨げたくはない。
それに自分も明日の為にできるだけ余力を残しておきたかった。
(戦闘している連中には申し訳ないけど……)
ルーディスは眠っているユリアを背中に抱えて、その場から移動を開始した。
魔物が先程の魔法の光が出現した場所に向かっているおかげで、魔物との遭遇を回避するのは簡単だった。
それよりも背後に感じるユリアの身体の感触に何ともいえない緊張を覚えていた。ユリアのふくよかな胸部が自分の背中に当たっていたのだ。
ユリアが鎧を身に着けているとはいえ、それは革製の身体に密着しているタイプのもの。
胸部の大きさは隠せない。
「し、失敗したかな。ごめん」
ルーディスは思わず寝ているユリアに謝るのだった。
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◆試験4日目 野戦実技試験2日目
早朝。まだ太陽が水平線の向こう側で、かすかに光が空に射してきた頃。
ユリアが目を覚ました。
起き上がった瞬間、彼女は不思議そうな顔をしていた。
眠ったときと風景が違うことに気付いたようだ。
夜の間に別の川沿い近くまで移動してきたのだから、当然である。
「ねぇ、ルーディス。あたし達、こんな場所にいたかしら?」
「あ、あぁ。気のせいじゃないかな。ここに来たときは暗かったし、明るくなって見た目が違っているように感じてるだけだよ」
「なるほど、そっか」
ユリアはルーディスの言い訳にあっさり納得した。
でもそれは、この孤島がほとんど森で似たような風景である事と、ユリアがルーディスの事を完全に信用しているおかげであった。
(う……なんか少し、罪悪感。ほんと、ごめん)
謝罪は心の中に留めておく事にする。
今は余計な情報を与えて不安を助長させたくはない。
「ユリア、動ける?」
「うん。大丈夫」
「だったら食事を済ませてすぐに移動しよう。太陽が昇ったら目を覚ました魔物達が水辺にやってくるはず。ここにいたら危ないと思うから」
ルーディスとユリアは川辺で顔を洗い、森で採った果物で朝食を済ませて移動を開始した。
本来なら点数稼ぎに魔物が寄ってくるのを待って戦いを挑むところだったが、ユリアが一緒だから仕方がない。
優先すべきはユリアの安全だ。
それは当然、口には出さない。
ユリアが負い目を感じるからなのだが、それは表面上の理由。本当はルーディスがユリアを守る事に優越感を覚えていたからだった。
好意を寄せる異性を守るという満足感。
それは人間の……というよりも、男の卑しい感情に根ざしたもの。
自覚はあったが、その優越感にルーディスは抗えなかった。
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移動を再開して1時間ほどした頃だろうか。
魔物の気配から逃げていると山間部に入り込んでいた。
そこで突然、ユリアが地面に座り込んだ。
「少し休憩しようか」
そうルーディスが提案したのは歩き疲れたのだろうと思ったからだ。
しかし、ユリアは無言で首を横に振った。
その顔は蒼白で身体が震えていた。
何事かと、ルーディスの表情に緊張が走る。
「どうした、ユリア。具合が悪いのか?」
だが、やはり首を横に振る。
ユリアは地面にしがみつくように両手をついて、震える唇で一言口にする。
「ゆ、揺れてる」
「揺れてるって?」
「じ、地面」
「え?」
ルーディスは足元に意識を集中してみた。
すると、地面から僅かに振動のようなものを感じた、ような気がする。
人に感じないほどの微細な地震だった。
「ホントだ。良く気付いたな」
ルーディスは感心すると同時に、ユリアが怯えている理由が予想できた。
「ユリアって地震、苦手なの?」
言葉で答える代わりに首肯することでユリアはルーディスの質問に答えた。
地面の小さな揺れは数秒ほど続いた直後。
下から突き上げてくるような大きな衝撃が地面から発生した。
縦揺れの大きな地震だった。
「きゃやああぁぁーーー!」
ユリアが悲鳴を上げて地面に突っ伏した。
ルーディスも立っていられず肩膝を付く。
山の上から崩れた地面が無数の岩の塊となって山間部に転がり落ちてくる。
山間部の中央にいた2人に岩が降り注ぐ事はなかった。
しかし、中央に居たが故に逃げ場を失ってしまった。
岩に紛れて巨大な黒い塊が落ちて山間部の中央に転がっていく。
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地震を起こした張本人は苦笑いをしていた。
「ちょっとやり過ぎちまったか」
金髪の青年の正面の地面に穿たれたクレーターのような大きな穴があった。
大型の魔物をまとめて足止めしようと大地に干渉する魔法を使ったのだ。
ところが、力の制御を誤ったのか地面を刳り貫いたばかりか地震を引き起こしてしまった。
「しかし、制御に失敗したにしちゃ効果が変だよな。これは別の……」
金髪の青年は周囲を見渡した。
青年が現在地は山の中腹。
山の一部が崩れて森に落ちていく。
その中に黒くて大きな塊が見えた。
その姿を確認した金髪の青年は白い歯を剥き出しにして笑う。
「なるほど。オレの魔法に干渉したのはアレか」
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地震はすぐに治まった。
だが地震によって崩落してくる斜面の欠片は厄介だ。
麓に落ちてそこで終わりなら良かったのだが、大きな岩が勢いを止められずに山間部に転がってくる。
ルーディスとユリアまでその岩が届くことはなかったが、安心もしていられない。
周囲に岩の塊が出来てしまい、通行の障害物と化していたのだ。
そして何よりの問題は、目の前の危機だ。
目の前には崩落した岩に混じって転がってきた黒い塊があった。
それは最初に遭遇したヘルハウンドの10倍以上の大きさで、蜥蜴のような形をした『生物』だった。
皮膚が黒光りする甲殻類を思わせる鱗で覆われていた。
顔は蛇に似ていて頭には二本の角、口には大きく鋭い牙を有していた。
「冗談だろ」
ルーディスは剣を構えて眼前の生物を見据えながら、絶望的な感情を抱いていた。
「なんて大きな魔物。なんなの、アレ」
地震の衝撃から立ち直ったユリアだったが、巨大な敵の出現に困惑していた。
大きさだけでも十分な脅威だ。それは当然のこと。
しかし、目の前の黒い生物はそれだけではない。
「ダークネスリザード」
掠れた声でルーディスが答えるが、ユリアは聞きなれない様子で首を傾げる。
だからルーディスはもっと判りやすい言葉で言い直した。
「暗黒竜だ」
今度こそ、ユリアは絶句した。
竜と聞けば誰だって恐怖する。
世界最強の種族とされ、純粋な力だけなら魔族すらも超えるとも言われているのだから当然だ。
竜族の中でも暗黒竜はとくに異能であることで知られている。
魔石と呼ばれる魔力を多く含む鉱石を主食とし、全身を覆う鱗は魔力を弾く。
他の竜族に比べれば皮膚は柔らかいのだが、それでも人が扱う一般的な兵器などでは貫けないぐらいの強度はある。
強大であるために接近戦が難しいのは言うまでもないが、魔法に対する耐性が強いという点で他の竜より遥かに厄介なのである。
竜は人間を食す事はほとんどなく、攻撃を仕掛けなければ基本的に襲ってはこない……はずなのだが、暗黒竜の瞳は明らかにルーディス達を捉えていた。
間違いなく標的にされていた。
反面、竜には殺気が感じられず、こちらをずっと見ているだけだった。
ただ自分達を観察しているだけのようにも見える。
とはいえ、こちらが行動を起こした瞬間に動き出す可能性も否定できない。
「ユリア。一人で逃げろ」
ルーディスは即断した。
自分の実力にそれなりの自負はあるものの、竜が相手ともなれば話は違う。
レイリアかルイが一緒ならばまだ戦いようはあったかもしれない。
しかし、一人では勝ち目がない。
ユリアを守りながら戦うなど論外だし、守りながら一緒に逃げるなんてもっと難易度が高い。
そうなると、自分が壁になってその間にユリアを逃がす選択が最良だ。
「逃げるって……」
「僕達だけじゃ、勝負にならない。まっすぐ、南に走って。そっち側に他の受験者達の気配がある。彼らに暗黒竜がいることを知らせるんだ」
「で、でも」
「早く行くんだ。今、僕は君を守ってやれる余裕がない」
緊迫感のあるルーディスの声にユリアが肩を震わせた。
足手まといの自覚があるせいか、ユリアは今にも泣きそうな表情で渋々と頷く。
「わ、判った。無茶しないで。必ず応援を連れてくるから」
ユリアは暗黒竜とルーディスに背を向けて走り去った。
ユリアが走っていく気配を背中で感じながら、ルーディスは暗黒竜と対峙する。
(勘違いしているみたいだけど……多分、大丈夫だよな)
ルーディスが受験者達に暗黒竜がいることを伝えろとユリアに言ったのは、助けを求めるためではなく、危険を知らせて近づかせないようにする為だ。
ユリアはどうやら勘違いしているようだが、問題はないだろう。
受験者達は竜の事を聞けば恐らく逃げてくれるはずだ。
(ユリアが僕のことを心配して戻ってくるかもしれない。だから倒せなくても、せめてこの場から暗黒竜を引き離す)
ルーディスは柄を深く握り締めて、剣先を暗黒竜へと向ける。
「来い!」
挑発するようにルーディスは暗黒竜に言い放った。
それはただ、自分の気合を自分に示す行為に過ぎない。
竜は人語を理解できるだけの知能がある事を知ってはいるが、別に相手に対して何らかの反応を期待したものではなかった。
だから、ルーディスの声に反応を示すように暗黒竜が動き出してルーディスは驚いた。
不意に暗黒竜は前進を始めたのだ。
その速度はヘルハウンドを軽く上回っている。
ルーディスは警戒して腰を屈めて、いつでも動ける態勢をとる。
急速に接近する巨体を見上げながら剣を振るうタイミングを図った。
だが、剣を振るう事は出来なかった。
暗黒竜は剣の射程の1歩手前というところで後肢をバネにして空へ躍りルーディスを跨いでいったのだ。
ルーディスの背後に飛んだ暗黒竜はその勢いのまま真っ直ぐに走って行く。
ユリアの去った南に向かって。
次回14日更新予定
2017/05/08 一部誇張表現を訂正しました。




