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エンジェルナイン ~白球に込めた少女たちの願い~  作者: 千咲 零音
第三章   最後の願い編・前
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13球目  決め球ハンター

(とは言ったものの、こいつはこいつで面倒臭い相手ね……)


 叶夢は目の前のバッターをどう討ち取るか頭を悩ませていた。晃は、打撃に関してはチーム内で七乃に次ぐ実力がある。とはいえ、何か特別な力を持っているわけではない。それでも叶夢を警戒させる要因になっているのは、晃のバッティングへのこだわりとその性格だ。


((あきら)は、必ず相手ピッチャーの決め球と勝負する。アタシの勝負球がダブルブレードだと知られている以上、恐らくそれ以外の球はカットされる……でも、こんな序盤で肩に余計な負担をかける訳にはいかないし、どうしようかしら……)


 叶夢は、考えが纏らないまま優音のサインに頷き投球に入る。

 晃は、初球のストライクを見逃すと、その後2球続けてのボール球も見送った。4球目はストライクだったが、これにも手を出さない。

 晃は、相手投手の勝負球を打つことに快感を見出している。相手が得意としている球を攻略することで、その自信ごと打ち砕く。逆に言えば、勝負球以外には興味がないのだ。


(さぁ、早く投げてこい! ダブルブレード!)


 晃は期待に胸を膨らませバットを構える。それを見据える叶夢は難しい表情を見せている。


(追い込んだのはいいけど、ここからが問題ね)


 叶夢は一抹の不安を抱きながらも、優音のサイン通りに投げ続ける。

 案の定、ツーボールツーストライクとなってから、2球続けてファウルで粘られる。すると、晃がバットを右肩に担ぎ優音の方へ振り向き、口を開く。


「おい、お前」

「ふぇ!? わ、わたし?」


 思いがけないタイミングで声をかけられた優音は、素っ頓狂な声で答えた。その反応に、晃は左手で頭を掻きながら呆れ気味に答える。


「他に誰がいるんだよ」

「そ、そうだよね。えっと、なんでしょう?」

「なんでダブルブレード投げさせないんだ?」

「そ、それは……」


 薄々何を問われるのかを分かっていた優音だったが、上手い言い訳が見つからずに口籠ってしまう。


(はぅ~。どうしよう……)


 優音が晃から目を逸らしておどおどしているところに、叶夢が助け舟を出す。


「ちょっと(あきら)!」

「あ゛?」


 叶夢に呼びかけられ、晃は声の方へ視線を移した。叶夢は、不機嫌そうに睨みつけてくる晃に動じることなく続ける。


「うちのキャッチャーにちょっかい出さないでくれる?」

叶夢(かの)ちゃん……」


 優音は、叶夢が割って入ってくれたことでパァッと笑顔を見せる。しかし、そんな彼女に向かって叶夢がビシッと指をさして言う。


「あんたもあんたよ。それくらいで一々おどおどしてんじゃないわよ。アタシとバッテリー組むならもっと堂々としてなさい!」

「ふぇ……ごめん……」

「まったく。紗妃(さき)の時みたいに、お前なんかにダブルブレードを使う価値はないってハッキリ言ってやればいいのよ」


 叶夢が言い終えると同時に、晃は視線の矛先を優音へと切り替えた。優音は、慌てて首を振りながら怯えた様子で口を開く。


「思ってない! そんなこと思ってないですー!」


(ふえぇ……この人恐いよう……)


 優音は涙を滲ませながら身体を強張らせた。そんな肉食獣に追い込まれた小動物の様に身を縮ませている優音に、晃は「チッ」と舌打ちをして叶夢に向き直り声をかける。


「おい叶夢(かのん)、ホントにダブルブレード無しでこのオレを抑えられると思ってんじゃねーだろうな?」

「だったら何だって言うのよ?」

「決め球を使わずに抑えられるほど甘くねえってわからせてやんよ」

「ふふっ、いいわ。そこまで言うなら、お望み通りダブルブレードで切り刻んであげる」

紗妃(さき)の時みたいなハッタリじゃねーだろうな?」

「ええ。もちろん」


 きっぱりと言い切る叶夢に、晃は満足そうに笑みを見せた。そのやり取りを見守っていた優音は、予想外の展開に慌てて口を開く。


「タ、タイムお願いします!」


 叶夢の元に駆け寄った優音は、不安そうに叶夢に問いかける。


「か、叶夢(かの)ちゃん、わたしまだダブルブレードは……」

「大丈夫よ」

「え?」


 自信に満ちた叶夢の声色に、優音は首を傾げた。


「ちゃんとあんたの構えたところに投げるから。それなら問題ないでしょ?」

「ふぇ!? そ、そんな……無理だよぉ」

「いいからやるのよ。今は向こうがダブルブレードを警戒してくれているから、相手が的を絞れずに上手く抑えられてる。でも、もしダブルブレードが投げられないことがバレたら、そうはいかなくなるわ」

「それは……そうかもしれないけど……」

「大丈夫、1球だけよ。今1球でもダブルブレードを見せておけば、もうしばらくは誤魔化せるわ。アタシを信じなさい」


 叶夢は、言いながら右手で優音の左肩にポンと手をかけた。優音は少し考え込んで「う、うん。わかった、やってみる」と答えるが不安の色は隠せない。叶夢がそれに「ありがとう」と微笑むと、優音はようやく笑みを見せ、叶夢の元を後にする。

 優音が戻ると、晃が待ちくたびれたとでも言いたそうな顔でぐっーと伸びをして、バッターボックスへ入る。


「また変な事企んでるんじゃないだろうな?」

「安心しなさい。ちゃんとダブルブレードで切り刻んであげるから」

「ふん、言うじゃねーか。いいぜ、かかって来いよ」


 晃は言いながらバットを構えた。それを見届けた叶夢は、何も言わずに優音と視線を交わす。そして、お互いに一度頷き合った。

 叶夢はゆっくり振りかぶり、投球モーションに入る。今まで以上に鋭い腕の振りから放たれたキレのあるカーブが、外角低めに構えた優音のミットに向かって飛んでいく。

 晃のスイングがそれを捉えようとした瞬間、叶夢の投げた球は二度目の変化をする。


(なっ!? まだ曲がるのか?)


 晃は予想以上の変化に芯を外すが、強引に引っ張り弾き返した。痛烈な打球は三遊間に低いバウンドで飛んでいく。

 その打球に素早く反応したのは、詞葉だった。彼女が打球に追いつくかというところで、打球は詞葉の右手側にイレギュラーバウンドする。しかし、それを予測して減速していなかった詞葉は打球に追いつき、逆シングルでの難しい捕球を難なくこなす。そして、体制を崩しながらも素早く一塁へボールを送る。少し送球がライト側に逸れるが、向日葵はぐっと腕を伸ばし捕球した。それから少し遅れて晃がベースに辿り着く。

 今回、初めて見る打者、そしてダブルブレードと、サンプル不足で詞葉は打球予測が出来なかった。しかし、それでも打った後ならその打球の軌道は他の誰よりも正確に予測できる。彼女の神眼は、打球の速さ、バウンドの角度を正確に捉え、グラウンドの僅かな凹凸も見逃さない。詞葉にとって、イレギュラーバウンドは通常のバウンドと何ら変わりはないのだ。

 晃は悔しそうに声を上げる。


「くそっ! あれも捕るのかよ!」


 晃は詞葉の方に目をやる。すると、それに気がついた詞葉が、嫌味を込めた笑顔を晃に向けた。晃は、目を背け舌打ちをすると、面白くなさそうにベンチへ帰っていく。

 晃が戻ると、七乃が声をかける。


(あきら)、今のダブルブレードなんか変じゃなかったか?」

「ん? 別にいつもと変わんねーだろ。ってか、打席に入って見るのは初めてだったからな」

「そうか……」


(なんださっきの違和感は? それに、ダブルブレードは初対戦の(あきら)があんな簡単に打ち返せるような球じゃない)


 七乃は、口元に手を当てて考え込む様に俯いた。そんな七乃に結花が話しかける。


七乃(なの)ちゃん、どうしたのぉ? そんな難しい顔してぇ」

「ん? 結花(ゆか)か。いや、今の叶夢(かのん)の球、ちょっと変な感じがしてさ」

「変な感じ?」

「あぁ、なんか叶夢(かのん)らしくないというか……」


 七乃は、顔を上げて視線をマウンド上の叶夢に向けた。


「そう言われると確かに……あっ、そうだ! 叶夢(かのん)ちゃんがダブルブレードを覚えたばかりの頃、上手くストライクが入らなくて、よく空き缶を的にして練習してたよね? なんかその時に投げてたのと似た感じがしたかな」

「的当て練習……そうか! わかったぞ、違和感の原因が! サンキュー、結花(ゆか)


 七乃がそう言って笑顔を向けると、結花は不思議そうに瞼を瞬かせた。

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