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10球目  それぞれの力

 彩羽は左打席に入ると、オーソドックスな構えでマシンを見据える。 

 それを確認すると、琴音がピッチングマシンを操作し、マシンからボールが放たれる。

 今回の練習はバッターに打たせるのが目的なので、コースはストライクゾーンの中心付近に調整してある。簡単なコースで八十キロの球速。これは彩羽にとっては難なく打ち返せる球だ。彩羽が脇を締めたコンパクトなスイングでボールを捉えると、グラウンドには快音が響き渡る。

 彩羽はバッティングセンスもなかなかの物だ。大振りせずに、上手くタイミングを合わせ、安打を重ねていく。


「あー。スッキリしたー。やっぱりヒット打てると気持ちいいね!」


 彩羽は規定数の十球を終えると、両手を上に、少し体を後ろに反らすようにぐーっと伸びをしながら満足そうな表情を浮かべる。

 長打性の打球こそなかったが、六球の安打を放った。しかし、流石に最後の百二十キロの球はバットに当てることも難しかったようだ。


「よっし! 次は、ぼくの番だねー」


 続いて、夏姫が右のバッターボックスへ入る。バットを高めの位置で大きく構え、なかなかの貫録を感じさせる。

 夏姫は力があるので、その豪快なフルスイングが魅力的なのだが、バットコントロールに少し難がある。レフト方向に引っ張るような打ち方を好み、バットに当たれば少々芯を外しても無理矢理に力で外野まで運ぶことが出来る。結果は、外野の守備を破る長打性の当たりが二本と安打が二本だ。


「ありゃ~。上手くいかないなぁ」


 夏姫がバッティングを終え、ヘルメットを脱ぎつつぼやいていると、次の順番の冬姫が夏姫の元へ歩み寄る。


「……ナツ……。ナツは少し大振りし過ぎなのよ……もう少しコンパクトにバットを振りなさい」

「いやー、だってせっかく打つんだから一発ドカンと大きいの打ちたいじゃん」

「……それでも、バットに当たらなくては意味がないのよ」

「むー。わかったよー」


 冬姫の指摘に、夏姫は少し不満そうな表情を見せる。冬姫は、そんな夏姫を優しく諭すように頭をポンポンと軽く撫でやる。


「……ふふ……ナツならきっと大丈夫よ。それに、ナツはイブと違って力があるのだから……。そんな力任せに振らなくても充分遠くに飛ばすことが出来るわ」

「んー。姉ちゃんがそういうなら、気を付けてみるよ」


 優しく微笑みながら言う冬姫に、少し照れくさそうにしながらも今度は夏姫も納得した様に頷いて見せる。その反応に冬姫は満足そうな笑みを浮かべている。

 普段は冬姫の方が夏姫に甘えているような素振りを見せているが、こういった場面ではしっかり冬姫がお姉さんぶりを発揮しているようだ。


 夏姫を見送ると、冬姫はゆっくりと準備を始める。なんとも気怠そうだ。


「……あぁ……バットってなんでこんなに重いのかしら……」


 女子野球部もう一人の左利きは冬姫だ。彼女は半ばバットを引きずるようにバッターボックスへと向かう。

 彼女のバットの構え方は独特だ。ちょうどテニスのバックハンドの時のようなテイクバックをとる。

 腕力が人より劣る冬姫は、よりボールをバットの芯で捉えることに重きをおくようになった。その結果、辿り着いたのがこの打法だ。

 一見すると酷く打ちにくそうだが、冬姫にはこれが一番ベストなフォームなのだ。通常のフォームだと、力のない冬姫はスイング時に体ごとバットに振り回されてしまい、重心が安定しない。その点このフォームなら、振り始めからボールに当てるまでを、より短い距離でコンパクトにボールに合わせることが出来るというわけだ。

 ただ、自力で打球を前に飛ばす力がほとんど無い為、打球の強さは相手投手の球速に依存しやすい。つまり、相手の球速が速い場合は、その反発力を利用してそれなりに強い打球を打つことが出来るが、遅い球の場合、必然的に打球の勢いも弱くなるのだ。

 結果は十球を終えて、安打が三本だ。ちなみに、百二十キロの球を安打に出来たのは、四年生組では冬姫ただ一人だ。

 しかし、冬姫の真価は速い球を安打に出来ることではなく、その驚異的なバットコントロールにある。十球を終えるまで、一球も空振りをしていないのだ。それだけではない。前半の球速の遅い球は内野ゴロになるのを避けて、全てカットしてファウルにしている。そのあたりの抜け目のなさも、冬姫の強みと言っていいだろう。


「……うぅ……もう手が限界だわ……」


 まぁ……スタミナの方に難はあるようだが。


 六年生組の先頭バッターは一愛だ。一愛はぴょんぴょんと小動物の様な軽い足取りでバッターボックスへ入ると、少し重心を落とし、コンパクトかつシンプルに構える。それによって、ただでさえ低い身長に拍車がかかる。このストライクゾーンの狭さは、並みの投手であれば難儀することだろう。


「みぃー! ひなのでばん。どんとこーい!」


 一愛は、身長こそ低いが、そんなに華奢な体つきなわけではない。胸に関して言えば、優音よりも大きかったりする。

 力も見た目以上にはあるし、体操でしっかり体幹が鍛えられているので、冬姫のように自力でボールを飛ばせないとういことはない。

 そして、バッティング時の一愛の最大の武器であるボディバランスは驚異的で、少しタイミングやフォームを崩され、打ちにくい態勢に陥っても、自分の持てる力をフルにボールに伝えられるように、高速調整する。これも本人には自覚はなく、一愛が無意識に行っていることだ。

 結果は、彩羽と同じく六球を安打にした。一愛の能力は、変化球やストライクゾーンから外れた球に対して大きく力を発揮する。今回の成績は彩羽と同じだが、実践になれば一愛の方が実力は上といっていい。


「みぃー! まんぞくまんぞく」


 打ち終えた一愛は、ご機嫌な様子で守備に戻っていった。

 続いて、それと入れ違うように詞葉がバッターボックスへと向かう。


「さぁ、やっと私の番ね」


 バッターボックスに入った詞葉がバットを構える。その姿は、一切の隙を感じさせない。そんな彼女の強みは、言うまでもなく【神眼(ディバインアイズ)】と称されるその眼だ。文字通り神から授かったそのずば抜けた動体視力は、完璧に球筋を見極める。

 そして、その視野の広さは守備の穴を見逃さない。広角に打ち分ける巧みなバットコントロールで、守備と守備の間、より広く空いたスペースを瞬時に探し出し、狙い打ち抜く。

 もちろん、これはマシン相手だからこそ出来ることであって、ある程度以上の実力のある投手相手にやろうとすれば、こんな簡単にはいかない。とは言え、詞葉のバッティング能力は全国レベルと言っていいだろう。

 そして、実践で発揮されるもう一つの強み。その人並み外れた観察力と瞬間記憶能力による恩恵だ。詞葉は相手投手の癖を見抜く力がある。リリースポイントの微妙な差や投球フォームから、球種をある程度なら予測出来るのだ。

 プロではトップクラスの選手になれば、相手を研修し、似たような事をしている者もいるが、詞葉の場合は多少ニュアンスが変わってくる。

 直球の時と変化球の時のフォームを記憶した画像を、頭の中で照らし合わせてそのズレを見極める。その為、癖を見抜くのに数打席しか必要としないのだ。こんなことをやってのける選手はプロでもお目にかかれないだろう。まさに神眼と呼ぶに相応しい能力だ。

 結果は、長打性の当たりが二本と、安打が八本の完璧な成績だ。


「まぁ、こんなところね」


 詞葉は、涼しい顔をしてバッターボックスを後にした。

 詞葉がヘルメットを脱ぎ、守備につく準備をしていると、優音が彼女の元へとやってくる。


詞葉(ことちゃん)、すごいね! わたしも頑張らなきゃ」

「そんなことないわ。私はこの眼に……ただ与えられた力に頼っているだけだもの。これは自分で掴み取った力じゃない。私の本当の実力じゃないわ」

「そんなことないよ! それを使いこなせるのは、詞葉(こと)ちゃんの実力でしょ? わたしが詞葉(こと)ちゃんみたいな力を持っていたとしても、きっと持て余しちゃう。それに、それも含めて詞葉(こと)ちゃんなんだから。ね?」


 そう微笑みかける優音の言葉に、詞葉は神妙な面持ちから穏やかな表情へと変わっていく。


「ありがとう。優音(ゆい)。それでも私は……あなたの努力して手に入れたその力の方が、ずっとすごいと思うわ。頑張ってね」

「わ、わたしなんてそんな……でも、ありがとう。それじゃ、行って来るね!」


 詞葉に褒められ、優音は少し慌てた様子で謙遜して見せたが、間も無く笑顔を見せると、準備を整えバッターボックスへと向かって行った。

 日も徐々に落ちてきて、空はうっすらと沈み行く陽光に染められつつあった。忙しなく続けられる蝉の合唱の中には、ちらほらと数匹の蜩も参加し始めたようだ。

 夏特有のむしむしと湿った土の臭いが鼻を突く。そんな中、彼女たちは額に汗を踊らせながらも、その表情には時折り笑顔を覗かせ、充実感を見て取れた。


「よ、よろしくお願いします」


 優音はグラウンドに向かってぺこりと一礼すると、バッターボックスに入りゆっくりとバットを右肩へと持ち上げる。その瞬間、彼女を包み込む周囲の空気が一変する。普段のにこにこと穏やかな雰囲気とはうって変わり、眼光鋭く凛々しい表情だ。バットを構えるその姿は、可愛らしさを残しつつも充分な威圧感を放っている。


「よし! 行きます!」


 優音が気合いを入れると、琴音はピッチングマシンの操作を始める。

 低い機械音と共にマシンからボールが放たれると、優音はそれを難なくセンター方向へはじき返す。鋭いライナー性の打球だ。山の奥深くに湧き出す水のように一点の濁りもない澄んだ金属音が心地よく後を引く。


 優音は小柄だが決して華奢ではなく、向日葵、夏姫に次いで部内では三番目に力がある。しかし、彼女はレフト方向へ力任せに引っ張るような打ち方はしない。ギリギリまで球筋を見極め、充分に身体にボールを引き付けてからのセンター返しやライト方向への流し打ちを好む。

 そして、夏姫と違い、しっかりバットの芯でボールを捉えることが出来るので、単純な力では劣るものの、長打力という点では優音の方が圧倒的に勝っている。


「はぁっ!」


 優音が気合の篭ったスイングでボールを捉えると、はち切れんばかりの金属音とともに打球は右中間方向へきれいな放物線を描き飛んでいく。そのまま打球はぐんぐん伸びて、充分な余裕を持って柵を超えていった。

 優音は表情を緩めることなく再びバットを構えると、鋭い眼光でマシンを見やる。スタンダードな基本に忠実なスイングからは、その後も次々と力強い打球が放たれる。


「ふぅ……。よかったぁ。うまくいって」


 優音は十球を打ち終えるとヘルメットを外し「ほっ」と胸をなでおろした。

 十球中、二本のホームランと外野を超える長打が四本、それから二本の安打と好成績を残した。百二十キロの球にもしっかり対応し、副部長としての威厳を保った。

 優音が準備を整え守備に戻ろうとすると、そこへ向日葵が駆け寄る。


優音(ゆいちー)すごいじゃん! 二本もホームラン打って!」

「あはは。ありがと、向日葵(ひま)ちゃん」


 向日葵の言葉に、優音は満面の笑みで答える。


「あたしも頑張らなきゃ! 打つのだけは誰にも負けたくないからね!」

「うん。頑張ってね! 向日葵(ひま)ちゃんがどんなバッティングするのか楽しみだな」


 バットを振るような仕草を見せながら言う向日葵に、優音はわくわくした様子で返す。


「任せてよ! 全部ホームランにしちゃうから!」

「そ、それはさすがに……」


 向日葵は左手を胸元に当て、自信満々に胸を張って全弾ホームラン予告をすると、優音は少し反応に困ったような笑顔を見せた。


「まぁ、見ててって! ビックリさせちゃうからさ」

「う、うん。わかった。応援してるね!」

「ありがと! それじゃ、いってくるねー」

「うん。また後でね!」


 言いながら向日葵は左脇にヘルメットを抱え、バットを持った右手で優音に手を振りながらバッターボックスへと向かう。

 優音はそんな向日葵に笑顔で手を振り返し見送ると、自分の守備位置へと駆けだしていった。

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