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5球目   再結成!

 詞葉は、そわそわと落ち着かない様子の向日葵を見て、その名を呟く。


向日葵(ひまり)……」

「えっと……詞葉(はー)ちゃん……さっきはその……ムキになってごめん」

「私の方こそ、取り乱して悪かったわ」

「あの……その……」


 向日葵は何を言っていいのか分からず言葉を詰まらせる。それを察した、詞葉が話を切り出す。


向日葵(ひまり)、覚悟は出来てるのよね?」

「え? 覚悟って?」


 戸惑いを見せている向日葵に構わず、詞葉は話を続ける。


「エンジェルナインになっても、心奏(ここな)は戻ってこない。もしそうなっても、その結果を受け止める覚悟が出来てるのかって聞いてるのよ」


 それを聞いた向日葵は一瞬、辛そうな表情を見せたが、詞葉は言葉を止めなかった。


「もし、あんたがそれを覚悟した上で、僅かな可能性にかけてみたいというのなら、私は力になってもいいと思ってる」

「覚悟は……出来てる。それでも、あたしはエンジェルナインになりたい。叶夢(のんの)と、ここにいるみんなで一緒に」

「そう。わかったわ」


 二人を見守っていた優音と一愛は、顔を見合せ安堵の笑みを浮かべる。


「エンジェルナインの記録は殆ど残っていないの」

「え?」


 唐突に話が変わり、向日葵が不思議そうに声をあげた。


「知りたいんでしょ? エンジェルナインのこと」

詞葉(はー)ちゃん……うん!」


 詞葉が言うと、それに答えた向日葵はようやく彼女らしい笑顔を見せた。


「エンジェルナインが優勝した時、まだ女子野球はマイナー競技で、全国大会の規模も小さかったのよ。その上、大会形式が今の形……つまり、エンジェルリトルが開催されるようになった時、運営団体も変わっているの。だから、それ以前に行われた全国大会の公式記録は殆ど残っていないの。今となっては、誰が最初にエンジェルナインと呼び出したのかすらわからないわ」

「えー! そんな情報じゃ全然役に立たないじゃん! もっとなんかないの?」

「まだ話の途中なんだから、がっつくんじゃないの」

「あぅっ」


 詞葉は、身を乗り出して抗議する向日葵のおでこを指で軽く小突く。


「いい? そんなマイナー競技の、しかも小学生のチームが話題になった。そこにヒントが隠されてるわ」

「つまり?」


 向日葵がいつになく真剣な眼差しを詞葉に向ける。


「エンジェルナインが話題になった理由が分かれば、それと同じことをすればいいはずよ」

「おぉ! で、その理由って何なの?」

「さぁ」

「え? わかんないの?」

「だから、その頃の情報はもう殆ど残ってないって言ったじゃない」

「むぅー。それじゃさっきと変わんないじゃんか」


 向日葵のその声には苛立ちが混じってきている。しかし、詞葉はそんなことを気にする様子も見せずに「本題はここからよ」と話を続ける。


「今まで、エンジェルナインと呼ばれたチームはない。ただ、『エンジェルナインに最も近い存在』と言われたチームならあるわ」

「あっ! 今、プロで活躍してる上野(かみや)選手がいたチームだよね」


 優音が話に割って入ると、その疑問に詞葉が答える。


「そうよ。あのチームはエンジェルリトルの歴代優勝チームの中でも最強と言われているわ」

「でも、なんでそんなに強いチームで優勝までしたのに、エンジェルナインって呼ばれなかったんだろ?」


 向日葵は、不思議そうに詞葉に問いかけた。


「そこまでは私にもわからないわ」

「そっか……」


 落ち込む向日葵を横目に思考を巡らせていた詞葉が呟く。


「でも、もしかしたら四大天使になにか関係が……」


 その消え入りそうな声に、向日葵は首を傾げた尋ねた。


「え? 今なんか言った?」

「いえ、なんでもないわ。まぁ、どちらにしても、エンジェルリトルで優勝しないことには話にならないってことよ」

「なるほど。じゃあ、今はとにかく優勝目指して頑張るしかないかー。あっ、そうだ! あの日みんなで約束したみたいに、もう一度約束しようよ。一緒にエンジェルナインを目指そう!」


 向日葵は、そういうと右手を前に出してくる。優音は、向日葵に目を合わせ笑顔で頷くとその上に右手を重ねて言う。


「うん! また今日ここから始めよう。みんなで一緒に」


 それに答える様に一愛も右手を重ねる。


「みぃー! 永十小(ながとしょう)サンフラワーズ再結成!」


 三人が詞葉を見つめる。

 無言の訴えに根負けして、詞葉は気恥ずかしさを誤魔化す為にみんなから目を逸らしつつ黙って右手を重ねた。


「ねぇねぇ、久しぶりにあの掛け声やらない?」

「嫌よ。あんな恥ずかしいの」

「えー! カッコイイのに!」


 向日葵の提案に、詞葉は焦った様子を見せる。あの掛け声というのは、詞葉にとっては黒歴史の様なものだ。

 きっぱりと断る詞葉に、優音が追い討ちをかけるように言ってくる。


「あはは。わたしは良いと思うな。それに、あれは詞葉(こと)ちゃんが考えてくれた掛け声でしょ?」

「だから余計に恥ずかしいのよ!」

「そうなの? わたしは、チーム全員の名前を入れてくれて、すごく嬉しかったんだけどな」


 優音の笑顔を見る限り、本気でそう思っているのだろう。詞葉は、彼女の純粋なその思いには抗えなかった。


「一回……」

「え?」


 詞葉が小さく呟くと、聞き取れなかったのか向日葵が声をあげる。

 一息おいて、詞葉はもう一度伝える。


「一回だけよ……」

「さっすが詞葉(はーちゃん)! ありがとう」

「いいから、やるならさっさとやるわよ」

「りょうかーい! じゃあ、順番は一愛(ひなっち)優音(ゆいちー)詞葉(はーちゃん)、あたしね」


 向日葵が言うと、他の三人がそれに頷く。


「それじゃ、一愛(ひなっち)よろしく!」

「みぃー!」


 一愛が向日葵の言葉に答えると、彼女たちは一人ずつ高らかに声をあげる。


向日葵(ひまわり)(はな)(こころ)(ひと)つに(むす)び!」

(やさ)しい(あい)()(こと)()(かな)で!」

(なんじ)七彩(なないろ)(ゆめ)(かな)えにいざ()ばたかん!」

「我ら、永十小(ながとしょう)サンフラワーズ! 仲間と共に勝利を掴め!」


『おー!』


 掛け声と共に、四人が重ねた右手を天に突き上げる。暫しの沈黙の後、誰からともなく笑いだす。


「うふふ。我ながら酷い内容の掛け声ね」

「そんなことないよ。わたしは、今でも素敵だと思うな」

「みぃー! ひなもこれ好きー」

「うん! ちょーカッコイイよ! だから、これからも試合の前には――」

「絶体やらないわよ!!」


 詞葉は、向日葵の提案を言い切る前に全力で拒絶すると、他に誰もいない静かな公園内は再び彼女達の笑いに包まれた。

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