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3球目   願いを叶える天使

「みぃー! みんなー!」


 一愛は、目一杯の声で叫びながら三人の元へ全力で走ってくる。


「あら? 一愛(ひな)は体操教室だったはずよね?」

「うん、どうしたんだろ?」


 詞葉の問いに向日葵が首を傾げると、三人は顔を見合わせた。

 息を切らしながら走ってくる一愛は、向日葵たちの元へ辿り着くと、両手を膝に乗せ、屈んで呼吸を整える。

 そんな一愛に、優音が背中をさすりながら話しかける。


一愛(ひな)ちゃん、大丈夫? どうしたの? 体操教室は?」

「はぁ……はぁ……。ママが具合悪いから、今日はお休みに、なった……の」


 一愛が、息絶え絶えに答えると、詞葉が口を開く。


「そういえば、体操教室の講師は一愛(ひな)のお母さまだったわね」

「そうだったんだ? でも、なんでわざわざ戻って来たの?」


 向日葵の問いに、ようやく呼吸が落ち着いた一愛は、身体を起こして、不安そうな表情で答える。


「みんなにメールしたのに返事来ないから、いぶきたちとケンカしたかと思って心配で戻って来たの」


 それを聞いた詞葉が思い出したように口を開く。


「そういえば私、今日はスマホ家に忘れて来てたんだったわ」


 それとほぼ同時に優音はポケットからスマホを取り出しながら言う。


「あっ、ごめん。わたし電源切ったままだった」


 それに続いて、向日葵もランドセルを漁ってスマホを取り出す。


「あれ? あたしは電源入れてたはずだけど。……あはは~、充電切れてた」


 向日葵は頭を掻きながら笑って誤魔化す。


「みぃー! みんな酷いの!」

「ごめんごめん」


 一愛が不満そうに頬を膨らませると、それに向日葵が苦笑いで答えた。

 すると、一愛は、すぐに心配そうな表情で問いかける。


「それで、いぶきたちはどうなったの?」

「大丈夫よ。上手くいったわ」


 詞葉が笑顔で答えると、一愛は安心したように大きく息を吐いた。


「みぃー! よかった」

「本当によかったよ。とりあえず、順調に進んでるってことだよね」


 優音がホッとしたように言うと、詞葉が答える。


「そうね。でもまぁ、本当に大変なのはここからだけどね」

「大丈夫だよ! なんてったって、この向日葵(ひまり)ちゃんがついてるんだから!」

「あんたのその自信はどこから湧いてくるのよ」


 詞葉が呆れたようにいうと、向日葵は胸を張って答える。


「正義のヒーローに不可能はないのだ!」

「あんた幼稚園の頃からずっとそればっかりね」

「あたしは初心を忘れないの!」

向日葵(ひまり)のそれは成長してないって言うのよ」

「ぐぬぬ……」


 向日葵が返す言葉が見つからずに悔しそうに拳を震わせていると、優音が笑顔で声をかける。


「あはは。まぁ、確かにこの先まだ不安はあるけど、今日は冬姫(いぶ)ちゃんと夏姫(なつ)ちゃんが戻って来てくれたことを素直に喜んでいいんじゃないかな」

「そうそう! 双子ちゃん二人の説得も上手くいったし、明日からいよいよ部活開始だもんね! みんなでエンジェルナイン目指して頑張ろう!」


 向日葵が右手の拳を高く突き上げると、詞葉が不思議そうに声をかける。


向日葵(ひまり)、やる気満々のとこ悪いんだけど、あんたエンジェルナインの意味わかって言ってるの?」

「え? 知ってるに決まってるじゃん! 昔めちゃくちゃ強かった伝説のチーム! だからみんなでエンジェルリトルで優勝して、エンジェルナインになろうねって約束したんじゃん!」


 詞葉の問いに、向日葵は胸を張って答える。


「あのねぇ、エンジェルリトルで優勝したら無条件でエンジェルナインになれるっていう単純な話じゃないのよ」

「そういえば、今まであのチーム以外にエンジェルナインって呼ばれたチームは一つもないもんね」


 呆れたように言う詞葉に、優音が思い出したように付け加えた。


「ええ。だから、今となってはあんなのただの伝説でしかないわ」

「えー! じゃあ、どうやったらエンジェルナインになれるの?」

「そんなの私に聞かれてもわからないわよ」

「じゃあ、エンジェルナインのこと教えてよ! 詞葉(はーちゃん)なら何か知ってるでしょ?」

「どうしてそんなにエンジェルナインにこだわるのよ? 確かにエンジェルリトルで優勝して、みんなでエンジェルナインになろうっていう約束はしたわ。でも、あの頃の私たちは、まだ小さくてエンジェルナインになるというのがどういう意味なのかわかっていなかった。だから、エンジェルナインがただの伝説だとわかっている今の私たちには、エンジェルリトルで優勝するだけで、充分あの時の約束を果たしたことになるわ」


 期待するように問う向日葵に、詞葉は諭すように言葉を並べた。

 その言葉に向日葵は表情を歪ませて言い返す。


「だって! エンジェルナインは私の憧れなんだもん! それに……心奏(ここっち)の事だって……」

「っ!? ちょっと向日葵(ひまり)! あんた、まさかあんな迷信まだ信じてるんじゃないでしょうね?」


 詞葉は一瞬、驚きの表情を見せるが、すぐにそれは険しいものに変わった。向日葵は詞葉の問いに間髪入れずに答える。


「信じてるよ! エンジェルナインになったら何でも願い事が叶うって!」



 エンジェルナインになれば願い事が叶う。女子野球界では、誰もが知っている有名な話だ。

 突拍子もない話だが、あながちまったく根拠の無い嘘というわけではない。

 今やトップクラスの女子プロ野球選手の待遇は、他のスポーツ選手を圧倒する。それが、伝説のエンジェルナインの称号付きの選手ともなれば、もはやすべてを手に入れられると言っても過言ではない。

 実際、かつてのエンジェルナインのメンバーで、今もエンジェルリーグで活躍している選手たちは、そのような認識をされている。

 故に、元々は現実的に可能な範囲で願い事が叶うという話だった。しかし、初代以降にエンジェルナインと呼ばれるチームが現れなかったことや、マスコミがネタとして取り上げたことなどから、今やエンジェルナインになって野球の神様に認められると、天使が現れて何でも願い事を叶えてくれるなんて言われている。



「あんたバカじゃないの? そんことあり得る訳ないじゃない」


 詞葉がこう言ったのは、向日葵の願おうとしていることが、あまりにも現実離れしているものだったからだ。


「そんなことないもん! 心奏(ここっち)もまた一緒に野球するんだもん!」

心奏(ここな)にはもう会えないのよ。死んでしまった人は、二度と戻ってこない……」


 詞葉は、必死に訴える向日葵から悲しそうに目を逸らした。


鹿沼心奏(かぬまここな)】、向日葵の作ったチームのメンバーの一人だ。

 心奏は、生まれつき心臓が弱く運動制限があったために引きこもりがちだった。向日葵は、そんな心奏を外の世界へと連れ出した。

 向日葵たちと行動を共にするようになってから、心奏は明るさを取り戻し、体力も徐々について激しい運動でなければ問題なくこなせるようになった。

 しかし、小学二年生の夏休み。みんなでエンジェルナインになろうと約束した数日後、心奏は交通事故で亡くなった。



「それでも! エンジェルナインになって天使にお願いしたら戻ってくるんだもん!」

「願いを叶えてくれる天使なんて、ただの作り話よ。そんなのいる訳ないじゃない……バカバカしい……。もうやめましょう。いない人の話なんて時間の無駄だわ」

「時間の無駄!? 酷いよ! そんな言い方することないじゃん! 心奏(ここっち)は大切な仲間なんだよ!?」


 詞葉は言い終えると、向日葵に背を向ける。そんな詞葉に、向日葵は怒りのままに言葉をぶつけた。

 すると、それまで落ち着いた口調だった詞葉が、悲痛な声を荒げて向日葵に言い返す。


「私だって、心奏(ここな)と一緒にもっと野球したかったわよ! でも仕方ないじゃない……どんなに願っても、心奏(ここな)はもう二度と戻って来ないんだから!」


 心配そうに二人を見守っていた優音が仲裁に入ると、一愛もそれに続く。


「ふ、二人ともやめてよ」

「みぃー! ケンカしたら、めっ」


 詞葉は、二人の方に一度振り向くが、そのまま走り去ってしまった。その瞳には涙を浮かべていた。

 向日葵は何も言えず、その背中を見送ることしか出来なかった。


「みぃー……」


 一愛は、走り去る詞葉と立ち尽くす向日葵を交互に見ながら不安げな表情で動けずにいた。優音は、そんな一愛に優しく微笑み頷く。それを見た一愛は安堵した表情で優音に笑顔を見せると、詞葉を追いかけた。


「みぃー! ことはー、待ってー!」


 やがて、二人の姿は見えなくなった。

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