2球目 説得
――しばしの沈黙の後に、詞葉が二卵性双生児について説明してくれた。
「なんだー。そういうことかー。ソーセージなんていうから、てっきり食べ物かと」
「いや、あの話の流れでどうやったら食べ物の方に話を持っていけるのよ」
頭を掻きながらえへへと笑う向日葵に、詞葉は呆れたように返す。
「もう、向日葵先輩ってば、ぼくたちなんて食べてもきっと美味しくないよ」
「そんなことないわ、ナツ……イブはともかく、ナツが美味しくないはずがないもの。……ナツの中にたっぷり詰まった蜜は、それはもう禁断の果実の様に甘美な……それでいて背徳的で……甘みの中にもほのかな酸味のある上質な葡萄酒のような……そんな味がするに決まっているわ」
「冬姫、それ意味わかって言っているの? というか、なんか凄くいかがわしく聞こえるからやめてちょうだい……」
夏姫が困ったように言った何気ない一言に、冬姫が妹への愛を惜しみなく詰め込んだ言葉を綴ると、詞葉が眉ぴくぴくさせドン引きしながら横槍を入れる。
「何を言っているのかしら……部長、ナツの魅力を語るには、こんな言葉では全然足りないわ」
「あんたね……」
得意げに言い放つ冬姫に、詞葉は呆れた表情で返す言葉もない。すると、優音が話に割り込んでくる。
「なんか、さっきから全然話が進まないね。向日葵ちゃん、今度こそ本当に話進めないと、時間無くなっちゃうよ」
「あっ! いけないいけない。そうでした。優音ありがと」
苦笑いを浮かべながら告げる優音に、向日葵はペロッと舌を出して、言いながら視線を返す。
「ではでは、改めまして。二人とも、部活に戻って来てくれないかな? 元々は野球が好きで野球部に入っていたんでしょ? だったら――」
「でも、ぼくたちが戻ったところで、もうすぐ廃部でしょ?」
「……ええ……それに、友達にクラブチームに誘われていて……今、お母さんに相談しているところよ」
「そうそう! 人数は多いみたいだけど、あそこなら一軍にならなくても練習試合とかは出させてもらえるみたいだし」
向日葵が言い終わる前に、夏姫と冬姫が断りの意を口にする。
(うっ、またクラブチームかぁ……。でも、叶夢も戻って来てくれるんだし、こんなとこで躓いてる場合じゃないよね!)
向日葵はそう自分に言い聞かせると、再び説得を試みる。
「そんなこと言わずにお願い! 期限までに人数揃えるからさ! だから、それまでクラブチームの話は待ってくれないかな?」
「そんなの時間の無駄だよ。先輩たちが引退する前から勧誘活動はずっと続けてたんだから」
夏姫が両手を頭の裏で組んでつまらなそうに答えると、それまで傍観していた詞葉が割って入る。
「そんなの、やってみなければわからないでしょ? それに、期限までたいして時間ないんだから、そんなに変わらないじゃない。だったら、最後まで付き合ってくれてもいいんじゃない?」
「それは……」
夏姫が言い淀むと、今度は優音が話を引き継ぐ。
「冬姫ちゃん、夏姫ちゃん、わたしからもお願い。せっかく今まで一緒に頑張てきたのに、ここでお別れになっちゃうのは寂しいもん。だからね……ダメ……かな?」
切なげに、優しい笑顔で語りかける優音の姿に、夏姫と冬姫は少し居心地の悪そうな様子で目を逸らす。
そんな二人に追い打ちをかける様に向日葵が口を開く。
「お願い! どうしても二人の力が必要なの! だから、あたしにチャンスをちょうだい!」
向日葵は、顔の前で両手の平を合わせて頭を下げる。
「あー、もうやめてよ。そんな風に頼まれたら断りにくいよ」
夏姫は、体の前で両手を振って顔を背けた。それを横目で見ていた冬姫は、一つため息をつくと話し出す。
「……そこまで言うのなら……廃部が決まるまでは……部活に参加しても……いいわ」
「ホントに!?」
「こんな時に、嘘なんかつかないわ……ナツ……それでいいわね?」
「ん~。姉ちゃんがいいなら、ぼくもそれでいいよ」
夏姫は、少し考えてから冬姫の言葉に同意した。
「二人とも、ありがとう!」
向日葵が満面の笑みを見せると、ずっと難しい顔をしていた詞葉が表情を緩ませて言う。
「これで、第一関門はクリアってとこかしらね」
「うん! よかった」
優音が笑顔で詞葉に続くと、向日葵がビシッと人差し指を立てて言う。
「よーし! それじゃあ、さっそく二人にあだ名を付けよう!」
「え? あだ名って――」
「お姉ちゃんの方が、いっちゃんで、妹ちゃんの方がなっちゃんね!」
夏姫の問いかけが終わるのを待たずに、向日葵が素早く二人の呼び名を決めていく。
「ねぇナツ……なんだか……すごく安易なあだ名をつけられた気がするわ……」
「そ、そうだね……姉ちゃん」
「えー? 気に入らなかったかー。それじゃあ、イブリンとか、なっつんってのはどう?」
「ちょっと……なんなのそのあだ名。人をゴブリンみたいに言わないでちょうだい。……それに、ナツにはもう少しかわいらしい――」
「あれー? これもダメなの? じゃあ、サンタとトナカイ」
不満そうに答える冬姫の言葉を遮り、畳みかけるように次の案を出す。
「ちょっと! もう原型をとどめてないじゃないの! イブはクリスマスのイヴじゃないのよ! というか、ナツに至っては、もはや何の関係もなくなってるじゃない!」
「え!? これもダメなの? 注文多すぎだよぉ」
「ダメに決まっているでしょう! そもそも、向日葵先輩はセンスが無さ過ぎるのよ! イブはともかく、ナツにそんなかわいくないあだ名をつけるなんて許さないわ!」
一方、少し離れてそんな二人のやり取りを見守っていた三人は……
「うわぁ……あんな早口でしゃべってる姉ちゃん初めて見たかも」
「あはは。冬姫ちゃんって、夏姫ちゃんのことになると必死になるよね」
「うふふ。それだけ夏姫のことが好きなのね。まぁ、初対面でここまで仲良くなれれば、今後のことは心配なさそうね」
「……これって仲良くなったっていうのかな」
珍獣でも見たかのように呆然と言う夏姫に苦笑しながら答える優音。その隣りで、詞葉は冷静な分析をして楽しそうな笑顔で付け加える。それを聞いた優音は複雑そうな表情を見せていた。
――結局、向日葵と冬姫の押し問答は、冬姫が疲れて降参する形で幕を閉じた。ちなみに、二人の呼び名はイブちんとナツナツに落ち着いたようだ。まぁ、冬姫が納得していないのは言うまでもないが。
「うぅ……なんだか……すごく、疲れたわ……」
「姉ちゃん大丈夫?」
「あぁ……ナツ…………もっと強く抱いて……イブを癒してちょうだい……」
「しょうがないなぁ、姉ちゃんは」
冬姫は夏姫の腕の中に抱かれ、愛おしそうにその胸に頬ずりをする。夏姫の方もまんざらではない様子でそれを受け入れる。
向日葵がそんな二人を見守っていると、冬姫と目が合う。冬姫は、向日葵を睨みつける。その常とは違う鋭い目つきに、向日葵は思わず息をのむ。しかし、冬姫のその瞳は若干涙を滲ませている。
向日葵は、ちょっとやり過ぎたかなと思ったが苦笑することしかできなかった。
「さて、話もまとまったことですし、今日は解散にしましょうか」
「そうだね。明日からは七人で部活出来るし、みんな頑張ろうね」
詞葉と優音が話をまとめると、みんなはそれに同意し、向日葵たち三人は双子姉妹と別れた。
帰りがけ、向日葵はたちが校門を出るとこちらへ向かって誰かが走ってくる。