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5話・雨続き

*前回までのお話*

ゼルジーとリシアンは、森の持ち主であるウィスター氏のもとへ届け物をする道々、様々な空想ごっこを楽しんだ。

「今日も朝から雨ね……」ゼルジーは、リシアンのベッドでどっかりとあぐらをかきながらつぶやいた。

「もう3日も降り続けてるわ。いつになったら止むのかしら」向かい側にはリシアンが座り、うんざりしたような声を絞り出す。

「でも、わたし達には想像力があるわ。そりゃあ、桜の木のうろに行けないのは残念だけれど、空想はいつでもどこでだってできるもの」

「ほんとね、ゼル。あんたの言う通りだわ。今日はどんなことを空想しよっか」

「そうねえ、たとえばほら、このベッド。ここが溶岩の上に浮かぶ1枚岩だって考えてみない?」ゼルジーが提案した。

「たださえ蒸し暑いのよ。汗びっしょりになっちゃうわ」

「だったら溶岩じゃなく、山のてっぺんだと思いましょう。山の上って、すっごく涼しいのよ」

「いいわね、そうしましょう」今度はリシアンも賛成する。

「でもね、ただの山じゃないの。ものすごく細いんだから。先っぽは針のようなのよ」

「まあ! それじゃ、このベッドは針の先に乗っているっていうのっ?」リシアンはびっくりした。

「そうよ。わたし達いま、ベッドの両側にいるわよね。うまく、バランスが取れているところなの。いい? 動いちゃだめよ。あっという間に傾いて、奈落の底へ真っ逆さまなんだから」



〔子供部屋はたちまち様変わりをした。地上は遙か下に霞んで見える。雲が流れ、空気はきりっと冷たい。

「ゼル、わたし達どうしたらいいのかしら。ここから降りようと思ったら、どうしたって動かないわけにはいかないじゃないの」リシアンは泣きそうな声を出した。

「鳥になって飛んで行ければいいのだけれど」ゼルジーは考え考え答える。「あいにく、こんな高くまで飛ぶ鳥はいないわ。鳥だって、あまりの高さに目が回ってしまうに違いないもの」

「何か、ほかに魔法はないかしら。いつまでも、こうして座ってるなんて、わたし嫌よ」

「待って、リシー。ほら、向こう側に同じくらいの高さの台地があるわ。あそこへ行けないかしら?」

 はるか遠く、雲の合間から平らな崖が顔をのぞかせている。

「見えるわ。でも、あんまり距離がありすぎるわ」

 ゼルジーはううん、と首を振った。

「よく見て、リシー。針のてっぺんから向こうまで、ロープが1本、張られているでしょ? そこを渡っていくのよ。それしか方法はないわ」

「そうね、怖いけど、やるしかないみたいだわ」リシアンはこぶしをぎゅっと握る。「でも、まずはお互い、真ん中まで行かなきゃね」


 2人は、少しずつベッドの中心へにじり寄っていった。

 ベッドがぐらりと大きく揺れる。

「そっとよ、そっと!」ゼルジーが警告した。

「同時に動かないとならないわね」リシアンも慎重に動く。

 お互いの手が触れ合うほど近寄ったときには、ゼルジーもリシアンもすっかり疲れ切ってしまっていた。

「こんなにはらはらしたのなんて、生まれて初めてだわ」リシアンは恐ろしそうに声を震わす。

「わたしもよ。じっとしているのもつらいけれど、体をこわばらせながら進むのは、もっと大変なことなのね」

 けれど、ほんとうに難しいのはこれからだった。どちらか1人がベッドから降りてしまえば、たちまち平衡を失って谷底へ落ちてしまうのだ。

「このあと、どうするの、ゼル?」リシアンが聞く。

「いち、にいの、さん、で、ロープに飛び移るわ」それがゼルジーの答えだった。

「できるかしら、そんなこと」リシアンはたちまち不安になる。

「集中するのよ、リシー。両手を広げて、やじろべえみたいに踏ん張るの」

 リシアンは怖くてたまらなかったが、やるしかなかった。


「やるわ、ゼル。呼吸を合わせて、同時に跳ぶのね」

 ゼルジーはうなずくと、リシアンの手を取る。「いい? 行くわよ。いち、にいの、さんっ!」

 ゼルジーとリシアンはロープ目がけて跳んだ。2人の足がロープに着いた瞬間、ぐわんと波打った。バランスを失いかけたが、なんとか踏みとどまることができた。というのも、それぞれ反対側へと倒れかけたのだが、互いに手を引っ張り合っていたおかげで体勢を保つことができたのである。

「やったわ! 成功だわ、ゼル」あえぎながらリシアンが叫んだ。音もなく落ちていくベッドを、恐怖に凍りついた目で追う。

「安心するのは早いわ、リシー。わたし達、あの崖までロープの上を伝っていかなきゃならないんだもの」

 2人は両手を広げて釣り合いをとりつつ、そおっと渡っていった。

「わたし、なんだか気持ちが悪くなってきたわ」リシアンが弱音を吐き始める。

「頑張って、リシー。あとちょっとじゃないの」そんなゼルジーの慰めも、いまのリシアンには届かなかった。

「ふらふらするの。足だってすくんじゃってるし」

「しっかりしなきゃだめよ。下を見ず、前だけをちゃんと見て。バランスを崩したら、頭から落ちてしまうんだからっ」

 やっとの思いで向こう側にたどり着いたとき、リシアンは座り込んでしくしくと泣き出してしまった。〕



 ドアの前でしゃがみ込んでいるリシアンを、ゼルジーは途方に暮れた様子で見下ろした。フローリングの貼り合わせによる細い隙間がベッドまで続いている。こんなにも頼りない線ではあるが、いましがたまで2人の足もとを支えてくれていたロープなのだった。

「ねえ、リシー。下でお茶でも飲みましょうよ。きっと、気持ちが落ち着くわ」

 ゼルジーはリシアンを立たせると、肩を抱いて居間へ降りる。

 ソファーではパルナンがだらんと座り、恨めしげに窓の外を眺めているところだった。ずっと虫採りに行けず、くさっているのである。降りてくる2人に気づくと顔を向けた。

 泣いているリシアンを見て、パルナンはゼルジーにきつい目を向ける。

「ゼル、お前が泣かせたのか?」

 ゼルジーはなんと言っていいかわからず、うーんと口ごもった。

「違うの、パルナン」代わりにリシアンが口を開く。「わたし達、空想ごっこをしていたのよ。でも、あんまり本当のことのようで怖くって、つい泣き出してしまったの」


 パルナンは呆れ返った。

「きっと、ゼルのやつが突拍子もないことを思いついたんだろ? いつもそうなんだ。だから、空想なんかやめちまえって言ったのさ」

「でもね、パル。空想って、そりゃあ大したものなのよ。だってほら。こんな雨の日だって、好き勝手に翼を広げることができるんですもの」ゼルジーは反論した。

「好き勝手にやって、リシアンを泣かせてしまったじゃないか」事実を突かれて、ゼルジーは黙り込んでしまう。「そもそも、おまえの空想は限度がなさ過ぎるんだ。ゲームだってなんだって、ルールがなくっちゃだめさ」

「ルール?」リシアンがオウム返しに聞いた。

「そうさ。ルールを決めて、その範囲内で楽しむんだ。そうすれば何も問題なんか起きやしないのさ」

「でもわたし、ルールなんて思いつかないわ」ゼルジーが言った。

「簡単なことだよ。例えば、ゼルはなんでも魔法、魔法って言うけどさ。魔法なんてものは、ここぞというところで使わなければ意味がないんだ。だってそうだろ? それで、すべてが解決しちゃうじゃないか」


 その通りだわ、とゼルジーは思い直した。これまで魔法に頼りすぎていたかもしれない。

「それと、リシアンの空想はきまってよその国へ行くだろ。いったい、なぜなんだい?」今度はリシアンに問いかけた。

「だって、それは……。現実とは違う世界なら、なんだってできるんだもの」

「そこさ。こっちの世界もあっちの世界も、ちゃんときまりごとを作っておかなくっちゃ。法律のない国なんて、どこにもありはしないからね」

「どうすればいい、パル?」ゼルジーは判断を仰ぐ。

「そうだなあ」パルナンは少しの間考えていたが、やがてこう断言した。「君らの国には、名前が必要だな。まずは、そこからさ」

「名前かぁ」ゼルジーは、なるほどとうなずく。

「そうね、パルナンの言う通りだわ。わたし達の空想の国に名前を付けましょうよ、ゼル」

「だったら、あなたが名付け親になってよ。わたしのせいで、あなたを泣かせてしまったんですもの」ゼルジーが勧めた。

「なんにしようかしら。ちょっとだけ、時間をちょうだい。考えてみるから」


 リシアンはテーブルに座ると、頬杖をついて目を閉じる。

 たっぷり10分ばかりそうしていたが、やがてハッとしたように目を開けた。

「そうだわ、『木もれ日の国』よ。それにするわ。だって、ウィスターさんの森の木もれ日って、最高なんだもん。そして、桜の木のうろがその入り口ってことにするの」

「あら、いいじゃないその名前。だったら、あなたは『木もれ日の国』の女王になるべきだわ」

 ゼルジーの名誉ある指名に、リシアンは顔を輝かせる。

「まあ、素敵! でも、わたしが女王でいいの?」

「ええ、わたしは王室付きの魔法使いってことにするわ。女王より、そのほうがずっといいわ」

 「木もれ日の王国」がこうして誕生した。

*次回のお話*

6話・5つのルール

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