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4話.ゼルジーの想像力

*前回までのあらすじ*

リシアンは、ゼルジーに秘密の場所を教える。そこは森の中に立つ桜の木のうろだった。2人は空想を膨らませて、大いに楽しんだ。

 パルナンとゼルジーがソームウッド・タウンへやって来て、すでに数日が過ぎていた。

「お昼を食べ終わったら、また、森へ行くんでしょ?」クレイアが聞く。

 リシアンはスープを飲む手を止め、「ええ、もちろんっ!」と答えた。ゼルジーと桜の木のうろで空想ごっこをし、昼ご飯を食べに戻ったところだ。

「だったら、ウィスターさんところにちょっと寄ってもらえるかしら。クッキーをたくさん焼いたから、持っていて欲しいんだけど」

「いいわ、おかあさん。森を抜けてすぐのところだし、ゼルと一緒なら退屈はしないから」

「ウィスターさんって、あの森の持ち主って人よね?」ゼルジーは確かめた。

「ええ、そうよ。3年前に奥さんを亡くし、息子のブレアスさんも都会へ出て行ってしまって、いまは独りっきりなの」リシアンが手短に説明した。


「パルはどうする? 一緒に行く?」ゼルジーが尋ねる。

「行かない。すっごくいい感じのクヌギ林を見つけたんだ。あそこにはきっと、大きなカブトムシがいるに違いないんだ」ソームウッド・タウンに来てからこのかた、パルナンは毎日、虫採りに忙しかった。ロファニーの虫かごと網を借りて、野山を駆け回るのに余念がない。

「よくも毎日飽きないわね」ゼルジーは肩をすくめた。

「そういう自分だって、空想ばっかで退屈しないのか?」

「するもんですか。想像力には限りがないんですもの。ね、リシー」

「そうよ。わたし達、毎回、新しいことを思いつくんだから」リシアンも同意する。

 パルナンは最後に残ったウィンナーを口へ放り込むと、ごちそうさま、と言ってテーブルを立った。

「さてと。ぼく、もう行かなくっちゃ。今日はなんだか、大物と出会えそうな気がするんだ」

「わたし達もそろそろ出発しましょうか」リシアンはゼルジーをうながす。「近道があるのよ。いつもと違う場所を案内するわ」

「すてきっ。近道って、ワクワクする響きじゃない?」ゼルジーは食べ終わった皿を重ね、台所へと運びながら言った。

「みんな、暗くならないうちにも帰ってくるのよ。それから、帽子をかぶるのも忘れないで」クレイアが注意する。


 丘を越え道路に出ると、リシアンが立ち止まった。

「この道を右にずっと行けば、ウィスターさんのところに着くわ。でもそれだと、森をぐるっと回っていくから、うんと遠回りになっちゃうの。だからこのまま真っ直ぐ、森を突っ切って行くわ」

 2人は目の前に広がる森へ入る。照りつける日差しを木陰が遮り、針葉樹の香りがつんと鼻をくすぐった。

 少し先に、大人の背丈ほどの岩が見えてきた。

「この岩を左に曲がるの。ちゃんとした道がないから、いい目印になるのよ」リシアンが言う。

「ねえ、リシー。この岩、人の姿に見えない?」ゼルジーは岩をまじまじと見つめた。「ほら、心持ちうつむいて、なんだか淋しげ。きっと、道に迷った旅人がそのまま石になってしまったんだわ」

「いやよ、ゼル。そんなこと言わないで。気味悪いじゃないの」リシアンはぶるっと肩を振るわせる。

「あら、大昔の話だわ。もう、怖がる必要なんてないのよ」ゼルジーはそうつけ足したが、リシアンは恐ろしそうに岩を見つめていた。

「わたし、1人じゃここを通れなくなりそう」

「心配ないってば、リシー。この人は、岩になってみんなを見守り続けているの。もう、誰も道に迷わないようにね」ゼルジーが慰める。


 せせらぎの音が聞こえ、ほどなく川が見えてきた。

「この川を渡るんだけど、ちょうどいい岩場があるのよ。そこを飛び段の要領で越えていくの」

「まあ、わたしにできるかしら」ゼルジーは不安そうな声を出す。

「平気よ。岩と岩は、そんなに離れていないんだから」

 川沿いに歩くと、ごつごつとした岩の並んだ浅瀬へ出た。大小の岩はほとんど等間隔に置かれており、子どもの足でもひとまたぎできるほどだ。

「あら、本当ね。これなら簡単だわ」ゼルジーはうなずいた。「でも、あんまり楽すぎるわね。そうだ、あの岩が断崖絶壁なんだって、空想してみない? 真下には水がごうごうと激しく流れてるの。うっかり落ちたりしたら一巻の終わりよ」

「いいわね、それ。ついでに、岩と岩の間がジャンプでぎりぎり届くってことにしましょうよ」リシアンも賛成する。



〔「初めの1歩はちょっと遠いわね」ゼルジーは岩までの距離を目測で測った。「リシー、わたしから行くわね」

「ええ、そうしてちょうだい」

 ゼルジーは助走をつけ、えいっと跳ぶ。唸る濁流が、霧となって吹きつけてきた。

「さあ、リシー。いらっしゃいよ」

「わたし、なんだか急に怖くなっちゃったわ」リシアンは尻込みを始める。

「頑張らなくちゃだめよ。ここを渡らなくちゃ、向こう岸にはたどり着けないんだから」

「わかったわ。やってみる」

 リシアンは持てる勇気を振り絞って、ゼルジーのいる岩へと飛び移った。立ってみて、ここがいかに危険な場所かを思い知らされる。水面まではざっと10メートルはあるだろう。急流が白いしぶきを立てながら渦巻いていた。

「下を見ちゃダメよ、リシー。目がくらんじゃうから」

「ええ、そうね。先を行きましょう、ゼル」

 2人は注意深く、岩を飛び越えていく。

 なかほどまで来たとき、ゼルジーが突然、あっと声をあげた。

「どうしたの、ゼル?」

「ちょっと、足を踏み外しそうになったわ」

「まあっ!」リシアンは真っ青になる。

「大丈夫、次からはもっと用心して進むから」ゼルジーはなんでもないことのよう答えるが、リシアンの胸はどきどきと鳴り続けた。

「あとたった2つ飛び越えれば、向こう岸ね」リシアンはホッと息をつくのだった。

 突然、水面に黒い影が浮かぶ。

「あれ、何かしらね、リシー」ゼルジーが指差した。

「きゃっ、とてつもなく大きな魚だわっ」リシアンが叫ぶ。

「きっと、この川の主に違いないわ。わたし達を食べるつもりなのよっ」

「急ぎましょうっ」

 川の主はくわっと大きな口を開け、水を跳ね散らかしながら飛びかかってきた。

「来たわっ!」ゼルジーはそう叫ぶと、大慌てで次の岩へと跳ぶ。

「食べられちゃうっ!」リシアンもそれに続き、危ういところで難を逃れた。

「さあ、もう岸よ。せーのっで飛び移るの、リシー」

 ゼルジーとリシアンは、力いっぱい踏ん張って、どうにかこうにか川を渡りきった。〕



 ゆらゆら揺れる川の底を、40センチはあろうかと思われるウグイがすうーっと泳いでいく。

「危なかったわね」ゼルジーは笑いながら話しかけた。

「わたし、本当に怖かったわ」胸を押さえながら、リシアンは首を振る。「川の主ったら、わたしのかかとにちょっと触れたのよ。もうダメかと思っちゃった」

 森を抜けると、トウモロコシ畑が広がっていた。

「畑の向こうに古い家が見えるでしょ? あそこがウィスターさんち」リシアンが指差す。

「思っていたより、ずっと近かったわね」とゼルジー。「わたし、もっと遠くにあって、しかもそこは岩山なんじゃないかって、想像していたの。ウィスターって、なんだかそんな感じの名前じゃない?」

 リシアンはそう思わなかったが、うんうんと相づちを打った。


 家の戸口に立つと、リシアンはコンコンとノックした。「こんにちは、ウィスターさん」

 ガタゴトとイスを引くような音がして、開いたドアから頭の禿げ上がった老人が姿を現す。

「おや、ストンプさんとこのリシアン。そちらのお嬢さんは、どちらさんかな?」

「わたし、ロンダー・パステルから来たゼルジー・ティンブルといいます」ゼルジーはぺこりと頭を下げた。

「ああ、こりゃまた大都会からよく来なすったね。すんごい田舎で、びっくりしたこったろう」ウィンスターは朗らかに笑う。

「いいえ、ウィスターさん。わたし、こんなすてきなところに来られて、本当に喜んでいるんです。それに、リシー――リシアンとも会えたし」ゼルジーは思った通りを口にした。

「ウィスターさん、おかあさんがクッキーを焼いたのでどうぞ」リシアンがバスケットを手渡す。

「いつもありがたいねえ。帰ったら、ストンプさんにそう伝えておくれ。暑かったろう。ささ、中に入って、冷たい飲み物でもどうかね」

 2人は遠慮なくご馳走になることにした。


 テーブルに着くなり、ゼルジーが口を開く。

「わたし達、いつもウィスターさんのとこの森で遊ばせてもらっているんです」

「あそこは手入れもできず、荒れ放題なんだが、何か面白いものでもあるのかね?」

「古い桜の木のうろが、わたしとゼルジーの秘密の隠れ家なんです」リシアンは答えた。

「ああ、あの桜か。季節になると、きれいに花を咲かせてくれるわい。そばに沼があるが、あそこは気をつけておくれ。ぬかっているうえ、案外と深いからな」

 ウィスターは、絞りたての冷たいオレンジ・ジュースを持ってきて2人の前に置く。

「わたし、そういえば喉がからからだったの」ゼルジーはそう言って、一気にコップの半分まで飲んだ。

「わたしもよ。ああ、冷たくっておいしい!」

「あの森は、わしも子どもの頃からよく遊んだもんだ」ウィスターが語り出す。「だが、悲しいかな。見ての通り、この老いぼれだ。いずれ、土地ごと売ってしまうことになるだろうな」

「森がなくなっちゃうんですかっ?」リシアンはびっくりした。

「うむ。近く、ここいらに大きな道路を造るって話が来てるんだよ。金が入れば、わしも畑仕事をしなくてもすむ。老後の生活ぐらいは困らなくなるしな。悪い話じゃないと考えているんだよ」

 ゼルジーもリシアンも、なんと言っていいかわからず顔を見合わせる。桜の木も魔法の小山も、そして森そのものまでも消えてしまうかもしれないのだ。


 帰り道、2人はウィスターの言ったことをとっくりと話し合った。

「森がなくなってしまったら、きっと寂しくなるでしょうね」ゼルジーが悲しげな声を洩らす。

「そうね。見慣れた景色が一変してしまうんだもの、つらいわ」

「でも、まだそうと決まったわけじゃないわよね?」少しでも希望を持ちたいゼルジーがそう述べた。

「だといいんだど……」リシアンはゼルジーほど楽観的になれず、ふうっと溜め息をつくのだった。


*次回のお話*

5話.雨続き

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