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3話・リシアンの秘密の場所

*前回までのあらすじ*

ソームウッド・タウンにやって来たゼルジーは、いとこのリシアンと初めて出会い、その瞬間に意気投合する。

 小鳥のさえずりと次第に大きくなるセミ達の前奏曲にうながされて、ゼルジーはそっと目を開けた。

 差し込む朝日に顔をしかめながら、焦点を合わせようと努める。見慣れない天井が浮かび上がってくる。しばらくの間、自分がどこにいるのか思い出せずに不安になった。たっぷり10秒ほどのちに、ようやく記憶が蘇る。

 そうだ、わたしはソームウッド・タウンに来ていたんだっけ。ここはリシアンの子ども部屋で、夕べは遅くまでおしゃべりをしていたのよ。

 かたわらのベッドを見ると、すでにもぬけの殻だった。枕元には、寝間着がきれいに畳んで置かれている。

「リシアンてば、起き出して、どっかへ行ったんだわ」ゼルジーはつぶやいた。壁かけ時計に目をやると、まだ6時をちょっと回ったところだ。


 子ども部屋の窓をコンコン、と叩く音が聞こえる。窓の外でリシアンが手招きをしていた。

「まあ、リシアン。あなたって、ずいぶん早起きなのねっ」ゼルジーは窓を開け、そう言った。

「眠っていたから、起こさないでおいたの。ねえ、ゼルジー。着替えて、ちょっといらっしゃいよ。わたしの秘密の場所に連れて行ってあげるから」

「秘密の場所ですって?」ゼルジーは思わず叫んだ。「秘密」という言葉ほど魅力的なものはない。眠気などすっかり吹き飛び、急いで着替えを始めた。ブラウスのホックをとめながら、ゼルジーは庭へと駆け出す。

「素敵ね、秘密の場所だなんて。わたしなんかに教えちゃってもいいの?」ゼルジーが聞いた。

「もちろんよ! だって、あんたはもう、わたしの大親友なんだもん」リシアンは真っ黒な瞳をキラキラと輝かせて言う。

 感極まったゼルジーは両手を揉み絞り、

「ねえ、あなたのこと、リシーって呼んでいい? そのほうが、ずっと親しげに聞こえるんですもの」

「なら、わたしもあんたをゼルと呼ぶわ。さあ、行きましょう。とっときの場所へ」

 2人は丘を越えた森の中へと入っていった。


「この森はね、ウィスターさんとこの持ち物なのよ。でも、あの人ってばかなりのお年だから、手入れをすることもできなくって、すっかり荒れ放題なの」リシアンは藪の間にかろうじて残る道を先に立って進んだ。

「こんなにたくさんの木なんて、生まれて初めて見るわ」ゼルジーは溜め息をつく。「公園に木立があったけれど、あれだって林と呼ぶのははばかられたわ。ここは紛れもなく『森』なのねっ」

 ほどなく沼が見えてきた。すぐ脇に、たいそう古く大きな桜の木が立っている。春にはきっと見応えのある満開の花が見られるであろうことは、いっぱいに広がった枝や青々とした葉からも容易に想像がついた。

「ほら、あれよ、ゼル。あの桜の木がわたしの秘密の場所」リシアンが指差す。桜の木は、大人が両手を広げてもまだ足りないほど太く、幹にはぽっかりとうろが空いていた。

「なんて立派な桜の木なの! それに見て、こんなに大きな穴が空いている。わたし達2人が中に入っても、まだ余るくらいじゃない?」ゼルジーは駆け寄る。

 うろをのぞくと、節くれだったコブがちょうど腰掛けのようになっていて、居心地がよさそうだった。

 リシアンがまずうろの中へ入り、ゼルジーにも来るよううながす。

「いらっしゃいな、ゼル。ほら、そっち側のコブが座りやすいわよ」

「おじゃまするわ、リシー。あら、中は涼しいのね。なんだか不思議だわ」ゼルジーは周りをぐるっと見回した。外からの光が具合よく差し込んで、朽ちた木の壁をうっすらと緑に染めている。


「夏でも、過ごしやすいのよ。冬は冬で風を遮ってくれて、思いのほか暖かいんだから」とリシアン。「わたしね、ゼル。1人のときはいつもここに来るの。そして、1日中空想をするわけ。この中にいると、まるで自分も森の一部になったような気がするのよ。家にいるときよか、考え事もずっとはかどるわ」

「物思いにふけるには、とってもあんばいがよさそうね」ゼルジーはうなずいた。

「ここからだと、外の景色もなんだか違って見えるのよ。ほら、すぐ向こうにこんもりとした小山があるでしょ? わたし、あそこのてっぺんにお城が建っているって、よく空想するの」

「お城は無理だとしても、家くらいは建ちそうね」ゼルジーが答えると、

「ううん、ぜんぜん。ほんとはずっとちっぽけなの。丘といってもいいくらいだわ。10歩で登り切れるくらいなんだから」

「まあ、そうなの? 桜の木の中から見ると、大きく思えるんだけれど」ゼルジーは試しにうろから出てみる。リシアンの言う通り、ずいぶんと低いことがわかった。「本当だわ。確かにあれじゃ山とは呼べないわね」


「ねえ、ゼル。あの小山に登ってみよっか」リシアンが提案する。

 ゼルジーはちょっと考えるそぶりを見せ、こんなことを言い出した。

「リシー、あの小山、実は見た目ほど簡単には登れないわよ」

「なんで?」リシアンはきょとんとしてゼルジーを見る。「わたし、あそこならいままでにも何度か登ったことあるわよ」

「それは、まだ魔法がかかっていなかったからだわ。でも、もう違うの。よく見て。どこか妖しげな雰囲気が漂っていない? あれは魔法よ。誰にも登ることなんかできやしないんだわ」

 リシアンはすぐに察した。すでに空想物語は始まっていたのだ。

「わかったわ、ゼル。登れるかどうか、試してみましょうよ」

「そうね、そうするのが一番だわ。どんな魔法がかけられているのか、わたし達で突き止めなきゃ」

 2人は藪をかき分けて小山に向かう。なだらかに盛り上がった小山は、間近で見るといっそう低く見えた。なるほど、10歩も登ればてっぺんに到達しそうではある。

「いい? いち、にいのさん、で1歩踏み出すの」ゼルジーが言った。

「うん、いいわ、ゼル」リシアンはゼルジーの手を取り、身構える。

「いち、にいの、さんっ!」2人は同時に小山へと足を乗せた。

「何か変わった?」リシアンが尋ねる。

「あら、気がつかない? わたし達ほら、1歩分、体が縮んだわ」ゼルジーは答えた。「まあっ!」



〔ゼルジーとリシアンは、さらに登り続けた。あんなに低いと思っていたのに、いくら行っても頂上へと近づけない。それもそのはず、登れば登るだけ、2人の体はどんどん小さくなっているのだ。

「困ったわね。これじゃいくら頑張ったって、てっぺんに行けやしない」リシアンはため息をつく。

「巧妙に仕組まれた魔法ね。きっと、一番上には、何か重要なものが隠されているのよ」

「だとしたら、なんとしてでもたどり着きたいわ。でも、どうしたらいいのかしら」

 登りながら、少女達はあれこれと考え続けた。

 ふいに、ゼルジーが笑い出す。

「あんたってば、いったいどうしちゃったの?」びっくりしたリシアンは、ゼルジーの顔をのぞき込んだ。

「簡単なことだったのよ、リシー」とゼルジー。「魔法には魔法よ。だって、ここではわたし達、魔法が使えるはずでしょ?」

「あら、わたしそのことをうっかり忘れていたわ!」リシアンはぱっと顔を輝かせた。

「鳥になりましょうよ。空を飛んでいくの。そうすれば登らなくってすむじゃないの」

「あんたってすごいわ。わたし1人だったら、永遠にこの山を登り続けなければならないところだった」

 ゼルジーとリシアンは一言、「鳥になれっ!」と叫ぶ。すると、2人の背中から大きな翼が生え、あっと言う間に空高く舞い上がった。

「ほらね、思った通りだわ。山の魔法も、ここまでは届かないのよ」ゼルジーは、頂上を目指して飛んだ。リシアンもそれに続き、

「空を飛ぶって、なんて気持ちがいいんだろう」とうっとりした声を洩らす。

 小山の頂上に立つと背中の羽がふっと消え、人間の姿に戻った。

「見て、ゼルジー。てっぺんに着いたとたん、また低い山に戻ってるわ」リシアンは辺りを見回しながら言う。

「登るときだけ、魔法が効いていたのね。だったら、降りるときはずっと簡単だわ」

「ごらんなさいよ。タンポポが1輪だけ咲いているわ」

「これはきっと、魔法のタンポポなのよ。幸せになれるとか、なんとか、そんなね」ゼルジーはタンポポのそばにしゃがみ込んだ。

「だったら、願いは叶ったってわけね。わたし達、いまこんなに楽しい気分なんだもの。このタンポポは摘まずに、このままにしておきましょ。ほかの誰かにも幸せが訪れるように」〕



 小山を駆け下りると、2人は笑い合った。

「面白かったわね、いまの空想」はあはあと息を弾ませながら、ゼルジーが感想を述べる。

「ええ、これまでに空想した中で最高だった」リシアンも満足そうに答えた。「いったん、うちに戻って朝ご飯にしない? 食べたら、また遊びに出かけましょうよ」

 家に帰ると、パルナンがちょうど2階から降りてくるところだった。ぼさぼさのままの髪、ズボンからはみ出たシャツ、1段ずつ掛け違えたボタン、たったいま起きたばかりということが見て取れる。

「ゼルもリシアンもどこへ行ってたのさ。ずいぶん、早くから出かけるんだなあ」

 2人は顔を見合わせニコッと笑うと、申し合わせたように、「秘密の場所っ」とだけ答えるのだった。

*次回のお話*

4話・ゼルジーの想像力

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