21話．絆の魔法
＊前回までのお話＊
妹を悲しませたくないため、考えに考えた方法は、地球自身が影である、という発見だった。
夕食を急いで済ませると、ゼルジーはさっそくソームウッド・タウンに電話をかける。
「あ、もしもし。クレイアおばさん？ わたしよ、ゼルジー。あのう、リシーとお話がしたいんですけど」
「あら、ゼルジー。ちょっと呼んでくるから待っていてね」受話器の向こうで、クレイアがリシアンを呼ぶ声が聞こえた。
ほどなく、リシアンの声と代わる。
「もしもし、ゼル。どうしたの？」
「ああ、リシー。声が聞けてうれしいわ。あのね、パルナンがすっごくいいことを思いついたの」ゼルジーは、夜が地球の影であることを説明した。
「まあっ、それじゃわたし達、すぐにでも『影の国』へ行かなくっちゃ！」リシアンは興奮のあまり、声が震えている。「兄さん達を呼んでくるわ。今度こそ、みんなで魔王をやっつけましょうよっ」
〔ゼルジー達は影の城の前に立った。表の世界では、リシアン女王の城がある場所である。
「さあ、暗黒の塔を目指して出発しましょう！」リシアン女王は号令をかけた。
「見てろよ、魔王め。こてんぱんにしてやるっ」パルナンが息巻く。
「わたし達の本当の力を見せてやりましょうよ」ゼルジーも自信満々だ。
「再び、奴を封じ込めてくれる」とロファニー。
「おれ達をさんざんコケにしてくれた礼をしてやるぜ」ベリオスがそう締めくくった。
森を行き、谷を渡り、山を越えて、５人は行軍する。とはいっても、ここは影の国。どこまでも平らな土地が続いているだけだ。
それでも長い距離であることに変わりはなく、魔王の住む塔にたどり着いたときには、誰もが歩き疲れてへとへとだった。
「いよいよね」リシアン女王が言うと、
「おいら、なんだかどきどきしてきた」とパルナンが心の内を明かす。
「扉を開き、階段を上ろう」ロファニーが先頭に立ち、塔へと入っていった。黒曜石の間は、以前にも増して禍々しく見える。中央にある階段は、まるで自分達を誘うかのように上層へと続いていた。
一同は、階段を１歩１歩踏みしめ上る。足を運ぶごとに、力がみなぎってくるのが感じられた。
そして、ついに魔王ロードンのいる広間へ――〕
「パルナン、ゼルジー、あんた達、いったいいつまで電話しているつもり？ さっきから１時間も話してるじゃないの」セルシアの声で空想から引き戻されてしまった。
「ああ、おかあさん、もうちょっと。もうちょっとだけ」ゼルジーは必死になって頼む。
「あと15分だけ話させて。お願い」パルナンも口添いするが、
「だめったらだめよ」そう言うと受話器を取り上げ、「もしもし、リシアン？ ごめんなさいね、もう切るから。あなたのおかあさんによろしく伝えといてちょうだいな」
電話を切ってしまった。
「いいこと？ 夜はもう電話を使わせないからね。用事があるんだったら、昼間になさい。わかった？」
パルナンとゼルジーは反論も許されず、とぼとぼと２階の子ども部屋へと戻っていく。
パルナンの部屋で、ゼルジーはすすり泣いた、
「もうおしまいよ。最後の希望すら、閉ざされてしまったんだわ」
「ぼくも、もうどうしていいかわからないよ。夜の電話が禁止されてしまったら、どうやって『影の国』へ行ったらいいんだろう」さすがのパルナンも、すっかりしょげかえってしまう。
「今日はパルナンと一緒に寝てもいい？ １人でなんかいられないの。きっと、寂しくってわんわん泣いてしまうに違いないわ」
「うん、かまわないよ。そうすればいい」パルナンは、優しく妹の肩を抱いてやった。ソームウッド・タウンでも、いま頃はリシアンが悲しんでいることだろう。ロファニー兄さん達は、そんな彼女を慰めているはずだった。
ゼルジーはしばらくの間、くすんくすんと鼻を鳴らしていたが、やがてすやすやと眠りにつく。
パルナンは、自分を責めずにはいられなかった。よかれと思ってしたことが、結果的にゼルジーを悲しませてしまったのだ。冬休みまで待てばよかった。
そんなパルナンも、かたわらで眠るゼルジーの寝息に誘われるようにして眠ってしまう。
次にゼルジーが目を開いたとき、そこはパルナンの部屋ではなかった。薄暗く、そして冷たい大広間にいる。記憶の糸をたどるうち、やっと思い出した。
「そうだ、ここって、魔王ロードンのいる部屋だわ！」
すぐそばには、パジャマ姿のパルナンが立っている。パルナンだけではない。リシアンもロファニーもベリオスもいた。みんな寝間着のままだ。そういう自分を見下ろしてみれば、やはりパジャマを着ている。
「性懲りもなく、また来たな」玉座から耳障りな声が響いた。魔王ロードンだ。
「そうさ、ぼくらは今度こそお前を倒す！」負けじとロファニーが声を上げた。
「さあ、ゼルジー。これがぼく達の決戦だよ。頑張ろうな」パルナンが力づける。
「こしゃくな。ならば、われも遠慮はせぬ」魔王は、木の矢を射ってきた。間髪を入れず、ロファニーが土で壁を作る。矢は残らず壁に突き刺さった。
次に魔王は、無数の石つぶてを投げてくる。これをベリオスが鉄の楯で防いだ。
「ならば、これでどうだ」魔王の放ったのは鋼の剣だった。パルナンはすかさず火炎を出し、剣をどろどろに溶かした。
魔王の攻撃は続く。ごうごうと渦巻く水柱を一同に向かって解き放つ。すると、リシアンは何百本もの木を生やし、あっと言う間に水を吸い上げてしまった。
怒り狂った魔王は広間を灼熱の炎で包み込む。わたしの番だ、ゼルジーはそう気付き、大きな水の塊をぶつけてこれを打ち消した。
「さあ、いまだ！ みんなの力を一つにするときが来た！」ロファニーの掛け声とともに、全員が手を結び丸く輪を作る。
それぞれの体から光が滲み出し、やがて輪の中心に大きな輝く玉が浮かんだ。
光の玉はゆっくりと魔王目がけて飛んでいく。
「それがなんだというのだ？ わしには通用せぬぞ」魔王はかかかと笑い、「われの最強呪文を受けてみよ。５大元素すべての力を１つにまとめた、究極の魔法をなっ！」
魔王の両手から暗黒の玉が出現した。見る見る膨らんでいき、光の玉と同じくらいの大きさになる。
２つの玉はじわじわと近づいて、ついにぶつかり合った。その途端、暗黒の玉は霧となって弾け飛んでしまった。
「なんと！ わが究極魔法がっ！」魔王の顔から笑みが消える。光の玉はなおも進み続け、とうとう魔王ロードンを包み込んでしまう。
「これがぼく達の魔法だ。お前にはなく、ぼく達にだけある力なんだ」パルナンが誇らしげに叫んだ。
「これは！ そうか、これが伝説にのみ残るという『絆の魔法』か。確かにわれにはないものだ。これまでに感じたことのないものよ。なんと心地よいのだろう。われは――われの力では決してかなわぬ。負けだ。われは、いさぎよく負けを認めよう……」
次の瞬間、目もくらむばかりの輝きが発せられ、ゼルジー達は思わず両手で顔をおおった。
次第に光が消えていき、かざしていた手をどける。魔王がいた玉座には、小柄な老人がうつむいて座っていた。
「ねえ、あれってウィスターさんじゃない？！」リシアンがびっくりしたように指差す。
「本当だっ、ウィスターさんだわ！」
５人は玉座に駆け寄った。
「ウィスターさん、あなたがどうしてここに？」ロファニーが聞く。
「さあなあ、わしにもそこんとこがわからんのじゃ。気がついたら、このありさまじゃ。だが、これまでずっと忘れていたものを思い出したよ。そうさのう、絆じゃ」
そのとき、広間のいたるところからみしみしという不気味な音が響き出した。
「まずいぞ、塔が崩れるっ！」ベリオスが警告を発する。ゼルジー達は、慌てて階段を駆け下り、すんでのところで塔の外へと脱出した。
暗黒の塔は音を立てて崩れ落ち、瓦礫もやがて塵と化して消えてしまった。残るものといえば、主を失った塔の影ばかりである。
ゼルジーははっと目を開けた。窓の外はすっかり明るくなっている。隣ではパルナンが気持ちよさそうに眠っていた。
「夢だったんだわ。なんて不思議な、そしてなんてすてきな夢だったんだろう」
夢の跡をたどろうと、ゼルジーはもう１度目を閉じかける。そこへセルシアが入ってきた。
「ゼルジーったら、こっちの部屋で寝てたのね。リシアンから電話よ。早く、下りてらっしゃいな」
なんだろうと思いながら居間に下りていき、受話器を耳に押し付ける。とたんに、リシアンの心ここにあらず、といった声が飛び込んできた。
「おはよう、ゼル。あのね、わたしとっても奇妙な夢を観たのよっ。あんたやほかのみんなが出てきたの。あの魔王ロードンをやっつけたんだから！ いい？ 驚かないでちょうだい。魔王の正体はなんと――」
「ウィスターさんだったんじゃない？」とゼルジー。しばらくの間、受話器からはなんの音も聞こえてこなかった。
「あんた、なんでそれを知っての？」ようやく口がきけるようになったとみえ、リシアンはそう尋ねる。
「不思議ね、わたしもそっくり同じ夢を観たの。たったいまよ。なんて偶然なのかしら！」
後ろからなかば寝ぼけた声が加わった。
「偶然なんかじゃないよ。それこそが本物の魔法なんだ。『絆の魔法』さ」パルナンだ。「だって、ぼくもその夢にいたんだもの」
＊次回のお話＊
最終回・リシアンからの手紙
