アダムの願い
オーロラビジョンに映し出された人物を見て、七瀬は、そして暴力団関係者たちは、皆絶句していた。
自衛隊を動かし、関東ドームを貸切にして、三千人もの人間を一気に拉致監禁せしめるほどの権力者。
そんなものは、この国には一人しかいない。
内閣総理大臣、穴部晋之介。
それを見た七瀬は全てを悟った。総理を『アナベベ』とニックネームで呼び付ける親密さ。
日本の自衛隊を操り、関東最大の暴力団を瞬く間に壊滅に追い込みんだ力の源泉を、見せつけられたのだ。
「まさか、あんたのバックにはこんな大物がいたっていうのかい? あんたは一体何者だっていうんだい? ただの女子高生じゃないのかい? どうしてただの女子高生が、一国の総理をバックに従えているんだい?」
慌てふためく七瀬に対し、穴部総理はオーロラビジョンから優しく語りかける。
『イブさんはただの顔がいいだけの女子高生ではありません。
神算鬼謀の持ち主にして、一騎当千の戦闘力を持つ、恐るべき女子高生なのです。
私は彼女に何度も命を救われました。
今の私があるのは全て、イブさんのおかげなのです』
そこにイブが説明を補足する。
「アナベベはかつて総理をしていた時に失脚させられていた。
私はそこに目を付けたのだ。
再び返り咲きたくないかとな。
そこからアナベベを失脚に追い込んだ勢力を打ち倒すための、長い権力闘争の日々が始まった。
失脚していった政治家どもはアナベベの裏に、私という新たなるブレーンがいることに気付かなかった。
昔のベベのままだと油断し、次々と敗北していったのだ。
そして、見事再び総理の地位に返り咲いたとき、アナベベは身も心も私に捧げたのだ」
『その通りです。
イブさんがいなければ、私は再び総理の椅子に座ることは出来なかった。
全てはイブさんの言うとおりになりました』
「日本は官僚国家だ。
実のところ日本の政策は、政治家ではなく官僚が作っている。
官僚がいなければ、日本の政治は立ち行かない。
しかし、その官僚を操るのは実は簡単なのだ。
やつらは政治家は自分らよりも頭が悪いと思っていてる。
政治家は自分たちがいなければ法案ひとつ立案できないとタカをくくっているのだ。
しかし、この私ほど日本の法律に精通している人間はいない。
やつらは自分より頭のいい人間には対抗できないのだ。
官僚どもも私の言いなりなのだ」
『そして、総理になってから、私が行った俗に『アナベーション』と呼ばれている政策は、全てイブさんが考えてくれた政策です。
私はただ、彼女の言うとおりにしただけです』
「今回の『アナベーション』を成功させるには、日本銀行の協力が必要不可欠だった。
しかし、今の日本銀行総裁、日高銀一も私の影響下にある。
日高は十年前、大きな失敗をやらかした。
莫大な損失を銀行に与えたのだ。
しかし、それは不正融資を隠すためのものだった。
見抜いたのは私だ。
そして、日高に全ての責任をなすり付けて、自分だけ助かろうとしていたゴミのような連中どもはまとめて閑職に追い込んでやった。
以後、日高は私の協力を元に、階段を駆け上がるように出世をしていった。
彼が日本銀行総裁の地位を手に入れたのは、私の力によるものなのだ。
だから、今の日銀総裁は、私のいいなりの金融政策を行うことができる」
「じゅ、十年前ってあんた、七歳でしょ……」
『イブさんならそれくらいできてもおかしくありません。
何しろ、四歳の頃にはアダムスミスの『国富論』を絵本代わりに読まれてたお方ですからね。しかも、原書の方を。
おかげで、私の政権は絶大な支持をえて、安定した政権運営をできるようになりました。
だから、今度は私がイブさんに受けた恩を返す番なのです。
私は自衛隊に珍栗組を潰すように命令を出しました。私がやったのはそれだけです。あとはイブさんが育て上げた特殊部隊が瞬く間に決着を付けてくれました』
「この小久保という男を育てたのも私だ。
彼は一切の証拠を残すことなく、珍栗組の全ての拠点を潰してくれた。
だが、彼は私と出会った五年前は、自衛隊の部隊内で苛められていた哀れな弱小者に過ぎなかった。
その部隊では誰かを生贄にして見せしめに苛め抜くことでしか、結束を高めることができなかった。実にくだらないことだ。
だから、私はその部隊の連中を徹底的に痛めつけて、血祭りにあげてやったのだ。一人残らずな。
それ以来、小久保は私に忠誠を誓い、どんな過酷な訓練にも泣き言を漏らさずについてきた。そして、これほどの軍人に育ったのだ」
「サーイブさんサーッ! 私の中での上官はイブさんだけでーありますッ!」
「いいか、良く聞けッ! いい女はいい男を育てるものだ!
父親の威光で侍らした男を率いてしか何もできないような雌犬と、この私を一緒にするなッ!」
あまりのスケールにモノも言えない七瀬に対し、イブは畳み掛けた。
「この国の政官財は全て、既に私の支配下にある!
もちろん、ご覧のとおり自衛隊もな。
さらには警察組織も私の言いなりだ。そして、マスコミもな」
『もちろん、私の方から報道規制は出しました。
しかし、マスコミがそれに応じたのは他ならぬイブさんが、今回の事件に関わっていたからです』
「あの報道を見ろ!
明らかに情報統制がされているだろう?
そうでなければ三千人も拉致して目撃証言が一つも取れないなんて事態にはならない。
この国の報道機関は既に私にお伺いを立てて、不利な報道を一切できない状況下にある」
「そ、そんな……」
「そんな私に対して牙をむくという行為は即ち、日本国そのものに牙をむくという行為だ。
分かったか!
貴様がどれだけ愚かだということがっ!」
「ヒエ~」
さらにイブは七瀬の父親である珍栗組の組長を睨みつけた。
「組長よ。
貴様の娘はこの私に対してやってはならない行為をした。
その責任はどうとるつもりだ!」
「ヒエ~」
普段は強面で鳴らし、組員を震え上がらせた組長勘七もイブの迫力に震え上がる。
そんなイブの背後に一人の男が近づいてきた。
勘七はその男に見覚えがあった。
「お、おまえは?」
「イブさん。それくらいにしてやってください。その男もここまでの大事になるとは思わなかったのでしょう」
「おお、そうだな。鈴口組長」
「げ、げぇ!? 鈴口組組長だって!?」
この男こそ、ここ数年で急激に台頭し、西日本を中心に日本最大の暴力団として覇権を握ろうとしていた鈴口組の組長本人。
鈴口精一だ。
イブはニヤリと笑いながら勘七に語りかける。
「そして、鈴口組の台頭の裏にいたフィクサー。それは誰だと思う?」
「ま、まさか」
目をむく勘七に、鈴口組長が答える。
「その通り、全て、ここにいるイブさんのおかげなのです」
「な、なんだってぇ!?」
鈴口と並び立ったイブは自衛達に手で合図をする。
「珍栗勘七よ。貴様の組は壊滅したが、三千人の構成員が全て路頭に迷うのも忍びない。だから選べ!」
機関銃を持った自衛隊員が一斉に銃口を向けた。
構成員たちも震え上がった。
「ここで鈴口組の傘下に加わるか、それともここで死を選ぶかをなッ!」
「ヒエ~っ、分かりましたっ! 加わりますっ! 俺らはこれから鈴口組にはいります!」
即断で鈴口組の傘下に入ることを決意した珍栗組。
その鮮やかな手腕を見ながら鈴口組長は冷や汗をたらす。
「私たちが関東進出の際に最大の関門だった珍栗組。
それをここまで完膚なきまでに潰し、それどころかその戦力をそのまま私たちの軍門に加えてしまうこととなった。
もう、私もイブさんに足を向けて寝れやしません」
「その通りだ。
鈴口組とは今後も良好な関係を築いていきたいものだな。
いいか! 分かっているな!
私が貴様を成長させたのは、日本を食い物にしようとする海外のマフィアどもを封じ込めるためだ。
警察だけでは対処は難しい外国のマフィアどもの流入を水際で食い止めるためには貴様らの力が必要だからだ。
貴様らにはその防波堤になってもらう必要がある。
非合法の暴力は非合法の暴力で抑え込むしかないのだ。
そのためにこれだけの力を与えたのだ。
もしも、私を裏切ることがあったのなら……」
「もちろんです。
これほどの力を見せつけれられて、あなたに逆らおうと考えるような命知らずはうちの組にもいやしません」
「ふん、分かればそれでいい!」
そして、振り返ったイブは勘七を一喝した。
「娘を甘やかした高い代償を払うこととなったなっ!
堅気の人間に手を出すようなヤクザなど潰すことに一切の躊躇もないわ! 落ちぶれた任侠道よ。貴様は娘に対していう事があるのではないのか!?」
まさにその通りだった。だから、旧珍栗組組長珍栗勘七が叫んだ。
「七瀬! てめぇは何てぇお人に手を出したんだっ!
おかげで組が壊滅しちまったよぉ! どうしてくれんだっ!」
「そ、そんな親父っ!」
「許さねぇ! てめぇはもう勘当だ! 二度と俺の前に姿をあらわすんじゃねぇ!」
「ヒエ~っ!」」
頭を抱え込んで震えながら泣き出した七瀬。
その姿を見下すようにイブは七瀬の目の前に立つ。
「見たか! お前は私が男に守られるだけの女と評したが、この男どもは皆私に育て上げられて権力を手に入れたのだッ! 親の七光り頼っていた貴様と格が違うわッ! このタワケがッ!」
「ヒエ~! ごめんなざいっ!」
七瀬は泣きながらイブに許しを乞う。イブはそんな七瀬の肩を叩いた。
「七瀬よ。貴様は全てを失った。住むところがないなら私の元で働くのだ」
「えっ!? なんであたいがあんたのところなんかで!?」
「貴様が犯した罪は贖罪しなければならない。誠意をこめてな。それとも……」
イブは眼光を爛々と輝かせる。
「貴様が東京湾に沈められたいか?」
「ヒエ~! は、はい、わかりました! あんたに……、いえ、姐さんに尽くします!」
「その通りだ。誠心誠意私のために働くのだ。そうしたらいつの日か許してやろう、寛大にな」
その姿を見て、イブはアダムに振り返った。
「どうだ? アダムよ。これが真の暴力だ。なにも殴る蹴るだけが、暴力ではない。そもそも乙女であるならそんな『はしたない』真似は必要ないのだ」
イブは滔々と語る。
「真の暴力を振るうのに必要なのは、権力とそれを手に入れるための知略なのだ。この国を支配する権力を手に入れれば、政治家も、軍隊も、警察も、暴力団も、思うままに動かすことができる! 必然的に好きな時に好きなだけ暴力の嵐を巻き起こすことができるのだ! 指一本動かさずにな!」
イブは腕を組んだまま傲然と顎をそらす。
これこそが乙女のたしなみと言わんばかりのその姿。
【な、なんという女だビッチ! 既にイブさんはこの日本を征服していたビッチ。これが、世界一の暴れん坊ヒロイン。これが、本物の暴力系ヒロインの真の姿ビッチ……】
アダムはイブに対して土下座をした。
【やはり、僕のお願いを叶えることができるのはあなたしかいないビッチ! どうか僕のお願いを聞いてほしいビッチ!】
「またか。貴様程度の存在が、私にお願いをするとは恐れ多いと思わないのか!」
【それは百も承知ビッチ! でも、僕のお願いを聞くことはあなたの故郷。ひいてはあなたの妹を救うことになるビッチよ!】
「なんだと? 一体どういうことだ?」
土下座していたアダムは顔を上げる。
【今、あなたの故郷、三棚市はエライことになってるビッチ! 三棚市は今、悪魔による結界で誰も入れず、誰も出られないビッチ!】
「なんだって!? おい、総理! 今の話は本当か!?」
オーロラビジョンに映し出された総理は申し訳なさそうな顔をする。
『今の話は本当です。
悪魔とかがどうとかはよく分かりませんが、数日前から三棚市とはどうやっても連絡が取れません。電話もネットも無線さえも使えなくなっています。電波が届かないのです。
また、中に入ることもできません。
今、警察がどうにか三棚市に入ろうとしています。しかし、三棚市に入ろうとしても、いつの間にか外にでてしまっているという不思議な現象が起きていると報告を受けています』
「そんなことが……。アダムよ。首謀者は悪魔と言ったな。奴の目的は何なのだ」
【それは、……三棚市十万人の魂を取り込んで生贄にすることビッチ】
『な、なんだって!』
これにはイブのみならず、総理も自衛隊たちもヤクザ達も驚いた。
【それだけは絶対に防がないといけないビッチよ!】
「アダムよ。何故私を選んだのだ。どうして私に助けを求めた?」
【三棚市の結界の中ではもう現実の物理法則は作用されてないビッチ。作用されているのは『情熱のサンターナ』という乙女ゲームのルールビッチ!】
「乙女ゲームのルールだと!?」
【そして、そのルールに乗っ取って戦えるのは、恋も暴力も超一流の暴れん坊ヒロインのイブさんだけビッチ!】
「私だけだと……」
『しかし、イブさん。先程も言った通り三棚市にはどうやっても行くことはできないのですよ!』
総理の言葉にイブはアダムに改めて問い直す。
「……そうか、わかったぞ。そして、貴様が私に助けを求めたということは三棚市に向かうすべがあるというのだな」
【さすがはイブさん。その通りだビッチ。これを見てくれビッチ!】
アダムは股間の葉っぱを取り除いた。そこには貧相なアダムのアダムがこんにちはをしていた。
「その貧相で貧弱でまるっきり使い物にならないものがどうしたのだ?」
【そっちじゃないビッチ! 僕の玉をよく見るビッチ!】
「片方しかないな」
【そう、片方しかないビッチ! 片翼の天使ならぬ片玉の天使ビッチ!
そして、もう片方の玉、僕の本体でもある『魂の玉』は三棚市の結界の中にあるビッチ!
僕はいつでも『魂の玉』まで転移することができるビッチ。
僕は三棚市で悪魔の結界が作動したあの日に、三棚市内の水産加工場で日雇い労働者として働いていたビッチ!
僕の手を握った者を三棚市内の結界に連れて行くことができるビッチ!
それはたった一人、いや、二人のみ!
だから助けを求める人は厳選しなければならなかったビッチ!」
「なるほど」
イブは振り返る。
そして、「……吹雪。世話のかかる奴だ」と一人ごちた。
イブは故郷に残した妹のことを思う。
既に心は決まっていた。
「総理よ。聞いていたな。私が直々に三棚市に乗り込む!」
【イブさん!】
「勘違いするな。三棚市は私の故郷、すなわち私の所有物だ。悪魔だか何だか知らんが、人の所有物をどうにかしようなどという不埒な輩には、それがいかに愚かな行いなのか思い知らさなければならない!」
そんなイブに総理が太鼓判を押す。
『イブさん。あなたが動くなら、私たちは何も心配していません。全てあなたにお任せします。どうか思う存分暴れまわってください』
【一国の総理からここまで信頼を受けるなんて、やはりイブさんはモノが違うビッチ!】
「さあ、早速準備開始だ。七瀬よ、ついて来い! 貴様にも働いてもらうぞ!」
「はい! 姐さん! さぁ戦争だァ!」
【すごい覇気だビッチ……。これならば、この人ならば勝てるかもしれない……。あの痴皇帝カイザービッチに!】
こうして少女たちは戦闘準備を始めたのだった。