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イブさんといっしょ! ~乙女ゲー編~  作者: 岡サレオ
乙女ゲー世界編~『剣聖』桃花編
20/26

剣聖(ソードマスター)と拳聖(ゴッドハンド)

 中国四川省。


 獣すら立ち寄ることのできない険しい谷を七つ越え、鳥すら飛び越えれない険しい山を八つ越えた先に、その秘境はあった。


 龍拳寺総本山。


 武の聖地と呼ばれるこの場所には、中国全土から、いや、世界中から名の知れた格闘家が集う。

 あらゆる格闘技の頂点を極めたといわれる男、『武神』ホン老子の教えを乞うために。


 紅老子の素性は知れない。どこで生まれ、どういうふうに育ったのか。

 彼が歴史上にあらわれたのは齢十の頃。

 龍拳寺の門を叩いたのは、枯れ枝のように細い腕の少年だった。

 どこにでもいるような少年であった。


 しかし、誰よりも過酷な鍛錬をこなし、十年で丸太のような太い剛腕となった。

 その腕で破壊できないものはない。誰からもそう認められ、最高師範となった。


 そして、それから五十年の月日が流れている。


 紅老子のその顔に刻まれた皺から、相当年齢の言った老父に見える。

 それも、そのはず彼は御年七十を越える。


 しかしながら、その肉体は隆々たる鋼の様な筋肉に覆われており、全く年齢を感じさせない若々しさがあった。

 そして、何よりも体中から発散される覇気は凄まじく、まだまだ現役であることを瞭然とさせている。

 もしも、その姿を一目でも見たのならば、今もなお世界最強の格闘家は彼であることに一切の疑いを差し込むことができないであろう。

 

 彼は今日も、教え子に厳しく鍛錬を課していた。

 その時だった。

 

「ッ!」

 

 紅老子は東の方向に視線を集中させた。

 額には一筋の汗が流れる。

 それを見た門下生は驚きを隠せなかった。

 灼熱の真夏ですら汗ひとつかかない紅老子が、冷や汗を垂らしたからだ。


「ど、どうしたあるか! 紅老子!」

「……東に、東の果てに龍が生まれおった」

「龍? 一体何あるか、それは!?」

「ふぉっふぉっふぉ。はて、新たに生まれおった龍は、正か邪か?」

「……。(ボケたのかな、この爺さん……)」


 そして、紅老子は身じろぎもせずにいつまでも東を見つめていたのだった。



********


 サンタナ海岸の洞窟、『ジャッカル』秘密アジトにて対峙する二人の美少女。


 未踏の雪原のような白い肌に、ほんのりにじむような桜色の唇。

 吸い込まれそうな大きな瞳が特徴の可憐な少女、伊吹イブ。


 一方で対峙している少女は対照的といえた。

 妖艶ともいえるうなじに、切れ目の瞳は冷え冷えとした氷のような怜悧さを湛えている。

 凛とした立ち姿からは、凄まじいまでの剣気をのぼらせている。

 世界最高の剣士と呼ばれた少女、不知火桃花。

 

 二人はそれぞれの作法と『どす恋』から、お互いの女子力を推定する。

 

「……ほう、奇しくも」

「同じ女子力か……」


 二人のステータスを比べると、このようになる。


≪伊吹イブ≫

≪女子力≫:33305

≪属性≫:『脱いだらすごい』・『熊殺し』・『スピード狂』・『暴力系ヒロイン』

≪恋人≫:『ケツホリー』・『斉藤エイジ』・『金梨竜司』・『ジャッカル戦闘員下っ端百人』


≪不知火桃花≫

≪女子力≫:33305

≪属性≫:『剣術少女』・『正義の味方』・『戦闘狂』・『一匹狼』・『エセ関西弁』・『美脚長身クールガール』・『KYボッチ』・『不憫』・『ポニテ』・『アホの娘』・『残念系』・『爆乳ヒロイン』

≪恋人≫:『アダム』・『七条卓磨』



 二人の様子を見ていた七瀬も溜息をついた。


「姐さんも大概だけど、桃花は属性てんこもりだねぇ……」

「さすが、桃花さんは生粋のスーパーあざといガールなのね!」


「あたいとしては、桃花の『恋人』が二人しかいないのに、百三人も『恋人』がいる姐さんと女子力が同じというのも、気になるよ」


「うーん、それはあたしもどうしてなのか、わからないのね」


【それは僕が解説するビッチ!】


 二人の元にやってきたアダムを、七瀬がギロリとにらんだ。

 アダムは桃花のおっぱいの魅力に負けて、寝返ったのだ。


「裏切り者のアダムが何の用だい?」

【おおう、辛辣ゥ!】

「当たり前だろ。あんたのせいで、姐さんが苦境に陥っているんだよ!」


 そんな七瀬を、美代子がなだめすかす。


「まぁまぁ、七瀬さんも落ち着くのね?

 いがみ合って得れる情報も得られなかったら損なのね。

 ここは大人になるのが得策なのよ?」


 七瀬が「ふん」、といって横を向いた。


「まぁ、それが姐さんのためというなら聞いてやろうじゃないか」

「うん、じゃあ、アダムさん。桃花さんとイブさんの女子力が同じ理由はなんなのね?」


 美代子に答えを促されて、アダムが頷きながら答える。


【それは単純明快ビッチ! それは、桃花さんの場合、彼女の行動によって女子力があがっているからビッチ!】


 七瀬はそれまでの行動を思い出す。


「ああ、『女の子らしさの追求』と『自分磨き』によっても、女子力が上がるんだっけ?

 姐さんが熊鍋を作ったり、ジェノ婆さんに飯を食わそうとしたときも、女子力が微増していたねぇ」


【その通り! イブさんはこのゲームの世界に入って来てから5ポイントほど自力で女子力を増やしているビッチ!】


「なら、不知火桃花さんはアダムと七条を『恋人』にすることによって、11300ポイントを獲得していることになる。

 とすると、残りの22005ポイントを自力で獲得したということになるのね!」


「そんな馬鹿な! あのいかにも顔はいいけどモテなさそうな桃花に、そんな女の子らしさがあるようには見えないよ!」


【その秘密の鍵は彼女のおっぱいにあるビッチ! あのおっぱいを見たまえビッチ!】


 アダムが指差した方向。

 桃花がいた。彼女は、じりじりとイブと間合いを計っていた。

 そして、そこには桃花のおっぱいがあった。

 一歩、動く。桃花の胸が、揺れる。

 

 プルリン!


 そして、ピロリロリンと電子音が聞こえた気がした。


≪不知火桃花≫

≪女子力≫:33306


【見たかビッチ! 桃花さんはおっぱいが揺れるたびに、女子力が上がっているビッチ!】

「万歩計かよ!」

「意外と簡単に上がるのね!?」

「熊鍋つくるのと、乳が揺れるので、獲得ポイントが同じって納得いかねぇ!」


【このゲームにおいて、桃花さんのおっぱいは絶対的なアドバンテージ!

 実際にゲームで七条を攻略するためには、桃花さんが『乳揺れ』によって、女子力を無限増殖する前に、先手必勝で『恋人』にしなければならないとされているビッチ。

 ゆえに不知火桃花は、最強のライバルキャラとされているビッチ。

 ここまで女子力をあげた桃花さんには、誰も勝てないビッチ!】


 七瀬は頭痛がするのか、はぁと溜息をついた。


「そういえば、その桃花の『恋人』の七条って奴はどこにいるんだい?」


 七瀬の呟きに、桃花が「ふっ」と笑う。


「七条は戦いについてこれそうにないから、おいてきたで」

「おい、天〇飯みたいなセリフをいうんじゃないよ」

「ホントのところはなんで置いてきたのね?」


 桃花はちょっと悲しげな遠い目をする。


「そら、イブなら、簡単に惚れさせてしまえるやろ。恋愛では、うちじゃ勝てへんねん」

「ああ、なるほど」


「それに、うちは七条を守ることを条件に、力を貰ったわけや。

 イブにも負けない力をな。

 つまり、七条を奪われてしまえば、うちが悪魔から貰ったこの魔剣『陽炎』を失うこととなる。

 だから、とりあえず、絶対に見つからんところに隠れてもらっとるんや」


「それは、ますます手の打ちようがないのね」

「七条を奪うことによって桃花を無力化する作戦も使えないということか。このままじゃ、姐さんが本当に負けてしまうよ!」

「唯一の救いは、桃花さんの『視奪結界』は女子のイブさんには通じないというくらいなのね……」

「姐さん……」


 七瀬たちが見守るイブが今何を思うのか。

 先程から一言も発せずに押し黙る彼女は一体どうするつもりなのか。

 その黒い瞳に何が映っているのか。想像すらすることができない。


 やがて、潮が満ちるように、勝負の機運が満ちた。

 桃花が一歩、踏み出した。


「鋭ッ!!」


 裂帛の気合と共に上段に振りかぶった桃花の恐るべき打ち下ろしの一撃が、イブの脳天を割らんと放たれる。

 しかし、その斬撃の軌道はイブには見えていた。


「……伊吹式パーフェクト恋愛術『恋の三分間クッキング』」


 脳内麻薬を大量に放出することにより、三分間、走馬灯を見るかのごとき状態を作り上げるイブの肉体操作術のひとつ。

 三分間もあれば、どんな相手も簡単にいため(つけ)て、料理してみせるイブのクッキングテクニック。

 脳神経の能力を最大限に引き上げた超動体視力は、『剣聖』である桃花の一撃すら見切っていた。


 紙一重。しかし、余裕をもってその剣を躱す。

 その反射速度と技量に、驚愕の表情を浮かべたのは桃花。


「なッ!?」


 攻撃を躱された桃花には一瞬の隙が生まれる。

 それを見逃してやるほど、イブは甘くはなかった。

 イブは拳を握りしめる。


「……伊吹式パーフェクト恋愛術『恋のおともだちパンチ』」


 服の上からは女の子の身体は秘密めいていて、とてもうかがい知ることができない。

 だが、それでも、強烈な『タメ』を作り出していることは容易にわかった。

 筋肉が軋みをあげる。そのおぞましいまでの響きが、まるで死神が歓声をあげているかのごとき音が聞こえる。


 強敵と書いて、ともと読む!

 それがイブの『お強敵ともだちパンチ』。


 かつての友であった桃花のために、イブという女の子の生み出す『お強敵ともだちパンチ』は、まともに当たれば、肉体は粉微塵に砕け散り、骨すら残らないであろう。

 

 しかし、そのイブの『お強敵ともだちパンチ』は、妨げられる。

 強烈な踏込から放たれた、桃花をただの無残な肉片に変えるはずの一撃は、突如うかびあがったバリアによって、受け止めれらたのだ。

 

 このゲームの世界の最大禁止事項はプレイヤーを殺すこと。

 どうあっても、殺人はできないのだ。

 だから、致命的な攻撃はこうして弾かれてしまう。


「……これが、PK防止プロテクトか!」


 攻撃を防がれたイブは、瞬時に後方に飛び退る。

 そこに体勢を立て直した桃花が、横薙ぎに剣を払う。


「やぁッ!」

 

 その瞬間に、ふたたび『PK防止プロテクト』のバリアが浮かび上がる。

 しかし、桃花の持つ魔剣『陽炎』は、まるでガラス細工でも割るように、そのバリアを叩き切ったのだ。


 これこそが、桃花が悪魔に与えられた力のひとつ。

 魔剣陽炎に斬れないものなどない。

 このゲームの世界の法則により、絶対に斬れないはずの『同性殺し』を可能にしてしまうのだ。

 

 剣聖が放つ死の放物線の中に、イブはいた。 


「姐さん!」


 七瀬が悲鳴を上げた。

 避けきれないと思ったからだ。

 

 しかし、イブはニヤリと笑う。

 イブは両掌を水平にして、胸の前に突きだす。

 そこに、桃花の剣が走る。


「フンっ!」

「なっ!?」

「ええっ!? 姐さん!?」


 そこには信じられない光景があった。

 イブは桃花の剣を、その両手によって白刃どりしていたのだ。


「……伊吹式パーフェクト恋愛術『私をつかまえて。そして離さないで』」

  

「す、すごいのねっ!?」

【な、なんて人だビッチ……】


 見ている人間も驚く、イブの超人的反射神経。

 そして、イブの強烈な筋力で捕まれた刀は、桃花が押しても引いても、微動だにしない。


「桃花よ。貴様の剣は見切った。最初の一撃でな。

 貴様が私を倒す唯一のチャンスは最初の一撃だけだったのだ。この私に二度目はない」 


 目を見開いた桃花がワナワナと震えながらつぶやく。


「ば、バカな、うちは剣聖だぞ。

 どうして、素人がイブが剣聖の一撃を避けるどころか、見切ることができるんや。

 腐っても剣聖の一撃をそう簡単に見切るとかおかしいやろ……」


「おかしくはない。貴様にいいことを教えてやろう」

「な、なんや、いいことって」


「剣聖には、対になる存在がある。その名も『拳聖』という!

 剣聖が世界最強の剣士の称号なら、拳聖は世界最強の格闘家の称号だ!

 その拳聖ならば剣聖の一撃を見破れてもおかしくはない!」


「な、なんやって!?」


「中国拳法の最高峰『龍拳寺』最高師範、武神・紅偉殷ホンウェイイン

 またの名を第十二代『拳聖』紅老子!

 彼こそが中国拳法四千年の歴史上最強と呼ばれた男であり、私の師のひとりだ!」


 その言葉に、桃花だけでなく、七瀬やアダムたちも驚愕した。


「姐さんの師匠だって!?」

【どっかで聞いたことある名前だと思ってたら、熊鍋の回で名前だけでてきてるビッチ。とんでもない伏線だったビッチ!】


「あたいの組も横浜中華街で中華マフィアと対立した時に、『青竜』と呼ばれる中国の恐るべき暗殺者と戦ったことがある。姐さんの技は、そいつの技に似ていると思っていたが、姐さんの方がずっと洗練されていた。しかし、その源流は同じく、中国拳法だったとは驚きだよ! どおりで姐さんが強いわけだ!」


【イブさんの理不尽な強さの秘密の一端が解明されたビッチ! イブさんのパーフェクト恋愛術はすなわち中国拳法の応用! 中国四千年の恋愛術だったビッチ!】


 桃花も震えながら、つぶやいた。


「……聞いたことがある。中国に紅老子という『武神』と呼ばれた龍の化身のような格闘家がいると……」


 さらに、畳み掛けるようにイブは言葉をつなぐ。


「その紅老子から、若くして自分の力を超えたと認められ、第十三代『拳聖』の名を譲り受けた少女がいるという……」


「ま、まさか」


「そのまさかだ! 今代の『拳聖』はこの私だ! この私こそ第十三代『拳聖ゴッドハンド』伊吹イブだ!」


「そ、そんなアホな!?」


「私は夏休みを利用して、中国まで短期留学をしていた。留学先は龍拳寺だ。

 一か月の間に龍拳寺の高弟たちをごぼう抜きして、中国四千年の技術体系の全てをマスターした。

 そして、ついには紅老子すら超えたのだ。

 私はその雪のような白い肌とかけて中国では『白龍』という異名が付けられた。

 白龍拳聖ホワイトドラゴンゴッドハンドとは私のことなのだ!」


「た、たった一か月だと!?」


「そうだ。貴様は世界最強の剣士としてその技に自惚れていたようだが、そんな拳聖である私から見れば、まだまだひよっこ同然だ。

 その程度の腕では紅老子が剣聖ならば絶対にその称号を譲らなかっただろう。

 どうやら、貴様はその乳で誑し込むことで、前代剣聖からその名を譲られただけのようなだな!」


「なんやと!? またバカにするか! うちも絶対負けれへんねん! イブになんか絶対に!」


 桃花はイブをにらみつける。

 しかし、イブも陽炎を握りしめて離さない。


「離すかタワケが! この剣をにぎりしめている限り、貴様にも私を攻撃する手段はない!」 

「うおぉおおおおおおおおおっ!」


 桃花が絶叫する。

 その時、イブの背中を悪寒が駆け抜けた。


「こ、これは?」

「う、うちは悪魔に魂を売ったんや……。悪魔は、陽炎はうちに代償を払えと囁いてくる。

 ……ええで。イブに勝てるんやったら、うちのモノならなんでもくれてやるから」

「くっ、熱っ! しまった!」


 途端に魔剣陽炎が高熱を帯びる。

 とてもではないが、触っていられない熱量に、イブは思わず剣を離してしまった。


「……と、桃花?」

【桃花さん、やめるビッチ! その力は使ってはいけない!】


 アダムが叫んだ。

 不知火桃花の姿は変わりつつあった。


 具体的には、乳が縮みだしていた。


【ああ! おっぱいがぁ! 貴重なおっぱい様がぁ!】


 アダムが泣いても、桃花は止まらない。

 炎の魔剣陽炎は桃花の神おっぱいを代償に、桃花に力を与えようとしているのだ。


 陽炎の能力『燃焼系アクマ式』。

 乳の脂肪をエネルギーに変換し、使用者に絶大な力を与える。


 桃花にもう乳はない。そこにあるのは絶対にイブに勝ちたいという気持ちだけだ。

 もう、おっぱいがなくなってもいいという覚悟。

 それほどの覚悟がなければなければ、使えない能力。


 全身に炎を纏うつるぺったんな桃花の姿を見ながら、イブはつぶやいた。


「……不知火桃花。乳くらいしか取り柄の無い貴様が、それを失っても、なお私に勝ちたいか……。

 どうやら、貴様を見くびっていたようだ。その気高き決意を。

 ……さぁ、こい。最後の戦いだ。

 全身全霊をもって相手をしてやる」

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