七瀬ちゃんと遊ぼう!
【ア、アダムぅうううッ!!】
一夜が明け、突如としてアダムはガバッと起き上がった。
失神していたアダムは、自らのアダムを確認する。
小さな方のアダムは少し腫れてしまっていたが、潰れたりしてはいなかった。健在だ。
【よかったビッチ……】
アダムは胸を撫で下ろした。
そして、床にあった破裂したサッカーボールを見る。
もしかしたら危うく潰れたのは、マイサンだったかもしれないのだ。
ジュニアと今生の別れをするところだったのだ。
そして、自らをこれほどの苦境に追いやった元凶が、すぐそこにいた。
ボールは友達と言いながら、それが破裂するようなドライブシュートを放つ恐るべき彼女は、自分のベッドですやすやと眠っていたのだ。
【伊吹イブ……。優しさのかけらもない恐ろしいビッチビッチ……】
アダムはイブをそう評した。
ビッチビッチこんにちは、と評した。
それほどの強烈なシュートだったのだ。
しかし、そんなアダムは身体にかかった毛布に気付く。
失神したアダムが風邪をひかない様に、毛布を掛けることができよう人物など、この空間には一人しか存在しない。
【こ、これは僕にかけてくれたのかビッチ! 優しい! イブさんは優しいビッチビッチ!】
アダムはチョロかった。
********
「おはよう、アダム。よく眠っていたな」
【おはようございますビッチ、イブさん。よい朝です】
「早速だがアダムよ。この光景を見るがいい」
目覚めたイブはアダムに挨拶をすると、身だしなみを整えてから窓を開け放つ。
【こ、これはッ!?】
その光景を見たアダムは驚愕の表情をした。
ここは水仙院学園の女子寮。
その窓からは外の光景が見えるのだ。
窓の外には、女子寮の門から遥か地平線の先まで、行列が続いていた。
人、ヒト、人。まさに長蛇の列というべきものだった。
よく見れば、その行列は全部男だった。
アダムは恐る恐るイブを見上げる。
【か、彼らは一体何を待っているビッチ?】
「知りたいか。彼らは私に『貢物』をするためだけにこうして朝早くから並んでいるのだ」
【貢物? イブさんに? 何のために?】
「何のためではない。私に貢ぐためだけに彼らは今ここで待っているのだ。それだけが彼らの悦びなのだ」
【な、何だってッ! 信じられないビッチ!】
「ならば貴様に私のモテっぷりを見せてやろう。さぁ、いざ出陣だ」
アダムは空間の結界を解き、イブは女子寮の玄関から外に出る。
「みなさーん! おはようございますっ! 今日もいい朝ですね☆きらりん!」
【げぇ!? なにそのキャラ!?】
驚愕するアダムを尻目に、イブの姿を認めると外の男どもは喝采の声を上げた。
「わあああ、イブさんだッ!」
「女神様ーッ!」
「どうか僕の心を込めたプレゼントを受け取ってくださいっ!」
「わしじゃ、わしが先なんじゃー! 昨日から徹夜で並んでたんじゃーッ」
「俺の最後の波紋だぜー! 受け取ってくれーッ!」
ものすごい熱気に、イブの後ろについてきたアダムは圧倒される。
「どうだ、アダム。すごいだろう? これが私のファンたちだ。皆我先に私に貢物を送りたがるのだ」
【凄いビッチ。彼らは皆、イブさんの虜になったものたちビッチ】
イブは行列の先頭まで来ると、一人一人プレゼントを受け取っていく。
「わああああ、イブさんイブさん!」
「ありがとうッ! 受け取ってくれてありがとうッ!!」
「ほっちゃーん! ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」
【……なんてビッチだビッチ。イブさんはプレゼントを貰っているだけなのに、送っている男たちが次々に絶頂しているビッチ!】
「うふふ、皆さん、ありがとうございます! 私、皆から愛されてとっても嬉しいです☆(訳:もっとだ! もっと私に貢物を貢ぐのだッ!)」
【本音と建前が違いすぎるビッチ……】
呆れるアダムにイブは耳打ちする。
「どうだ? これが本当のモテ女というものだ。
アダムよ。貴様は昨夜、私にお願いがあって来たと言っていた。
だが、立場の違いがわかったか、このタワケがッ!
貴様は私にお願いをするのではなく、私のお願いを叶えるべき立場なのだ!」
【メチャクチャだビッチ……】
「あの、イブさん……」
アダムが呆れている中、恐る恐るファンがイブに声をかける。
「えっ? 何ですか~?(訳:なんだ? 貴様程度のブ男が私に対して何の用だ?)」
「そこのコスプレ全裸野郎は一体……?」
「何っ!? 貴様も見えているのかッ!?」
イブがおもわず地で叫ぶが、ファンは動じることなくコクコクと頷く。
さらに、イブは目線で他のファンにも尋ねると、同じく皆が頷いた。
彼女は顔をすこし青くしながら、アダムに尋ねる。
「アダム。お前、まさか誰にでも見れるのかッ!?」
【その通りビッチ。僕は誰でも見れるビッチ。
むしろ、どうして僕が天使で超常的な存在だから、特別な人にしか見れないとかそう勘違いしたか知りたいビッチ。
僕はキュ〇ベエとかそういう類の存在じゃないビッチ。
もしここで、全国中継があったら、危うく全国のお茶の間に僕の全裸が放映されるところだったビッチよ!】
「なんだと……。にもかかわらず、貴様はそんな粗末なものを、隠しもせずに大っぴらにしているのか……」
【僕は知恵の実を食べたから、服は着れないビッチ!
それに、僕のアダムは粗末じゃないビッチ!
ほら、みんなに注目されて、ちょっと立派になってるビッチ!】
イブはこめかみを抑える。
これほどの頭痛を感じたのは久しぶりだった。
「……アダムさんに、これをあげます(訳:……仕方ない。これをやろう)」
イブは一枚の葉っぱを取り出して、アダムに与えた。
「うわ~、とっても似合ってますよ(訳:それを股間に添えるだけならば、服を着たことにはなるまい)」
「ホントだビッチ! ありがとうビッチ!」
「つまらないものですけど、よろこんでもらえて何よりです。私、嬉しいです(訳:それは世界樹の葉だ。世界に二つとない貴重なものだからなくさないように。もしも失くしたなら命はないと思え)」
アダムは早速世界樹の葉を、股間に張り付ける。
素晴らしいフィット感だ。
吸い付くようにアダムの小さなアダムを覆い尽くした。
さすがは世界に二つとない不思議な葉っぱだ。
「いいなぁ~。イブさんから何かもらえるなんて」
【えっへん!】
ファンたちが羨ましがる中で、アダムは誇らしげに股間の葉っぱを晒した。
そんな心温まるやり取りを邪魔する、不届きな闖入者が現れた。
「てめえら、誰に断わってここで商売しとんじゃコラぁ!」
「ひぃ、ヤクザだっ!」
この行列を掻き分けるように現れたのはチンピラ。
またの名をジャパニーズマフィア『ヤクザ』!
そして、ヤクザ達の先頭には一人の少女がいた。
少しガラの悪い少女だ。
黒いパンクなジャンバーにピンク色のポットパンツ。
そして、虎柄のタイツ。
ヤンキーのような、もしくは大阪のおばちゃんのようなファッションセンス。
服装も着崩れているし、若い割には化粧もキツイ。
そして、粗暴そうな振る舞い。
不良少女という言葉が似合うような少女だった。
その少女が少しハスキーな声で口を開いた。
「あんたかい? ここいらで男たちを誑かして回っている悪女ってのは?」
そんな彼女の問いかけに、答えるイブの言葉は決まっている。
「貴様のような、時代遅れのヤンキー風情に、悪女と呼ばれる筋合いはないな(訳:ひどーい! 私、悪女なんかじゃありません! 失礼しちゃう、ぷんぷん☆)」
【イブさん! 本音! 本音でてる! 本音と翻訳が逆になってルビッチ!】
「あら、やだ。私ったらテヘペロ☆(訳不能)」
そして、コツンと自分の頭を叩く。
イブから時代遅れのヤンキー呼ばわりされた不良少女のこめかみからピキっと音が聞こえた。
しかし、脇にいたチンピラが先に怒号を上げた。
「てめぇ! お嬢になんて口のききかたしやがるんだッ!」
「お嬢を舐めてっとドタマかち割るぞ、ごらぁ!」
「よしなっ!」
チンピラが声を荒げるが、不良少女が手を上げて制止する。
「確かに口が悪いようだね。あんたは今の状況を理解していないようだ」
「え? どういうことですか? (訳;ほほう、この私に対して知ったような口を聞く。ならば、説明してもらおう、懇切丁寧にな!)」
「お前、説明しておやり! あたしが誰だかをね!」
不良少女は、くいっと顎で三下に指示する。
すると三下は大仰な身振り手振りで、不良少女が何者であるかを叫んだ。
「へいっ! ここにおられるお嬢は関東最大の暴力団、珍栗組の組長のご息女、珍栗七瀬さんでございやすッ!」
「えっ、そうなんだ。すごーい! 超可愛いーよー!(訳;ほう、貴様が。それで私に何のようだというのだ?)」
七瀬がイブの前にずいっと出る。
「あたいは別にどうでもいいんだけど、周りがね。
あんたがここらの男どもを、みんな骨抜きにして、困ってるって聞いてね。
そういう爛れたビッチは見逃せないと思ったわけよ。
あたいのシマで、ふざけたことするんじゃないよと警告しにきたのさ!」
イブは七瀬の言い分をふーん、と聞き流す。
そして、おそらく七瀬が好きになった男が心底惚れていたのが、イブであったとかそんな事情だろうと察した。
しかし、敢えてそのことを指摘しない優しさがイブにもあった。
それこそが淑女の嗜みだからだ。
「ひどーい! 私、男を骨抜きなんてしてません! (訳;全ての男は私の所有物だ。どうしようと私の勝手だ)」
プンプンと怒って見せるイブに対して、七瀬がキレた。
「五月蠅い! ごちゃごちゃいうんじゃないよ! あたいはあんたみたいな男に守ってもらわなきゃ何もできないぶりっ子が一番嫌いさ!」
七瀬の言葉に、イブはピクリと反応する。
「……私が、男に、守ってもらわなければ何もできない?」
「そうさ、こんな風に男を侍らせてくちゃくちゃ見っともないたらありゃしないよっ!」
「私が、見っともない?」
イブが拳をぎゅっと握りしめる。その様子を見て七瀬は笑う。
「なんだい、その握りしめた手は?
あたいに手を上げようってのかい?
そんなことをしたらどうなるかわかっているのかい?
その瞬間にここにいる男どもがあんたを羽交い絞めにしてトンデモナイ目にあわせちまうよ。それともなにかい?」
七瀬は極道特有の恐ろしい眼光で、イブをにらみつけた。
「東京湾に沈められて、魚の餌になりたいのかい?
餌になるんだったら魚よりも、醜い親父どもに喰われるのもいいだろうねッ!
アンタの場合、そっちの方がお似合いさ!
あたいの力ならあんたなんか簡単に、性奴隷以下の存在に貶めることができるんだよっ!」
七瀬の下卑た笑いと共に、脇にいた屈強なヤクザどもが拳を鳴らしながら前に出る。
これは七瀬の最後通牒だった。
もしも、イブがそれを受け入れなければ、死かそれ以上の女としての屈辱を与えると脅してきたのだ。
それに対し、イブはその小さな身体を震わした。
【イブさん……】
アダムはイブに同情する。
こんな小さな女子高生に、本物の暴力団が脅しにかかったのだ。
怯えるのも仕方ない。
いかに伊吹イブが暴力系のヒロインと言えども、相手はその暴力で飯を食う暴力のプロフェッショナル。
そこには草野球チームとプロ野球オールスターチーム以上の差が存在するのだ。
そんなイブに対して、七瀬は傲然と言い放つ。
「いいかい? あたいらの世界じゃケジメが大切だ。
あんたはあたいのシマで、調子に乗った真似を仕出かした。
その償いはしなきゃならない。
本来なら指をつめなきゃならないが、堅気の人間に対して、ましてや女に対して、それを要求するほどあたいも鬼じゃない。
だから、土下座しな!
そして、二度とこんなふざけた真似はしないとここで誓うのさ。
そうしたら、許してやろうじゃないか、寛大な心をもってね」
「くっ……」
イブは俯きながら、震えた。
震えはもう彼女を抑えることができないのか、徐々に大きくなっていった。
彼女が感じているのは恐怖か。
それとも男を弄びやりたい放題してきた後悔か。
「……く、……くっくっくっ」
それらのどちらでもなかった。
イブは。
伊吹イブは笑っていた。
もう、おかしくておかしくて、笑い転げそうなところを何とか堪えていたが、ついには耐えれなくなって吹き出してしまっていた。
「うわっはっはっは! チョロすぎる! チョロすぎるわッ!」
「な、何がおかしい!」
【イブさんはおかしくなったビッチ! 恐怖で頭がイカレてしまったビッチ!】
狼狽えるアダムに対して、イブはピシャリと言い放つ。
「違うぞアダム!
私はこの女に対して恐怖を感じたことなど、一片たりともないわッ!
私は今、この女の愚かさに堪らなくなって、爆笑してしまったのだ!」
【イブさんが本音で喋っているっ!? もう翻訳なんて必要ないビッチ!】
このイブの態度に対して、七瀬は顔を真っ赤にして憤る。
「何だとぉ? 伊吹イブ。あたいが愚かだと?」
「珍栗七瀬といったな?
貴様は今、私に対して男に守ってもらわなければ何もできないと言った。
しかし、それはまさにお前のことではないか!」
「な、なんだってっ!?」
「そのような薄汚いチンピラを従えて、女王様気取りとはみっともないと言っているのだ!」
「なにを! あたいが誰だかわかってて言っているのか?
あたしのバックに控えているのは、こんなもんじゃないんだよっ!」
「関東最大の暴力団、珍栗組の大勢力が控えているのだったな。
それが貴様の武器であり、牙である。
なるほど確かに強力だ」
「その通りさ。
あんたは今、その暴力団の組長の娘に暴言を吐き、喧嘩を売ろうとしている。
それがどういう意味か、わかっているのかい?」
七瀬の言い分にイブはニヤリと笑った。
しかし、その眼は笑ってなどいない。爛々と狂気に輝いている。
「暴力団の持つ暴力を嵩に、相手を屈服させようというやり方は嫌いではない。
むしろ、その齢で暴力の有効性に気付いたそのセンスは褒めてやろう。
実にスマートだ。
しかし、貴様は暴力団のもつ牙の鋭さを、過大評価しすぎた。
所詮は『野良犬の牙』に過ぎないというのに、本物の血に飢えた狼に貧弱な牙をむけたのだ。
その愚かさ。その世間知らずさに、私は哄笑を禁じ得ない!」
このイブの言葉に、七瀬は逆上した。
「あたいの暴力が。暴力団の力が『野良犬の牙』だとぉ!?」
「その通りだ。まさに野良犬、いや野良雌犬といったところか!」
「クソっ! 言うに事欠いて!」
【イブさん! 挑発するのもいいけど、本当に大丈夫かビッチ!?
相手は本物のヤクザだよ! 暴力団だよ!
本当に東京湾に沈められるビッチよ。それどころか、手籠めにされて、アへ顔ダブルピース写真をネットにばら撒かれるまであるビッチよ!】
振り返ったイブの目がギラリと光る。
その野獣の眼光にアダムは思わず【ひっ】と悲鳴を上げた。
「アダムよ。いいだろう! 貴様に真の暴力を見せてやろう。
私の伊吹式パーフェクト恋愛術をな!
そして、血も凍るような本物の暴力を。狼の牙を、本物の牙を見せてやるッ!」
【イ、イブさんは本気だビッチ……。
本気で一介の女子高生がヤクザと戦おうとしているビッチ。
もはや正気の沙汰とは言えないビッチ。
でも、どういうわけか、イブさんなら本当になんとかしてしまいそうだビッチ!】
「その通りだ、全裸男」
アダムに声をかけたのはイブのファンの男どもだ。
【どういうことビッチ?】
「俺たちが好きなイブさんは、今までにどんな逆境も、圧倒的な暴力で乗り越えてきたんだ。俺たちはその姿に心を打たれたんだ」
「イブさんなら、あの程度のチンピラ、まとめてやっつけてしまえるさ」
「俺たちのイブさんは、無敵だからな」
【な、なんという信頼感だビッチ! イブさんにはそれほどの力があるというビッチか!】
「その通りさ。
さぁ、みんな、逃げるぞ!
ここはもう危険だ!
東京はこれから戦場になる!
この血で血を洗う争いに巻き込まれたら命はねえ!」
ファンたちは虫を散らしたように逃げ出していった。
イブはフンと首を反らし、七瀬を睨みつけた。
勿論、七瀬とチンピラヤクザどももイブを睨みつけていた。
風雲急を告げる水仙院女子寮前。
果たして、勝つのは清楚可憐なる女子高生伊吹イブか、それとも血も涙もないヤクザどもの粗暴なる暴力か。
仁義なき戦いが始まろうとしていた。
そして、アダムは一人呟いた。
【普通に考えて、いくら暴力系ヒロインと言えどもこの勝負に勝ち目はないビッチ。でも、もしもイブさんが勝てたとしたら、それだけの人なら、……あいつに勝てるかもしれないビッチ。痴皇帝カイザービッチに!】