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イブさんといっしょ! ~乙女ゲー編~  作者: 岡サレオ
乙女ゲー世界編~『お嬢様』麗奈編
13/26

姫条院麗奈

この章は当初プロローグとして投稿しましたが、時系列に合わせて編集しなおしました。そのせいで、少々話におかしなところがありますが、ご了承お願いします。

 新房くいなが、何者かに敗れた。

 その凶報は姫条院麗奈の端正な容貌に、一点の曇りを残させた。


 空を見上げれば暗雲が、覆い尽くそうとしている。

 まるで、今の自分の心模様のようだと、麗奈は溜息せずにはいられなかった。


「一体、何者の仕業だというんですの……」


 麗奈は失ってしまった仲間のことを思う。


 新房くいな。

 あの『腹ペコヒロイン』が。

 強力な『土』の属性を持つ乙女が、本当に敗北を喫するなんて。


 そして、このサンタナ市の悪魔結界を守護する、『乙女五芒星』の一角を打ち負かすほどの女子力の持ち主が存在するとは。

 麗奈には到底、信じられない話だった。


 しかし、実際にくいなが破れたというのも、事実だ。

 報せを聞いて駆け付けた、残る四人が目撃したもの。

 それは、『恋人ラバーメン』を失って変わり果てた、くいなの姿であったのだから。


 彼女たちは現場を調べ尽くした。

 一体何者が、くいなを打ち倒したのか。

 その手がかりを手に入れることすら、ついにはできなかった。


 そして、互いに気を付けるよう確認し合って、帰途についたのだ。


 麗奈は家路につく最中、物憂げな表情で街並みを眺めた。

 重い雲が暗い影を、街に落としていた。


 海と山に囲まれた、風光明媚な地方都市、サンタナ市。


 姫条院麗奈の暮らす豪邸は、この街の北東に位置する。

 彼女の父親は、日本有数の企業の社長である。

 地元の名士として、姫条院家はこの地に君臨しているのだ。


 しかし、それは仮初の姿であり、虚構の姿である。

 彼女はその虚構を本物にするために、悪魔に魂を売ったのだ。



 このサンタナ市の本当の姿は、財政破綻寸前の地方都市三棚さんたな市。


 麗奈たちは現実のサンタナ市を悪魔の力で、ゲームの世界であるサンタナ市に塗り替えたのだ。


 そのゲームとは人口流出の止まらず、衰退していくだけであった街が最後に打って出た狂気の企画。地元ゲーム会社の作る、乙女ゲーとのコラボレーション企画。


 初めは多くの人間が、鼻で笑った。

 しかし、どういうわけか徐々に盛り上がっていき、やがては大きなうねりとなった。

 そして、最後には市の全面協力を取り付け、かつてないほどの規模となった。


 そうしてできたのが乙女ゲー『情熱のサンターナ』。


 実際の街を元に描かれたサンタナ市を舞台に、実際に街にいる人物をモチーフにしたイケメンと恋愛するという、乙女ゲー。

『情熱のサンターナ』をプレイしたゲーマーが聖地巡礼をするのを、町おこしに利用しようという企みがあった。


 あまりの浅はかさ。

 俄かには信じがたいことだが、このゲームは空前の大ヒットを飛ばすこととなった。


 勝因は乙女ゲーでありながら、女子だけでなく、男子にも、そして年齢層にも関係なく受けたという事だった。


 元々話題性も十分で、一般ニュースでも取り上げられた点も大きいだろう。


 町おこしイベントとのタイアップという関係上、ターゲットを絞り込むことはせずに、貪欲に全年齢層を狙って、様々な要素をぶち込み、出来上がったものは乙女ゲーとは到底言い難いようなカオスな代物であった。


 しかし、そのゲームは奇跡的なバランスで、辛うじて成立していた。

 結果、多く層から熱狂的に支持され、愛されることとなった。


 このゲームの魅力は登場人物の多さにある。


 主人公の初雪はつゆき楓恋かれんはその名の通り、初雪のような儚さと可憐さを併せ持った外見と、それに似合わぬ快活さを持った少女で、周りの人間をついつい元気にさせてしまう。そんな女の子であった。

 

 そして、眉目秀麗な、魅力的な五人の攻略キャラ。

 それらはどれも違った魅力を持った男の子たち。


 それだけではない。ライバルキャラもまた魅力的に作られていた。

 ただの主人公の引き立て役になるだけの悪役キャラではなかった。

 時に主人公のライバルとなり、友達であり、心を通わす。


 これらの人物の作り込みが素晴らしく、それが多くの支持を得る結果となったのだ。


 そして、姫条院麗奈もまたこのライバルキャラの一人である。

 大企業の令嬢にして、箱入り娘。

 抜群のスタイルに容姿端麗。

 そして、金髪巻き髪。

 その性格は傲岸不遜にして、わがまま放題。しかし、根は寂しがり屋で優しい女の子。


 いわゆる、典型的なお嬢様系のヒロイン。

 しかし、単純な悪役キャラにはならず、主人公の友達として、交流をするのだ。


 彼女の思い人は、金梨竜司。

 主人公が攻略しなければ、竜司と麗奈が結ばれることとなる。

 この金梨竜司は、貧乏子だくさんの典型的な苦学生系イケメンだ。

 身分を越えた二人の恋愛模様は、『情熱のサンターナ』屈指の人気恋愛イベントのひとつ、だったりする。


 だが、今ここにいる姫条院麗奈は、ゲーム上の登場人物ではない。

 彼女は現実世界にいる別の人間だ。

 そして、ゲームの登場人物『姫条院麗奈』になることを、悪魔に願いだったのだ。

 これは、新房くいなも同じことだった。


 彼女らは己の魂を悪魔に売り渡し、現実の三棚市を乙女ゲーム『情熱のサンターナ』のサンタナ市に書き換えたのだ。


 現在の三棚市は、悪魔による結界によって何者の干渉も受けつけない、陸の孤島となっていた。


 内部の人間の認識に直接作用する、巨大な結界のフィールドで包まれた街の住人たちは、自分らがゲームの登場人物だと思い込んでいる。

 そして、街から出ることも、入ることもできないことに、誰も違和感を持つことができないのだ。


 人口十万人の三棚市の住人は、全て悪魔結界の中に捕らわれてしまったのだ。



 まんじりともしないような思いを抱えたまま、自宅までたどり着いた麗奈は、その豪奢な門の前から自らの豪邸を見上げる。


 現実世界では、第三セクターが多額の税金を投入して、極めてずさんな見通しの元に建てられた旅館である。

 

 三棚市三大失敗事業の、なれの果て。

 

 しかし、この世界では日本有数の企業の経営者である、姫条院家の大豪邸だ。

 自分はその姫条院家の令嬢である。

 

 それは、夢にまで見た幸せ。


 そして、もう思い出したくもなかった、現実世界の自分の姿が脳裏を過る。


 もしも、自分たちが破れたならば結界が解け、この虚構の世界は消滅してしまう。

 だからこそ、彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。


「この夢は、絶対に醒めさせやしないわ……」


 夢から醒めたくいなの姿。

 そのおぞましい光景を思い出した麗奈は、身体の震えを抑えるように自らを抱きしめた。

 そんな彼女を傍らに寄り添うように、男が心配そうに声をかけた。


「麗奈、どこいってたんだ? 顔が真っ青じゃないか」

「竜司君……」


 彼女を優しげな声をかけたのは、金梨竜司。

 『情熱のサンターナ』の攻略キャラの一人だ。

 ゲームでは主人公『初雪楓恋』が攻略できなければ、姫条院麗奈とくっつくこととなるキャラだ。


 そして、いまでは麗奈が完全に彼の心を捉えている。

 攻略キャラである竜司を『恋人ラバーメン』にすることで、麗奈の女子力は完成したのだ。


 竜司は麗奈の豪邸の前で忠犬のように、彼女の帰りを待っていた。


 麗奈はそんな竜司を愛おしむように、そっと手を握る。

 指先からはじんわりと温かみが伝わってきて、この世界が虚構のものではなく、リアルであると改めて実感するのだ。


 そして、胸から込み上げてくるのは、それを守るという決意。

 

 麗奈は心配そうに見つめる竜司に、無理して明るく笑って答えた。

 パシッと扇子を開き、いつもの高飛車な自分を演じた。


「おーほっほっほ、なんでもないわ。さぁ、家に入りましょう、竜司君」

「ああ、そうだな。……、ん? あれは?」


 竜司の声に麗奈は振り返る。

 姫条院家の豪邸の反対、つまり今麗奈が帰ってきた道から、三人の人影がゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えたのだ。


 彼らの持つ、異様なプレッシャー。


 麗奈は直感した。

 自分は尾行されていた、と。


「……やってくれましたわね」


 麗奈は眉を寄せ、唇を噛み締める。失敗を痛感させれたのだ。

 まんまと自分の『恋人ラバーメン』と一緒にいるところを狙われた。


 麗奈はやってくる三人を、睨みつけるように凝視する。


 右にいるのは少しガラの悪い少女だ。黒いパンクなジャンバーにピンク色のポットパンツ。そして、虎柄のレギンス。ヤンキーのような、もしくは大阪のおばちゃんのようなファッションセンス。服装も着崩れているし、若い割には化粧もちっともナチュラルメイクじゃない。そして、粗暴そうな振る舞い。不良少女という言葉が似合うような少女だった。


 麗奈は不良少女を一瞥すると、

(彼女では、……ないわ。あの程度の女子力では到底新房くいなは破れない)

 と、結論付けた。


 不良少女は麗奈の乙女センサーに、大きな反応を示さなかったからだ。


 一方で『ガンをつけられた』と捉えた不良少女は、「お? やんのか? やんのか、コラ?」と牽制行動をした。

 麗奈はその様子を無視して、視線を外した。


 次に左の少年を見て、麗奈は眩暈がした。


 その男も若かった。

 パッと見では美少年と言えるのだが、その出で立ちは常軌を逸していた。


 彼は、何一つ着衣を着ていなかった。

 つまり、全裸だった。葉っぱ一枚で、股間を隠しているに過ぎない。だからこそ、それに気付かずにはいられなかった。


 彼の背中に生える、大きな羽に。


 麗奈は目を丸くした。


「何故、天使がいるんですの……。この結界は天界の者には干渉できないはずなのに……」


 その問いに天使の少年は、清らかなる声で答えた。


【僕はアダム。天使にして堕天使、天界を追放された僕は元からここに住んでたんだビッチ。そして、僕はラテンの裸天使なんだビッチ!】

「何故、素っ裸なの……」

【それは知恵の実を食べてしまったからビッチ。僕はもう服を着ることは出来ないビッチ!】

「……普通、逆じゃないの?」


 その問答に麗奈は軽く頭痛を感じた。

 アダムと名乗った天使はその出で立ちに反して、悪魔のような言動で容赦なく麗奈の精神を削った。

 だから、麗奈はアダムを見なかったことにして、残るもう一人に視線を移す。 


 この二人の間を歩くのは、黒髪の清楚可憐な乙女だった。

 ただのありふれた制服を着ているだけの、高校生くらいに見える少女だった。


 しかし、ただの少女でないことは見ればすぐにわかる。

 麗奈の乙女センサーは、最大の警戒を示していた。


「……なんていう、女子力なんですの」



 彼女から立ち上がる、凄まじいまでの女子力。勢いよく噴煙を上げる火山のような、迸るほどの女子力を。


 麗奈は確信した。

 黒髪の少女。

 彼女こそが、新房くいなを倒した下手人であると。


 三人は立ち止まり、麗奈と対峙する。

 麗奈は竜司の腕をギュッと握りしめた。

 気がつけば口の中はカラカラに乾いていた。


「ど、どうしたんだい、麗奈? おい、麗奈?」


 常に自信に溢れ、傲岸不遜なお嬢様である麗奈の姿しか、竜司は知らない。

 まるで別人のように青白い顔で、不安そうな表情をする彼女に問いかける。 


 しかし、当の麗奈にそれに答える余裕はなかった。

 もしも、一言でも声を発して集中を逸らせば、その瞬間に全てが終わるような、そんな気がしてならなかった。


 そして、真ん中の黒髪の少女が、一歩前に歩みを進める。


 その楚々とした、愛くるしい出で立ち。白磁のように滑らかな肌。黒曜石のようにどこまでも深い黒の瞳。スッと通った小鼻に、桜色の唇。


 麗奈もこの黒髪の少女が飛びぬけた美少女であると、認めざるを得なかった。

 そして、その外見からは想像もつかないほどの怪物であることも。


 突然現れた強敵に、麗奈は問わずにはいられなかった。


「あなたは……一体何者なんですの?」


 黒髪の少女が口を開いた。

 その声は可愛らしく、耳をくすぐるような優しげな声。

 しかし、その内容は峻烈を極めた。

 彼女は麗奈の問いかけを無視し、端的に己の目的を告げた。


「姫条院麗奈。貴様の命運は尽きた。私は今からそこの攻略キャラを寝取り、貴様の全てを奪い尽くしてやる」


 黒髪の少女の第一声。可憐な少女のあまりに、苛烈な発言だった。

 麗奈は予想はしていたものの、思わず声を失った。

 一瞬空白になった思考をすぐに戻す。

 そして、キッと睨みつける。その眼は好戦的に燃えていた。


「……、させないわ。竜司君は私の大切な人ですの」

「ふふふ、竜司君、か。貴様はその男の本当の名前を知っているのか? その上でこのような茶番を演じようというのか?」

「竜司君は竜司君よ。それ以外の何物でもないわ」

「その男の本当の名前はジェイこぶ。佐伯ジェイ瘤君だ。現実の三棚市では親のすねを齧ってニートをしている少し顔のいいだけのクズだ。貴様が最も嫌っていた類の人間ではなかったのか?」


 黒髪の少女は告げた。その声音は、優しげな声質からは考えられないほど冷然としていて、ぞっとした。


 そして、彼女の目は、深海の底よりどこまでも黒い。まるで、何もかも見通しているような瞳だった。

 だから、麗奈はまるで自分の全てを見通してしまうような瞳が怖くて、思わず声を荒げたのだ。


「聞きたくないわッ! 竜司君は家が貧しくとも、一生懸命バイトとかして家計を助けてる好青年よ! あなたなんかに竜司君の何がわかるのッ!」


 激高する麗奈に対して、黒髪の少女は首を振ると再び麗奈を真っ直ぐに見据えた。


「ならばそうやって、醒めない夢に引き籠って、現実逃避をしているがいい。それをこの私が、貴様をジェイ瘤君ともども一緒に引きずり出してやる。そして、自らの愚かさ加減を呪うがいい」

「竜司はジェイ瘤じゃないわっ! やれるものならやってみなさいッ!」


 突如として大地がせり上がり、空間が歪む。そして、対峙する二人の乙女の間に出現したのは、『乙女ティックフィールド』。

 

 このゲーム『情熱のサンターナ』では攻略キャラを巡り、乙女同士が直接対決をする際に、特殊フィールドが出現する。それが、この『乙女ティックフィールド』だ。

 土で固められたその舞台上には、縄で円形上に文様が描かれており、それはまるで土俵であった。

 そして、この乙女ティックフィールド(土俵)の中心部に、金梨竜司(本名佐伯ジェイ瘤)が立っている。

 麗奈と黒髪の少女は、乙女ティックフィールド(土俵)をゆっくりと登る。


 すると、三人組の一人である天使、アダムが股間の葉っぱを掴むと清涼な声を上げる。

 その姿はさながら行司だ。

 彼が股間の粗末すぎるものを晒すのは、自分が一切の武器を持っていないことを証明するためである。

 この場においては、自分が公正なる審判だと証明するためだ。

 そして、彼はテノールの様な美しい声音を上げ、葉っぱで麗奈を指し示す。


【ひが~し~、姫条院れ~い~な~】

 

 伸びやかな声を聞きながら、麗奈は土俵を駆けのぼる。

 そして、柏手を打ち、カモシカのような美脚を高々と振り上げる。

 頭の上までそのつま先を振り上げると、ピタリと止まる。

 まるでバレリーナのような華麗な姿勢。

 そして、トンと静かに四股を踏んだ。


「なんて優美さなの……」


 不良少女が思わず呟いた。まさに上流階級で育った上品な気品溢れる動きだった。

 さらに、麗奈が『土俵入り』に選択したのは『雲竜型』。

 せり上がる時に左手を胸に添え、右手を伸ばす。

 その姿は華美にして絢爛豪華。

 お嬢様系ヒロインに相応しい華麗なる女子力を見せつけた。


 見るものを魅了する素晴らしい作法に、下で見ていた不良少女も「ふぁ~」と感嘆の溜息をもらす。


 行司アダムも【まさかここまでの女子力を持つとはビッチ……】と冷や汗を流す。

 そして、麗奈は再び四股を踏む。今度は不良少女から「よいしょっ!」と歓声の声が響いた。


 次は黒髪の少女の『土俵入り』だ。天使の行司がその名を呼んだ。


【に~し~、伊吹い~ぶ~】


 伊吹イブと呼ばれた少女は、土俵に上ると両手を伸ばす。遠き地平線の彼方から、朝日が昇るがごときせり上がり。

 そのスタイルは『不知火型』の『土俵入り』だ。

 堂々した迫力ある姿にまたもや不良少女は「ふぁ~」と感嘆の溜息を洩らした。

 小柄な身体が何倍にも大きく見えるのは、彼女の持つ女子力の賜物か。

 イブが脚を振り上げる。

 ひざ丈のスカートから太腿がチラリと見えた、。


「ッ!!」


 そのあまりの白さに、アダムの目は奪われる。

 彼の顔は天使とは思えないほど、邪悪ににやけていた。


 しかし、目が奪われたのは麗奈も同様だ。

 もちろん、彼女が着目したのは、その白磁のように綺麗な乙女の柔肌ではない。


「なんたる大腿四頭筋の、異様な盛り上がり……ッ!」


 麗奈の顔は、真っ青になっていた。


 あの鍛え上げられた下半身が生み出す脚力は、決して看過すべきものではないと、乙女の本能が告げていた。

 麗奈の美しい横顔に、冷や汗が流れた。彼女の頭では、様々な憶測が目まぐるしく飛び交っていた。


(彼女はスポーツ少女系ヒロイン。もしくは、いわゆる『脱いだらすごい!』系のヒロインですわね。

 たしかに腹ペコヒロインの新房くいなとは相性が悪いですわ……。

 スポーツ少女は最も女子力が低いと思われがちだが、もっとも危険な『脱いだら(筋肉が)すごい』である可能性もある。

 きわめて、厄介な相手ですわ!)


 イブが四股を踏むと、再び不良少女が「よいしょっ!」と歓声の声を上げる。まるで地響きがするかと思うような力強い四股だ。


 しかし、麗奈は今の『土俵入り』に感じるものがあった。


「……あの動き、どこかで見覚えが……。いや、まさか」


 しかし、麗奈はすぐに思考の海から現実に戻された。

 イブが右手に塩を握って、土俵の真ん中に立つ竜司に目がけて塩を投げつけたからだ。


「痛いッ!」


 散弾のような塩のつぶてが、竜司の肉体を容赦なく痛めつける。悲痛な叫び声が響き渡った。

 その声で、麗奈は呼び戻されたのだ。


「竜司君ッ!」


 麗奈は心配そうに竜司の安否を気遣う。竜司は塩まみれになって苦悶の表情を浮かべていた。

 だから、麗奈もまたゆっくりと振りかぶると、竜司に塩を叩きつけるように投げつけたのだ。

 再び塩の猛威が竜司の肉体を苛む。


「痛い痛いッ!!」


 これから行われるのは、イブと麗奈の対決だ。

 それに巻き込まれた竜司の身の安全を図るためには、心を鬼にして、『清めの塩』による殺菌消毒をしなければならない。

 さもなければ、竜司の命に関わるのだ。


 再度、竜司の悲痛な声が『乙女ティックフィールド』に響き渡る。その切ない響きに、不良少女は「切ねぇ。マジで切ねぇ……」と涙を流す。


 愛する故に、人を傷つけなければならない。それが人の定めなのだ。

 土俵内では、悲喜こもごものやり取りが行われていた。


 もちろん、彼女たちは伊達や酔狂でこのようなことをしているわけではない。

 この『情熱のサンターナ』における男を巡る決闘前の重要な礼儀作法であり、すなわち乙女のたしなみなのだ。


 ムエタイにおける戦いの前の舞、『ワイクルー』というものがある。

 師や肉親に対する礼と、己の鼓舞と、戦いの無事と勝利を祈る伝統的な舞。

 この『ワイクルー』にも近いが、それ以上の意味がある。


 一連のやり取りは『どす恋』と呼ばれるものだ。

 二人は互いの『土俵入り』の作法の美しさから、それぞれが持つ『女子力』を観察し、推理する。

 それにより、二人が取りうる戦略が変わってくるのだ。


 このゲームにおける最重要項目。それは女子の能力は『女子力』という数値で決まるということだ。

 その名もアクティブビッチポイントシステム(ABPS)。

 女子力は『ショッピング』や『お勉強』、『スポーツ』に打ち込むなどの『自分磨き』によって上昇する。


 しかし、それとは別に最も飛躍的に上昇するのが恋人をつくることだ。

 すなわち、思い人と結ばれ『恋人ラバーメン』とすることで極めて高い女子力を獲得ことができるのだ。


 この『情熱のサンターナ』のキャッチフレーズはこうだ。


『恋する女の子は無敵なの!』


 この文言を地で行くのがこのゲーム。

 たくさん恋をした女の子が色んな意味で強くなるのが、このゲームの特徴なのだ。


 そうであるならば、恋人の有無で女子力が大きく変わるのであれば、その恋人を奪ってしまえば、まるごと相手の女子力を奪ってしまえるという事となる。

 もちろん、この全年齢乙女ゲームにおいて、実際に寝取るなんて『ハシタナイ』ことは許されない。


 あくまでも、惚れさせてその心を奪う。惚れ直させる。

 それが『テクニカルNTR』だ!


 つまり、イブがこれから行おうとしているのは、竜司にアプローチして、麗奈の恋人を奪おうとしているのだ。

 それも真正面から堂々と直接対決によって、どちらがより魅力的な乙女であるかを見せつけ、相手に惚れさせるのだ。

 それがこの『情熱のサンターナ』における、女子たちの戦いなのだ。



 姫条院麗奈は伊吹イブの『土俵入り』から、彼女の持つ女子力を推算する。


(凄まじい女子力ですわ……。

 おそらく、それは新房くいなの『恋人ラバーメン』を奪うことで手に入れた女子力!

 でも、それならば竜司君を『恋人ラバーメン』としている私と同程度。

 真正面から叩き潰すことができるはず。

『テクニカルNTR』は恋人側に対して、寝取る側が圧倒的に女子力が高くなければ成立しない!

 でも、それならば何故、新房くいなは破れたの?

 あの伊吹イブという子には、まだ隠された秘密があるに違いないわ!)


 麗奈はイブを真正面から睨みつけ、堂々と宣言する。


「見極めてやるわ、あなたの正体を! そして、ここで叩き潰してやるわッ!」

「やってみろ! 姫条院麗奈よ!」


 乙女同士の恋の戦いの火蓋が、切って落とされる。二人の『恋の綱引き』が今、始まろうとしていた。


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