卵料理を作ろう!
この『情熱のサンターナ』の世界では、恋する乙女と乙女が思い人をめぐり対立した時、『乙女ティックフィールド』が出現する。
そこで、恋のバトルが繰り広げられるのだ。
今回、現れたのは乙女ティックフィールドの特殊バージョン、『乙女のキッチンコロシアム』だ。
古今東西の様々な食材が集められたこの空間では、可憐な乙女たちが料理の腕前を競うのだ。
乙女キッチンコロシアムにスポットライトが灯り、暗がりから一人の天使が現れる。
美しい全裸の美少年天使、アダムだ。
彼は目を瞑りながら、滔々と語り出した。
【わぁたしの記憶が確かならば、恋の格言にこんなものがある。
それは『男は胃袋で捕まえろ』というものだ。
この言葉の意味するところは、恋する乙女なら好きな男に手料理でも振る舞って、男の心を掴めというもの。
すなわち、料理は乙女のたしなみ、といっても過言ではないということなのだ。
手料理のひとつも作れなければ、それは到底、ヒロインとは言えないのである。
では、ここにいるヒロインたちはどのような料理を作るというのか。
クレイジーバイオレンスビッチは? ヤクザガールは? 腹ペコヒロインは?
果たして、彼女らはいかなる料理を作るというのか】
そして、アダムはゆっくりと目を開いた。
【食べたい。私はヒロインたちの手料理が食べたい。清楚可憐にして極上のヒロインが作る、まごころ込めた手料理が食べたい!
その想いだけが私の中を駆け抜けていったのビッチ!】
アダムはキッチンコロシアムに用意された、数千の厳選された食材の中から、真っ赤なパプリカを手に取ると、それに噛り付く。
そして、アダムは噛み締めるような笑みを浮かべ、不敵に口を開いた。
【パプリカと思ったら、赤ピーマンだったビッチ! ピーマンは苦くて食べれないビッチ!】
ピーマンが苦手だと吐き捨てようとしたアダムに、イブが「食べ物を粗末にするなっ!」と喰いかけのピーマンを、アダムの口の中に無理やりねじり込もうとして、【ねじ込むなら僕のケツにねじ込むビッチ!】と、二人がもみ合いになっている中、カメラはフェードアウトしていった。
そして、炎と共にテロップが流れた。
『料理の鉄ビッチ』、と。
今から行われるは『恋の料理対決』。
暴力系ヒロイン伊吹イブと、腹ペコヒロイン新房くいなとの料理の死闘。
果たして、二人は一体どのような料理を作るのか。
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料理の聖地『乙女のキッチンコロシアム』に現れた『腹ペコヒロイン』の、新房くいな。
チューリップのワンポイントのついた可愛らしいエプロン姿。
彼女が料理を作るのだ。
ご飯を食べることで最大の萌えを発揮する『腹ペコヒロイン』は、普段は作る側ではなく、食べる側。
我々は、『腹ペコヒロイン』が何か料理を作るという姿を見たことがあるだろうか! いや、ない!
今、腹ペコヒロインが料理を作ろうとしているのだ。
しかも、自らの意志で。
腹ペコヒロインの麒麟児、新房くいなは料理対決を望んだ。
それは、この対決に絶対の自信を持つということ。
一体どのような驚愕の料理テクニックを披露するというのだろうか。
健康的な魅力を振りまく健啖家が、その秘められし女子力を見せようとしていた。
勝負の前というのに明るい表情を見せる新房くいなに、アダムが話しかけた。
【くいなさん、戦いの前に抱負を聞かせてほしいビッチ】
「あたしは絶対に負けないのね!」
【それはあのイブさん相手でも?】
「例えどんな相手だろうと、料理においては自信アリなのね!」
【凄い自信ビッチ。では、対戦相手のイブさんに対してどんな印象をお持ちですかビッチ?】
亜麻色の髪を掻き分け、くいなが答える。
「そうね! 印象というか、メッチャ怖いね! もう人間とは思えないくらい怖かったのね!」
【そうビッチ! イブさんは素手で熊を殺害しているビッチ! 既に人じゃないビッチ! 人の皮を被ったモンスタービッチ!】
「えっ……? 熊を……、素手で?」
今更ながら、くいなは絶句していた。
そんな彼女に構うことなく、アダムはくいなの反対側に振り返り、対戦相手を呼ぶ。
「それでは対戦する料理の鉄ビッチを呼ぶビッチ。蘇るがいい! アイアンビッチ!」
ビッチキッチンコロシアムのステージの一角がせりだし、一人の少女が現れる。
黒い無地のエプロンは、あくまでもシック。
彼女の持つ、清楚な美しさを引き立たせる。
しかし、可憐な乙女の身体には、巨大な怪物を宿す。その内に秘めた猛獣は、全ての敵をなぎ倒し、蹂躙しつくすのだ。
古今東西のあらゆる食材の揃った料理の聖地に、古今東西のあらゆる暴力に精通したマスターオブバイオレンスが降臨した。
無言で周囲を睥睨するは、暴力系ヒロインのアルティメットシーイング、伊吹イブ。
圧倒的威圧感をまき散らす彼女が、口を開く。
「新房くいな! 貴様に今から至高にして究極の料理を見せてやろう。生で拝んで驚くがいい!」
果てして、暴れん坊ヒロインはどのようにして料理を作るのか。
くいなとイブは睨みあい、そして、くいなはビビりまくりながら、お互いの女子力を『どす恋』によってを披露する。
それによって、お互いの女子力とヒロイン属性を推測しあうのだ。これが、恋の駆け引き。
もちろん、本当の淑女であるなら、ここで手の内を隠したりはしない。
それは『はしたない』行為だからだ。
二人の本当のステータスを数値化すると、こうなる。
≪伊吹イブ≫
『女子力』:4305
『属性』:『脱いだら凄い』『熊殺し』『暴力系ヒロイン』
『恋人』:『アダム』・『ケツホリー』
≪新房くいな≫
『女子力』:10000
『属性』:『腹ペコヒロイン』
『恋人』:『斉藤エイジ』
イブとくいなでは、くいなの属性が相性が悪い。しかし、実力は二割減といったところ。
つまり、女子力においては二倍の戦力差がある。
単純に言えば、イブがくいなに勝つためには、くいなの二倍は美味しい料理を作らなければならない。それが、女子力がモノをいうアクティブビッチポイントシステム(ABPS)なのだ。
しかし、くいなはイブの女子力と属性を推定し、額に冷や汗をかく。
(本当に、『熊殺し』なのね……。しかも、『脱いだら凄い』の中の特殊上位互換にあたる『脱いだら(筋肉が)すごい』の持ち主! 弱点属性がないオールマイティヒロイン……。これは手ごわい相手なのね!)
睨みあう、二人の前にアダムが出る。
料理対決とは言ったが、料理と言っても漠然としすぎている。
何かテーマを絞らなければ、収拾がつかなくなってしまうのだ。
だから、アダムがテーマを決める。
そのテーマは二人とも不利にはならない様に、事前で籤によって決められてものだ。それを、ここで公表する。
彼は右手にそれを握ると二人の前に掲げた。
【本日のテーマは卵! 鶏の卵ビッチ!】
イブは「フン」と鼻を鳴らし、くいなはニッコリとそれを見やる。
今から、二人のヒロインによる卵料理が披露されることが決まったのだ。
【調理時間は一時間。
食材はここに用意されたもの以外でも、持ち込んだものを使って構わないビッチ!
料理の裁定はくいなさんのラバーメン、斉藤エイジさんがするビッチ。
イブさんの勝てば、エイジさんはイブさんに惚れ直し、テクニカルNTRが成立するビッチ!
くいなさんが勝てば、エイジさんにプラスして、ケツホリーがラバーメンとして移譲されるビッチ!】
そして、アダムは方位の神への感謝を始める。
ノトス、ボレアス、エウロス、そしてゼフュロスへの感謝。八卦良いとは彼らへの感謝。
そして、それは食材への感謝へとつながる。今ここで、料理対決ができるのは、農家や漁師、そして豊穣なる大地と海があるおかげなのだ。
食材を残してくれた全てへの感謝をこめて、戦いの開始を宣言する。
【それでは、『恋の料理』バトルを始めるビッチ! はっけよーい! 残った!】
ビッチキッチンコロシアムに試合開始のゴングが鳴り響く。
イブは鍋に火をかけると、様々な食材を放り込み始めた。
アダムは解説席に戻り、そこに座っていた七瀬たちに尋ねた。七瀬の横には、メルル、ジェノバ、ケツホリーが順に座っていた。
【僕はこう見えても料理には全く詳しくないビッチ。何しろ、まともな料理はつくったことないビッチ】
「堕天使ってことは下界で暮らしてたんだろ? 今まではどうしてたんだい?」
【僕は下宿の管理人のおばちゃんに、作ってもらってたビッチ! それ以外はコンビニ弁当か、外食ビッチ! 自分じゃインスタントしか作れないビッチ!】
「生活能力が全然だね……」
【そうなんだビッチ。だから、女の子である七瀬さんから色々と解説をしてほしいビッチ】
「あたいもどちらかというと、料理は得意ではないんだけどねぇ」
【僕よりマシだビッチ! じゃあ、イブさんが今やっているあれは、何をしてるビッチ?】
「ああ、あれくらいならわかるよ。あれは出汁をとってるんだ」
イブは鍋の中にたっぷりの鰹節、煮干し、鳥ガラ、などを入れてじっくりと煮込む。
その様子を見て、七瀬はイブが作ろうとしている料理を推測する。
「卵料理というのだから、卵がメインにならなければならない。あれは多分だし巻き卵を作るつもりだね!」
【そうなんビッチか? イブさんの手の込みようからは、もっとすごい料理がでると思ったビッチ!】
「シンプルな料理ほど料理人の技量が問われるとよくいったものさ! だから、姐さんは出汁からこだわって作っている! ほら、あれを見な!」
【あ、あれは!?】
イブが取り出したもの、それは熊の腕。
このキッチンコロシアムでは用意していないその食材は、イブが屠った熊五郎の腕だ。
【考えたビッチ! イブさんはヒロイン属性『熊殺し』を活かしに来たビッチ! 熊殺しは熊料理を作るときに補正がかかるビッチ!】
「なんだって!? ただでさえ料理上手な姐さんの料理が、さらに美味しくなるっていうのかい!?」
【イブさんに油断はない! この勝負、全力で勝ちに行っているビッチ!】
イブは熊五郎の腕を、鍋にぶち込む。
すると鍋はまるで命が吹き込まれたがごとく、七色の輝きを放ち始めた。
【うわーっ! まるでだし汁の宝石箱やーッビッチ!】
「流石は姐さん! 熊の腕によるだし汁は、おそらく今まで誰も食べたことのない旨みを引き出すはずだよ! 今から作る出し巻き卵は、あたいたちの想像を超える素晴らしいものとなるに違いないよ! この勝負、姐さんの勝ちだ!」
【このイブさんに対抗するくいなさんは一体どういった料理を作ってるビッチか? ……あ、あれは!?】
くいなの方角を見た、アダムは驚愕した。
七瀬も釣られて、くいなを見て仰天する。
「なんだーっ!? こ、これはどういうことだー!?」
【何を考えているビッチ!? くいなさーんッ!?】
二人が度肝を抜かれた、くいなの行動。
それは何かをしていたからではない。何もしていなからだ。
くいなは何も作ってなかった。料理対決なのに料理すら作ってなかった。
何も作らずに、ひたすらどんぶりで白米をかき込んでいた。
「ハムッ! ハフハフ、ハフッ!」
【何をしているビッチ! 早く料理を作るビッチ! そんなでは何も作れないビッチっ!】
「なんなのね! 人が美味しくご飯食べてるところなのね! 邪魔しないでなのね!」
【くいなさん、分かっているんですかビッチ? 今、料理対決をしているんビッチよ? 何も作れなければ不戦敗で負けビッチよ?】
「もぐもぐ! それでいい! 何もできてなければ不戦敗というならそれでいいのね! もぐもぐ!」
【一体何を言っているのか分からないビッチ!】
呆れたアダムに七瀬が話しかける。
「まぁ、新房がやる気ないなら、それに越したことはないね。どんな形であれ、姐さんが勝つなら、あたしはそれでいいよ」
【そうビッチか……】
しかし、その会話を聞きながら、そして、ご飯をかき込みながら、くいなが不敵に笑ったのを七瀬は見逃さなかった。
「や、やはり、新房は何か企んでいる! 何かとんでもない恐ろしい策を……。姐さん、気を付けるんだよ!」
一方で、イブの『命の出汁』は完成を迎えた。
まるで全てを透徹するかのような、あまりにも透明に澄んだだし汁。
しかし、そこには海の幸、山の幸が凝縮されており、その香りは嗅ぐだけで、涎が止まらない。
そのだしにどれほどのコクが、キレが存在するのだろうか。
もしも、これをスープとして出したならば、たちまち三ツ星レストランに認定されて、半年の予約がなければ食べられないような名物料理となるだろう。
そのだし汁を惜しみもなく、といておいた卵に流し込み、焼く。
手際はあまりにも鮮やか。
あっという間にだし巻き卵が完成したのだ。
「ふふふ、さぁ、できたぞ!」
その出し巻き卵はただの出し巻き卵ではなかった。
黄色い輝きが、眩いばかりのイエローの輝きが溢れ出ていた。
【な、なんちゅー輝きや! まるでダイヤモンドのようやでビッチ!】
「さすが姐さん! 黄色いダイヤモンドといえば数の子の事だけど、これからは出し巻き卵のことをそう呼ばなきゃいけないね!」
さらには、出汁をつくる合間に、イブはエッグベネディクトやフレンチトーストなどのおしゃれな卵料理も作っていた。
【残り時間はあと、三分! ここまできっちり時間を費やして料理を完成させたビッチ!】
「ふふふ、どうだ! この私の料理は? これならば誰にも負けまい!」
パクリ!
そんな間抜けな音が聞こえた気がした。
小皿からは黄金の輝きを放つ出し巻き卵が消えてなくなっていた。
さらには、フレンチトーストなども同様だ。
イブが作った出し巻き卵などは完成した瞬間に、新房くいなが食べていた。
ペロリと平らげていた。
「な!?」
【えっ!?】
唖然として、今の光景が信じられないといった表情の七瀬とアダム。
そんな、二人を尻目に新房くいなが絶叫する。
「旨い、旨いのねーッ! メッチャ旨いのねーッ! 焼き立て卵がフワッパカッ! フレンチトースト、ハムッ! ハフハフ、ハフッ!」
信じられないものを見たという表情をしているのは、イブも同じだった。
「し、新房くいな、貴様、一体何をしている!? いや、私の出し巻き卵をどこへやった!?」
「そいつはもう既に、あたしの胃袋の中なのね!」
くいなは自分の腹をポンと叩いた。
【な、何だってビッチ!?】
「その出し巻き卵を食べたのは、他でもない! このあたしなのね!」
「料理対決をしているのに、対戦相手の料理を食べただと!?」
「またかよっ!」
【お前、いい加減にするビッチ!】
動揺するイブたちを前に、くいなは不敵に笑う。
「盲点だったなぁ。対戦相手の料理を食べちゃいけないなんて、ルールブックには載ってないのね!」
【当たり前だろ! 常識で考えろよ! 何考えてるんだビッチ!】
「何度も言うが、この『腹ペコヒロイン』を前にしては、いかなる料理も存在することは許されない!
料理は出された瞬間に、食べ尽くしてしまうのね!
それは、どんな妨害をもってしても防ぐことはできない、形而上の概念として認識してもらおう!
さぁ、もっと料理を作るのね! 全部、平らげてやるから!
もっとも、あと三分で何が作れるか、楽しみなのね!」
その言葉に、愕然となるイブ。
そして、イブは震えた。再び、本当の怒りに打ち震えた。
その怒りはキッチンコロシアムが震えるほどだった。
「許さん! 一度ならず二度までも! 絶対に許さんぞ! 新房くいな!
貴様は謝っても絶対に許さん! 簡単には殺してやらんぞ!
うまれてきたことを後悔するくらい何度も何度も苦痛と屈辱を与えてやるッ! 覚悟しておけ!」
しかし、今度こそはくいなもビビったりはしない。
くいなは見抜いていたのだ。
それがこけおどしであることを。
とりあえず相手を動揺させて、その力を削ぐ、イブの基本戦略を見抜かれていた。
「ふははは! 二度目はもう怖くないのね! 負け犬の遠吠えなのね! あと、三分で何か作れなければ不戦敗なのね!」
「それは貴様も一緒だろう!」
「違うのね! もう既にあたしの料理は、できているのね!」
「なんだと!? 何もしていなかったではないか!?」
くいなは満面の笑みを浮かべて、自らの陣営に指をさす。
そこには、どんぶり飯があった。
くいなの能力『ライスイズビューティフル』によって生み出された、炊き立てツヤツヤの最高級国産米が、湯気を立てていた。
イブは初めて、この異常事態に気付いた。
常勝無敗、百戦百勝のイブが、初めて尋常ならざる状況に追い込まれていることを自覚したのだ。
「ま、まさか」
「そのまさかなのね!」
くいなは小皿に生卵を落す。箸でかき混ぜ、醤油を垂らす。
さらに、高速でかき混ぜ、黄金の渦を作り出す。
「伊吹イブ! お前は戦う前に至高にして究極の料理を見せると言ったなぁ。しかし、それを作ったのはこのあたしだったのね!」
そして、良く混ぜた卵を、ご飯にぶちまけた。
くいなは完成したそれを、右手で高々と掲げる。
それは、まるで敵将の首を獲ったかのごとき姿だった。
「至高にして究極の料理、『卵かけごはん』なのね!」
その威容を目の当たりにして、アダムたちはぶるぶると震えた。
【か、勝てないビッチ……。TAMAGOKAKEGOHANの魔力には誰も抗うことができないビッチ……】
「しかも、姐さんには時間がない。あと、三分しかない。仮に何かを作れたとしても、また奴にペロリと食べられてしまう……」
絶体絶命のピンチに追い込まれた、伊吹イブ。
唇を噛み締めて、押し黙る彼女の瞳は、それでも狂気に爛々と輝いていた。
果たしてイブは、この苦境を乗り越えることができるのだろうか。




