似た者同士
今日の仕事を終え,パソコンを切ろうとしたその瞬間。
ピピッ
メールが来た。お得意様から注文の品の催促なのか,苦情なのか,発注なのか。いや,発注時間はもう終わっている。じゃあ…?
早く帰宅したい思いに駆られながらも,仕方なく開く。
気づいてしまった俺の馬鹿。
これからリゼンブルでお食事会です。断るなんて考えないことよ。
待っていますからね。
今開いてよかったよ。というか,帰るギリギリに送るなよ。見れなかったかもしれないし。本心としては,見たくないんだけどね。
深いため息。
仕方ない,行くか。
疲れた身体を伸ばし,上司にひと声掛けて退社する。やけに疲れている俺を見て上司は心配してくれたが,それで解決するなら万々歳だ。
リゼンブルという所は両親が経営するレストラン。都内だけではなく,全国に,そして海外にも出店するほどの大企業だ。
そして,ここでお食事会ということは,イコールお見合いということであった。
跡取り息子の俺がなかなか結婚しないのを憂慮して,半年前から月に2回ほど連れて来られている。この間のお見合いは会議で行けなかったから,次の日両親に嘆かれてほとほと困った。あれには参る。けど,あの姿を見ちゃうと本当に大企業の社長か!?って突っ込みたくなる。突っ込んだら,さらに2日は嘆いたかもしれないね。
何でそんなに結婚させたいんだか。そりゃもう少しで30にはなるけど,そこまで深刻になるほどでもないし。それに,今の仕事が楽しくてしょうがない。よそなんか見てられるか。
ため息まじりでリゼンブルの入り口に向かうと,着物を着た母が待っているのが見えた。正確に言うと,待ち構えていた,だろう。しっとりとした和服美人なのに,身内にしか分からないピリピリした雰囲気。いつになく怖いね。
「ネクタイが曲がっておりましてよ。」
開口1番がこれと来た。やだね。
「すいませんね。」
ネクタイに手を添え,きちんと直す。
「それから。」
今度はなんだよ?
「めがねが曇っておりますわ。お拭きなさい。」
舌打ちをしそうになるのをかろうじて抑え,めがね拭きを取り出して拭く。
「よろしい。会社の同僚や同級生とのお食事会とはまったくの別物です。心してお話を聞き,返答なさること。いいわね?」
俺はどうしてこんなところに生まれたんですかね?やんなるなぁ。
「はいはい。」
「分かっていないようですわね。返事は1回。」
にっこり笑いながらキツイ口調。怒鳴られるより怖い。
「はい。」
来てしまった俺も俺だ。演技をして過ごせばいいや。
リゼンブルの中に入り,いくつかの角を曲がって個室に通される。夜景が随1と言われている部屋だ。美味しい料理をありがたく食うか。
「お待たせして申し訳ありません。」
入り口で頭を下げると,一瞬母が驚いたように見たが,すぐに表情を隠して微笑んだ。きっと俺の対応に喜んだのだろう。
俺が座るとお互いに自己紹介をした。大学と今の企業,あとは趣味ぐらいしか言っていないが,相手の両親は納得したように頷いていた。彼女は大学と趣味しか言っておらず,すごくおとなしそうに見えた。
自己紹介が終わった頃,前菜が運ばれてきた。だだし,俺と彼女の分だけ。
「私たちはよそで予約をしているので失礼するよ。」
「あとはお若いもの同士で。今日は帰らなくてもよろしくてよ。」
彼女の母親がとんでもないことを口にした。俺も彼女も目が飛び出るほど驚いた。
「何を言っているの,お母様。」
「そうです。ちゃんとお送り致しますので。」
「あらそぉ?まぁ,ごゆっくり。明日はお休みですものね。」
「それでは失礼する。」
両親たちがやたらニコニコとしながら退室する。気配から察すると完全に店から出て行ったようだが,何を狙っているんだか。盗聴器なんてついていないだろうな?
いぶかしむ俺の表情を見て,彼女がクスリと微笑んだ。
「ご両親の前と,今は表情が全く違いますのね。」
「いや,そんなことは……?貴女も?」
彼女はにやりと笑んだ。それがまた,よく似合っている。しかし,卑しい感じはない。
「堅苦しいのは嫌いなんです。だから,花嫁修業として言われているお花やお茶は一切しておりませんわ。和食で1番と言われている料亭の娘としては,あるまじきことなんでしょうけれど。」
きっぱり言う彼女が凄く清々しく感じで,好感が持てた。
「俺もですよ。この家に生まれたのは間違えじゃないかって言いたくなるくらい,大雑把で堅いのが嫌いで気まぐれなんです。」
彼女は微笑んだ。
「そうでしょうね。今の方が生き生きした表情をしていますもの。」
「それはお互い様でしょう。」
「そうね。さ,両親がいないからざっくばらんに話しましょうか。」
こざっぱりと言い,前菜に手を付けた。
その後,食事をしながら話し込んだ。お互いに猫かぶっていた最初とは違って,素の自分だ。
「え!?写真も見ずにいらしたの?」
「今日がお見合いと言うことも知りませんでしたよ。いつもお見合いはいきなりなんです。急に呼び出されているので。」
そう,俺はいつも相手の写真は見ていない。それなのに,相手にはちゃんと写真が渡っている。俺の写真がどこまで行き渡っているのか,ちょっと怖いね。
「よく来れるわね。」
「来ないとどうなるか分かります?」
仔兎のように可愛らしく首をかしげて考える。
「そうねぇ,次の回から首輪でもはめられて来る羽目になるんじゃないかしら?」
うわ。綺麗な人だけど,なかなか過激なことを言うなぁ。
「それは真っ平ごめんですよ。前に断ったら,次の日ずっと俺に付きまとって嘆いていたんです。あれは嫌ですよ。」
眉をひそめる彼女。想像して寒気がしたことだろう。
「あのご両親からはそう思えませんけれど。お互い両親に難儀していますわね。」
「まぁな。」
食後のデザート,コーヒーもしっかりおなかに収め,店をあとにする。
最初のおとなしそうな雰囲気は全くなく,よくしゃべる彼女。クルクルと変わる表情。話しても,見ていても飽きない。俺がこう思うのも珍しいかも。
「あ〜美味しかった。ご馳走様でした。」
「いや。これからどうしますか?」
元カノにこう言ってから何ヶ月たったかな。ふとそんなことを思った。今までの見合い相手には決して言わなかった。
「そうね〜。スカイラウンジでちょっと飲みません?」
「いいですよ。」
最上階に上がり,夜景の見える席で乾杯する。
「さっきのお部屋も綺麗だったけれど,こっちもなかなかですね。」
「そうだな。」
きらきら光る摩天楼を前に,2人はゆっくりとカクテルをのどに通した。
「さっきはワインでしたけれど,本当は何が好きなんですか?」
「んー,日本酒ですね。」
「しぶっ。」
笑いながら言う。
「じゃあ,貴女は?」
「ん〜,俗に言う最初はビール。その後は日本酒。」
「お互い様じゃないですか。渋いですよ。」
酔いのせいもあって,陽気に笑う彼女。
「そうよね〜。」
「まぁ,好みですから。好きなのを楽しく飲むのがいいんですよ。」
「そう言ってくれたのは貴方が初めてね。」
笑顔からちょっと真剣な表情になった彼女。
「いつもオヤジくさいって言われちゃうんだもの。こういうカクテルを飲む人が可愛いって言われたわ。」
「偏見だな,思い切り。」
「そうよね〜。ふふっ,よく気が合うわね。今日は乗り気じゃなかったけれど,来て良かったわ。ありがとう。」
お礼を言われてちょっと面食らったが,素直な彼女が良かった。
「いいえ。俺はいつも乗り気じゃないんだけれど,今日は楽しかったですよ。」
「そうね〜,たまには両親に感謝しなきゃ。」
「そうですね。」
猫かぶりから脱して,素な自分たちで,ゆっくりを時を過ごす。この時を提供してくれた人に少しは感謝しよう。
いつもはお節介でも,少しくらい感謝しなきゃね。
その後,共通の好み・日本酒について語り,今日が初対面と思えないほど打ち解けていた。
「わざわざ酒造から取り寄せるなんて。本当に好きなんですね。」
「美味しいものはやっぱり手に入れたいでしょう。今度一緒に飲みませんか?こういう席より堅苦しくないし。」
彼女は嬉しそうに頷いた。
「こういう所はお洒落で好きなんだけど,寛げないんですよね。ぜひ,一緒に飲みましょ。」
「あ,じゃあ番号を。」
携帯電話を出すと,彼女が驚いた表情をした。
「どうしました?」
「同じです,それ。」
高そうなバッグから出した携帯電話は,確かに俺と同じ機種で,しかも色まで同じで合った。
「凄いな,ここまで来ると。」
「似た者同士ですね。」
「だな。」
顔を見合わせ,笑い合った。
こんな偶然も,たまにはいいもんだ。