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もしも明日が滅びていたら

作者: 落鮎 雁

戦争描写が少しあります。苦手な方はお控え下さい。




 死んだと思っていたから、目が覚めたことはひどく意外だった。


 重くのしかかっているものが何かは最初は分からなかった。息苦しかったので、地を手で掻き足で蹴り、しばらくそうしていると這い出ることができた。


 腰が痛むのを堪えて立ち上がると、

 見回すまでもなく景色が

 聞くまでもなく音が

 嗅ぐまでもなく匂いが

 全てが向こうから感覚器に飛び込んできた。



 地平線まで気持ち良く見渡せる焼け野原、散らばった銃に軍帽に軍靴、まだらに折り重なった二色の軍服姿、黒や肌色や赤

 迷ったように半端に吹いたり止んだりする熱い風、遠く飛ぶ戦闘機の尻窄まりなエンジン

 焦げた苦い匂い、灰の乾いた苦い匂い、血のすえた匂い



 振り返らずとも分かる。俺が下敷きになっていたのも、仲間だか敵の兵隊だかの身体が重なったものだろう。




 見ているのも聞いているのも感じているのも、


 俺だけのようだ。





 そう思ったのに、早くも視界の中で動くものを見つけた。

 条件反射のように腰からピストルを抜いた。長銃は何処かへ吹き飛んでしまったのか、手元に無かった。


 ビデオを見せられているように。

 そいつは仲間だか敵だかの身体が折り重なった下から這い出てきて

 辺りの様相にしばし茫然として

 すぐに俺に気付き、腰のピストルを抜いた。

 違うのは軍服の色だけだった。




 可笑しくて



 思わず銃を取り落として笑ってしまった。


 声を上げて腹を抱えての大笑いは、ここ数年無かったことで

 涙まで出てきた。







「何人撃った?」

「五人ぐらい」

「俺三人」

「なんだ、俺らの貢献ってそんなもんか」

「だったら居なくても良かったなぁ」

「だなぁ」


 軍服が折り重なった上に腰掛けて、俺達はしばらくのんびりと語り合った。俺は下手な英語と身ぶり手振りで。あいつは訛っているけど俺に合わせて、簡単な英語だけで話してくれた。

 なぜだろう、今上から爆弾が落ちてきたりしてこいつと一緒に死んでも悔いは無いな、と思った。


「何でお前笑ったの」

「だってお前、俺とそっくりだったもん」

「そうか?」

「顔とかじゃ無いけどさ、死体の下から出てきて、ちょっとの間ぽけっとして、相手見つけて銃構えたから」

「真似してんじゃねぇよ」

「はぁ?違うし!」


 今度は一緒に笑った。


「あながち同じだよな」

「うん、考えてることとか」

「行動パターンとか」

「個性とか言ってたけどさ、結局みんな特に代わり映えしないよな」

「生意気だったよな、俺達」

「生意気だった。大人より立派でえらいって思ってた」

「ほんとは大人ってすげーよな」

「爆弾も銃も戦車も、造ったの大人だもんな」

「兵隊動かしてんのも」

「国動かしてんのも」

「俺らじゃ絶対無理だもんな」

「世界の国も覚えられなかったもんな」

「だからこんなことしか出来ないんだな」

「大人はよく分かってるよな」

「すげーな」


 世界共通の言語って素敵だ。ちょっと知ってるだけでこんなに話せる。


「でも、何で俺を撃たなかったの?」

「大笑いしてて気持ち悪かった」

「ひっでーな」

「ウソウソ。だって撃つ理由が無かったから」

「そっか……みんな死んでたもんな」

「でも、それまでに顔合わせてたらたぶん撃った」

「だろうな。事実俺以外は撃ったもんな」

「なんでだろ」

「そうだな、なんでだろうな」



 なんで俺達は殺し合ったのか。




「ガキの頃さ、ストライキとか言って仲間で授業さぼったことあったんだ」

「ああ、やるよな、あの頃ぐらいの俺ら」

「そんなふうに、こんなこともストライキとか言ってさぼらなかったのは」

「なんでだろな」



 そうしてれば、今俺の下で死んでいる奴は死ななかったかもしれない。

 この戦いの障害にもなれたかもしれないのに。




「そうしたらどうなったと思う」

「大人は手を打つだろうな」

「俺達、きっとひどい仕打ちを受けたんだろうな」

「家族、殺されたりしたのかな」

「拷問受けたりしたのかな」

「それって、ここで殺し合うよりひどいことなのかな」

「わかんね」



「結局、俺達はさ、」

「うん」



「目先のことしか考えなかったし、」

「うん」



「自分のことしか、考えないし、」

「うん」






 こうして戦争は終わらない




「俺達、どうなるんだろうな」

「わかんねぇよ」

「わかんねぇよな」

「でも、やっぱり、帰りたいよな」

「帰りたい」

故郷(くに)、まだ残ってるかな」

「……」

「……」



 しばらく、赤茶けた空を見上げた。

 熱い風の音を聞いた。


 あの空が青くなる日が来ても、俺達は変わらず自分のことに精一杯になりながら生きるんだろう。



 それでも。












 二人で焼け野原を歩いて、一本道に出た。

 平野を貫く道は両側の地平線へ続いている。



「じゃあ、俺、こっちだから」

「そうだな」

 最後、二人で向かい合った。考え方も動き方も、鏡のようにそっくりな、そう珍しくないお互いを。


「もし、故郷が無くなってたら、どうする」

 少し考える。

「…もしかしたらこの調子で、どこまで行っても焼け野原かもな」

 少し笑う。

「そうだよな。もう世界全体が滅びてるかもしれないよな」

「有り得るよな」

「もし、そんなことになってたらさ…」

「なに?」


 もしも、明日が滅びていたら。



「また、ここに戻ってこないか?」


「俺も、同じこと考えてた」


 ああ、俺はこんな優しい顔で笑えているんだろうか



「ずっと待ってるからさ」


「滅びてたらの話な」




「忘れるなよ」



 出会ったことを

 生きてたことを


 殺したことを

 話したことを



 俺達がどういう生き物なのか


 立派でもえらくもないけれど

 ストライキぐらいの規模でも、何か起こせることを




 だから、もしも明日が滅びていたら、二人でここへ戻ってこよう




    じゃあな




 この長い一本道の先にある現実を

 とりあえずは、確かめにいくんだ



 それが俺達が初めて自分の意志でする、自分だけのためじゃないこと。

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― 新着の感想 ―
[一言] 会話文が多く、なんだこれ?みたいに読んでたら、見事返り討ちに遭いました。日常の若者たちがするような軽い会話。その軽さが冒頭で述べられた戦争の残酷さの上に書いてあるので、戦争がより深く忌まわし…
[一言] 戦争の後ということで、少し少なめに感じた描写が話しを引き立てていた気がします。 二人が顔を合わせた時の最初の会話はとても悲しくて私の想像では追い付かない悲しい出来事が一気に頭の中に広がりまし…
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