3節 烈日の夢
列車からの脱出後、数十分は経過しただろうか?
しかし、リードから手渡されたマントと帽子のお陰でそこまで寒さは感じはしないが、ポッドの中はとても暗く自分の手が何処にあるのか場所を時々見失う。
だが、暇つぶしに鼻歌でも奏でようとふんふん喉を鳴らしていると外部より唐突にガンッ!という衝突音が木霊した。
「生きてる?」
それは列車であった少女テレーの声だった。
「ん?…はい…生きてます。」
「出れる?」
「う~ん…ちょっとまって…いや、一人じゃ無理そう、手足で何かがつっかえているのはわかるけど暗くて見えない。」
「あっそう、じゃあ危ないから離れてね。」
「え…はい⁉…どこに⁉」
するとまたガンッ!ガンッ!ガンッ‼と雑な衝突音が木霊しながら「もういいや…」と一言つぶやいたと思うとズドン‼と大きな衝撃がつま先にまで響いた後に正面に外界の光が差し込んできた。
「もう一発かな?」
「いや待って、もういい見える、出れる、もう一人で出れるから!待って‼」
そうして絡まっていた物を避け勢いよく力を込めて扉を開く。
すると外界の光が眩しいくらいに瞳孔を通過して一瞬ホワイトアウトを起こしたが、それが単なる生理現象でないことを知らしめる。
そこは一面の白い雪原だった。
「おはよう…かな?でも多分今は夜だから…お休み?」
「勝手に殺すな!」
何だろうかこの猫耳フード少女は、何故か猫じゃらしで焦らして遊ぶように右に左にペースを崩される。
だがまあいい、紳士にとってその程度些細な事だ。
ポッドから這い出た時に付いたマントの雪を払い落とし帽子を整え礼を言う。
「ありがとテレーちゃん、列車での事も含めてお礼を言っておくよ。」
「…ちゃん?」
「何か?」
「キモイよ…」
「なんで⁉」
そうしてテレーは荷物からランプを取り出し「みんなと合流するから付いてきて」と明かりをつけて新雪の上を慣れた足取りで歩き出す。
ここは白い雪に覆われた冬の世界、分厚い雪雲に覆われた陽光の閉ざされた冬の大地。
口から吐いた白い息を漏らしながらかじかんだ指を丸めて温めるのが普通の行動だ。
そんな極地を歩くのだからリードがこの暖かい防寒具を手渡してきたのだと納得がいく、しかし一つ疑問が生じる結果となったのもまた事実。
それは「ところでテレーちゃんは寒くないの?」と言う当たり前の問いかけだった。
「別に。」
「えーでもやっぱり寒くない?軽装だよ?俺だってさっきポッドに入ってた服に着替えたよ~。」
それは列車で見かけた時と同じ服装。
大きな猫耳の付いたフードを被ってはいるが、背中はがら空きでパンツの丈も短い軽装。
そんな服装でこんな場所を歩こうだなんて馬鹿げていると言えなくもない。
「別に…それにこっちの方が動きやすいから黙ってて。」
そうして会話にならない会話のキャッチボールをしながら針葉樹林が生い茂る方向まで歩くと暖かそうな明かりが一つ視界に移り込む。
そこに居たのはリードだ。
それに加えて長身の男とデカイ巨漢の男がテキパキと野営の準備をしていた。
「リード、ハートレスを回収してきたよ。」
そう言うと途中で捕まえたのか袋に詰めていたウサギを手渡し、周囲を警戒しているのか明かりを持たずに銃を持って一人姿を消した。
「大丈夫かハートレス? テレーは少し言葉が足りないんだ、この時期は特にウサギは捕れないんだが、きっと君の体調を気づかって探したのかもしれない。」
そう言うとリードは後ろで料理をしていた長身の男に声をかけウサギを手渡した。
「どうするハートレス?コーズが言うにはウサギを調理するのにはまだ時間が掛かるそうだが休むか?」
休む?
まあ、確かにそうか、ポッドの中で多少の休憩をしたとは言え、目覚めより歩いて走って走ってずっと歩いてきた。
流石にへとへとと言っても過言ではない程に疲れが体に溜まっている。
だが、まあ初めましての関係性で一人だけのんきに休むというのは疎外感を感じないと言えば噓になる。
皆が自分の役目を果たしテキパキと仕事をするその姿をみて自分も何か手伝えないかとも思えてくる。
それが人の持つ共感という機能であり、同じ体験を通じて他者を理解する歩み寄りの一歩だ。
だからこそ踏み出す。
だからこそ他者に語り掛ける。
リードは納得したのかスクワットと呼ばれたデカイ巨漢の男の元へ向かい、かまくらづくりの手伝いに行った。
そしてコーズと呼ばれた長身の男が固形燃料に火を付け料理を始めるタイミングでこちらも手伝いの許可を取りに行く。
現状記憶のある範囲では料理をした経験はないが、料理なんて適当に切って水に入れれば出来上がるので問題なしだ。
「えっとーあのーコーズさん、私も料理手伝っていいかな?」
聞いてみるとたどたどしくも了解を貰えた。
コーズ、初めはなんだかひょろ長くて弱そうにも見えたが、とても器用な男だ。
迷うことなくウサギの皮をはぎ、煮込んでいたスープに薬味と共に内臓を取り出したさばいた肉を流れるように流し込む。
ぐつぐつ煮込まれたウサギ肉はあっという間に柔らかく、黄金の如きスープに変わる。
隣で見ていても鍋から煙る至高なまでの香は鼻を喜ばせる程に香ばしい。
全体で見れば流れはシンプルだが、一つ一つの作業が繊細かつ一工夫がなされた手腕。
料理がここまで奥深い物とは想像しきれなかった。
流石に先ほどの甘い考えは、反省しなければならい。
そうしてその光景を眺めているとコーズからこのような質問が飛んで来た「ハートレスさんはその…魔法とかが使えるんですか?」と言う突飛容姿もない内容だ。
魔法…いやそんなたいそうなものを使える記憶はない。
確かに氷漬けになっていた所から蘇生したという事実だけでは、確かにはたから見れば奇跡とも魔法とも言える事象だろう。
しかし私はその仕組みを知らない、むしろトリス医師が蘇生の功労者だと言っていたのだから、スヤスヤ眠っていただけの私はやはりなにもしていない。
なので当然の如く「一般人です。」と答える他はない。
するとコーズは少し期待が外れたのか語り始める。
「はは、そういうものですよね。」「僕だって一般人ですよ。」「でもだからこそこの終わらない冬を終わらせたい、そうすれば作物だって今以上に育つし家族だってもっと豊かに暮らしていける。」
コーズの生まれは雪原の奥地にあったらしい。
そこでは狩りをして肉をさばきたまに街まで下りてなめした毛皮を売って日銭を稼ぐ生活をしていたが、それはとても厳しい生活だったとか。
獣たちはここ数年でより数を減らし、作物だって寒冷の大地では全く育ちやしない。
正直トリス医師から聞いた内容だけでは浮ついていたが、薪の前であっても実際に生活を体験した話を聞いてみると、部外者であっても現実味が出てきて冬破計画に賭ける思いがなんであるのかを実感できる。
そうして時間は進み食事の時間になった。
先ほどコーズと共に作っていたウサギのスープだ。
途中で帰ってきたテレーが持ってきたキノコも入れて豪勢になったになったウサギのスープ。
スプーンで黄金の出汁をすくい口へと運ぶ。
はじめに来るのはやはりメインであるウサギの甘み。
テレーちゃんが捕まえて来たウサギには、肥えていて脂がのっているのかそこから溢れたうま味が溢れて舌をうならせる。
そしてそこにパンチの効いたニンニク、コショウと塩が刺激が加えられ、もっとくれとばかりに口内に唾液を分泌させあふれ出す。
その衝動は、コップに注がれたスープと口内を往復する金属製のスプーンの往復の頻度を加速させる。
そしてやはり肉が上手い。
出汁の段階でわかってはいた所だが、身が付属すると油の甘みと言うやつが形を成して主張してくる。
ほくほくと裂ける肉の繊維。
嚙み潰すためにあふれ出す肉汁の滝。
そんなものが消化の前段階で知らしめるのだから、それはもう舌に届けば眠っていた脳も覚醒すると言うもの。
だが、そんなうま味の雪崩に寄り添うような休憩所がある。
それは薬味。
料理の途中の着込む過程できざんでいたねぎとにらだ。
さっぱりとした新鮮なたまねぎと香りを引き立たせるにらの香りが後から味を変える。
それはもうお代わりを要求するほどに。
だがコーズは言う、「はは、嬉しいけどそれだけだよ。」「レーションはあるけど無駄にはできないし、ウサギが捕れるのもほんとに珍しい事なんだ。」
それは先ほど言っていた1000年続く冬の余波。
冬が続くと営みは衰退する。
冬が続くと野生動物は姿を隠す。
そうして人は飢え、コミュニティは衰退し数を制限する。
代わりにと見せて来たレーションも、冷たく乾燥していて片手に収まる程度の大きさしかない。
本来摂取できたであろうカロリーは先ほど平らげた物の3分の一も満たないだろう。
それだけ冬は人を苦しめる。
そうして食事を済ませ明日の支度を済ませた後に就寝に移る。
皆ほんとに疲れていたのだろう、交代の見張り以外を除いて沈むように眠りにつく自分も含めてぐっすりと…
そして夢を見た。
よくよく考えてみれば訳も分からず目覚めてからの初めての夢だ。
とても懐かしい過去の夢。
今は遠き夏の日に、烈日が続く蒸し暑い海岸の線路上で一人とぼとぼ歩いていた。
まだ、子供だったからなのか冷たいアイスキャンディーを片手に目的地へと進んでいた。
それは小さい自分にとっては途方もない冒険、その先に何があるのかと問われれば何も無いと結論ずく。
だがしかし俺はそれを知らない、ならばそこには未知なる道がある。
だからこそそう思い込み何度も何度もその海岸線を歩き続けた。
それはきっと逃避だったのだろう、それはきっと目をそらしていたのだろうか?
何が?と問われればただ頑固だっただけとなる。
いつも俺は逃げていた、いつも俺は耳をふさいでいた。
どうして皆は同じように笑い、同じように出来るのか、俺はただ一つの感覚を欠落していたのだ。
共感というただ一言を。
それはとても平凡なもの、それはとても大きなもの。
語らいにおける始まりであり、友情における接着剤。
なら、それが無い俺はどうなるのだろうか?
生まれてから気づけたろうか?成長して気づけたろうか?
それは失敗を何度も何度も何度も何度も繰り返したからこそ分かるそういうものだ。
そんなものをすでに知ってしまった。
それは孤独、というより虚空。
霞みではなく海中。
溺れ死ぬほどに苦しく、初めから一人だと知った絶望感。
そんなどうしようもない気持ちから逃げるために俺は進み続けていた。
だからこそそれに恋をした。
だからこそそれを見つけてしまったのではないだろうか?
烈日の夏に雪が降る、それは白く眩く清廉で一人ぼっちの美しい冬の妖精のようであった…
そこで夢は終わってしまった。
それが俺の始まりだった。
届かなかったと、そんな残響を残して夢から覚める。
しかしまだ夜のようだ、周りの皆も深い眠りについている。
ふとかまくらの外を見る。
そこには少女が居た。
フードを脱ぎ捨て薄い色の髪を伸ばしたその姿はまるで雪原も手伝ってか氷上でたたずむ冬の妖精を思わせる似姿だった。
「…おはよう、Mrハートレス。 起床時間にはまだ余裕がある、寝ていてもいいよ。」
テレーは雲の合間からこぼれ落ちる光を背にこちらを見つめている。
「いいんだ、今日はもう寝れやしない。そうだ、おしゃべりでもしよう、思い出したことが幾つかあるんだ。」
そう言って不満げそうなテレーに駆け寄って語り掛けた。
何故だか私は彼女に嫌われている。
それはきっと私が彼女を知らないからだ。
しかし、ずっとそのままと言うのもどうかと思う。
だからこそなのか、昨日のコーズとの会話は上手くいった。
それは仲良くなろうと歩み寄ったからであり、自らの自己をさらけ出したからだ。
だからこそ少しの脚色を付けて身振り手振りで私は過去の面白かった話を語り出す。
思い出した事と言えばそう、青い夏空だ。
夏風と共に香る青海の息吹、音を鈍らせる程に熱い長い線路上。
そう言った懐かしくも霞むような話をした。
そうするとテレーは少し微笑んでこう言った「とても不思議な話、でも流石に私じゃ暑さにやられそう。」と表情を和らげながら。
確かにそうだ、私だって氷をなめて凌いでいた、だがずっと暑い日が続く訳でもない。
暑い夏が嫌なら涼しい秋に行けばいい。
寒い冬が嫌なら暖かい春に行けばいい。
季節は巡るどこまでも、水平線すら追い越して。
それはまるで人の営みのように回り続けるんだと。
そうして話は弾み好きな事の話に移った。
「テレーちゃん俺はね、歩くのが好きなんだ。道があるとは未知があると同義、それは横道かもしれないし回り道かもしれない。でもね、そうやって迷って戻って帰ってきたとしても、進んだ事実は変わらない、だからこそ立ち止まって考えるよりもまずは歩いて考えられる方が身になる。 だから俺は歩くのが好きなんだ」と熱弁する。
するとテレーは呆れたように答えた「とても頭が簡単なんだね。」と。
まあ確かにそうだ、なんとでも言え、でもそう思えるからこそ見えるものもあると私は思う。
そこだけは決して譲れやしない。
だが、テレーは納得できず不満げそうにしているが、初めに会話をした時のような敵対的な態度は無く、私たちの中が少し打ち解けたように思える。
ならばと一歩を踏み出して問いを投げかける。
それはテレーの好きな事についての問いだった。
だが「無いよ、それをパパは望まなかったから。私は望まれた事を望まれたようにするだけ。だから今の私はあなたの為に死ぬ私。今の私はそういう私だから、困ったらちゃんと名前を呼んでほしい、そうしたら飛んで助けに行くからね。」 と。
…やはり彼女は何か葛藤を抱えている。
列車の時と同様に、急な不機嫌さ、今はしっとりと諦めを感じさせる雰囲気を醸し出すものではあるが、楽しいはずの会話を断ち切ろうとする。
それもパパと言う単語が原因。
つまりテレーは親子間に関する問題を抱えている。
それは死を軽々と語る様になる程の理由…
冬破計画1000年に渡る長い冬の終わりを告げる壮大な計画。
コーズの話で察しは付くが、彼女やリード彼らも皆つらい経験をして何かを残そうとして立ち上がったのだろう。
だが、その計画にそこまでして命を懸ける価値はあるのだろうか?
1000年、逆に言えば長い冬であっても人々は生きながらえて紡いできた。
なら、この先だってきっと進んで行けるのではないか?
それにあなたの為に私は死ぬ、この言葉がとても重い。
胸をえぐるようで気が気でない。
俺はただの一般人だ、馴染めなかっただけの出来損ない。
進むふりをして逃げ続けただけの愚か者。
そんな人間に何の価値があるのだろうか?
しかしその問いへの返答は出なかった。
今のテレーへかける言葉が出なかった。
ただあの時と同じように無意味に声すら出せないまままに、私は曇り空を眺めていた。
そうしてリード達が起きてくる。
起床の時間、出発の時刻のようだ。
こうして彼女との会話で湧き出た疑念を胸にしまい、出発の身支度を手伝いが終わると目的地へとかうためその歩みを私たちは再開するのだった…




