熱ケツ戦士ωアスバーン
ビルの中の一室、そこに男がひとりいた。そこまで広くない部屋にデスクが一つだけ。男はそこの席に着いてうなだれていた。
ハァ…
静かな部屋にため息の音が響く。
(どうしてこうなってしまったんだ…… )
男は窮地の中にいた。切っ掛けは三週間ほど前のことになる。
◇
「上場するにはこの程度の売り上げじゃダメだ 」
集まった幹部達の前で社長の兵頭康平がきつい口調でまくし立てる。ここは都内にあるオフィスビルの一画。データベースを企業に提供するBtoBのIT系ベンチャー企業、Dyceの会議室だ。
社長は現状に不満があるようだ。居並ぶ幹部達に発破をかける。だが、必ずしも賛同を得られているわけでもないようだ。幹部のひとりが質問で返す。
「しかし、社長、、、そう簡単に売り上げを増やすことは現状では難しいかと思います。運良く大口の契約が結べるか今までの二倍以上のペースで契約を取っていく必要があります 」
「そんなことは俺もわかっている。難しいだろうな 」
「? ではどうするんですか? 」
「それを言う前にひとつ約束してもらおう。俺がこれから言うことに無条件で従うと。いいな? 」
その問いかけに対してひとりの幹部が異を唱える。
「それを我々が承服するべきではない。その条件ではリスクが高すぎる 」
「ならここから出て行けよ、江尻。お前に話す必要はない 」
「、、、そうか、そうさせてもらう 」
江尻と呼ばれた幹部の男は席を立つと会議室から退出する。後に続くものはいなかった。江尻が去ったあとで会議は進められていく。
その後に会議で話し合われたことを退出した江尻は当然知らなかった。しかし、会議に残っていた別の幹部の一人から相談があると呼び出されて内容を知ることとなる。
兵頭が指示を出してきたことは売り上げの架空計上だった。
その手法はこうだ。ダイスからA社にサービスを提供したことにしてA社からダイスに代金が支払われる。A社はB社にサービスを提供したことにしてB社から代金を受け取る。B社はダイスへサービスを提供したことにしてダイスから代金を受け取る。その取引金額はすべて同額。いわゆる循環取引だった。
A社はダイスに情報機器を卸している取引先でありB社はA社と関係のある広告代理店だ。取引先まで巻き込んだ不正である。
兵頭は株式上場をするに当たって条件を満たすために手っ取り早く売り上げを増やそうとしている。もしも不正が発覚したなら上場したところで直ぐに株式市場から閉め出されることになるだろう。会社から逮捕者もでることになる。
(兵頭… どうしてそんなことを… )
事情を知って江尻は社長に詰め寄った。その結果、江尻は役職を剥奪され他に誰もいない部屋に追いやられた。何の仕事も与えられずにただただ椅子に座っているだけの毎日だった。
最初こそ会社のために何かさせてくれと訴えた事もあったが徒労に終わり今ではすっかりと諦めてしまった。
ふとした瞬間に兵頭に言われた言葉が蘇ってくる。
『余計なことをするな… お前は椅子を温めているだけでいいんだよっ! 』
この言葉を思い出す度に無力感に襲われる。
もともとダイスは兵頭を中心にして江尻を含む大学の仲間内で始めた会社だった。幹部達の半数はその時の創立メンバーだ。自分たちで創設した会社を大きくするためにみんな必死で働いた。江尻もそうだ。
会社が今よりももっと小さかった頃は和気藹々《わきあいあい》と、それこそサークル活動のような雰囲気で働いていた。その頃を思い出すと悲しくなってくる。
もちろん、ある程度軌道に乗って大きくなった今の会社ではスタートアップのときのようなゆるい規律の中で働くことは出来ない。あの頃と比較するのは自分の甘さであると思う。
しかし、兵頭の豹変ぶりをみるとどうしようもなく懐かしくなってしまうのだ。
何もすることがないまま定時を迎えるとそそくさと会社をあとにする。
自宅に戻ると部屋着に着替える。帰宅途中に購入したコンビニ弁当を電子レンジで温めてパソコンで動画を流しながら黙々と食べていく。
食べ終わると弁当の空容器を剥き出しのゴミ袋にいれる。ゴミ袋の中は弁当容器でいっぱいになっていた。
部屋の中はゴミが散乱していると言うほどではないものの脱ぎっぱなしの服があちこちに散らばっている。飲みかけのペットボトルが机の上に幾本も並べられ読みかけの雑誌が床に何冊か散らばっている。
ほんの二週間前までは整理整頓が行き届いた部屋であったのだが江尻の心の内と同様に荒れていくことになった。
食後はまた動画を見る。ここ最近は決まって彼が子供の頃に好きだった変身ヒーローのテレビ番組を見返していた。
あの頃は無邪気に正義のヒーローが悪を倒す話を楽しんでいた。大人になった今、社会はそんな単純な理屈では割り切れないことを知っている。
しかし、このような事態になってみると無性にひたむきで単純な思いへの憧れが日増しに強くなっていく。
部屋の棚の上には彼が今視聴しているヒーローのフィギュアが飾られていた。一年ほど前にネットで見かけて懐かしくなりつい購入してしまったものだ。
いわゆるハイクオリティフィギュアというものでかなりの値段がした。しかし、仕事に明け暮れていたため金の使い道がなく、手が出ないと言うほどのものでもなかった。
値段相応の完成度で大人でも満足いく仕上がりになっていてとても気に入っていたのだが、何故かその顔は壁の方に向けられていた。
深夜零時前になると動画鑑賞をやめて床につく。
ベッドの中でしばらくぼうっと考え事をしていた。今後の身の振り方についてだ。上手く考えはまとまらなかったが明日気分転換に外でも歩いてから決めることにして眠ることにした。
次の日は休日だった。
◇
公園のベンチに座ってぼうっと時間を過ごしていく。
起床してからすぐに外出する準備を整えて散歩に出かけた。たっぷりと三時間ほど街を歩いて回り活動する人々を眺めた。
今も座りながら公園で遊ぶ親子連れや自分と同じようにベンチに座って日差しを浴びている老人などを眺めている。
久しぶりに会社ではない社会を見たような気がした。
思えば大学を出てから仕事に関連した人間関係しか築けていなかった。昼も夜も休みもなく働いて、こうして穏やかな休日を過ごしたのも一体いつ以来だろう?
自分の人生を振り返り自省をする。やがて一つの結論に至る。
(会社を辞めよう… )
辞めてもっと社会に関わりのある仕事に就こうかと考えた。久しぶりに実家に帰って両親と話し合ってみるのもいい。何か展望が開けるかも知れない。
心が決まると立ち上がって歩き出す。
とりあえず昼飯にしようかと考えた。もう直ぐ十二時をまわるだろう。公園の芝生ではレジャーシートにお弁当を広げた家族連れが少し早めの昼食を楽しんでいる。
公園を離れてあまり人通りも車通りも少ない道路を歩いていく。信号にさしかかると赤信号で止まる。
青に変わって歩き出そうとした時だった。かなりの速度で一台の車が走ってくる。この道では通常出すことがない速度だ。
うなり声を上げて赤信号の交差点に進入していく。
このまま進めば横断歩道へ踏み出していた江尻を跳ね飛ばすのは確実だ。
「うわっ! 」
直前で気付いて反射的に後ろに跳ぶ。ギリギリを掠めていき風が体を撫でる。
勢い余って尻餅をつくことになった。
「痛ってて… 」
自分をひき殺そうとした自動車を確認してやろうとして通り過ぎた方向を見る。そこで異変に気付く。
通り過ぎたのは馬車だった。黒い客室を備えた高級そうな見た目で身分の高いものが乗っていると思わせる。もっとも混乱している江尻にそこまでのことは判らなかったが。
混乱中であっても気付くこともある。
自分が倒れている場所がアスファルトから石畳に変わっている。周囲の建物もヨーロッパのような石造りのものに変化している。街並みそのものがさっきまでいた場所とまったく異なる。
(これは夢か…? )
白昼夢を見ているのではないかと思った。あるいは本当はあの車に跳ねられていて病院のベッドにいるのか死んでいるのかしているとも思えた。
その可能性に江尻がぞっとしている時、通り過ぎていった馬車が道の真ん中で止まる。御者台から誰かが降りて来て江尻に歩み寄っていく。ひどく立腹しているようだ。いきなり現れた江尻に通行の邪魔をされたと考えているらしい。
「なんだ貴様はっ! どなたの馬車だと心得ている! 」
ドスドスとした早足で近づきながら怒鳴りつけてくる。
混乱のさなかにあって怒鳴られたところで余計に混乱するだけだ。立ち上がることも出来ずに周囲を見回している。
そこへ狭い路地からフードを被った小柄な人物が江尻の元へ走り寄ってくる。
「立って走って… 」
「えっ… 」
その人物は江尻の腕を取ると無理矢理に立たせて走らせる。体格差はかなりあるのだが、それをものともせずに引っ張っていき路地裏の中を走っていく。
「待てっ! 」
後ろから声がするが遠ざかっていきやがて聞こえなくなる。どうやら撒くことが出来たようだ。
人がいない安全な場所まで来る。江尻は息を切らしているが謎の人物の方はまったく息を乱していない。江尻が息を整えるまで待ってくれる。
「君は誰なんだ? ここは一体? 」
ようやく息を整えるとフードを被った人物に疑問をぶつけることが出来た。見るからに怪しい風体の人物だったが今の状況では他に頼れる人物はいない。
「立ち話も何ですから落ち着いて話が出来るところに移動しましょう 」
その人物は更なる場所変えを提案してきた。
江尻はそれをいぶかしむ気持ちもあったが若い女性の声であったことに意外さと驚きを禁じ得なかった。
自分をここまで引っ張ってきた力強さから男性かと思っていた。小柄な人物であったからなおさらだ。
そのことが気になって質問に答えられずにいた。
そんな江尻にフードの人物は怒るでもなく理解を示してくる。
「ああ、すみません。顔を隠したままでは怪しいですよね? 警戒して当然です。いま顔を見せますから、、、」
そう言ってフードを脱ぐ。
中から現れたのは美しい少女だった。
透き通るようなプラチナブロンドの直毛が太陽光を反射して煌めいている。大きな青い目は吸い込まれそうな深みを感じさせる。筋が通っていて小ぶりな鼻は上品さをたたえる。血色の良い白い肌は内側から溢れるような生命力を感じさせる。
江尻は一目で心を掴まれてしまった。
普通であれば美人局とかキャッチを疑うこともしただろうがそのような警戒心は頭からすっぽりと抜け落ちてしまう。
「私の名前はクローディアと申します。あなたのお名前をうかがってもよろしいでしょうか? 」
「あ、ああ… 俺は江尻キョウスケと言う… ここは一体どこなんだ? 君は一体…? 」
「それに答える前に場所を変えましょう。少し長くなりますので… 私に着いてきてください 」
そう言うとキョウスケに背を向けてどこかに向かって歩き出す。
キョウスケは置いていかれまいとその後ろに素直に着いていった。
どの道、信用して着いていくしかこの状況に説明がつかないと自分に言い聞かせていたが、実際は彼女のことを信頼してのことだった。疑うことなく着いていく。
連れてこられた場所は一軒の民家だった。何の変哲もない西洋建築の家だ。外観も中も至って普通、質素な印象を受ける。家財道具も最低限のものだけ備えられている。
二人は居間兼ダイニングにある椅子にテーブルを挟んで座り、落ち着いて話が出来る体勢になる。キョウスケはとにかく状況を把握しようと食いつくように質問を始めた。
「それで、ここは一体どこなんでしょうか? 日本ではないみたいですが… 」
多少落ち着けたことで丁寧な口調で質問する余裕が出来た。自分よりも明らかに年下であるクローディアだが気品のある物腰から身分の高さを感じる。こちらが教えてもらう立場もあって最低限の礼節ぐらいは整えようと判断した。
そんなキョウスケにクローディアは諭すように落ち着いた調子で応える。
「……落ち着いて聞いてください。ここはあなたのいた世界とは異なる世界なんです 」
「異なる世界… そんなことが… 」
俄には信じられないことだが嘘や冗談を言っているようには思えなかった。少なくとも突然見知らぬ場所に飛ばされた事は確かだ。夢かとも思ったが一向に冷めてくれない。納得出来るものではないが受け入れなければならないのではないかと思い始めていた。
「信じられないことかも知れませんが事実です。あなたの他にも少なくない人間がこちらに渡って来ています。あなたは日本人なのでしょう? 日本から来た方も何人もいるはずです 」
「俺以外にも日本人が… 元の世界に帰る方法はあるんでしょうか? 」
「……残念ですが帰る方法はないと聞き及んでいます。こちらに来た人間は皆、帰還を諦めてこちらで生きていくことを余儀なくされています 」
「そっ… そんな… 」
帰れないと聞いて衝撃を受ける。日本に戻ってやるべき事があったはずだ。両親や友人も自分がいなくなれば心配をするだろう。すべてを放り出してきたことに罪悪感を覚える。
それに加えてこちらで生活基盤を築いていくことにも不安がある。言葉は何故か通じるようだが文化も常識も異なる場所でやっていけるか自信が持てない。
外国に来たと思えば言葉が通じる分、簡単のようにも思えたがクローディアの言葉を信じるならばここは異世界だ。なにが飛び出てくるかわからない不透明さがある。
「しばらくはここで生活してこちらの常識などを学んでいかれるといいでしょう。どう生きていくのかはそれから考えても遅くはないと思います
手始めに今着ていらっしゃる服はこちらでは目立ちすぎるのでこちらの服に着替えるのがいいと思います。この家にいくつか用意がありますのであとで試してみてください 」
「……はい、そうですね。まだ整理はついていませんが早めに決断をしていきたいと思います 」
「ええ、生きてさえいればなんとかなります。自暴自棄にならずにこの世界と向き合って頂ければ何とかなるでしょう 」
「はい… 」
「私はこれから行くところがあるので失礼します。食事は人をやって運んで参りますので心配はいりません
あと、この家はキョウスケさんの自由に使って頂いて大丈夫です。役に立つ本などもあります。今後の生活に役立つと思いますので是非読んで頂けたらと思います 」
ここを離れるというクローディアを引き留めたい気持ちもあった。しかし、いい年をした大人が少女にすがる絵面を思い浮かべると情けない気持ちもありぐっと堪える。
「……何から何までありがとうございます 」
辛うじて礼を伝えることが出来た。そのまま出ていくのを見送るとクローディアはドアを閉める直前で止まる。何かあったのかと訝しがるキョウスケに彼女はひとつ忠告をする。
「そうでした… この街は今、あまり治安が良くありません。夜は出歩かないようにして戸締まりをしっかりとなさってください 」
「……忠告ありがとうございます 」
今度こそ見送ると家の中にひとりになる。早速、玄関の鍵を閉めるととりあえず服を探して着替えてみる。幸いサイズの合う物があった。
一人でいるのは不安だったが考えても見ればゆっくり落ち着いて考える時間は必要だと理解した。
まずはクローディアに勧められた本を読んでみようと決める。手に取って開いてみるとこちらの言語なのか日本語でも英語でもなかった。
なのに読める。
不思議な感覚を味わいつつページをめくっていった。
◇
キョウスケがこちらに来てから一週間が経った。
地球からこちらに来てしまった人間向けに書かれた異世界常識本は非常に役に立ったし、地理や歴史の本なんかは楽しく読めた。
クローディアはあまりキョウスケの元を訪れることはなかったが言葉の通り食事を届けてくれたし、たまにこの世界のお金をくれた。
外出して街を見て回るついでに買い物をしてみたりして相場感覚をおぼろげながら掴んでいき、こちらで生活していくイメージがなんとなく湧いてきた。
もうしばらくしたらクローディアに自分が出来る仕事がないか相談して見ようかとも思っていた。
懸念があるとすればクローディアも言っていたがこの街の治安があまり良くないと言うことだ。人が行き交う大通りから少し外れただけで浮浪者が道ばたで寝ていたりゴミが散乱していたりと危険な雰囲気を漂わせている地域が多い。
街全体がギスギスしているというかどこか鬱憤が溜まっているようにも感じる。
クローディアと初めて会った時、彼女は目深にフードを被っていた。何かから隠れるように。夜は出歩かずに家の鍵を閉めろとも言っていた。そのことを思い出した。
治安が悪いことはこの世界の標準なのかという危惧が生まれる。異世界ガイドブックにはそのような記述がなかったので深くは考えていなかったが嫌な現実が突きつけられたかたちだ。
(これはゆゆしき事態だ… )
急に平和な日本が懐かしくなった。割り切ろうと考えていたのに帰りたいという気持ちがふつふつと湧き上がる。帰る手段はないというのに。
今度クローディアと会った時に、この街についてもう少し詳しく聞いてみようと思った。
そんな時にキョウスケはクローディアに呼び出されることになる。
彼女の後に着いていくと大きめの建物に到着する。中に入っていき両開きの扉を開けて目的の場所と思われる部屋に入っていく。
天井が高くなっていて広めの、講堂と呼ぶのが適切と思われるような部屋だった。
中には多くの人々が集まっていた。女性もいるがその大半は男だ。男女問わず強そうな見た目をしている。率直に言うとガラの悪そうな連中と言えるだろう。
部屋の隅に並びキョウスケ達を囲むように遠巻きに見ている。
皆殺気立っているようだった。ギスギスした雰囲気を感じる。
鋭い視線でキョウスケを睨み付けているようでとても穏やかな人達には見えない。
とても居心地の悪い思いをしている。今すぐにでも引き返したいところだったがクローディアに連れられている手前逃げ出すわけにはいかない。
何のために連れてこられたのか、これから何が起きるのか事前には知らされていない。騙されているのではないかという考えがよぎったが彼女を最後まで信頼しようと覚悟を決める。
クローディアに助けられなければおそらく数日で野垂れ死んでいた。今さら疑ったところでどうにもならないのだ。
決意をしたためているとクローディアはフードを脱いで部屋の奥にある長机を挟み、キョウスケに向き直るように席に着く。
キョウスケもフードを脱いで顔を露わにする。視線の鋭さが増したような気がした。
(日本人が珍しいんだろうか? )
なんとなくここに連れてこられた理由は自分が異世界人であることと関係しているような気がした。
直ぐにお手伝いさんのような恰好をした女性が部屋に入ってきた。ソフトボール大の水晶玉を運んできてクローディアの前に置く。女性はそのまま隣に控えて姿勢良く立っている。
水晶玉は青色のクッションの上に鎮座して怪しく輝いていた。ガイドブックによってこの世界には魔法など不思議な力があることはキョウスケも知っている。
この玉がそれに関係していると思った。
そう思うとこれから始まることに理解の範疇を超えた畏怖を感じる。心臓の拍動が感じ取れるほど緊張に襲われた。
「それではキョウスケさん、この玉に掌を乗せて頂いてよろしいでしょうか? 」
「あっ、ああ 」
特に説明はないが聞いたところで理解は出来ないのだろうとも思う。だからこそ何も説明がないのだろうとも思った。
今は言われた通りにするしかないと手を乗せてみた。
すると体の奥底が熱くなるような感覚があった。
「こっ、これは? 」
「異世界の方はこの世界に来る時に例外なく何らかの力に目覚めると聞きます。この玉は触れた者に自身の能力を自覚させる働きを持つんです。そのまま意識を玉に集中してください 」
クローディアの言葉を聞きながら自分の中にある熱と水晶玉との繋がりを意識する。
そのまま十秒ほどが経っただろうか、キョウスケの頭の中に能力についての詳細が流れ込んでくる。同時に水晶がぼんやりと輝きだした。
(こっ、この能力は… )
自分に備わった能力が大したものではないことが直ぐにわかった。そればかりか期待外れを通り越してこんなしょうもない能力が存在することに呆れてしまう。
(何でこんな能力なんだ… )
失望に打ちひしがれているところにクローディアから能力について問われる。それはキョウスケにとってはあまりされたくない質問だった。
「どんな能力でしたか? 」
「え… いや… あ~、大した能力じゃなかったよ、、、」
答えたくなかったから、曖昧に答えてはぐらかそうとした。
そんな態度が気に入らなかったのか周囲を取り囲む人垣の中から屈強な男が進み出てキョウスケを怒鳴りつける。
「おいっ、お前! 戦いたくないからって嘘を言ってるんじゃないだろうな? 正直に答えろよっ! 」
(えっ… 戦うってどういうことだ!? )
その内容はキョウスケにとって意外なものだった。魔法のある世界だから魔王とかいるんだろうか? そう思ったがガイドブックにそれらしいことは載っていなかった。
転移者はそこまで珍しい存在でもないという話だし自分が率先して戦わなければいけない理由も思いつかない。
「なあ、どうなんだ? 」
固まっているキョウスケに男はなおも食い下がる。
「おやめなさいっ!! 」
そんな男にクローディアの一喝が飛ぶ。男は気圧されるとそのまますごすごと引き下がる。キョウスケも初めて見る彼女の剣幕に自分が叱責されたわけでもないのに心臓が跳ね上がる。
「強力な力を示す場合、玉は力強く輝きます。それは皆も知っての通りでしょう。今見た通り輝きは弱かった。嘘は言っていません 」
クローディアの言葉に納得したのかしていないのか、特に異論を挟むものはいなかった。場に沈黙が流れる。
それを破るように彼女は言葉を続けた。
「関係がないものを巻き込むのは本意ではありません。自分たちのことは自分たちでけじめを付けるべきです。助けがなくてもやるべき事は変わりません。私はかえって良かったと思っています 」
その言葉にこの場に居合わせたものは皆納得する。力強く頷いているものまでいる。皆の目には力があった。
キョウスケには何が何やらわからなかったが自分だけが蚊帳の外に置かれているようで淋しさのようなものを感じていた。
そこで会合は終わったようで集まった人達はポツポツとその場を後にしていく。
やがてその場にはキョウスケとクローディアだけが残された。二人だけの空間でなんとも言えない重苦しい空気が流れる。
何か話しかけて欲しいと思ったが彼女はずっとだんまりを続けている。仕方なくキョウスケは自分の方から話しかけることにした。
「あ、あの… 戦うって言ってたけどそれについて聞かせてもらってもいいですか? 」
「聞いてどうしようと言うのですか? 」
「えっ… いや… どうするって言われても… 」
思いのほか鋭い言葉が返ってきて困惑する。聞くべきじゃなかったかと思ったが後の祭りだ。
「お、俺もたたか… 」
戦うと言おうとしてはたと気付く。
(戦う? 俺がか? 戦えるのか? )
ここに集まっていた人達は本気で戦う気でいるのだろう。それは雰囲気から察せられた。何の能力も覚悟もない自分が肩を並べて戦えるとは思えなかった。喧嘩すらまともにしたことがないのだ。
そんなキョウスケを見透かしたかのようにクローディアは言葉を投げかける。
「気にしなくても大丈夫です。元からあなたを戦いに巻き込むつもりはありませんでした。キョウスケさんが戦える人間でないことはわかっています。異世界の人は大抵そう言うものです。気にしないでください 」
「そう、、、ですね。でも事情だけは聞かせてもらっていいかな? もうだいぶ巻き込まれてるみたいだし 」
「ふふっ、、、そう、ですね。本当は何も伝えないつもりでしたが納得出来ないですよね。いいでしょう。差し障りのないところまではお伝えします 」
クローディアはキョウスケに事情を話し出した。話をしている彼女は出来るだけ感情を押し殺そうとしているのか終始無表情を貫こうとしていることが見て取れた。
キョウスケには何故か悲しんでいるような苦しんでいるような顔に見えて苦しくなった。聞いたことを直ぐに後悔しそうになったが自分から聞くと決めたことだ。黙ったまま、顔を背ける事なく最後までしっかりと話を聞くことができた。
彼女の父親は元々この街を治めていたらしい。といっても領主である上位貴族から任命された代官のような立場だったらしい。
彼女の父親が治めていた時はこの街も今より豊かで活気のある街だったという。
それがある日、突如として解任され新しい代官が赴任することになった。それが今の代官だそうだ。
そうなってから不当に重税を課され、役職は代官の身内で固められた。不正な取引が横行して街の政治に異を唱えた者達は暴力で弾圧されるようになる。
領主にこのことを訴えに行っても話を聞いてくれることはなかったそうだ。それどころか逆に処罰される始末。
そんな状態が続き街はどんどん荒廃が進んでいく。もはや限界を迎えて暴力による解決しか残されていないという状態にまでなった。
ここに集まっていた人達は言わばレジスタンスだったようだ。
クローディアは前の代官の娘だそうだ。彼女が旗印になって抵抗運動を行っているという。
「キョウスケさんを発見した時は代官の乗る馬車を見張っていたんです。そうしたら突然人が現れたのでびっくりしました。まさか異世界人が現れる現場に立ち会うなんて思ってもいませんでした
放っておけばそのまま代官に殺されると思ったので直ぐにあの場から連れ出させて頂きました 」
「そうだったのか… 俺は運が良かったんだな。ありがとう 」
彼女の父親はもう亡くなっていると聞いたが死因までは教えてくれなかった。口には出さなかったがおそらくそう言うことなのだろう。
「明日の昼過ぎ、日が高く昇ったときに戦いが始まるでしょう。この街にいては危険です。夜明け前に安全なところまで送ります。別の街で生活されるのがいいでしょう 」
キョウスケはそんなクローディアの言葉に黙って頷くより他なかった。
◇
薄暗い中を馬車が走っていく。客室にはキョウスケとクローディアの姿がある。
二人とも何を話すでもなく重苦しい空気が立ちこめている。あるいはそれはキョウスケが感じていただけかも知れないが、彼が見ることが出来ないでいるクローディアの表情も暗い。
だいぶ時間が経ち周囲はすっかり明るくなってきた。それからしばらく馬車は走り平坦な道が続く場所に出る。
そこで馬車は止まった。
二人は馬車から降りて向かいある。いよいよ別れの時となる。
「この道を真っ直ぐ進めばそこまでかかることなく街に辿り着くことができるでしょう。別の領に入るので私との関係に気を使う必要はないと思います。ここからなら魔物の心配もいらないはずです 」
この世界には魔物がいる。通常の生命とは異なる異形の存在だ。本にも書かれていたがそれらを駆除する専門職もいたりする。良く管理されている範囲なら滅多に遭遇することはないという。
「何から何まですまない。君の方は大丈夫なのか? 」
「、、、あの能力測定の玉のことは覚えていますか? あれはそもそもこちらの世界の人間の力を測るためのものです
異世界から来た人達は特殊な力を得ることが出来ますがこちらの人間もまた自身の力を鍛えることによって能力を身につける事が出来ます
私はこう見えて結構強いんですよ? 心配ご無用です 」
「、、、そうか 」
「、、、正直に言うと、あなたの能力が強力なものでないとわかった時、ちょっとがっかりしてしまったんです、私、、、」
「すまない… 」
「でも、それで良かったんだと思います。残念ではありましたが同時にホッとしてもいたんです。もしもあなたが強い能力を手に入れていたら一緒に戦って欲しいと口に出していたでしょう…
キョウスケさんは不快に思われるかも知れませんがあなたが強くなくて良かった… 」
クローディアは努めて明るく笑っているようにキョウスケには見えた。それが悲しい。お前は役立たずだと罵ってくれた方がずっと気が楽だっただろう。
キョウスケが何も言えないで居ると彼女は小さめの巾着袋を渡してきた。
「これは…? 」
「いくらかばかりの路銀が入っています。これでしばらくは生活に困ることがないでしょう 」
「何から何までありがとう。大切に使わせてもらうよ… 」
「それではもう行きますね。見知らぬ世界で誰も頼る人が居なくても諦めなければ何とかなると思います。希望を捨てずに生きていてください 」
そう言うと踵を返して馬車に乗る。クローディアを乗せて馬車は去る。その姿を見えなくなるまで黙って見つめていた。親に置いていかれた子供のような顔で。
完全に一人きりになると諦めがつく。後ろを振り返り、とぼとぼと歩き出した。その足取りは重い。
歩いていてふと路銀だと言って渡された袋が気になった。とても重さがあるような気がしたのだ。袋の口を広げて中身を見てみる。
(こんなに… )
中には紙幣の束に金貨まで入っていた。重いはずだ。
これ程の金銭を入れることが出来る理由、それは彼女にとって、もう必要がないものだからだろう。
それがわかっていて尚、お前は何もしないんだな、、、
自分を責め立てる自分自身の心の声が聞こえたような気がした。それに対して言い訳のような思いが咄嗟に出てくる。
(しょうがないだろっ! 俺には戦う力なんて無いっ! )
クローディアは死ぬ気なのだろう。
レジスタンスが集まったところで相手になるのは正規の治安組織だ。まともにぶつかったところで勝ち目はない。よしんば勝てたところでその後は絶望的だ。
どれほど悪辣な代官だろうと領主から任命された正式な代官なのだ。力で排除すればそれは領主に逆らったことになる。死罪は免れないだろう。
この世界の、少なくともこの国の法に基づくならば彼女たちの方が悪なのだ。
愚かな行為だと人は言うのかも知れない。しかし、それだけ彼女たちは追い詰められているのだろう。すべて覚悟の上の行為だ。
キョウスケには批判することも止めることも出来ない。その資格がない。
振り返ってみて自分はどうだっただろうか?
あの日、会議室で席を立ったのは不正を持ちかけられるのだという予感があったからだ。それに荷担するわけにはいかないと思ったのだ。
人はそれを立派な行為だと見るだろう。キョウスケを正義の人と評するかも知れない。
だが、実際は違う。少なくともキョウスケはそう捉えている。
自分が席を立ったのは単に不正を行うことに意味を感じなかったからだ。不正を行って上場を果たしたとしてもその後に不正が発覚すれば上場は廃止になるだろう。
そうなれば自分達が頑張って作り上げてきた会社は苦境に立たされることになる。最悪、倒産することになるだろう。それは避けなければならなかった。
要するに自分のためにそうしたにしか過ぎない。
クローディアは自分の事を度外視して皆のために先頭に立とうとしている。キョウスケの眼にはそう写る。そうでなければ例え役に立たなくとも自分を巻き込んだはずだ。肉壁ぐらいには使えただろう。
自分とは違う。
本当に会社のためを思うならあの時席を立つべきではなかったと今は思う。迎合したフリをして裏でしっかりと売り上げを確保出来るように動くのが良かったのではないか。そんな思いがあった。
それは普通に考えれば難しい事だろう。必死で頑張ったとしても無理だった可能性が高い。だが、それでも何もしないよりはましだ。
そこまでしないまでも兵頭に詰め寄って役職を解かれた時に会社を潔く辞めるべきだっただろう。
会社にしがみついて、ただただ無意味に時間を過ごしていた。
『お前は椅子を暖めているだけでいい 』
兵頭の言葉が脳裏に再生される。
その時は悔しさもあった。反発心もあった。しかし、この期に及んで何もしていない自分にはまさしくその通りの言葉のように思える。
自分に目覚めた能力も皮肉なことにそれを裏付けているように感じた。
【熱ケツ:尻が熱くなる】
これがキョウスケに目覚めた能力だ。椅子を暖めるには効率の良さそうな能力だと半ば自嘲気味に捉えている。
(これ以上ふさわしい能力もないな… )
諦めにも似た感情が胸中を支配する。
だが、消えかかっていた灯火を辛うじて保たせているものがある。
変身ヒーロー。ここ最近動画の中でずっと見ていた。自らを省みず敵へと立ち向かう姿が脳裏に浮かんだ。
それはクローディアの姿とも重なる。
(あんな少女が命を懸けて… なのに、俺は… )
自分の不甲斐なさに自然と涙が溢れてきた。全身が震える。震えを抑えようと手を握りしめ歯を食いしばる。だが、震えが収まることはない。
弾かれるように振り返るとキョウスケは走り出した。
走りながら自問自答を繰り返す。
今さら向かったところで間に合うのだろうか?
よしんば間に合ったところで自分に何が出来る?
何も出来ないだろう… しかし、一度ぐらいは彼女の盾になって死ぬことが出来るなら自分の生にも意味が有るような気がした。それこそ自分がこの世界にやって来た理由なのではないかと思う。
走っているといつしかキョウスケは何も考えられなくなった。
無我夢中で走る。
焼け付くように喉が、肺が痛い。脇腹がズキズキと痛む。両足には千切れるような痛みが走る。
だが、かまわずに走る。
やがて痛みを感じなくなった。ただ、熱だけがある。
全身が熱い。吐く息が熱い。汗が噴き出してくる。
そしてなにより…
ケツが、、、熱い
キョウスケは気がついていないが彼の尻は赤い輝きを放っていた。
ケツの熱さと輝きの強さに比例して力が漲ってくる。
足が地面を蹴ると体はグンと前に出る。
景色が高速で後ろに流れていく。
風のように、空を駆けるように街道を恐ろしい速さで進む。
やがて尻が一際強く輝くとキョウスケの姿は光の中に消える。
その光が収まった時、赤き戦士が姿を現した。
体にぴったと張り付くような赤いスーツを全身に纏う。それを更に赤い鎧で覆っている。面防付きの兜を被りその表情は見えない。
キョウスケが思い描いていた変身ヒーローの姿がそこにあった。
クローディアのいる街へと疾風のように進んでいく。
◇
代官邸の前を目指して大勢の民衆が大通りを進んでいる。それぞれの手には武器が携えられていた。皆殺気立っているようだ。人々の顔は一様に険しく怒りがにじんでいる。
その先頭にはクローディアの姿があった。青色を基調とした騎士服に銀色に輝くプレートアーマーを着込む。装飾が施された剣と盾を持つ。戦乙女と呼ぶにふさわしい出で立ちだった。
進む先、代官邸の前には兵士や傭兵、代官に使える騎士達が陣形を組んで待ち受けていた。
集団蜂起をする情報はどうやら漏れていたようだ。それでも止まることはしない。この程度は想定されていたことだった。
数十メートルほど離れたところでレジスタンスは一度行進を止めて代官側の軍勢と睨み合う。
クローディアは代官邸の前を守る者たちに投降を呼びかける。
「聞けっ! 代官ゴルヌスに正義などないっ! ただ私腹を肥やし、贅をむさぼるだけの愚物だ! 貴殿らが命を懸けて守る価値があるのかっ? 我々に協力しろとは言わない。投降して欲しいっ 」
彼らはただ金で雇われた者や義務的に従っているだけの者だろう。積極的にあの代官に協力しているとは思えない。
それ故に呼びかければ応じてくれるのではないかという期待があった。自分と同じ騎士のジョブを持っている者なら志があるはず。徒に殺したいとは思えなかった。
そんなクローディアの思いを踏みにじるように集団の中から一人の男が進み出てきた。顔には挑戦的な笑みを浮かべとても投降するような雰囲気ではない。
「雑魚共を蹴散らすだけの簡単な仕事でいい報酬が手に入るんだ。止めるわけないだろっ! なあっ? 」
男の呼びかけに傭兵達はつぎつぎに笑って同意を示す。
とても体格のいい男だった。長く伸ばした癖のある髪を荒々しく後ろに流している。重厚な鎧に身を包みただならぬ気配を纏っている。クローディアの目にも強者だと写る。
「この俺がっ! 聖騎士のジョブを持つドルス様が付いているんだっ! 楽勝だぜっ! 勝てる戦いを捨てる奴はいねぇっ! 」
「せっ… 聖騎士だとっ!? 」
それを聞いてレジスタンス軍に動揺が走る。聖騎士のジョブを持つものなら一騎当千の猛者と言っていい。ここまで戦力差があるとは考えていなかった。
(そっ…そんなっ… )
クローディアもこれには動揺を隠せなかった。ドルスと名乗るこの男が聖騎士であるのはおそらく間違いない。強者特有の圧を感じる。相打ちを狙ったとしても勝てないのは確実だ。
どのような理由で聖騎士がゴルヌスに手を貸すのかは解らないが、この男は自分の力に自信を持ち、力を振るう機会を求めている。説得に応じるとは思えなかった。
戦う以外に道はない。しかし、戦ったとしても勝ち目がないどころか何も出来ずに終わる。
そう考えるとこのまま戦うべきか迷いが生じてくる。降伏すべきではないかという考えが浮かぶ。自分一人の命で納められないかと弱気になる。心がくじけかけていた。
しかし、ドルスに戦わないという選択肢は無いようだった。前に進み出ると高らかに宣言する。
「お前達は見せしめに皆殺しにしてやるっ! この街の連中が二度と刃向かおうなんて思わなくなるようになぁっ! 」
剣を鞘から抜いて突きつけるように構える。それだけでレジスタンス軍は圧倒された。
ドルスが更に一歩を踏み出そうとしたその時…
「待てぇいっ!!! 」
周囲に朗々たる声が響き渡る。その場にいる誰の耳にも不思議とはっきり聞こえた。
「誰だっ!? 」「どこにいるっ!? 」
レジスタンス軍も代官の手勢も声の主を探す。発見するまで時間はかからなかった。闖入者はその声と同様に堂々とした態度で存在を主張している。燃え上がる炎のような姿は一目で視線を釘付けにした。
「あそこだっ! 屋根の上にいるぞっ! 」
誰かがその声を上げる頃にはすでにその場にいる皆が見上げていた。その男は視線を集めながら動き出す。
「とおっ!! 」
かけ声と共に屋根の上から飛び降りると二つの勢力が睨み合う中間に、代官軍と向かい合うように着地した。
ドルスは男から敵意を感じ取っていた。立ち姿もレジスタンス軍に味方をするように見える。とりあえず何者かを聞いてみることにした。
「何者だテメエはっ! あいつらの仲間かっ? 」
「私は通りすがりの強盗だ、、、今からお前達を殺す。そして、、、」
屋敷を指差して高らかに宣言を行う。
「あの屋敷から金品を奪う 」
一瞬、ドルスも仲間達も呆気にとられるが言葉の意味がわかってくると無茶苦茶な宣言に対して失笑が漏れ出てくる。
「はっはははっ 」
「おいおいおいっ、バカが何か言ってるぜっ 」
「戦力差がわかんねぇのか 」
ガラの悪い傭兵達は口々に身の程知らずの闖入者をせせら笑う。しかし、ドルスはそれに同意しながらも違和感を感じていた。
(こいつ… 強いのか? )
よくよく見ると目の前の男からただならない気配を感じている。自分が負けるとは思わないが侮るべきではないと直感した。
そんなドルスの警戒感を感じ取れていない傭兵二人が無防備に近づいていく。手前までやってくると手にした武器を突きつけて脅しをかけた。
「酔ってるんじゃねーのか、お前? 」
「酔っ払いだから許されるとか思うんじゃねーぞ、ああ? 」
それがこの二人の最後の言葉になった。
―ドッ…
轟音が鳴り響き二人は同時に宙を舞う。陣形を飛び越えて代官邸の門柱にぶち当たった。石造りの頑丈な柱を破壊してめり込むとそのまま動かなくなる。そこから血が流れて地面に赤い染みを広げていった。
男が何をしたのか何もわからなかった。
ただひとりドルスには見えていたがそれは驚愕すべき内容だった。右ストレートを一瞬の内に二発放ち元の姿勢に戻っていたのだ。
(強ぇな… )
油断なく警戒して男に問いかける。
「名前を聞いておこうか? 」
「教える意味が有るとは思わないが、冥土の土産に教えてやろう。アスバーンだ… 」
「そうかい… 俺はドルス… 聖騎士ドルスだっ! 」
名乗りと共に剣を振りかぶると踏み込んで一気に距離を詰めていく。空気を切り裂くような鋭い斬撃が流れるような動きで繰り出される。自信に見合うだけの実力を感じさせる素早さだ。目にも留まらぬ連続攻撃がアスバーンに襲いかかった。
それを小刻みなステップで躱し、時には手甲で撫でるように剣筋を反らして捌いていく。相手の動きも剣閃も、全てを見切った達人のような体捌きだ。最小限の動きを以て躱している。
ギリギリで避けているため人々の目にはどうやって躱しているのか理解出来なかった。剣が体をすり抜けているようにも見えていた。
レジスタンス軍も代官軍も言葉を発することも出来ずに見ているしかなかった。レベルが違う戦いに入り込めるとは思えなかったのだ。
やがて一方的に攻撃していたドルスの動きが疲労からかわずかに鈍る。体捌きにぶれが生じて流れが乱れる。相手に付け入る隙を見せていた。
その隙にアスバーンの拳がねじ込まれる。連撃の流れを断ち切るように鋭い一撃がドルスの胸部に突き刺さった。
「があぁッ…! 」
重く鈍い音を立てて後ろに吹き飛んでいく。鎧の胸部には打撃が当たった場所にへこみが出来ていた。しかし、そのまましっかりと両足を着けて着地する。まだまだ戦う余力があるように見える。
当たる直前、ダメージを減らすために自分から後ろへ飛んでいたのだ。幾度となく激しい戦いをくぐり抜けてきた実力は本物だった。
だが、そんなドルスを以てしてもアスバーンは異質な相手に見えていた。実力の底が知れない。
(やるじゃねぇか… ならば… )
「お前達っ! 何をぼさっとしてやがるっ! 戦えっ! 」
勝てないとは思わないが念のために数の差を利用すると決めた。号令をかけて傭兵達を嗾けていこうとする。しかし、先ほどまでの戦いを見ていた傭兵達は圧倒されていた。返ってきた反応は鈍い。
「お、俺達が戦うんですか? 」
「無茶だ、勝てっこねぇ… 」
(チッ… 役立たず共が… )
「楽に勝てるって言うから参加したんだ… あんなギャアァァッ!! 」
口答えをした傭兵をドルスの剣が切り伏せる。大きく袈裟懸けに切り裂かれて盛大に血しぶきが舞った。すぐにでも絶命するだろう。
仲間の死を目の当たりにし、浮き足立っていた傭兵達は覚悟を突きつけられた。そこに再度ドルスの発破がかけられる。
「相手は一人だっ! 囲めばどうとでもなるっ! まとめてかかるんだよっ!! 」
「「「おおっ!!」」」
立ち向かわなければドルスに殺される。それよりかは目の前の相手の方が丸腰でもあり容易に見えた。ドルスの言う通り囲んでしまえば何とかなると思い一斉にかかる。
対してそれを受けるアスバーンは冷静だった。傭兵達の足並みは統率が取れているものではない。素早い動きで前進して一人を殴り殺すと横にスライドしてもう一人を殺し後ろに引く。
常に後ろに回られないように、レジスタンス軍に攻撃が向かないように立ち回る。
一方、レジスタンス軍は目の前で起きている壮絶な戦いに圧倒されていた。その最前線にいながらクローディアは戦いを見守ることしか出来なかった。
(どうして… )
まったく見ず知らずの人間が自分たちに代わって戦っている。彼女の目にはそう映っていた。
なにゆえに戦ってくれているのか理解出来なかった。だが、理解する必要は無いのかも知れない。涙が溢れて止まらなかった。
頼もしい後ろ姿を見て折れ掛けていた心に希望が湧いてくる。
(どうして… )
彼は自分を強盗だと言った。レジスタンスとは関係が無いとも。だが、明らかに自分たちを守ってくれている。おそらく代官を排除することまで一人でやるつもりだろう。
後で自分たちに累が及ばないようにするため――それ以外には考えられない。
なにゆえそこまでしてくれるのか理解出来なかった。だが、理解する必要は無いのだろう。唯々感謝するしかない。
自分たちも戦うべきだと心が叫んでいるが手を出せば彼の心意気を無に帰してしまう。見ていることしかできない。
一人に背負わせていることに忸怩たる思いがある。悔しさからも涙が溢れる。
(どうして… )
そんなクローディアにひとつ――ひとつだけどうしても気になってどうしようもないことがあった。
(どうしてオシリ丸出しなのぉぉぉぉぉぉっ!! )
アスバーンの尻は解放されていた。そこだけを切り取ったかのようにきっちりと尻の部分だけなにもない。動く度に桃尻が左右に揺れる。
正直、目のやり場に困った。涙でにじんだ視界でなければ真っ直ぐに見ることができなかっただろう。
戦いはアスバーンが圧倒する形で進んでいた。次々に襲いかかってくる傭兵達を一撃の下に粉砕していった。
人が飛び血しぶきが舞う。凄惨を極める光景だ。尻に目が行きがちだがそれでも人々は鬼神のごとき勇猛さに圧倒され心の中で声援を送る。
だが、その中でドルスは冷静に戦いを見据えていた。アスバーンの動きを観察し弱点を見極める。
「攻撃力上昇!」
味方が戦っている間に補助スキルを使用して攻撃の準備を整える。そのまま自分が得意とする必殺の攻撃スキルに繋げる。
「ハァァァ…… 」
剣を構えて力を溜めていくと体を金色の光が包んでいく。
「聖光烈斬!! 」
気合いと共に剣を地面に向けて振り下ろすと剣閃から光の斬撃が一直線に飛んでいく。射線上には味方もいたがかまわずに両断していった。アスバーンに強力な一撃が迫る。
避けることは出来た。しかし、避ければ後ろにいるレジスタンス達に当たる。受けるしかない。それこそドルスが見抜いたアスバーンの弱点。
「終わりだっ! 」
勝利を確信して叫ぶ。同時に光の奔流がアスバーンに直撃して弾ける。轟音と共に爆発が上がった。
巻き上がる土煙が視界を遮る。結果は見えないが手応えはあった。期待をしながら獰猛な笑みを浮かべてその時を待つ。
やがて土煙が晴れていった。
「なにっ!! 」
笑みが驚愕に変わる。腕をクロスした状態でその場に立っていた。アスバーンはホーリースラッシュの直撃に耐えていたのだ。
だが、無傷とまでは言えない。攻撃を受けきった手甲は割れて皮膚が露出している。そこから血が流れていた。手甲以外にもところどころ破損が見られる。
ドルスはそれを見て落ち着きを取り戻し勝利への道筋を考えていく。ホーリースラッシュは強力なスキルだがそれ以外にもまだまだ使えるスキルはある。それらを駆使して行けば十分に渡り合えると踏んだ。
剣を構え直し補助スキルを発動させようとした。そこへアスバーンから声をかけられる。
「お前は一体何のために戦っている? 」
「なにっ!? 」
突然、話しかけられて困惑するがドルスにとってこれは悪くない流れだった。ホリースラッシュを再び打てるようになるまではしばらく時間がかかる。話に乗ることで時間を稼ぐことに決めた。
「それを聞いてどうするつもりだ? 」
「さあ、どうなるかな? ただの興味本位だ 」
「、、、そうかよ。まあ、いい。答えてやる」
「そこまでの力を持ちながら何故代官などに組みする? 」
「金だよ。 金以外に理由なんてねぇ 」
「金か、、、わかりやすい理由だ。しかし、お前の力なら冒険者をするなり国に仕官するなりもっと良い条件で稼ぐことが出来るだろう。このような場所にいて満足出来るのか? 」
「ああ、満足さっ。雑魚共を相手にするだけで大金が手に入るんだからなっ! 最小限の労力で最大の稼ぎを上げる。これが資本主義ってものだろう? 」
「なるほど、それがお前の正義「速力上昇! 」
ドルスは話を行動で打ち切る。十分に時間は稼げたのだ。補助スキルをかけると勝負を決めるべく最大の技で打って出た。
「おぉぉぉっ!…聖光烈斬ッ! 」
今度はアスバーンを狙わずにレジスタンス軍を狙う。かばい立てして射線に入るなら不利な体勢で受けることになるだろう。予想した通りにアスバーンは動いた。
(やった… )
勝利を確信し内心でほくそ笑む。
しかし、ケツは輝いていた。
想像を超える速度で動くと腰を屈め両手を膝頭に置き尻を突き出す。
赤い輝きがケツから迸りホーリースラッシュを跡形もなくかき消してしまう。
「なっ… 何だとっ… 」
ドルスも代官軍もここで初めて気が付いた、尻が剥き出しであることに。
戦慄が、走る――
(((ケ、ケツ…… )))
視線を一点に集めながらアスバーンは独り言のように呟く。
「ここからが本番だ… 」
次の瞬間、赤い光を放つ尻から炎が吹き上がる。屈んだ状態から直立するとドルスへとゆっくり振り返り指を突き出す。そうして高らかに宣言を行った。
「尻に火がついた… もう、止まらんぞ 」
炎を背負うその威容に気圧されて、皆、動くことも声を上げることも出来ない。
その中で唯一ドルスだけはまだ戦意を保っていた。
「チクショォォォ… 防御力上昇! 継続回復!… 」
かけられるだけの補助スキルをかけるとアスバーンへと猛攻を仕掛ける。ここで仕留められなければもう後がないと悟っていた。
「重破斬! 」
命を懸けた斬撃がアスバーンを襲う。人生の全てを込めたような一撃は確実に重く、鋭い。彼の最強スキルであるホーリースラッシュをも越えていた。
だが、それでもアスバーンに届くことはなかった。
「ドンケツ! 」
斬撃が届くよりも速くケツがドルスの腹に突き刺さる。そのまま後ろに吹き飛ばされて宙を舞い地面に叩きつけられた。
(……なんだ? 効いてねぇ )
地面に仰向けに倒れたドルスだったがまだ生きていることに気付く。ダメージはほとんど感じていない。
(こけおどしか… )
疑問に思いつつ立ち上がると戦いを続けようとして一歩前に踏み出す。そこでふと体の異変に気付く。
(な、なんだぁ…? )
ケツが突き刺さった腹が熱い。見れば赤く光を放っている。表面にはケツの紋が浮かんでいた。
そこから熱い力の奔流が全身に流れていく。そこで初めて自分の死を悟った。
「しっ… 死にたくねぇぇぇぇぇっ!! 」
叫び声を上げるとドルスは全身から炎を吹き上がらせる。一瞬の熱さと息が詰まるような苦しみを感じた後、躰は内側から爆発して四散する。千々になった躰は炎に焼かれて跡形もなく消滅することになった。
「ひっ… ひいいいい… 」
ドルスの死を目の当たりにした傭兵達も正規兵達も騎士達も皆その場から逃げ出そうとする。最高戦力だった聖騎士があっさりと倒れたことで完全に戦意を失った。死の恐怖に支配される。
だが、そんな彼らの行く手を炎の壁が遮る。
アスバーンの尻から伸びた炎が全員を囲い退路を完全に塞いでいる。誰一人逃がす気はなかった。
「たっ、助けてくれっ! 」
誰かが命乞いをした。しかし、レジスタンス軍の蜂起を知る者は少なければ少ないほどいい。アスバーンには届かない。
「駄目だ… 死ね 」
冷酷に言い放つと炎の囲いを閉じる。これで代官邸の前の戦いは終結することになった。
そのまま振り返ることなく前に進んでいく。後は代官ゴルヌスを殺すだけだ。
屋敷に正面から入りゴルヌスを探す。アスバーンの能力で居場所はすぐにわかった。壁に尻を付けることで屋敷内の状況が手に取る、いや、尻に取るように浮かんでくる。
真っ直ぐに居場所に向かう。移動することなく二階にある書斎にいた。扉を開けて中に入るとゴルヌスは窓際に立っていて侵入者に対して間抜けにも誰何を始める。
「なっ… なんだ貴様は!? 私を誰だと思っている! 」
どうやら状況がわかっていないようだった。ドルス達が敗北するとは思っていなかったのだろう。
そればかりか目の前の男が自分を殺しに来たとも思っていないようだった。醜く肥えた巨体を揺らしながら罵詈雑言を並べ立てる。
「下賤の者が気安く入っていい場所ではないぞ! さっさと出ていかぬかっ! 無礼者めっ! 」
アスバーンはそれを無視してずいと近づく。そこでようやく異変に気付いた。誰も駆けつけてこない。それが意味するものは…
「まっ、待てっ… 金はやるっ… 命だけは… 」
「駄目だ、ケツ末はすでに決まっている 」
静かに終わりを告げるとアスバーンはくるりと踵を返してゴルヌスから距離を取る。まるでそのまま部屋を出て行くかに見えた。
「へっ? なにもしない? 」
予想外の行動に理解が追いつかない。呆然と背中を見て初めて気付く、尻が剥き出しであると言うことに。
「え? ええ!? ケツ… 」
それがこの世で見た最後の光景になった。
「ドン……ケツッ! 」
ゴルヌスが轟音と共に壁を突き破って外に飛んでいく。その姿は外にいた民衆にはっきりと見えていた。
放物線を描いて落下すると地面に激突する。全身の骨が砕けていて血だまりを作り出す。おそらくは即死だろう。
アスバーンはゴルヌスの死を確認するとひとまずやり切った充足を噛みしめた。だが、まだ終わりではない。
代官の死に沸き立つ民衆の裏で屋敷にいた使用人をケツ探知で見つけるとそこに向かう。
「こっ、殺さないでっ! 」
最初に見つけたのはうら若いメイドだった。彼女は当然のようにひどく怯えていた。気の毒だが同情してばかりもいられない。やらなければならないことがある。
「大人しく言うことを聞けば、何もしない。この屋敷にある金目のものを出すんだ。いいな? 」
「はっ、はいぃっ!」
メイドに案内させて値が張りそうな物品を手に取ると虚空の中に手を入れて仕舞い込む。アスバーンの能力のひとつで至離の穴と言う。いわゆるアイテムボックスと同じものだ。
金ぴかで悪趣味なものをいくつか仕舞い込むとメイドに向き直る。
「案内ご苦労だった。約束通り何もしない… 」
「あっ、はっはい… 」
「だが、最後にこれを見てもらおう 」
―パァンッ!
「ひぃぃぃ… 」
アスバーンはメイドに向かって尻を突き出すと自らの手で強く叩き破裂音を響かせる。メイドは恐怖で腰を抜かしその場にへたり込んだ。
そのまま去って行くケツから何故か目が離せなかった。見えなくなるまで目で追っていき強く頭に焼き付く。
一介の強盗であるアスバーンを強く印象づける必要があった。すべてはアスバーン一人でやったことにしなければならない。
その為に使用人を数人ほど探して同様の処置を施した。完璧とは言い難いが後で調べても出てくるのはケツのことばかりだろう。
街の人間は皆、レジスタンスよりのはずだ。不利に転ぶ可能性は少ない。実際に犯行を行ったのはアスバーンただ一人。追及するのは難しいと考えられる。
全てを完了させ代官邸から去って行く。正面玄関から出て正門を潜りレジスタンス軍と向かい合う。
その中にクローディアの姿があった。
アスバーンは彼女に向かって言葉を投げかける。
「俺の尻は血で汚れている。だが君の尻は綺麗なままだ。これからもそれを大切にな… 」
「はい… 」
言葉の意味はわからなかったが思いは伝わった。クローディアは再び涙を流し溢れさせる。
そんな彼女の横を通り過ぎ、アスバーンは群衆の方へ歩いていく。自然と群衆は左右に分かれて道を空けた。
去って行く後ろ姿を皆が目で追う。
英雄のケツをその目に焼き付けようと黙って見続けていた。




