6
それで、相手がだれか判ったらどうするんだ? とロファーが問う。
「それは相手次第だね」
ミルクティーを淹れながら、ジゼルがニヤリと笑う。まったく……この魔導士は終始お茶の時間だ、とロファーが呆れる。
「恋文の差出人が、伴侶としてロファーが欲しいのか、飼猫として欲しいのか、そこで大きく話が変わってくる」
飼猫として欲しいとなれば、まず話し合い。わたしがあっさり譲ると言えば、ロファーの権利が相手に移る。わたしがイヤと言い、向こうが判りましたと言えば、今まで通り。で、わたしも相手も譲らないとなると、決闘となる。
「魔導士の決闘ですか」
「そ、できれば回避したいなぁ」
ティーカップに砂糖を入れながらジゼルがニコニコ笑う。
「なんで、そんなに楽しそうなんだ?」
ロファーが抗議する。
「楽しくはない、面白いだけだ」
「おい!」
「で、ロファー、あなたにその気はあるのかな?」
「その気って?」
「わたしから離れて、恋文の差出人のところに行くって気。差出人の夫になるつもりがあるか」
「……俺がいなくなったら、ジゼル、おまえの面倒は誰が見るんだ?」
「良かった、わたしを見捨てないでくれるらしい」
クスクスとジゼルがまた笑う。
そして立ち上がると後ろからロファーに抱き付く。
「ロファー、大好き」
「よせ、くすぐったい。おまえみたいな変わり者の子守ができるのは俺くらいだ。いいから離れろ、簡単に抱き付くなと言っただろ」
首に絡みついたジゼルの腕をロファーが解く。ジゼルは抵抗もせずに解かせながら、クスクスとまた笑う。
「でもね、魔女は一度狙った男は逃さない。相手が魔導士ならともかく、街人だと魔女のプライドが許さない」
「なんだ、それ?」
「ロファーの気持なんか、どうでもいいってこと。夫になれば命までは取らないけどね」
「はぁ?」
ロファーが怖い顔でジゼルを見る。
「それじゃ、拒否したら殺されるとでも?」
「怖いよ、ロファー、その顔。笑顔が消えている」
「そんな事言われて、笑っていられるか」
「夫になってあげれば、殺されないよ?」
「知りもしない相手と結婚できるか」
「ある種の政略結婚?」
「それって命がけ? と言うか、おまえ、俺をソイツと結婚させたいのか?」
怒りを隠さないロファーを、ジゼルがケラケラと笑う。また揶揄われたと悟って、ロファーがムッとする。
「まぁ、ロファーは街人なのだから、嫌なら嫌で拒否できるけれど、策略にかからないように用心したほうがいいかな」
「魔導士だと拒否できないのか?」
「わたしの父と母はギルドの命令で結婚したらしいね」
「魔導士ってみんなそうなんだ?」
「みんながみんなそうじゃないけど、政略結婚も少なくない」
「あ、さっき言っていたジゼルのお姉さんとか?」
「いや、あれはピュアな三角関係、今のところね」
「今のところ?」
「彼らの話はもういいよ。わたしたちには関係ない。それより、ロファーをどうするか、だ」
そう言ってジゼルがロファーをじろじろと見る。
「うーーん。すでに完璧な保護術が掛けられていて、わたしにできることはない」
「完璧な保護術?」
「そう、完全に完璧な保護術。誰があなたを守りたいのか、あなたの住処とはまた違う魔導士が掛けた守り」
「身に覚えがない」
「生まれた時に掛けられたものだね」
「そう……か」
生まれた時、と聞いて、ロファーにも思い当たる節があった。だが、だからと言って、それが誰なのか、ロファーも知らない。いつか知る時が来るのだろうか?
ロファーがそんな物思いをしているうちにジゼルが話を進める
「怖いのが、すれ違いざまに術を掛けられちゃうこと。目が合うだけで施術できるのがいくつかあるんだ。今回、一番心配しているのは、差出人が『魔女の誘惑』を使うことなんだよ。それに掛かると、魔女が飽きて解術するか、ロファーが命を落とすまで、ロファーはその魔女の言いなりで、魔女に奉仕することになる」
「奉仕、って?」
「わたしも具体的には知らない、魔導術の本には奉仕としか書かれていなかった。調べてみる?」
願えば大抵の本を出してくれる本棚の前にジゼルが立つ。魔導士学校の本棚を切り取って、ここに置いたらしい。膨大な蔵書の中から、見合う本を本棚が探してくれる。
「いや待て、やめておこう、嫌な予感がする」
慌ててロファーが止める。聞かなくてもなんとなく想像がつく。想像通りだとしたら、まだまだ子どものジゼルの目に触れさせたくない。
「そう?」
ジゼルはあっさり本棚から目を離す。
「で、次に考えられるのが『魔女の魅惑』で、これは魔女に夢中になって魔女を追い求めるようになる術。ミルタスの花をください、って言ってくるくらいだから、こっちのほうが要注意かな。ちなみに、『魅惑の瞳』っていうのもあって、これは魔女に心惹かれて、その願いに逆らえなくなる」
「それって、魔女しか使えないんだ?」
「そうだよ、魔導師には無理。なんで?」
「ん、いや、なんとなく」
ときどき、ジゼルに見詰められ、ロファーは逆らえなくなる。それは、ひょっとしたら魅惑の瞳かと思ったが、ジゼルは魔導士なのだから、ロファーの思い違いなのだろう。
「で、保護術が有効なロファーがこれらの術にかかる危険は、まずない、かな」
「危険はないのかい?」
思わずロファーが笑いだす。神妙な顔でジゼルが説明するものだから、そんな術に掛けられるのかと冷や冷やしていたのに、肩透かしを食らった。
「かな、だよ、かな。ないとは言い切れない。特に魔女の誘惑は魔導士でも容易く掛かる。ただ、命の危険が迫ると保護術が発動して、術が無効化されるけどね」
何しろ、ここにいれば安全だからと、暫くジゼルの住処に泊まり込むと決まった。
「帰すわけにはいかないよ。ロファーが帰ったら、心配で、居ても立っても居られない」
そう言って、涙を浮かべた深い緑色の瞳でジゼルに見詰められれば、いつも通りロファーは逆らえない。
「いいよ、判った、本棚で調べ物でもするよ」
と、折れるしかない。
そして夕飯を作らされ、寝相の悪いジゼルと一緒のベッドに入った。何度か殴られ、何度も蹴られ、明日は帰ると思いながら、結局ロファーもぐっすり眠る。
小鳥の声に目覚めれば、いつの間にかロファーはジゼルを懐に抱いている。安心した寝顔のジゼルを見れば、可愛いヤツだと、ロファーは思う。
親と暮らしたことがないと言うジゼル、まだ子どもなのに魔導師を生業として一人で暮らしている。愛しいという気持ちが判らないと言っていた。
魔導士としての知識や技術は大したものなのだろうが、生活する上での知恵が不足し、助けが必要と、助手を求めて白羽の矢をロファーにあてた。いやいやながら引き受けたロファーだったが、いつの間にかジゼルを放っておけなくなった。
助手として一番大事な仕事は力を使い過ぎたジゼルを温めること。そんな時のジゼルは生意気さが消えて、弱々しくロファーを頼った。親に見捨てられた子どもさながらのジゼルを抱き締めて、大丈夫だよ、と温めてやるほかロファーに選択肢はなかった。
十三で二親を殺され、それから一人で店を守ったロファーにとって、ジゼルは自分を見ているようだった。
あの頃、自分が我慢して意識しないでいた『欲しかったもの』、それが今のジゼルには必要だと感じている。
幼い頃に受け取るべきものを受け取っていないジゼルに、どれほどのことが自分にできるかは判らない。それでも……できる限り取り戻してやりたいと、ロファーは思っていた。




