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「まいど! って、どうかした?」
いつもの通り、伝令屋のカールがロファーの店に入ってくる。そして、いつも通りではないロファーを見て不審がる。
「いや、昨夜眠れなくって……今日は休むかも」
カールが来たら、店を閉めようと思っていた。
「なんで眠れなかった? 二日酔いじゃないとは思ってた。顔、真っ青だよ、ロファー……あれっ?」
鞄から封筒の束を出そうとしていたカールの手がふと止まる。
「ロファー、昨日の封筒? これ、どうするんだ? いくら伝令屋でも、宛名がなきゃ配達できないよ?」
「うん?」
見ると、カウンターに薄桃色の封筒が置いてある。
「昨日のとは別だ。昨日は型押しがユリだったが、今日はバラだ」
手に取って眺めながらロファーが言う。
「何のお呪い?」
ロファーが自分で用意したと、カールは勘違いしたようだ。
店に降りてきたとき、こんな物はなかった。さすがに誰かが入ってきて気が付かないはずはない。と、いうことは、答えは一つだ。
「いいから、今日の分、こっちは十八ある」
カールが寄越した外国便を熟し、記録帳に書き込み、カールにサインを貰い、カールが帰る。それからロファーはカウンターにあった封筒を開けた。
(ミルタスはわたしに下さい)
と、書いてある。昨日と同じ筆跡、インクも多分同じだ。ほかには何もない。
店を閉め、外側のドアノブに『ロファーは本日休業』と札を掛けた。どうしたものかとロファーは迷う。昨夜は一晩中、しくしく泣く声が聞こえてきて、ほとんど眠れなかった。ジゼルの仕業だ。
いつもの時間にベッドに入り、ウトウトし始めたころになって、『ロファー、起きてる?』と、頭の中に直接ジゼルが話しかけてきた。『眠いから話しかけるな』と、つい頭の中で答えてしまう。
「眠れないよ、話し相手して」
(だから言っただろうが。珈琲を五杯も飲むからだ)
「ロファーしか頼る人がいないのに」
(俺は眠い。もう真夜中だよ?)
「ロファー…」
そのあとは、話しかけてこないものの、すすり泣く声が続いた。
何も考えずに眠ろうとしても、なかなか眠れるもんじゃない。それでも、ジゼルのすすり泣きが聞こえる中、ウトウトし始め、浅い眠りが訪れる。
勿論、熟睡できるはずもなく、ジゼルがしくしく泣く夢をずっと見ていた。夢の中のロファーはジゼルを懸命に慰めている。『おまえみたいな子どもが魔導士なんかしているからだ』と、ジゼルに魔導士をやめるよう諭していたりする。
明け方に見た夢は、泣いているジゼルの後ろから近づくが、振り向いたジゼルには目がなく、ロファーは『うわっ!』と叫び声をあげて飛び起きた。相変わらず頭の中では、ジゼルがしくしく泣く声が耳鳴りのように聞こえている。
「くそっ!」
その足でロファーはジゼルの家に行った。怒鳴り込むつもりだった。が、当のジゼルはロファーが着くころにはやっと眠りについたようで、すやすや眠っていた。
よっぽど叩き起こし、『もう絶交だ!』と言い渡そうかと思ったが、結局そのまま帰ってきた。子ども相手に大人気ない、と思ってしまった。
ひどい頭痛がした。食欲はなかったが、少しは食べたほうがいいかと、温めたミルクとパンだけの朝食を済ませてから店を開けた。
カールが来たら、店を閉め、もう一度寝直すと決めていた。それなのに、昨日に引き続き謎の封筒が現れる。
現れ方からして、きっと魔導術を使っている。犯人はジゼルじゃないと、ロファーは確信していた。昨日、ジゼルは『街に魔導士が入り込んだ』と言った。ジゼルの結界に攻撃を仕掛けたとも言った。
「この封筒が街に入り込んだ魔導士と無関係、なんてあるもんか」
ジゼルのところへ二通の封筒を持って行こう。だけど、どうせあの寝坊助魔導士、まだ寝ている。こっちもひと眠りしてから行けばいい――二階にある寝室に向かった。
ひと眠りしたロファーを起こしたのは、窓の外から聞こえるロファーを呼ぶ声だ。もう少し寝かせろよ、と思ったが、あの声はレオンだ。
何があったのだろうと起き出して、窓から下を見る。するとレオンが店の前の道に立っていて、ロファーを見上げた。ロファーの寝室は店の二階だ。店の奥にある控室にある階段を上り、最初のドアが寝室になっている。大通りに面した、店舗の真上だ。
「おまえ、ロファー、どうしてこんなことになった?」
ロファーを見ると、レオンが声を張り上げる。
「どうやって店に入るつもりなんだよ? いや、店から出るんだ?」
「なに言ってるんだよ、レオン?」
「店の入り口が塞がれている、どうやって塞いだんだ?」
「え?」
窓に身を乗り出して、ドアのあたりを見てみると、ミルタスの向こうに色とりどりのバラが見える。どうやら蔦バラで、ドアを埋め尽くす勢いだ。
慌てて階下に降り、ドアを開けようとするが、びくともしない。ロファーの店舗兼住処のドアはここだけだ。
以前は勝手口があったが、ロファーの十三の誕生日に両親が惨殺された後、壁を塗りこめて塞いでしまった。勝手口から犯人が入ったと推測されたからだ。
その事件の後、ロファーは周囲の助けを借りて、一人で代書屋を切り盛りし、今では街一番と言われるほど繁盛させている。
ドアにへばり付いてロファーが叫ぶ。
「レオン、聞こえるか?」
「おぅ!」
「このバラ、何とかできないか?」
「引き毟るのは無理だ、窓からハサミを落とせ」
判ったと、階段を駆け上る。
小ぶりの剪定バサミを出すと、タオルに包み込み、紐で縛った。それに長い紐をつないで、窓から落とす。レオンに届く長さに紐を調整してから、少し引き上げ、レオンに向かっていくように揺すった。レオンが捕まえたのを見届けてから紐を離せば、ハサミがミルタスの茂みに飲み込まれることがない。
再度、一階に駆け下りドアの前に立つ。
「どうだ? 巧くいきそうか?」
「うん、このハサミ、よく切れるなあ」
そりゃあそうさ、ジゼルに貰った剪定バサミだ。きっと魔導術を使ってる。
「ふぅ、終わった……この切った枝、どう始末する?」
レオンがドアを開けて店に入ってくる。
「あぁ、助かったよ、持つべきものは友だね」
レオンと入れ替わりにロファーが店の外に出て、ドアの外側を見てから、足元の切り刻まれたバラを見る。
朝、カールが来た時には、こんなことにはなっていなかった。それが、バラはドア板にまで根を食い込ませている。魔導術に間違いない。あの封筒とも関係がありそうだ。
「とりあえず、店の外は掃除しておく……お茶を淹れるよ、座って待ってて」
レオンがソファーに掛けるのを見て、掃除道具を取りに奥へ行く。すぐに箒とチリトリを持ってロファーは戻った。が、店の外に出て愕然とする。既に切りカスは枯れて縮んでいて、ロファーの目の前でとうとう消えた。
「魔導術?」
ロファーの耳元でそう言ったのはレオンだ。ロファーの様子に、わざわざ店の外に出てきて、ロファーと同じものを目の当たりにしていた。
「多分ね……街の魔導士様に伺ってくるよ」
「うん、あの魔導士様は当てにならないけど、こうなったら、この街で頼れるのはあの子だけだ」
レオンの声を聞きながら、念のためロファーはドア板の外側を見た。
思った通り、ドア板に食い込んだバラの根っこは跡形もなく、もちろんドア板には傷一つない。元通りのドアに戻っていた。




