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魔女の恋文【宛先知れず】  作者: 寄賀あける


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3/15

「まいど! って、どうかした?」

いつもの通り、伝令屋のカールがロファーの店に入ってくる。そして、いつも通りではないロファーを見て不審がる。


「いや、昨夜眠れなくって……今日は休むかも」

カールが来たら、店を閉めようと思っていた。


「なんで眠れなかった? 二日酔いじゃないとは思ってた。顔、真っ青だよ、ロファー……あれっ?」

鞄から封筒の束を出そうとしていたカールの手がふと止まる。


「ロファー、昨日の封筒? これ、どうするんだ? いくら伝令屋でも、宛名がなきゃ配達できないよ?」

「うん?」

見ると、カウンターに薄桃色の封筒が置いてある。


「昨日のとは別だ。昨日は型押しがユリだったが、今日はバラだ」

手に取って眺めながらロファーが言う。


「何のお(まじな)い?」

ロファーが自分で用意したと、カールは勘違いしたようだ。


 店に降りてきたとき、こんな物はなかった。さすがに誰かが入ってきて気が付かないはずはない。と、いうことは、答えは一つだ。


「いいから、今日の分、こっちは十八ある」

カールが寄越した外国便を(こな)し、記録帳に書き込み、カールにサインを貰い、カールが帰る。それからロファーはカウンターにあった封筒を開けた。


(ミルタスはわたしに下さい)

と、書いてある。昨日と同じ筆跡、インクも多分同じだ。ほかには何もない。


 店を閉め、外側のドアノブに『ロファーは本日休業』と札を掛けた。どうしたものかとロファーは迷う。昨夜は一晩中、しくしく泣く声が聞こえてきて、ほとんど眠れなかった。ジゼルの仕業(しわざ)だ。


 いつもの時間にベッドに入り、ウトウトし始めたころになって、『ロファー、起きてる?』と、頭の中に直接ジゼルが話しかけてきた。『眠いから話しかけるな』と、つい頭の中で答えてしまう。


「眠れないよ、話し相手して」

(だから言っただろうが。珈琲を五杯も飲むからだ)


「ロファーしか頼る人がいないのに」

(俺は眠い。もう真夜中だよ?)


「ロファー…」

そのあとは、話しかけてこないものの、すすり泣く声が続いた。


 何も考えずに眠ろうとしても、なかなか眠れるもんじゃない。それでも、ジゼルのすすり泣きが聞こえる中、ウトウトし始め、浅い眠りが訪れる。


 勿論、熟睡できるはずもなく、ジゼルがしくしく泣く夢をずっと見ていた。夢の中のロファーはジゼルを懸命に慰めている。『おまえみたいな子どもが魔導士なんかしているからだ』と、ジゼルに魔導士をやめるよう(さと)していたりする。


 明け方に見た夢は、泣いているジゼルの後ろから近づくが、振り向いたジゼルには目がなく、ロファーは『うわっ!』と叫び声をあげて飛び起きた。相変わらず頭の中では、ジゼルがしくしく泣く声が耳鳴りのように聞こえている。

「くそっ!」


 その足でロファーはジゼルの家に行った。怒鳴り込むつもりだった。が、当のジゼルはロファーが着くころにはやっと眠りについたようで、すやすや眠っていた。


 よっぽど叩き起こし、『もう絶交だ!』と言い渡そうかと思ったが、結局そのまま帰ってきた。子ども相手に()となない、と思ってしまった。


 ひどい頭痛がした。食欲はなかったが、少しは食べたほうがいいかと、温めたミルクとパンだけの朝食を済ませてから店を開けた。


 カールが来たら、店を閉め、もう一度寝直すと決めていた。それなのに、昨日に引き続き謎の封筒が現れる。


 現れ方からして、きっと魔導術を使っている。犯人はジゼルじゃ()()と、ロファーは確信していた。昨日、ジゼルは『街に魔導士が入り込んだ』と言った。ジゼルの結界に攻撃を仕掛けたとも言った。


「この封筒が街に入り込んだ魔導士と無関係、なんてあるもんか」

ジゼルのところへ二通の封筒を持って行こう。だけど、どうせあの()すけ魔導士、まだ寝ている。こっちもひと眠りしてから行けばいい――二階にある寝室に向かった。


 ひと眠りしたロファーを起こしたのは、窓の外から聞こえるロファーを呼ぶ声だ。もう少し寝かせろよ、と思ったが、あの声はレオンだ。


 何があったのだろうと起き出して、窓から下を見る。するとレオンが店の前の道に立っていて、ロファーを見上げた。ロファーの寝室は店の二階だ。店の奥にある控室にある階段を上り、最初のドアが寝室になっている。大通りに面した、店舗の真上だ。


「おまえ、ロファー、どうしてこんなことになった?」

ロファーを見ると、レオンが声を張り上げる。

「どうやって店に入るつもりなんだよ? いや、店から出るんだ?」


「なに言ってるんだよ、レオン?」

「店の入り口が塞がれている、どうやって塞いだんだ?」

「え?」


 窓に身を乗り出して、ドアのあたりを見てみると、ミルタスの向こうに色とりどりのバラが見える。どうやら蔦バラで、ドアを埋め尽くす勢いだ。


 慌てて階下に降り、ドアを開けようとするが、びくともしない。ロファーの店舗兼住処のドアはここだけだ。


 以前は勝手口があったが、ロファーの十三の誕生日に両親が惨殺された後、壁を塗りこめて塞いでしまった。勝手口から犯人が入ったと推測されたからだ。


 その事件の後、ロファーは周囲の助けを借りて、一人で代書屋を切り盛りし、今では街一番と言われるほど繁盛させている。


 ドアにへばり付いてロファーが叫ぶ。

「レオン、聞こえるか?」

「おぅ!」

「このバラ、何とかできないか?」

「引き(むし)るのは無理だ、窓からハサミを落とせ」

判ったと、階段を駆け上る。


 小ぶりの剪定バサミを出すと、タオルに包み込み、紐で縛った。それに長い紐をつないで、窓から落とす。レオンに届く長さに紐を調整してから、少し引き上げ、レオンに向かっていくように揺すった。レオンが捕まえたのを見届けてから紐を離せば、ハサミがミルタスの茂みに飲み込まれることがない。


 再度、一階に駆け下りドアの前に立つ。

「どうだ? 巧くいきそうか?」

「うん、このハサミ、よく切れるなあ」

そりゃあそうさ、ジゼルに貰った剪定バサミだ。きっと魔導術を使ってる。


「ふぅ、終わった……この切った枝、どう始末する?」

レオンがドアを開けて店に入ってくる。


「あぁ、助かったよ、持つべきものは友だね」

レオンと入れ替わりにロファーが店の外に出て、ドアの外側を見てから、足元の切り刻まれたバラを見る。


 朝、カールが来た時には、こんなことにはなっていなかった。それが、バラはドア板にまで根を食い込ませている。魔導術に間違いない。あの封筒とも関係がありそうだ。


「とりあえず、店の外は掃除しておく……お茶を淹れるよ、座って待ってて」

レオンがソファーに掛けるのを見て、掃除道具を取りに奥へ行く。すぐに(ほうき)とチリトリを持ってロファーは戻った。が、店の外に出て愕然(がくぜん)とする。既に切りカスは枯れて縮んでいて、ロファーの目の前でとうとう消えた。


「魔導術?」

ロファーの耳元でそう言ったのはレオンだ。ロファーの様子に、わざわざ店の外に出てきて、ロファーと同じものを目の当たりにしていた。


「多分ね……街の魔導士様に(うかが)ってくるよ」

「うん、あの魔導士様は当てにならないけど、こうなったら、この街で頼れるのはあの子だけだ」

レオンの声を聞きながら、念のためロファーはドア板の外側を見た。


 思った通り、ドア板に食い込んだバラの根っこは跡形もなく、もちろんドア板には傷一つない。元通りのドアに戻っていた。

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