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魔女の恋文【宛先知れず】  作者: 寄賀あける


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2/15

 また揶揄(からか)ったのかとロファーが怒る。

「揶揄う? 今の話、冗談だとでも? 本当だよ、魔導師は嘘が()けないって、教えたはずだ」


 あ、まずい、また()(むつ)しい話が始まりそうだ、とロファーが思っていると、

「こないだも言ったけど、そもそも……」

ジゼルの魔導術講座が始まった。

「だいたい魔導士はみんなそれなりに心を鍛えているから、夢で術を使ったって外界、つまり夢の外の世界、要は〝現実〟に力を作用させるなんて滅多にない」


 怖いのは、魔導術や神秘術の扱い方を知らない常人だ。恨みや憎しみを夢の世界に持ち込んで、そのあげく、思いが体から抜け出して、相手を攻撃するのは常人のやる事だ。いわゆる『生霊(いきりょう)』ってヤツだ。


「常人、つまり、我ら魔導士が言う街人(まちびと)は神秘力の扱い方を知らないから、程度が判らない。下手をすれば己をも滅ぼす。魔導士はその辺り心得ているからね。もし恨みを晴らすなら、さっさと魔導術を使うよ、意識がしっかりしているときにね」

ジゼルがニヤリと笑う。


 神秘力と言うのは、自然の摂理と思えばいい、と以前ジゼルが言っていた。


「なんで、恨みとか憎しみにはそんなパワーがあるんだろうね?」

と、ロファーが言うと

「人は本来、明るい所で生きるものだからだよ」

そんなことも判らないのかと言いたげにジゼルが答える。


「愛や喜びに包まれて人は生きる。不足すれば体調を壊すこともある――人の命を支えているのは『陽』の気で、常に人は『陽』の気に包まれているんだ。だからこそ『陽』の気を人は特別とは思えなくなっている。本当はとても特別で大切なものなのだけどね」

人はそんな存在だから、憎しみや悲しさと言った『陰』の気は大きく人にダメージを与える。


 通常ならば『陰』の気は『陽』の気で解消されるけれど、時には解消しきれずに蓄積されることもある。『陽』の気を自分で拒んだりすると加速される。

「人ってね、自分で思っていないうちに魔物になってしまうこともあるんだよ」


「判ったような、判らないような……」

と、納得しきれていないロファーにジゼルが続ける。


「欲しかった物を手に入れたら誰でもすごく喜ぶものだ」

けれど、手に入れてしまうと、持っているのが普通になり、喜びを感じなくなる。あるいは別の物や、もっと〝よいもの〟が欲しくなる。手に入れた時はあんなに嬉しかったことを忘れてね。


 が、欲しいものが手に入らなかったらどうだろう? 手に入らないことを嘆き、手に入れられない状況を恨む。それはずっと続く。


「手に入れた時の喜びは消えていないはずなのに、感じなくなる。手に入らない嘆きは手に入るまで継続される。判った?」

とジゼルに言われ、ロファーが

「まぁ、なんとなくね」

と答えると、いつものようにジゼルの顔は、『怪しいもんだ』と言いたそうだ。


 せっかく来たのだから、夕飯を食べて行って、と言われたのはいいけれど、料理したのはロファーだった。


「ミルタスをわざわざ持ってきたんだから、羊肉を煮込むといいよ、わたしは大変疲れているから、少し休みたい」

「何か疲れるようなことでもしたのかい?」

「魔導士学校に行ってきた。『月影の魔導士』に呼ばれたんじゃ、断れない」

「月影の魔導士?」

「うん……彼が死に掛けた時、わたしが救ったんだけど、わたしが()(くじ)ったから彼は目が見えなくなった」


「死にかけたって、いったい何があったんだ?」

顔色を変えるロファーにジゼルが軽く笑う。

「わたしを助けようとして、彼が落命しかけた。で、そんな彼をわたしが助けただけだ。いわばわたしの恩人。ついでにわたしは彼の恩人――まぁ、無駄話はこれで終わり。料理ができたら起こして」


 ジゼルは『ミルタスは枝元のほうの葉を使い、残りは花瓶に差しておいて』と言いながら、宙からエメラルドグリーンの花瓶を出した。少しだけその花瓶を眺めて溜息を()いてから、ロファーに渡してきた――


 いい感じに羊肉のトマト煮込みができたころ、ジゼルの様子を見に行った。


 ジゼルは力を使い過ぎると体温が保てなくなる。ロファーの助手としての一番の仕事はそんな時、ジゼルを温める事だ。ジゼルが疲れたと言っていたのが気になった。


 まだあどけなさの残る顔で、ジゼルはすやすやと眠っていた。頬に触れるとひんやりしているが、冷えているわけではなさそうだ。ロファーがホッとする。


 なんでこんな子どもが魔導士なんかやっているんだろう? と、いつものようにロファーは思う。いくら魔導士としてのジゼルを目の当たりに見ても、『おまえ、まだ子どもじゃないか』と、つい構ってしまう。


 と、ジゼルが急に動き、顔を(しか)めて(うな)る。もう一度、慌てて頬に触れるが、体温が下がったわけではなさそうだ。悪い夢でも見ているのか?


「あ……ロファー」

気付いたジゼルが、ゆっくりと体を起こし、部屋を見渡す。


「どうした? 今、(うな)されていたようだ」

「うん、誰かがわたしの結界を破ろうとした」

「え? それは夢の中で?」


 するとジゼルが薄く笑う。

「夢の中で、とも言える。だが現実でもある」

ジゼルがいつものように宙を見つめ、(うなず)いた。


 ロファーには見えないが、ジゼルの家にはジゼルを守る妖精がいるらしい。その妖精と何か話しているのだろう。


「やはり、確かに攻撃があった。誰か街に潜り込んでいるようだね」

「誰かって?」

「わたしに感知されないほどの力を持った……魔導士ではなく、魔女、だな」

「また、魔女ですか……」


 ロファーは魔女という言葉をジゼル以外から聞いた事がない。ジゼルは『いつか説明するから訊くな』と言って、魔女について説明してくれない。


「神秘力を扱う力を持って生まれた男児は、自分の力に押し殺されて五年程度生きれば良い方。だからそんな男児は力を封印され、街人として(いち)()に生きる。通常、神秘力を生まれながらに扱えるのは女だけだ」

「え?」

「魔女が何かを知りたいんだろう? 説明しているのになんだ、その顔は?」


「いや、訊くなって言われていたから……」

「魔導士学校とギルドの本拠は隣接している。ついでだから足を運び、ロファーに魔女の事を説明する許可をギルドから得た。わたしの労力を無駄にするな」

「あ、はい、それはどうも」

いつも通りの上からの物言いに、ロファーが鼻白む。


「で、だ、女だけがそんな力を持っているとなると、神秘力を扱えない街人たちがどう思う? 魔導士には、努力と才能が必要だが街人でもなれないわけではない、性別問わずに、だ……魔女は女だけ、迫害の対象になる事は目に見えている。そして無駄な虐殺が行われかねない」


 かなりの昔、魔導士ギルドができたころ、魔女狩りが頻繁にあったらしい。それを(うれ)いた始祖の王ゴルヴセゼルトは魔女ギルドと話し合いを持った。『魔女の存在を隠そう』ってね。


 話し合いは長い時間を要したが、一応の決着を見る。魔女を女魔導士として魔導士ギルドに登録し、『魔女』という言葉を世の中から消そうというものだった。それは実行され、今では魔女という言葉を知る街人はいない。


 だが事実として魔女は存在し、魔導師の力とは別の力を持っている。魔女ギルドは今もあり、魔女は魔女であり、女魔導士でもある。だから両方のギルドに必ず登録されている。


 そして通常、魔導士よりも魔女の力のほうが強い。一部の天才魔導士は最高位魔導士と呼ばれ、魔女の力を上回ることもある。


「最高位魔導士と呼ばれているのは、現在は十名ないし十一名。一人、ギルドを離れ逃亡している。生死不明だ」

「逃亡?」

「犯罪者なのだ。そうそう、魔女ではない女魔導士も結構いるよ」


 そしてジゼルがロファーに向き直る。

「ロファー、判ったか? これでもう、『魔女とは?』と聞くなよ、面倒だ」

「うん、判った」


≪口外無用≫

ロファーには聞こえない声でジゼルが呟く。これで、魔女の件をロファーが外部に漏らすことはない。


 羊肉のトマト煮込みをジゼルはたいそうお気に召したようで、あっという間に三杯も平らげロファーを驚かせた。あの小さい体のどこに羊肉は納まった? と思うほどだ。


 フランネルの茶漉しがあるというので、ロファーは珈琲を淹れることにした。ミルがある事は知っている。


 ジゼルは珈琲が初めてだったらしく、美味い美味いと大喜びだ。こんなに飲んで大丈夫かなと、ロファーは心配だったが、喜ぶ顔が嬉しくて、つい、求められるまま五杯、ジゼルに飲ませてしまった。


 帰りは馬のサッフォに送ってもらい、大きな丸い月を眺めながらロファーは帰って行った。が、途中で気が付く。


(魔女が街に潜り込み、ジゼルに攻撃を仕掛けたと言っていた。それをジゼルはどうするつもりだ?)

心配だったがジゼルは話を変えてロファーをはぐらかした。ならば今、追及したところでジゼルは何も言わない。


 指示があるまでは静観しているしかないな……落ち着かない気分が残るものの、家路を急ぐロファーだった。

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