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魔女の恋文【宛先知れず】  作者: 寄賀あける


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 ジゼルが立ち上がり、クローゼットからローブを出すと月影はそれを受け取り、ジゼルが袖を通しやすいように後ろに立って、着るのを手伝う。


 袖を通したジゼルが前立てを止め始めると、そのまま後ろから月影がジゼルの髪を()(ぐし)で整え始める。手櫛とは思えないほど整うところを見ると、魔導術を使っているのだろう。


 それが済むと月影は、今度は宙からタオルを取り出して、ジゼルに渡す。薄く湯気が立っているところを見ると湯で絞ったようだ。


 そのタオルで顔を拭き、

「大丈夫?」

とジゼルは月影に聞いている。


 月影は、ジゼルからタオルを取り返すと、拭き残しを拭いてから

「これでいい」

と答え、タオルを宙に消した。それからもう一度、ジゼルの髪に触れている。


「世話係? 随分、()しく世話を焼くのだな」

つい、ロファーが口にする。すると月影が口元に少しだけ悲し気な笑みを浮かべた。


「世話係ほど巧く出来ればいいのだけれど」

そしてジゼルの手を取ると、見詰めあうようにジゼルに顔を向ける。ジゼルは月影を見詰める。


 ジゼルが時どき(うなず)くところを見ると、どうやらロファーに訊かれたくないのか、頭の中で二人は話をしているようだ。そんな二人を眺めながら、ジリジリしたものをロファーは感じていた。


 確かジゼルは、月影は姉の恋人だと言っていた。けれど、今、目の前の二人は恋人同士だと言われても不思議じゃないほど(むつ)まじい。


 以前からの知り合いで、魔導士同士、通じ合うところもあるのだろうし、月影はジゼルの影と言っていた。


 ジゼルを救うため月影は落命しかけ、その月影の命を救ったのはジゼルだが、その時の失敗で月影の目が見えなくなったとジゼルから聞いた。


 そんな二人なら、きっと深い絆で結ばれているのだろう。


 理屈では判っていても、自分は入る隙間がないと、胸が焼けるのをロファーは感じる。娘を嫁にやる父親の気持ちとはこんなだろうか、と思いながら、きっと違うと否定した。


 とにかく面白くない。けれど、その不満を口にすることもできない。なぜできないのか、ロファー自身にも判らない。悶々とするロファーの頭に

(サリー? いや、違う。おまえは誰だ?)

と、声が響いた。


「えっ?」

思わず声にし、周囲を見渡す。ジゼルと月影が、声に反応してロファーを見た。


「どうかした?」

ジゼルが問う。


「いや……なんでもない」

ロファーの返事にジゼルが首を(かし)げた。


 ロファーは、月影が自分をじっと見ているのを感じていた。男の声だった。が、月影のように若い声ではなかった。聞いた事のない声だ。以前、頭に響いた声とも違っていた。


「さて……」

混乱するロファーの耳に、今度は月影の声が聞こえる。


「僕とジゼルは表に出なくてはなりません。先ほどから、外で待っている人がいるので――それであなたをどうするかだが」

「ロファー、あなたも一緒に」

月影を遮ってジゼルが言い切った。


「ジゼル、それは危険だ」

慌てる月影に

「危険なら、なおさらそばを離れない」

ロファーが意思を伝え、ジゼルがその言葉に

「うん、ロファーはわたしと一緒にいる」

きっぱりと答え、月影を苦笑させた。

「参ったな。ジゼルだけならなんとかなりそうな気もするけど、飼猫も一緒となると荷が重い――まぁいい。ジゼル、決して油断するな」


 するとジゼルが月影に微笑みを向けた。

「いつかアランが言っていた、ホヴァセンシルとビルセゼルトはグルだ。そこに賭けてみようと思う」


「キミにその話をしたのは失敗だったかな。状況からそう考えられるだけで、確証は何もないんだよ。それにキミは回復したばかりで、それだって完全じゃない」

「うーーん、戦いになるとは思えない」

「もし戦いになったら? 万が一を考えなくちゃいけないよ」


 月影の言葉にロファーが疑問を抱く。

「ジゼルの結界の中では、他の魔導士は力が使えなかったのでは?」

面倒そうに月影が答えた。

「外にいるのは最高位魔導士だ。ジゼルの結界はすぐ破られる。破らなくても、あの魔導士なら術を使えると断言します」


「つまり、だ」

ジゼルがニヤリと笑う。

「我々は今、追い詰められている」


「だから飼猫は隠そう」

月影が再びロファーを連れて行くのを渋るが、ジゼルに却下された。

「ダメだ、どこに隠しても、見つけられる。それよりも、手出ししないと約束させたほうがいい」


 言い争う二人に

「揉めているのは俺の事だろう? 俺はジゼルの近くにいる。ジゼルもそうしろと言っている。月影さんとやら、ジゼルの影だと自分でさっき言ったじゃないか。影は本体に従うものだ。何も言わずジゼルに従ったらどうだ?」


「判りもしないくせに」

そう言いながら月影がため息を吐く。


 と、暖かいものに包まれたと感じたロファー、続いて冷たいものに包まれた感触がある。それが二度繰り返された。

「もともとの加護の上に、保護術と保護結界、そして防衛幕、更に保護結界。これでしばらくは持つ。ジゼルは何もしていなかったようだが、施術法が判らなかったのかな?」

そう言って月影がクスリと笑む。月影はロファーを隠すのを諦めて、代わりにロファーに術を掛けたようだ。


 ジゼルは月影に馬鹿にされたと思ったようで、一瞬、唇を尖らせたが、

「では、外に。客人を待たせ過ぎだ」

と、ドアに向かった。


 建屋の前では、果樹園との境の柵に男が(もた)れながら空を眺めていた。今夜の空も星が降るように美しい。


 としは四十少し手前といったところか、街人の()(なり)をしていたが、ジゼルたちが出てくるのを見て立ち上がり、近づく間に魔導師のローブに変わった。


 男の正面、十歩ほどおいてジゼルが立ち、そのすぐ後ろの左側に月影が立つ。ロファーは二人に続いて外に出るとドアを閉め、その場に待機した。


「お待たせした」

ジゼルがそう言うのと同時に、四人を取り囲む空間が明るさを増し、互いの顔がよく見えるようになる。三人の魔導士の誰かが、この場を照らしたのだろう。その中で、待っていた男がジゼルの顔を見て、目を細めたのがロファーにも判った。


「わたしはこの街の魔導士ジゼェーラ。ご用件を(うかが)おう」

男は二・三歩歩み寄り、ジゼルの顔を更によく見ようとしているようだ。

「わたしは魔導士ホヴァセンシル。ご存知と思われるが、北の魔導士ギルドの長を任じられている。だが、今日は一個人としてここに来た」


 この声だ、咄嗟(とっさ)にロファーはホヴァセンシルと名乗った男の顔を見た。頭の中で(すい)()してきた男だ。男もロファーをチラリと見た。そして表情を変えることなくジゼルに向き直った。


「ご両親はご息災か? あなたは父上そっくりですね。髪と瞳はお母上のものだ」

「わたしの両親と、かつては親友だったと聞いています。それが……」

言い(よど)むジゼル、ホヴァセンシルは僅かに顔を曇らせる。


「それが今では敵対する、と? 時の流れは気紛れに、皮肉な運命を連れてくる」

ホヴァセンシルが深く息をし、本題を切り出した。


「それで、図々しくもここに押しかけてきたのはほかでもない、わたしの娘の事なのですが」

ホヴァセンシルの顔から微笑が消えた。ロファーには、ホヴァセンシルの瞳が光って見えた。

「こちらの結界に入ったきり、出てこない。ご存じありませんか?」

(こわ)()はそれまでと変わらず穏やかだ。だが、場合によっては許さない、との気迫を感じた。


 ジゼルが月影の顔を見る。月影が頷いて、ジゼルも頷き返す。

「ジュライモニア様は確かにここにお出でになりました。でも、もう居ません」


「それは確かなことでしょうか?」

そう問いながら、ふっとホヴァセンシルが笑ったのをロファーは感じている。ヤツはジゼルの言葉を信じていない……

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