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魔女の恋文【宛先知れず】  作者: 寄賀あける


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 ドシンと、何か重たいものが身体の上に落ちたのを感じて、目が覚めた。ジゼルのヤツ、相変わらず寝相が悪いと思い、次に、『違う!』と慌てて身体を起こす。


「ジゼル!」

ロファーの上に()し掛かるように倒れていたのは確かにジゼル、でも、ベッドではなく、魔導士の住処の建屋前の地面だ。


(何が起きた?)

確か、天窓から(のぞ)く人影があり、ジゼルが怒って表に出た。なのにジゼルは笑い転げて……だめだ、よく思い出せない。


「ロファー……」

ジゼルの弱々しい声に、ジゼルを抱き起こす。冷たい、氷のようだ。


「待ってろ、すぐ温める」

コイツ、力を使い過ぎたんだ。だからこんなに弱って、氷のように冷えている。


 ロファーに抱き上げられながら、ジゼルが腕を持ちあげ、何かに指先を向け、クルっと回す。その先にいた栗毛の馬が馬小屋にゆっくりと向かい、中に入っていった。そしてジゼルの腕がスタンと落ちる。


 あの馬は何だ? そう思ったが、それをジゼルに訊く余裕はない。腕が落ちるのと同時にジゼルの身体から力が抜け、ジゼルの重さがずっしりとロファーの腕にかかった。


 ベッドに運び、暖炉に薪を放り込む。そこで、屋根の上の人物を思い出し、ロファーは慌てて住処の外に出、屋根を見上げるが誰もいない。置き去りにされている梯子を上ってみても見つけられない。


 ならば帰ったのだろう、何しろ今はジゼルだ、と、ロファーはきっちりとドアを閉め、ジゼルの寝室に戻る。薪を入れれば勝手に火が(おこ)るジゼルの暖炉は、そろそろ燃え盛っているはずだ。


 寝室の暖炉が赤々と炎を(たた)えているのを確認して、クローゼットからケットを有るだけ出して、ロファーはジゼルに被せた。


「み……ず……」

ジゼルが消え入りそうな声で(つぶや)く。それは無視するロファーだ。以前、この状態のジゼルに水を飲ませて、大変なことになった事をロファーは忘れていない。


「しっかりしろ。すぐに温めてやる」

そう言いながら、ロファーもベッドに(もぐ)り込む。


 (ふところ)に抱きこむと、僅かに首を上げ、ジゼルがロファーを見る。そして安心した顔を見せて喉元に(ひたい)を押し付けてきた。


(大丈夫だ。この間より意識がはっきりしている……)

と、いう事は、俺が凍死することもない。そう思いながら、それでも自分がどんどん冷やされていくのを感じる。やっぱり俺はこの魔導士のために、いつか死ぬんじゃないかと頭の片隅でふと思う。それならそれで構わない、いつものようにそう思うロファーだ。


 冷え切ったジゼルを初めて温めたあの日から、俺はこいつの保護者になった。だから、コイツのためなら死をも恐れないと思うのだろう。何しろ俺は、コイツを守りたい、助けたいんだ。


 そんな事をぼんやり考えながら、いつしかロファーも眠りについた……


 どれくらい眠ったかは判らない。微睡(まどろみ)の中、ぼんやりとした光が見える。誰かがジゼルを(のぞ)きこんでいる。


(!)

慌てて起きようとするロファーに、その誰かが(てのひら)を向ける。


「静かに……ジゼルはまだ眠っている」

静かな声がロファーの頭の中に響く。穏やかで優し気な、まだ若い男の声だ。


 こいつは男なのか。身動き取れない中、ロファーが思う。ジゼルのすぐそばに立つ誰かは、見た目だけでは男か女か見分けがつかない。小柄で、細い体、優し気な顔立ち、そして髪が長く、髪が……薄緑色のぼんやりとした光を放っている。


 男はロファーに向けた掌をすぐさまジゼルに戻し、じっとジゼルを見詰めた。


「ジゼルは……この子は魔導力が使えるようになって、まだ一年も経っていない。巧く調整できないんだ」

今度は耳から声が聞こえた。


「回復術はそろそろいいかな。触ってごらん、体温が戻っているよ」

そう言われた途端、体が動かせることに気が付く。だからって警戒が解けるはずもなく、男から目を離せない。それでもジゼルの頬に手を伸ばし触れてみる。

(温かい……)

ほっと一息ついたロファーだ。


「わたしはアラン、月影と呼ばれている。ジゼルに危険が迫っていると察知してここに来た」

「月影? ジゼルにティーセットをくれた?」

すると月影がクスリと笑った。


「ジゼルは思ったよりもお(しゃべ)りのようだ。我らと一緒にいた頃は、話しかけても(うなず)いたり、首を振ったりするだけで、声が出ないのかと疑うくらいだったのに」

月影が、眠るジゼルの髪を撫でる。その動作と表情から、ロファーはこの男のジゼルへ向ける思いを感じる。深くジゼルを愛している。慈しむ心を感じる。


 そしてジゼルが言う通り、この男は目が見えていない。うつろな目は焦点がどこにあるのか判らない。なのに何の迷いもなく、掌をロファーに向け、ジゼルに触れて、ジゼルの髪を撫でる。


「ジゼルが危険? それに、ジゼルの結界の中ではジゼルしか魔導術を使えないんじゃ?」

ロファーが問うと、月影はジゼルに顔を向けたまま答えた。


「僕はジゼルの影なんでね、ジゼルと同じ権限を持っていると思ってくれていい。だから術を使えるんだ。そして危険と言うよりは、これからジゼルは交渉しなければならない事態に陥っていてね。その相手はもうすぐここに来る。僕はその交渉相手が来る前にジゼルを回復させ、交渉の援護するためここに来た、って感じだね」

「交渉って、何を?」


 月影がロファーに顔を向ける。そして目を閉じて、

「ふぅん……」

と唸った。


 目を閉じた月影が自分を舐めるように見ているとロファーは感じた。

「なるほど、黄金の髪に琥珀の瞳。まだ目覚めていない力。争いの火種(ひだね)になるのも必然か」

目を開け、月影が(つぶや)く。


「何を言っているんだ?」

「発端は飼猫の取り合い。普段なら、高位魔導士で飼猫争いは起こらない。先に手を付けたもん勝ちだ」

クスクスと月影が笑う。


 まったく、魔導士ってヤツ等は笑うのが好きらしい、と思うが、当然ロファーは面白くない。

「常人だの、街人だの、あんたたち魔導士は俺らを簡単に馬鹿にする――飼猫だって? いい気なもんだな」

「そうだね、僕もそう思うよ。あなたを飼猫にしたジゼルの発想は実に面白い」

「面白いって……」

開き直られたと思ったロファーが呆れる。


 何か言い返したい、でも、この魔導士を傷つけてはいけないと、なぜかロファーは感じている。ジゼルの知り合いだからではない。もっと別の理由で、コイツの事も守らなくてはいけない。


 なぜだ? 俺はコイツを知っている。コイツは……ロファーの動悸が早くなる。もう少しで答えが出そうなのに、出てこない。


 月影が、不意に顔を上に向ける。一瞬、月影の瞳の焦点があったようにロファーには見えた。

「どうやらおいでなさった。さて、あちらはどう出るものやら……」

クスリ、と月影が笑う。そしてジゼルの肩を揺する。


「起きて、ジゼェーラ。起きて自分の足で立って」

もごもごとジゼルが(うごめ)く。目を(こす)りながら月影を見る。


「ジゼェーラ、自分が何をしたか覚えているね? もうすぐここにホヴァセンシルが来る。準備しなくてはいけないよ」

ぼんやりと月影を見ていたジゼルが体を起こし、腕を月影に伸ばす。月影がそれに(こた)え、二人は強く抱き締め合った。


「アラン、大好き。来てくれて嬉しい」

「僕も大好きだよ、ジゼル」


 ロファーの胸がチクリと痛んだ。

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