プロローグ
religion of steel ― ロッテンワールド ―
腐蝕した世界を舞台に、少女アカネ・ベルと仲間たちはARCを纏い、異形の怪物NOVAとの果てなき戦いに挑む。
闇に沈む都市、崩壊した秩序、そして人類を試す冷酷な現実の中で、それでも彼女たちは前へ進む。
本作は現在、YouTubeにて 動画化プロジェクト も進行中です。
小説と映像、二つの表現で広がる「ロッテンワールド」を、ぜひあわせてお楽しみください。
(チャンネルはこちら → https://www.youtube.com/watch?v=mxdmzSSUJkg )
---------山崎山中---------
山の闇は湿気を孕み、喉の奥へと重く絡みつく感触が続く。冷たい空気の層に鉄と油の匂いが薄く滞り、夜露を吸った土が靴底を奪うたびに、ぬかるみの擦れる音が神経に触れる。A.R.K.――Adaptive Reinforced Kinetics。半甲冑のように体を包む外骨格の補助フレームが低く唸り、呼吸と同期して膨らんでは縮むリズムを刻む。背のジェットパックから吐き出される白い蒸気が首筋を一瞬冷やし、張り詰めた肌に小さな震えが走る。
「前線一一三部隊、各小隊、応答を」
「第三小隊、異常なし」
「第五小隊、視界不良。反応は未確認」
無線が割り込み、冷たい声が夜気を裂く。報告が連鎖するたび、隣の兵士の肩がびくりと跳ね、外骨格の継ぎ目が微かな軋みを漏らす。音は闇の底へ吸い込まれ、私の鼓膜だけに残響が残る。土を叩く重低音が近づき、空気の膜が振動する。もし獣なら踏み荒らす音は乱れるはずなのに、これは違う。規則正しく打ち付けられる衝撃が、鍛造の鉄槌で大地を割るような律動を刻む。
――NOVA。教本には「自然を食らい、災害のように現れる敵」とだけ記される存在。姿を見た者の多くは戻らず、新兵の大半はその形を正確に知らない。湿った風が匂いを変え、焦げた油と血の鉄臭が喉を灼く。森の奥で木々が折れ、黒い影が地を這う軌跡が一瞬だけ視界の端を撫でる。
「……あかね、嫌だよ。A.R.C.が……動かない……」
すぐ脇で震える声。ノノカ二等兵の囁きが闇に漏れる。肩に掛かる外骨格が細かく震え、金属の関節がぎしりと鳴く。頬は青ざめ、濡れた前髪が額に貼り付き、胸部フレームは不規則に上下して、息の乱れが隠せない。吐息は小刻みに震え、眼差しは森の奥に縫い止められたまま、近づく振動と同じ拍で揺れる。
「落ち着いてノノカ、安全装置確認して。外付けモニターの左端をタップするだけだから」
背の銃装アームは沈黙したまま。安全装置の赤ランプが脈のように点滅し、その光が彼女の蒼白を増幅する。指先はモニターへ伸びるのに、触れる直前で力を失い宙で止まる。訓練で染み込ませたはずの動作が、恐怖の重みで引き出せない。
「シルビア、ノノカの安全装置、強制解除して!」
「……ロック解除。システム、起動」
左に伏せていたシルビアが身をひねり、補助フレームが一斉に駆動する。鋼の手甲が背部ユニットへ伸び、赤ランプを一撃で叩く硬質音が響く。直後に銃装アームが唸り、焼け油の匂いと冷却蒸気が白く散り、ノノカの肩が上下して呼吸がようやく戻る。とはいえ震えは収まらず、曇った瞳は闇に釘付けのまま、近づく足音を数えるだけの硝子のような焦点を宿す。
森の奥で連続して折れる音が広がり、大地を這う低い足音が山全体を揺らす。私は喉にまとわりつく湿気を吐き出し、冷たい土の硬さを膝で確かめる。関節は鼓動に合わせて微かに震え、身体そのものが軋む錯覚が残る。耳元の通信が開き、前衛の緊迫が流れ込む。
「前衛部隊、敵影確認……NOVA、数体――」
ノイズが混じり、次の瞬間には一斉射撃の咆哮が夜を揺らす。山の向こうで赤い閃光が瞬き、炸裂の連鎖が遅れて爆風になって頬を叩く。泥の匂いに焼けた金属の臭気が混じり、遠くの叫びが鋭く突き刺さる。
「数が……っ、ちがう、こんなに多いはずが――!」
「うわあああああっ――」
悲鳴、踏み潰される重音、湿った咀嚼音。断ち切られる無線の先に異様な静寂が残り、木々の折れる音だけが続く。――報告より数が多い。NOVAは群れを連れている。膝が装甲越しに震え、浅い呼吸が胸郭に絡みつき、装甲の重みが増す錯覚が肩を沈める。
「撃てぇぇ! 止めろ、止め――」
「脚がっ……持ってかれ――!」
「後退! 後退しろ! 数が――ぎゃあああああっ!」
圧し潰される金属音、短く切れる息、途切れる声。破砕音と低い咆哮だけが戦闘の結末を告げ、予測という言葉が意味を失う。ざらつく無線の隙間から、ノノカの声が割り込んだ。
「……嫌だよ、あかね。死にたくないよ……!」
外骨格同士がぶつかる鈍い響き。抱きつきたくても装甲が邪魔で、互いのフレームを擦り合わせる揺れしか共有できない。警告灯の赤が涙に濡れた顔を照らしては闇に沈め、震える呼吸が装甲を伝って胸郭の内側を震わせる。
「うるさい、ノノカ!」
「……百体以上……」
シルビアの叱咤は自分の恐怖を断ち切る刃の響き。手首のモニターで外付けレーダーが淡い緑の輪郭を点滅させ、そこには――びっしりと赤い点。視界を埋め尽くす反応がじわじわ迫る。心臓の鼓動と電子音が同じ拍で重なり、想定十体前後のはずが、百という字面が戦いの意味を奪う絶望に変わる。
「……前衛、壊滅した! 繰り返す、前衛壊滅!――全後衛部隊は作戦目標を撃滅から防衛に切り替えろ!」
「各機、絶対に一匹も通すな! 背後には家族がいる、仲間がいる……ここを抜かれれば帝都・京都が終わるんだ!」
統制官の硬質な声が無線に叩き込まれ、短く切れる「了解」が重なる。胸奥で「訓練」という語が砕け、ここが戦場である現実が骨に染み込む。背後には守るべきものがあって、そして――前衛はもういない。私は息を整え、仲間の配置を確かめる。
「私たちが最前線……いい、ノノカ。飛び立ったら、私から離れないで」
「シルビア、私が前衛。ノノカがサポート。あなたは撃ち漏らしを後方から狙撃して」
「了解。……あんたが無茶しないなら」
涙を浮かべながらも必死に頷くノノカ。首の装甲が小さく鳴るほど強く、何度も。唇は血の気を失い震えているのに、その頷きだけが繋がろうとする意思の形になる。シルビアは無言で長射程ライフルを肩越しに構え、冷却弁から白い蒸気を吐き、震える唇の代わりに瞳へ鋭い光を宿す。
「――全機、射撃開始! 繰り返す、全機、射撃開始!」
号令が通信網を駆け抜け、胸の中心を叩く衝撃に背の推進器を点火する。冷気を裂く噴流が体を持ち上げ、泥と樹々を見下ろす高さへ押し上げる。轟音が耳を満たし、真夜中の闇を割って夜空へ舞う。反動で身体が下へ引かれる重さに胸の圧力が増し、浅い呼吸を刻みながら視界を押し広げた先に、山肌を埋め尽くす銀色の波が広がっていた。
「――行く!」
「いいぞ、押し込め!」
「アカネ、左っ! 二時方向、抜けてる!」
「ナイスだ、ノノカ! その調子で索敵を続けてろ!」
「……わ、わかった!」
月光を弾く無数の肢が折り重なり、ガサガサ……と不気味なざわめきが重低音に重なる。蜘蛛に似たそれは自然物ではなく、鉄の殻を纏い、節々に鋭い刃を突き出し、山肌を這い上がるたび火花を散らす異形。無数の赤いセンサーが一斉にこちらを捉え、背骨を氷で撫でられる感覚が走る。私は両アームのグリップを握り込み、150式ガトリングのトリガーを絞る。
耳を裂く轟音とともに、火線の束が夜空を薙ぎ払う。連なる弾丸が赤い閃光の筋で闇を切り裂き、銀の装甲へ突き刺さるたび黒い影が泥へ沈む。背後からシルビアの光条が走り、私の掃射で散らした個体を一発で仕留める。乾いた炸裂音のリズムが夜気を刻むたび、NOVAの肢が吹き飛び、甲殻が剥がれる。
ノノカの叫びに反射して銃身を旋回し、左翼を薙いで火花の雨を起こす。私は短く褒めて索敵継続を促し、彼女は震えながらも必死で背後のスキャンを続ける。三人は互いの声を頼りに連携の糸を繋ぎ、銀の波を押しとどめようと抵抗を重ねるのに、数は減らない。倒しても倒しても、次の波が踏み越えて押し寄せ、赤いセンサーが増殖する錯覚が視界を呑み込む。
トリガーを握る掌へ銃身の震動が伝わり、腕全体に痺れが広がる。150式は赤熱し、吐き出される薬莢が雨のように地へ降る。火薬の焦げが鼻腔を刺し、白煙が視界を白く曇らせる。背後からの閃光が私の網を抜けかけた頭部を撃ち抜き、ノノカの悲鳴混じりの報告に右腕を叩きつけるように向けて弾幕を浴びせる。夜空を裂く光の壁が脚を吹き飛ばし、黒い影を削ぎ落とす。
「――ッ!」
「やったな、アカネ!」
森を震わせる甲高い金属音。振り返る瞬間に銀色の塊が闇を裂いて跳躍し、六肢を広げて空から圧し掛かる。私は息を呑むより先に両腕を交差してトリガーを叩き込み、銃身が悲鳴を上げ火花を散らしながら回転する。光の壁が迫る影を迎え撃ち、脚が弾け、甲殻が砕け、破片が宙を舞う。シルビアの追撃が胴を貫き、残骸が泥へ沈んでいく。
安堵は瞬きほどの短さで終わる。闇の奥にまだ無数の赤い眼が潜み、背筋に嫌な気配が走る。振り返るより早く膨れ上がる金属の擦過音――背後。私が叫ぶと同時に銀の塊が跳び、軌跡の先でシルビアを捕捉する。鋼鉄の脚が振り下ろされ、外骨格を裂く甲高い音が夜を引き裂き、断末魔が耳を刺す。
「――ぎぁああああああああッ!」
赤黒い飛沫が宙で散り、火薬の臭気に生臭さと鉄の匂いが混じる。焼けた金属と熱い血の気配が喉へ絡みつき、視界の端で影が四散しながら泥へ墜ちる。喉が裂けるほど叫んでも返事は戻らず、私は銀の脚を必死に撃ち払い続けるのに、間に合わない。泥に叩きつけられた外骨格から火花が飛び、無線は短く雑音を吐いて沈黙する。
「いや……いやだ! もう無理だよ、あかね……! 私、死にたくないっ!」
「やだ……こんなの……こんなの聞いてない! 敵が百体なんて……無理! 死にたくない、死にたくない……!」
……仲間を失った事実が胸の奥で音を立て、裂け目から冷たい空気が入り込む。ノノカの悲鳴が闇へ吸い込まれ、震える膝で立とうとする動きが泥に阻まれる。A.R.K.の関節は空回り、ジタバタと無力を露わにする。私は彼女を呼び戻そうと声を張るが、轟音に呑まれて届かない。
その瞬間、地面が爆ぜ、泥と石が宙に弾ける。闇を突き破って魚のような異形が跳躍し、銀の鱗を思わせる装甲を煌めかせながら口腔部を展開する。幾重にも並んだ金属歯が油に濡れた光を帯び、丸呑みにするため大口を開ける。
「ひっ……いやだっ、助けて、あかね――ッ!」
「助けて! あかねっ! いやだ……死にたくない、死にたくないよぉぉ……!」
ノノカの両手が空を掻き、必死に伸ばした指は届かず、装甲の端が泥を抉る。赤く見開いた目と震える唇が名を呼ぶのに、破裂音とともに金属の顎が閉じ、叫びは轟音に途切れ、血の霧と金属片が宙を舞う。外骨格の破片が泥へ落ち、じゅっと音を立てて沈む。無線には短い悲鳴とノイズ混じりの「アカ……ね……」が焼き付き、やがて消失する。
---------山崎山ーB地点------
目の前にあったはずの仲間の気配が、気配という形すら残さない。残るのは泥と血の匂い、そして魚型NOVAの顎が再び開く鈍い音だけ。飲み込まれた光景が脳裏で無限に反響し、耳の奥に彼女の叫びがこびりついて離れない。喉の奥から勝手に声が漏れ、感情が焼け焦げた金属のようにひしゃげていく。
「くそぉぉぉぉっ!!!」
「来るな! 来るなぁぁ!!」
両アームを振り回し、150式の銃口から火を噴いて夜闇を赤く塗り潰す。弾丸は木々を薙ぎ、泥を削り、蜘蛛型の脚をもぎ取るのに、狙いは荒れ、銀の群れは穴を縫って突進を続ける。横合いから叩きつけられた脚に弾き飛ばされ、背中から泥へ激突して肺の空気が強制排出され、視界が白く爆ぜる。口内に泥の苦味が広がり、血の鉄が舌を刺す。
立ち上がる途中で別の個体が跳びかかり、胸部装甲を掠める脚が火花を散らし制御パネルを爆ぜさせる。痺れる衝撃が全身を貫き、右腕アームはぶら下がったまま制御を失う。意識が暗転しかけても――死ねない。胸を抉られようと血が溢れようと視界が滲もうと、命の灯だけは消えない。それが救いに感じられない矛盾が喉を締め付け、私は「生かされている」苛烈な実感に縛られる。
四方から赤いセンサーが星のように瞬き、血に塗れた泥に膝をついたまま、なおもトリガーを引く。最後の火花が散った後に残るのは乾いた虚無の音で、――弾切れ。指はなおグリップを握り込むのに、銃身は赤熱の臭気だけを吐き続ける。
「来いよ……!」
喉から漏れた声は震え、嗚咽と紙一重の掠れに変わる。複数の蜘蛛型が赤い眼を光らせて迫り、脚の擦過音が四方から重なって銀色の影が視界を覆う。背の制御レバーを叩き、ジェットパックを全開。轟音とともに背骨を揺さぶる衝撃が内臓まで圧縮し、私は咆哮とともに自分を弾丸に変えて突っ込む。
「うああああああああッ!」
焼け焦げる風圧が頬を打ち、喉を灼く。肩から銀装甲へ衝突して火花と轟音が夜を裂き、肺の空気が弾かれて視界が跳ねる。蜘蛛型は押し倒され、脚をもがれ地へ叩き落ちる。私は泥へ転がり込み、痛みと震えに縫いつけられながら必死に息をかき集める。焼けた金属と泥の臭気が肺を満たし、喉へ刺さる冷たさが遅れて痛覚に変わる。
――まだ私は生きている。そう確かめた瞬間、さらに多くの脚音が波のように押し寄せる。細く欠けた月が木々の隙間から顔を出し、冷たい光にNOVAの群れが銀色の光沢を帯びる。湿った土を踏むたび飛沫が跳ね、月光が軌跡を淡くなぞる。複数の赤いセンサーが同時にこちらを射抜き、背筋に氷刃のような痛みが走る。
銃も弾もない。残るのは焼けただれた装甲と震える肉体のみ。それでも群れは止まらず、月明かりの下で確実に間合いを詰めてくる。胸の奥が凍り、四方から迫る銀の影と重なる脚音が鼓膜を破りそうな圧を生む。食われるくらいなら――その選択が舌の裏に苦く広がる。
《自爆モード ―― アクティブ》
「……ごめんだ、こんなの……食われるくらいなら」
震える指で胸部装甲を叩き、緊急制御パネルを展開する。泥と血に濡れた画面に赤い警告が点滅し、私は乾いた唇で呟いてから、指を動かす。赤の光が一気に脈打ち、警告音が全身を駆け巡る。ピピピピ――ッ! 装甲が微振動し、数値は確実に減る。これで終われるという観念が、恐怖と安堵の中間に浮かぶ。
「……これで終わりだ……」
カウントが「1」を示した瞬間、赤光が唐突に消える。耳を打っていた警告音も途絶え、内部を震わせていた駆動音までもが沈黙する。
「……システムダウン……? 最悪だ……」
自爆すら許されない現実が喉を冷やし、両腕アームは鉛の塊に変わる。赤いセンサーの群れが至近で円を描き、包囲をじわじわ縮める。――食われるしかない。蜘蛛の脚が土を押し潰す力が目に見えて強まり、湿った泥の飛沫が跳ね、月明かりがその軌跡を淡く照らす。私は歯を食いしばり、唇を噛み破って小さく呟くしかない。
「……痛そうだな……」
覚悟を固めた刹那、戦場の空気を断つ異様な金属音が夜を揺らす。ギィンッ――! 目前の銀の脚が鮮烈な閃光と火花で吹き飛び、蜘蛛型の胴体は容易く両断される。断面から油の焦げとオゾンが混じった焦土の匂いが立ち上り、残骸は異様な軋みを最後に沈黙する。続けざまに周囲のNOVAが立て続けに切り裂かれ、甲殻が裂ける音と破片の雨が連続する。
闇の中を疾走する斬撃の軌跡。月明かりが一瞬だけ照らし出したのは――人の姿。死を待つ円陣の中心で、群れはその「何か」に一瞬で薙ぎ払われる。私は信じ難い光景に瞳を釘付けにし、呼吸の存在を忘れる。
確かに、それはA.R.K.。けれど私の量産型の鈍い黒とは別格で、月光を浴びて全身を赤く煌めかせる異形の装甲。肩から脚へと流れるラインは鋭く、無駄な突起も重量感も排され、削ぎ落とした機能美が動きに宿る。両腕に握られた二振りの長大なブレードはA.R.K.の全長に迫り、闇の中で黒い刻印めいた文様が脈動し、金属というより血肉のように赤黒い光を帯びて見える。
「ザシュッ!」
「ギギギィィィィ!」
残鉄ブレードが振るわれるたび、蜘蛛型は胴から裂け、金属の断末魔を残して崩れ落ちる。肢を飛ばされ、甲殻を砕かれ、複数の機体が同時に火花を散らして泥へ沈む。群れはまだ数十を超えるのに、赤の機体は舞うように疾走し、銀と赤の交錯で一体また一体と斃していく。
気づけば――あれほど押し寄せていた波は沈黙へ傾き、切断された脚と甲殻が山肌を覆い、火花と蒸気を吐きながら崩れる。中心に立つのは赤のA.R.K.。量産機と異なる流麗な装甲で二振りの残鉄をゆったりと構え直し、月明かりに男装の麗人めく凜とした陰影を纏う。
「――そこの青髪。生きているか?」
「……多分。」
「……そうか。」
「こちらカゲロウ02。Dポイント制圧完了。」
「これで掃討作戦は終了だわね」
装着者の姿が月に浮かび上がる。長く艶やかな黒髪が夜風に揺れ、青白い光沢を帯びる。引き締まった長身の女性の眼差しは冷く鋭く、それでいて人の内奥を見透かす強さを含む。彼女は残鉄を軽く払って黒い油を散らし、肩越しにブレードを収め、左腕のパネルへ指を滑らせて冷静な報告を飛ばす。最初から勝利を確信していたような声音は、新兵の絶叫と別種の世界にある自負の音色。
私は泥に伏せたまま荒い息を繰り返し、月明かりに照らされた山肌が銀の残骸で埋め尽くされる光景を飲み込む。切断されたNOVAから油と焼けたオゾンが混ざる異臭が立ち上り、金属の煙が夜風に流れる。中心に立つ赤のA.R.K.は闇の中で唯一の炎のように見え、黒髪の長身が残鉄を静かに下ろすと、戦場全体が息を潜める気配を共有する。
……私は生き残った。仲間を守れず、無力のまま。それでも確かに生き延びた実感が皮膚の裏に熱を残す。冷たい夜風が頬を撫で、金属と油の匂いが混じって、なお戦場にいる現実を否応なく知らせる。仄かな月の光の下――赤の影と青の影だけが、静けさの芯で立ち尽くす。




