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第6話 オールインワンソード

 ――中央ギルド・命名部、休憩室。


 石造りの壁に据え付けられた魔道テレビが、チカチカと眩しく光っていた。

 ソファに寝そべるのは、いつものように怠惰を極めた女――適魔 適見(かなみ)

 彼女は片手でリモコンを転がしながら、だるそうに片目だけをテレビへ向けている。


「……だる……。通販番組って、だいたい嘘ばっかよね……」


「でも、ついつい見ちゃうんでしょ」

 テーブルに紅茶を置きながら座るのは、星河 紫織。スレンダーな鑑定士は、今日も眉間にシワを寄せながらテレビを睨んでいた。


「……なんかこう、見てるだけなら“すごく便利そう”に思えるし、何より万能そうじゃん……」


「そうね。シチュエーションに合った使い方をすれば確かに便利なんだけど、後片付けとか考えると……二回三回使っているうちに、まぁいいやってなるわ」


「……紫織は買っちまったんか……」


「ちょっ……、ちょっとした調理器具だけどね。最初はすごーいとか思ってたけど、使い勝手が悪くて結局お蔵入りよ……」


 二人の会話をよそに、画面の中では、やたらテンションの高い男女の声が響く。

『一本で三役! 剣として戦い、盾として守り、さらに――大根さえあればおろし金に変身!』『ワーオ! 凄いわテディ!!』


『それじゃあ、これならどうかな!』


 カメラが切り替わり、銀色に輝く剣の刃に、なぜか大根がすりすり押し当てられる。

 ざらざらとした音と共に、白いおろしがぽろぽろと落ちていった。


『ご覧ください! ダンジョンでサンマが食べたくなった時も安心! 大根おろしが無限に作れるんです!』

『しかも! 今なら目の粗い鬼おろし機能もついてこのお値段!』


「……」

 紫織の眉はぴくりと跳ねた。


「普通ダンジョンでサンマ焼かないでしょ!」

「……おろし金とか、戦闘に関係ないしな……」


 二人の冷えた声が重なった。


 ――その時。


「我こそは勇者、七光 勇なりぃ!!」


 勢いよく扉が開き、ピカピカ鎧の青年が飛び込んできた。

 腰に携えたのは――まさしく画面で宣伝していた“万能剣”であった。


「おいおい……」紫織は額を押さえる。「まさか、買ったの?」


 勇者は胸を張った。

「そうだ! ちょっと高かったが、頭金ナシの60回払いにしたぞ! 何せこの一本で戦闘も食事も完璧!」


「そんなもんに何年払い続ける気よ、買えないなら諦めななさいよ……」適見はソファに沈み込んだまま、クッションで顔を隠す。


「しかし、番組を見ていると脳が混乱してくるのだ! コイツは使えると……、だが……実際に使ってみると、色々問題があってな……」

 勇者は真剣な顔で剣を持ち上げた。


「まず、砂漠のダンジョンにサンマなんて居なかった!」

「そりゃそうでしょ!」紫織が即座に叫び、机を叩く。


「しかも大根がかさばって、バックパックに入りきらなかった!」

「持っていくなそんなもん!」


「かと言って、大根を背負うのは色々とマズイ気がしてな……」

「そのネタは別の意味で年もバレるからダメね……」


「さらには、魔物を斬った直後に大根おろしを使ったら――」

 勇者は腹を押さえる。

「……腹を下した……!」


「当然でしょ!」紫織の声は完全に悲鳴。

「せめて武器と調理器具は分けなさいよ!」


――


「勇者さまぁ!」


 そこへ乱入したのは、金色のポニーテールを揺らす少女――桃雪 真白。

 涙目で勇者に飛びつき、慌てふためいて叫ぶ。


「そんな変な剣を使うから、お腹が大変なことに!」

「だが俺は勇者だ! モンスターの体液如きでやられるわけにはいかんのだ!」


「それもう、モンスターを生で食ってるのと変わらんわ!」

 紫織はもう限界だった。こめかみを押さえながら、震える声を絞り出す。

「なんだって人間は万能って言葉に弱すぎるんだろう……」


「……万能って言うけど、だいたいが要らない機能の寄せ集めなんだよな……」

 ソファに沈んだままの適見が、リモコンをぽちりと押した。

 画面はまた別の商品紹介に切り替わる。


 だがその直後、研究員が部屋へ乱入した。

「お待たせしました! 真の万能武具――《オールインワンソード》が完成しました!」


 紫織の悲鳴が重なる。

「ほら来たよ!! 珍発明が!」


 ――中央ギルド・訓練場。


 今日は観覧席がやけにざわついていた。

 研究員たちが自信満々で持ち込んだ新作試作品、その名も――《オールインワンソード》。


「剣、盾、鎧! 三つの機能をひとつに集約! これさえあれば冒険も戦闘も快適! 万能の時代が、今ここに!」

 白衣の研究員が胸を張って宣言する。訓練場の片隅にある説明ブース。背後の布で覆われた台の上には、一着のフルプレートがあった。銀色の鎧は複雑な紋様が刻まれ、胸部や肩、篭手に至るまで余計なスイッチらしき突起がぎっしりと並んでいる。


「便利そうに見えて、裏目に出るパターンね。……絶対ロクなことにならないでしょ……」


――


「よし! 試すのは俺だ!」


 場の空気を切り裂くように、勇者・七光 勇がリングへと飛び降りた。

 ピカピカの鎧を輝かせ、胸を張って高らかに叫ぶ。


「我こそは勇者、七光 勇なりぃ! この《オールインワンソード》で民を守る! って、これはフルプレート……肝心の剣が見当たらないようだが」


「とりあえず今の鎧を脱ぎ捨て、まずはこれを着用してください」

 隣に立っていた研究員が勇者にフルプレートを差し出す。


「自慢の鎧を脱がないといけないのが欠点か……。とりあえずこのフルプレートを着れば良いのだな!」


 ガシャガシャと鎧を脱ぎ去りオールインワンソード(鎧)に着替えていく。


「ちょ、ちょっと公衆の面前で着替えないでくださいよ!!」

 桃雪 真白が観覧席から身を乗り出し、頬を真っ赤に染めながら叫ぶ。


「……万能に翻弄される勇者さん……」

 黒縁眼鏡を光らせ、分厚いノートに走り書きをするのは白霧 天音。

 淡々とした声に混じるうっすらとした笑みを浮かべている。


「よし、着れたぞ。次はどうすれば良い!!」


「大丈夫です! あとは、脳波を自動的に読み取り、鎧が勝手に攻撃モードや防御モードに切り替わります!」


 研究員が合図を送り、訓練場に木製の魔物人形が数体、ぎこちない足取りで立ち上がる。


 勇者は敵の前に立ちはだかり、胸を張って叫んだ。


「よし来い! そして我を攻撃してみせよ!!」


 木人形が棍棒を振りかざし、勇者の胸元めがけて叩きつける。

 勇者は構えた。

 ――その瞬間。


 鎧がガシャリと変形し、胸当ての一部が盾に変化。

 勇者は攻撃を受け止めた……が、同時に腰回りの装甲が消え、布一枚分の布地しか残らなかった。


「ちょっ……! なんで下だけ脱げるのよぉぉ!!」

 紫織の悲鳴が訓練場に木霊する。

 観覧席は一斉にざわめき、真白は顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。


「ひゃぁぁ! 勇者さまがっ!」


 勇者は必死に両足を閉じて仁王立ち。

「……だ、大丈夫だ! 盾を得た代償が、少々大きいだけだ!」


「少々じゃ済まないんだよ!!」紫織は胃を押さえた。


――


「では、攻撃だ!」

 ギュインと音を立てて、装備が再び変形。

 剣モードへの切り替えと同時に、胸元の装甲が消え、上半身がむき出しになった。そして、剣を振りかざす。


「な、なんで攻撃すると裸になるんだよぉぉ!」

 勇者の絶叫。


「勇者さまぁぁぁぁぁ!」

 真白の悲鳴が重なる。

 観覧席の視線が一斉に集中し、勇者は顔を赤くしながら剣を振り回した。


 木人形の一体は真っ二つに斬られ、粉々に崩れ落ちる。

 だがその背後、別の木人形が棍棒を振りかざしていた。


「ぐっ……!」

 勇者は振り返る。しかしモード切替に反応した装備が、さらに鎧を削り取る。


 ――下半身までもがその姿を露わにする。


「わあああああああ!!!」

 紫織は目を覆い、真白は顔を真っ赤にして両手で口を押えている。


 勇者は必死に両手で隠そうとしたが、その瞬間――。


 ドガッ! ドガガガッ!


 木人形たちが一斉に襲いかかり、勇者はフルボッコにされた。

 勇者は地面に叩きつけられ、観覧席が悲鳴と笑いの中に包まれ、時折り商人の怒鳴り声も交じった。

「こんなもん、商品化できる訳ねぇだろ!」

「ちょっ……! 子どもが見てるんだぞ!」「ほらっ! 見ちゃいけません!」


「ぎゃあああああ!!」

 勇者は派手に吹き飛ばされ、担架が駆け寄る。

「勇者さまぁぁぁぁ!!!」真白が泣き叫びながら飛び出し、勇者と共に退場していった。


――


「……ふん、これが勇者か」


 低く冷ややかな声。

 銀色と赤のマントを翻し、正統派勇者アベル・エルドリオスがリングへと現れた。


「情けない。万能に振り回され裸になるなど……それでも勇者か」

 彼は剣を握り直し、観衆に向けて高らかに言い放った。


「ならば、私が手本を見せてやろう!」


 その瞬間であった。真白は何かを察したようで、鼻血を噴き出すとそのまま卒倒した。


「……鼻血で卒倒って、どういう状況なのよ……」

 紫織は額を押さえ、深いため息を漏らした。


 勇者と真白が担架に乗せられ退場し、ざわつく観覧席に残されたのは、銀鎧をまとったアベル・エルドリオス。

 その背筋は真っすぐ、目に宿る光は凛然。まるで舞台の主役のように、一歩前へと進み出た。


「私が証明しよう。この《オールインワンソード》、扱う者が真の勇者であれば――決して恥部など晒さぬと!!」


「……フラグが立ったわね」

 観覧席で紫織がこめかみを押さえる。

 隣でソファに沈む適見は、ポテチを口に運びながらぼそり。

「……。こういうのは、だいたい裏切るんだよな」


――


 アベルはインナーのまま剣を掲げると、静かに呟いた。

「鎧モード」


 ガシャンと変形し、輝く銀の装甲が彼の全身を包む。勇者のときと違い、隙ひとつない堂々とした佇まい。

 観覧席からため息混じりの歓声が漏れる。


「ほら見ろ、やっぱりアベル様は違う!」

「勇者とは格が違うな!」


 紫織は疑わしげに睨む。

「まだ安心できないわよ……きっとどこかで脱げるから……」


――


 木人形が棍棒を振り下ろす。

 アベルは冷静に一歩踏み込み、剣を交差させて受け止めた。

 その瞬間、鎧の一部が盾に変形し、攻撃を受け止める。


 ……だが。


「っ……!」

 脇腹の装甲が消え、白い肌がのぞいた。


 観客席から黄色い悲鳴。

「きゃああ! 脇腹が!」

「でもギリギリ見えそうで見えない!」


「……羞恥を管理してるようにしか見えないんだけど!」紫織が絶叫。


 アベルは顔色ひとつ変えず、剣を振り払った。

「ふん……些末なことだ」


――


 攻撃モード。

 剣が煌めき、木人形を一刀両断する。

 だが同時に、肩口の装甲が消え、鎖骨が露わになった。


「きゃああぁぁ、鎧がぁぁ!」紫織の胃がさらに悲鳴を上げる。


――


 アベルは奮闘を続けた。

 正確無比な剣筋で木人形を次々と倒すが、攻撃や防御の切り替えごとに、少しずつ装甲が消えていく。鎧パーツはインナーを巻き込みそのたびに千切れる。

 胸元、腰、太腿。

 観客席はどよめきの渦。


「ふっ、この程度の羞恥――どうという事はないわ!」


 苛烈な攻撃が続く――が、流れるような動きで局部を隠す。


「やばい……! あと一歩で……!」

「見えそうで見えない! 逆に目が離せない!」


「観覧席から見えなければ良いのだ、この程度、造作でもない――!」

 微妙に足を屈ませ、剣と盾を同時に出ししゃがみ込んで攻撃を耐える。


 紫織は机を叩いた。

「なにこの戦い方! 羞恥管理アクションじゃない!」


――


 そのとき。


「突撃リポートでーす!」


 観覧席とは逆の扉が乱暴に開け放たれ、リーネがマイクを掲げて突入してきた。

 カメラマンと照明班を引き連れ、アベルの周囲に光を浴びせる。


「ご覧ください! これが噂の《オールインワンソード》! アベルさんの奮闘は、ギリギリの攻防です!!」


「ちょっ……リーネ!? 何で今来るのよ!」紫織の悲鳴。


 カメラが回り、照明が眩しく訓練場を照らす。

 だが死角は、もう一切存在しなかった。

「もう少し右に回ってくれ! カメラ! カメラ寄れ!」「照明班光量薄いよ、何やってんの!!」


「しまっ――!」

 アベルの冷静な顔に、初めて焦りが走る。

 彼は咄嗟に剣を下ろし、手で腰を覆った。


 ――その瞬間。


〈ゴンッ!〉〈ドスッ!〉

 背後から木人形の棍棒が直撃。


「ぐっ――!」


〈バキッ!〉〈ドゴォッ!〉

 さらに横と正面からの連撃。

 アベルは防御もままならず、木片と砂煙に包まれて宙を舞った。


「ぎゃああぁぁぁぁ!!」


 観客席が悲鳴と歓声で揺れる。


「いやあああああ! アベル様がぁぁぁ!」

「ギリギリ見えない!! でも尊厳は守られたわ!!」


「……いやアウトでしょ!」紫織が全力でツッコミ。


 アベルは地面に叩きつけられ、光の粒となった装甲が霧散していく――。

 残されたのは……訓練場の砂にまみれ、ほぼ全裸の男。


「――む、無念……」

 彼はそれだけを呟き、力尽きた。


「担架ーっ!」

 リーネの実況が響き、白衣組が慌てて担架を走らせる。

 アベルは静かに回収され、リングから運ばれていった。


――


 静まり返る訓練場。


 紫織は肩を落とし、深いため息を吐いた。

「やっぱり……万能なんて言葉は、幻想なのよ……」


 天音は血まみれのノートを握り締め、少し悔しそうであった。

「……も、もう少し我慢できれば……!」


「お前はちょっと病院行け」紫織が吐き捨てる。


 ソファに沈んだままの適見は、ポテチの袋をくしゃりと握り、怠そうに呟いた。

「……万能ってさ、何をもってして万能なんだろうな……」


「でも、ちょっとまって。もしかしたら同じのが幾つもあれば万能なんじゃない?」


「……カオスが増えるだけよ……」


 こうして、またもや担架が並ぶ騒動を残し、《オールインワンソード》の実験は幕を閉じる。


「やっぱり欲張りは駄目か……」

 研究員の天を仰ぐ声が微かに聞こえた。

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