第5話 オートリペアシールド
――中央ギルド・命名部。
昼下がり、窓の外から秋の光が差し込む。
書類と試作品で埋もれた机の向こうで、ソファに沈み込んでいるのは怠惰の権化――適魔 適見である。
片手にはポテチ、もう片方でリモコンを弄びながら、魔道テレビをだらだらと眺めていた。
『本日の特集は、最近増加している武器防具の修理の話題です。冒険者の中では安直に武器を買い替えることができないため、修理業者に出す若者が増えてきているそうですが、その“過剰修理請求”について番組は――』
キャスターの声が、部屋の空気に響く。
煌々と光を放つ画面には、憔悴しきった冒険者の顔が映っていた。
「剣の柄がひび割れただけだから修理に出したんですよ! それなのに……刀身も鍔も鞘も“新品に直しました”って! ついでに鎧の肩当ても磨き直されて……請求額が十万ゴールドですよ!? 俺、もう破産寸前です!」
スタジオのコメンテーターが眉をひそめている。
『そうして、新品同様の部位ですら交換され、必要ないところまで修理されるケースが急増しています。悪質なケースでは、返却時に故意に傷を入れ、追加請求するケースも見られ、もこういったことから冒険者ギルドにも苦情が殺到しており――』
「……だる。新品買ったほうが早いんじゃん……」
適見はポテチをぽりぽりしながら、眠たげな声で吐き捨てた。
「そういう問題じゃないの! 全員が全員お金がある訳じゃないでしょ。かけだし冒険者とかボロボロになるまで使い続けるのよ」
机の反対側、きっちりスーツを着こなした星河 紫織が、手帳をバンと閉じる。
「“修理”っていうのは、壊れたところだけ直すのが基本なのよ! 勝手に新品に交換なんて、詐欺よ!」
「でもさぁ、ピカピカになって返ってくるならお得じゃん?」
「お得なわけないでしょ。むしろ買うより高くなるのよ」
紫織は不満を吐露すると、適見は、目を半分閉じたままクッションに沈み込みぽつりと呟く。
「……いっそ、高額請求したら爆散すればいい……」
「それが爆散の前に契約書類書を書かされるらしいから、泣き寝入りするしかないって――」
紫織が胃を押さえた、その瞬間――。
〈バァン!〉
重たい扉が開け放たれ、命名部の空気が一気にかき乱された。
土煙の中から現れたのは、ピカピカの鎧をギラつかせた青年――自称・勇者、七光 勇であった。
「……我こそは勇者、七光 勇……そして俺も被害者だぁぁ……」
いつもであれば大声であったが、今回は随分と声のトーンが下がっていた。
「……は?」
「アンタまで!?」
勇者は鎧の肩をガシガシ掻きむしりながら、泣きそうな顔を見せた。
「昨日、肩当てのヒビを直しただけのはずが……全身ピカピカに塗り直されて、剣まで勝手に新品にされ、請求額が十万ゴールド! しかも契約書を見ずに依頼してしまった……」
「うわ……まさかの実体験きた」
適見がポテチを止め、紫織は絶句する。
「どうしてあんたは、毎回ニュースの“被害者”側にいるのよ! って言うかカメラに写っていたのアンタでしょ!」
「うっ、『モザイクを入れるから大丈夫ですよ』……と言っていたのに、何故分かった!」
胸を張る勇者に、紫織は机を叩いた。
「マントと鎧見れば一目瞭然なのよ!」
勇者は言葉に詰まった。
「デザイン変えるか……」
「……そういう問題じゃないでしょ……」
適見はだらっと寝返りを打ち、ため息をひとつ。
「ともかくとして、あまりにも悪質なのはなんか対策しないとね」
紫織はこめかみを押さえていた。
――そのとき。
「ご安心ください!」
にゅっと現れたのは白衣姿の研究員。両手で大きな箱を抱え、得意満面で宣言する。
「もう修理費で悩む必要はありません! 自動で直る新型――《オートリペアシールド》です!」
「あー……。そういえばそんな感じのも名前つけてたわ……」
適見は名を付けたことすら既に忘れていた。
「出たぁぁ!」
紫織の悲鳴が、訓練場への移動の合図となった。
――場所は変わり中央ギルド・訓練場。
観覧席には冒険者や研究員がぎっしり。ざわつく視線の先、リングの中央に並んだ二人の勇者が盾を掲げた。
ひとりは豪放な声が売りの七光 勇、もうひとりは冷ややかな眼差しのアベル・エルドリオス。
両者の左腕に固定されているのは、今日の目玉――《オートリペアシールド》である。
一見、木の丸盾のようにも思える武骨なそのデザインは、表面に紫色の魔法陣がびっしりと書き込まれており、淡く光っているようにも見える。
「この盾は、壊れても自動修復! さらに費用は登録済みカードから自動決済されます!」
研究員が胸を張って解説する。
「今回使用するカードは……ギルド長ハーゲン様のものです!」
「ちょっとまてぇい!」紫織が絶叫した。
「結局お金かかってるじゃないの!」
「……ていうか。どっから出てきたよ、ギルド長のカード……」
ソファを持ち込んで寝転ぶ適見が、あくび交じりに呟いた。
勇者は研究員から手渡されたカードを盾のスロットに差し込み、派手に剣と盾を大きく掲げていた。
「我こそは勇者、七光 勇なり! これで無敵!」
アベルも無言でカードを挿入し、そして静かに構えると、訓練が開始される。
「突撃リポートです!」と元気な声と共にリーネが登場。マイク片手に何時の間にやら実況を開始し始めた。
「リポーターのリーネです! ご覧ください、勇者さんとアベルさんが並んで新型シールドを装備! 本日の検証、無事に担架に乗らずに終われるのでしょうか!?」
「また変なの来た……」適見が怠そうに呟いた。
そんなことをよそに、魔物人形が動き始める。
ゆらゆらとぎこちない動きで二人を襲い、棍棒を振り下ろした。
〈ドガァン!〉
勇者の盾にヒビが走る――が、即座に光が走ると、瞬時に復元されていく。
――が、それだけではなかった。
《修理費:10ゴールド》
《オプション追加:金メッキ加工》
「おおーっと! まずは僅かに金メッキ! まさかの微課金スキン追加です!」リーネの声が響く。
観客席から「おおー!」と拍手と笑いが起きた。
「課金だ課金!」と誰かが叫び、会場がざわめく。
盾の縁が少しだけ輝き出す。
「おおっ!? 少し豪華になった!」勇者は大喜び。
「いやいや! 勝手に金メッキしてるじゃない!」紫織がツッコミを飛ばした。
――
続いてアベルの盾。槍を受け止めると、割れた表面が瞬時に塞がる。
だが同時に――翼のような突起が左右に生える。
《修理費:100ゴールド》
《オプション追加:装飾ウィング》
「――羽根?」
アベルは眉をひそめた。
「盾に羽根だと!?」
「完全に余計よね!?」紫織が机を叩く脇で、研究員が小さくガッツポーズしている。
――
そして、幾度か連撃を受けるたび、二人の盾は次第に豪勢に進化(? )していく。
青や赤の宝石が埋め込まれ、LEDのようにピカピカ光るラインが走り、ついには取っ手や飾り紐まで付いた。
《修理費:2000ゴールド》
《修理費:7500ゴールド》
《追加:宝石インレイ》《追加:イルミネーション機能》《追加:環境エフェクト》
「すごい! イルミネーションだぁ!」観客から歓声が上がる。
「これは、映えるぞ!」勇者は満面の笑みで攻撃を受け続けて、さらなる進化の高みを目指している。
「映えてどうするのよ! 修理よね!? 本来は直すだけよね!?」紫織は胃を押さえた。
「……目障りだ」アベルは低く吐き捨てるが、その盾はすでに、鈴や行灯のような装飾まで付いていた。
――
「敵の攻撃は確実に防げている――だか、重い! 重すぎる!!」
増殖する装飾は、既に盾という形状を捨て、車輪も付き小さな山車のようにも見える。
勇者が一歩踏み出すと、足元に「カラン」と余分な宝石が外れて転がる。
《修理費:99999ゴールド》
《カード会社に照会中……》
眼前のスクリーンに映し出された数字に、勇者の顔が青ざめた。
「な、なんだこの額は!」
「……照会中?」アベルも目を細め、盾のような何かを見下ろす。
「決済が通らんということか」
「え、えーと……」研究員は冷や汗を垂らす。
「カードが使えない場合は……その……安全装置が……」
「安全装置?」紫織が絶叫する。
「いやな予感しかしないんだけど!!」
観覧席がざわめく中、会場中央のライブスクリーンは赤く点滅を始めた。
《カード会社に照会中……》
《このカードは現在使用できません》
「俺の、俺の盾もか!」勇者の悲鳴が響く。
「ふん……くだらん」アベルも冷ややかに吐き捨てたが、その頬には汗がにじんでいた。
――
そして、最後の表示が切り替わる。
「視聴者の皆さん! ついに来ました! カウントダウンです! 果たして勇者とアベルは爆散か担架か、それとも奇跡は起きるのか!?」 リーネはまるでレフェリーのように実況し始めた。
《活動限界まであと――10秒》
リーネが「カウントダウン入りました! 皆さん、いきますよー!」とマイクを震わせる。
観客席からは「十!」「九!」と合唱が始まり、会場はもはやお祭り騒ぎになっていた。
「観客までノリノリか!」紫織の悲鳴が響く。
勇者とアベル、二人の盾はもはや防具ではなく――まるで祭壇そのものになっていた。金色の縁取りに宝石、翼や紐に意味不明なイルミネーションまでついて、ピカピカと点滅を続けて、次第に二人を取り込んでいっていった。
「……っ重い……!」
盾だったものが、勇者にのしかかり膝をつかせる。
「勝手に直るのはいいが、勝手に増えるのはやめろぉぉ!」
隣でアベルも眉をひそめる。
「……ぐっ、む……無駄な装飾が多すぎる。美しくもない」
彼の盾だったものには、なぜか巨大なハート型の宝石が埋め込まれ、虹色の光を放っていた。
「いや、ハートって!」紫織が悲鳴を上げる。
「修理と全然関係ないでしょ!?」
勇者が必死に盾から逃れようとするが、動くたびに宝石や装飾はむしろ増えていく。
きらびやかな羽が左右に三対ずつ伸び、背中からは意味不明な噴射ノズルが飛び出し、白いガスが噴き出す。
《修理費:+30000ゴールド(装飾オプション)》
《このカードは現在使用できません》
「使えないのに請求してるの!?」紫織が頭を抱えた。
――と、そのとき。
「なぁぁぁぁにをやってるんだ貴様らはぁぁ!!」
「おおっと、ここでギルド長の乱入だぁぁ!」マイクを震わせ実況するリーネ。
怒号とともに、扉をぶち破って飛び込んできたのは、ギルド長ハーゲンだった。
胃を押さえ、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「人のカードで何してくれてんのじゃあああ!!!」
「お、おおっ! ギルド長!」勇者は必死に助けを求める。
「止めてください! 俺の盾が――!」
「俺の盾どころの騒ぎじゃねえぇぇ! 早くどうにかしろ!!」
研究員が慌てて説明する。
「えーと、決済不能時は……安全装置が……」
装飾はさらに増え、勇者の盾はクリスマスツリーのように飾り立てられ、アベルの盾は玉座のように膨れ上がる。
もはや戦う道具ではなく、ただの悪趣味な展示品だった。
「装飾に取り込まれる!」勇者が涙目になる。
「……美学の冒涜だ」アベルも呻く。
――
ハーゲンが二人に突進した。
「返せぇぇぇ! 俺のカードを今すぐ返せぇぇぇ!!」
塊と化した盾を引き剥がそうと手をかけるが、既に二人の身体は盾に取り込まれ、姿は見えない。
「ぎゃあああ! 重い!!」勇者が叫ぶ。
「……無駄だ。これは最後まで――」アベルの言葉は、最後まで発することは無かった。
「ああっと、ついにゼロだぁ!!」リーネの最後のマイクが会場を震わせた。
〈ドォォォォォン!!〉
轟音とともに、二つの塊が同時に大爆散した。
金メッキと宝石の破片、虹色のイルミネーションが空中に舞い、観客席から悲鳴と歓声が入り混じる。
勇者とアベルとハーゲンは爆風に飲まれ、揃ってリングの外へと吹き飛んだ。
――
白い煙に包まれ、しん、と静まり返った会場。
スクリーンには冷たい文字だけが残される。
《リボルビング払いに変更要請》
「……結局爆散じゃない!」紫織の絶叫が響き渡る。
「修理でもなく、保証でもなく、ただの爆発って何よ! しかもリボルビング払いとか最悪じゃない!!」
「……だる。直すより、壊すほうが早かったね」
ソファから顔を上げた適見が、気のない声でぽつり。
「誰が上手いこと言えって言ったぁ!」紫織は頭を抱えた。
「うう……リボ払いは……リボ払いは……」
ハーゲンはその場に崩れ落ち、救護班と担架が三組、勇者とアベル、ハーゲンを乗せて運んでいく。
「はい! 突撃リポートのリーネでした! 今回は三担架ということで、新しい担架の形でしたね。そして本日のまとめは、“修理とリボ払いは気をつけろ”という教訓! みなさんも気を付けてくださいね! それでは、このへんで失礼したいと思います。本日のスポンサーは、いつもニコニコ限界ロ――」
ブツッ――リーネの声は途中で打ち切られた。
――
「……もう、“自動修復”とかいう発想が間違ってるのよ」紫織がため息をつく。
「修理するたび余計な飾りまで勝手に直して、最後は爆散って……」
「……結局、安さに釣られちゃダメだよね……」適見があくびをしながら呟いた。
「やっぱ信用できるところに頼まないとダメね……」紫織がツッコミを入れる。




