第3話 無料お試しポーションセット
――昼下がりの命名部。
机の上に並んでいたのは、鮮やかな色の瓶だった。
赤、青、緑、虹色……見ようによっては駄菓子屋のショーケース。だがどれもラベルは無地、効能は未知数である。近づいてよく見ると、コポコポと怪しげな音を立て、ただのポーションで無いことは一目瞭然であった。
「本日の試作品はこちらっ、今なら3本セットでお得!」「次回購入に使える割引券つき!」
研究員が胸を張って差し出したのは、リボン付きの箱。
中には数本のポーションと、大きく「無料お試しセット!」と書かれた紙が同梱されていた。
「……こういうのって無料って時点で怪しい」
ソファで横になっていた適魔 適見が、ポテチをつまみながら半眼で呟く。
「タダほど高いものはない、ってよく言うし……。手を出すだけ無駄よ……」
「怪しいどころじゃないわ!」
すかさず紫織がツッコミを入れる。
「古典的な警告でしょう? “無料ほど高いものはない”って!」
「だからこそ、俺が試す!」
場の空気を震わせるほど大きな声。
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、常連――勇者こと七光 勇である。
全身に包帯を巻きつつも、鎧はピカピカに磨かれている。
「我こそは勇者、七光 勇! 試作品と聞けば俺の出番だな!」
「勇者さまぁぁぁ!」
その直後、もうひとつの爆音。
桃雪 真白が勢いあまって扉を蹴破り、勇者に飛びつく。
「そんな危険なもの飲んだら、また担架まっしぐらですよ!」
「だが、なにはともあれ無料だ! そして、担架こそ勇者の証!」
「証の定義おかしいのよ!」紫織が即ツッコミ。
そのやりとりに割り込むように、さらに二人が姿を現した。
「ふっ……賑やかだな。命名部というのはここか……」
銀色と金の装飾が入ったフルプレートと原色に近い真っ赤なマントを羽織り、冷ややかな目を向けてきたのはアベル・エルドリオス。正統派勇者然とした青年である。
「俺は視察だ。ここが本当に必要か、国王より確認を仰せつかっている……」
研究員の後ろに立つのは白霧 天音という女性。長い黒髪は耳の下で静かに束ねられ、分厚いノートを小脇に抱えている。黒縁の眼鏡を指で押し上げる仕草には、几帳面な気質がにじんでいた。
勇者とアベル、交互に視線を向けるその口元には、わずかな笑みを浮かべていた。
「……勇者の失態を観測する貴重な機会……」
小声で呟く天音を、紫織は少し離れた位置で冷ややかに見ている。
――
研究員が一本目のポーションを差し出す。
“たぷん”と音の鳴る僅かに透き通る紅色の液体は、高級ワインのようにも見える。
「じゃあ適見さん、この名前で命名を」
「……はいはい、だるいけど」
適見はコンソールを呼び出し、片手で入力する。
『命名:初回限定ポーション』
「……はい、完了。これでいい?」
「えっ、大丈夫なの? この名前で!」紫織の声が弾ける。
「研究員のそのままじゃん……。無料お試しって初回限定でしょ?」
「……なんだか嫌な予感しかしないわ……」
「よしっ、これだな! 紅色の液体よ、我が咽頭を潤すがいい!!」
勇者は迷わず瓶を掴み、腰に手を当てぐいっと飲み干した。
「言葉の使い方を間違えてる気がするけど、よくもまぁ躊躇いも無しに飲めるわね……」
勇者の口とポーションの瓶から漏れ出るその甘ったるい香りは、すこし離れた適見たちにも感じ取れるほどであった。
〈――ごく、ごく……〉
「ぷはぁ……! なかなか美味かったぞ!!」
飲んで間もなく、勇者の身体に変化が起こった。手から腕の血管が露わになると、薄くオーラを纏った筋肉が膨張する。目は赤くなり髪は逆立ち、周囲の空気さえ震わせた。
「ふおぉぉぉぉぉ! みなぎってきたァァァ!!」
「す……すごい! 今までの勇者さまとは全然違う!」真白が瞳を輝かせる。
「……効き目が強すぎるっていうか、効果時間とか身体にかかる負担や副作用は大丈夫なの?」紫織は手帳に走り書きをしながら不安そうに見ている。
「うおっ……あれ……?」
だがそれも程なくして、体からは光がふっと消えた。そのまま力が抜け落ち、膝から崩れ落ちていく。
「ぐはぁ……何故だ、力が……抜ける……!」
「やっぱりね! 無料お試しパターンそのものだわ!」紫織が声を上げる。
「ふっ……情けないな。その程度か勇者よ」
腕を組んだアベルが冷淡に告げる。
「勇者を名乗るなら、持続力こそ鍛えるべきだ!」
「……薬効時間全無視かよ……」頬杖をつく適見は、すかさずアベルに突っ込んだ。
「アベルさんの冷たさ……。観測対象A:勇者、持続時間15秒……」
天音がノートに殴り書きをしている横では、眉間にシワを寄せている紫織がいた。
――
研究員が慌てて次の瓶を取り出した。
「二本目はこちら! 定期購入版です!」
「――完全にサブスク商法じゃない!」紫織が机を叩く。
「よし、これも頂こう! どれどれ……」
勇者はふらつきながらも瓶を掴む。
〈……ごくり〉
「うぉぉぉ、スゴい!! 再び力が戻っ……。いやまて、効果が短すぎる……!」
勇者の筋肉がしぼみ、衰弱した老人のように崩れ落ちた。
「二回目以降は効果減! 完全にぼったくり仕様よ!」紫織が叫ぶ。
「これは断じてぼったくりなどではない! 最初に強烈な効果を実感して頂いて、あとは徐々に成分濃度を下げ効果を薄める。こうすることで身体に負担をかけること無く、継続して飲用できるようになるのだ!」
開発員が声を荒げた。
「……それをぼったくりというのでは……」
「既に目的が金儲けにシフトしてるわね……」
適見も紫織も冷ややかだった。
「……甘いな勇者・七光よ」アベルが静かに溜息をつく。
「君はただ薬に飲まれているだけに過ぎない、勇者細胞を活性化させ持続させることが勇者の務め――!」
「……勇者細胞ってなんだよ……」
「そんな学説聞いたことないんだけど……」
適見は呆れたようにぼそりと言い、紫織が追い打ちをかける。
「黙れアベル!」勇者は床に伏しながらも吠える。
「担架に乗っても立ち上がり、次の日には完全復活! それが勇者だ!」
「よかろう……では、研究員よ。その薬を寄越すが良い。私もその身を以て体験しようでは無いか!!」
アベルは研究員から、薬を奪い取ると一気に口へと流し込んだ。
「ふはははは、見たまえ!! これが真の勇者の力よ!! 唸れ勇者細胞、吠えろ勇者細胞!!」
「おお――! 流石言うからには持続力が――」
「ふふふ……。これが勇者の力――……」
〈――ドサァ……〉
アベルは最後の言葉を発することも無く、直立不動のまま卒倒した。
「……おい、倒れたぞ……」「まただ……また勇者が……」
「やっぱりこの配合成分はマズかったのか……」「いや、付けて貰った名のせいで、効果が倍増しているに違いない……!」
見守っていた他の研究員や冒険者たちもざわめき立つ。
「観測対象B:アベル、持続時間7秒……」
天音は興奮のあまり呼吸を荒げていた。
「研究員なにやってるの! 早く担架を用意して!!」
床に倒れ込んだアベルを中心に、場は騒然としていた。
真白は涙でぐしゃぐしゃになりながら、勇者の手を握る。
「危なかった勇者さま……、あんなケダモノみたいな恥ずかしい倒れ方しなくて、本当によかった!」
「どういう倒れ方だよ」紫織が突っ込んだ。
そんな中、扉が大きく開け放たれる。
〈――バァン!〉
「リポーターのリーネです!! 今日は突撃開発部、ということでお邪魔しました!!」
突如、場の空気をかき消すように甲高い声が響いた。
現れたのはリポーター・リーネ。マイクを片手に、カメラを引き連れて突入する。
「勇者さんが無料に釣られて即ダウン! これぞ“タダほど高いものはない”の実証実験です!」
「くっ、なにも言い返せない――!」
勇者が床でのたうち、必死にカメラを拒む。
「これが現実です! 命より高い無料はありません! スポンサーはもちろん、Null越デパ――」
突然映像が切られた。
「ちょ、ちょっとスポンサー読めないと怒られちゃうでしょ!!」
「……そこにスポンサー入れたら、スポンサーが激怒するだけだろ……」
適見は突っ伏しながら突っ込んだ。
だがリーネは諦めない。勇者の横にいたアベルを映そうと、鞄から取り出したハンディ魔道カメラを携えた。
「そしてこちら、正統派勇者アベルさん! 比較対象として最高です!」
「……」アベルは無言のまま床に顔を埋めており、ピクリとも動かなかった。
「あれ、アベルさん? 生きてますか?」リーネがしきりに肩を揺すった。
そんな中途半端な実況と騒然を割るように、筋骨隆々のスキンヘッドの男が入ってきた。
「おらあぁあぁぁぁぁぁどけどけぇ!!」
中央ギルド長、グラッド=ハーゲンが扉を蹴破り乱入してきた。
「救護班は勇者とアベル殿を担架にて回収! 報道規制急げ!! アベル殿が倒れたと知れば国王様がお怒りになるぞ!」
その様子を天音は恍惚とした表情で見つめていた。
「勇者とアベル……担架で運ばれる二人は医務室できっと……」
「まてまてまてぇい! 妄想よりも担架を! 手を動かしなさいよ!!」紫織の悲鳴は虚しく響いた。
――――
――
担架が用意されている間、勇者も結局失神し、ぐったりしたまま乗せられた。
真白は泣きながら担架にしがみつき、必死に叫ぶ。
「勇者さまっ、もうこれ以上は試さないでください! タダなんて、タダなんて……!」
「タダ……タダほど……高いものは……」勇者はかすれ声で呟き、目を閉じた。
「やめてぇぇ! そんな遺言みたいに言わないでぇぇ!」真白は号泣する。
……と、言いながらも次の瞬間、真白は涙を拭って顔を上げた。
「だ、だけど勇者さまがまた飲むって言うなら……わ、わたしが先に飲んで毒味するんだから!」
「やめなさいよ真白! 勇者以外が飲んだら死ぬわよ!」紫織が慌てて止めに入る。
既に実験は終わっているにもかかわらず、天音が耳まで真っ赤にしながら、ノートになにやら書き殴っている。
「んふー……」
「ああ……もう、いろいろ同時に起きすぎて頭痛い……!」紫織が絶叫する。
――
現場は泣き声、怒声、絶叫、実況、笑い……カオスの渦と化していた。
研究員は右往左往し、その背後では数名が聴取を受けている。別の報道カメラマンがフラッシュを炊きながら室内に立ち入ろうするも、規制線バリア※が貼られ一帯は漆黒の闇に染まる。
散乱したポーションは封印班によって運ばれ、共感を得られなかった開発者は、泣きながらその様子を見守るしか無かった。
※周囲一帯がダークマターで埋め尽くされ、魔道カメラを阻害する効果がある。
そんな騒ぎをよそに――。
観覧席のソファに寝転がった適見が、リモコンをぽちり。
「……無料ってのは死の呼び水だな……」
――
勇者の呻き、真白の泣き声、アベルの皮肉、天音の黒笑、リーネの実況、ハーゲンの胃痛。
すべてが入り乱れる命名部の片隅で、適見はあくびをひとつ。
「……ふぁぁ……。ちょっと高いけど、エナジードリンク買ってこよ……」




