第2話 気づけば命名部
――中央ギルド・命名部。
石造りの廊下に、だるそうな足音がこだまする。
肩まで伸びた髪は寝ぐせで跳ね、黒いローブは皺だらけ。
その姿は「怠惰」の見本市であった。
「……なんで、あたしがこんなとこまで……」
ぽつりと呟いたのは、鑑定屋店主・適魔 適見。
先日、山下邸を含む数々の爆散事件に続き、ギルド前爆破の責任を問われ、ついには中央ギルド直轄の命名部へ「強制配属」されることになったのだ。
「“任意で協力”って紙に書いてあったけど、あれただの嘘だったよね……。鎖付きの馬車で連行とか、もう強制以外の何物でもないじゃん……」
適見はため息をつくと、命名部の重く冷たい扉を押し開けた。
――その先に広がっていたのは、書類と試作品が山のように積み上がった研究室。古びた書類の甘い香りが僅かに漂っている。床の至る所には散乱した未完成の武具、ラベルも貼られていないポーション瓶、謎の機械仕掛けの箱があった。魔法陣の描かれたスクロールもあり、それは書類に紛れ幾つもの大きな箱へと無造作に詰められており、ゴミと見まごいそうになる。
「おそい、もっと高速で動けないの!」
ぴしゃりと声が飛ぶ。
整ったスーツに身を包み、適見と異なるスラッとした胸元、切れ長の瞳を鋭く光らせているのは――S級鑑定士・星河 紫織。適見の幼なじみであり、適見の“監視兼ストッパー役”である。
「……やっぱ紫織か……」
「“やっぱ”じゃないの! ギルド長から直々に言われたのよ。あなたが勝手に暴走しないように、監視しろって」
「暴走って……。あたしは何もしてないし。ただ名前つけてただけなんだけど……」
「その“だけ”ってだけで、街が何度も爆発してるのよ!!」
「……爆発に耐えられない脆い建物とアイテムが悪いのよ……」
「普通はそんなに爆発しないの!」
紫織がこめかみを押さえ、深くため息をつくのは既に日課になりつつあった。
その背後では白衣姿の研究員たちがぞろぞろと現れ、机の上に奇妙な形の武具をどさどさと積み上げていく。
商品開発部の連中である。
「自信作持ってきました!」
「早急に命名をお願いします!」
「いやいやいや、多すぎでしょコレ!?」
剣、盾、ポーション、何に使うかもわからない機械仕掛け……。
ひとつひとつ仮ラベルすら貼られておらず、ただ「試作品A」「試作品B」とマジックで殴り書きされているだけだった。
「うわぁ……これ全部命名待ち?」
「はい、今日中に半分はお願いします」
「超めんどいんだけど……帰って良い?」
「ダメよ。帰ったら私が叱られるの」
「……うーん。おやすみ……」
適見は机に突っ伏し、そのまま寝ようとする。
しかし紫織が容赦なく肩を揺さぶった。
「寝るなー! 定時までに終わせないと私がNull越のプリン買いに行けなくなるでしょ!!」
「いいじゃん、適当なもので済ませば……」
「適当なもので済ませられないから言ってるの! ほら頑張って!!」
「えー……“試作品A”とか“試作品B”とか……、もうそのままでいいじゃん」
「そんないい加減な名前付けたら爆発するに決まってるでしょ! あなたにとっての命名は、ある意味仕様書みたいなものなのよ!」
「……仕様書って、誰も読まないために存在してるんじゃ……」
「読まれるためにあるのよ!!」
激論が飛び交う中――。
〈――ちりん〉
不吉なベルが鳴った。
「たのもぉぉぉぉ!!」
バァン! と勢いよく扉が開き、ピカピカの鎧に青のマントを羽織った青年が登場した。
自称・勇者、七光 勇。本人曰く声量に自信のあるその声は、部屋の空気を掻き乱す常連であり、ナンバーワン被害者である。
「なんで、ここに不吉なベルがあるのよ!!」
「……その方が安心できると思って……」
適見は自宅からドアベルを持ち出していた。
「今日から俺は治験担当としてここに配属された! つまり実験台だな!」
勇者は胸を張り、大きな声で実験台と言い切った。
「いや、誇らしげに言うことじゃないから……」適見が顔を上げもせずにぼやく。
「良いか適見よ! 勇者とは勇気を持って治験に挑む者、よってこの命を張ってこそ勇者なのだ!」
「勇気はわかるけど、治験てなによ。普通はモンスター討伐とかやる事あるでしょうが。それに担架行き専門の勇者なんて聞いたことないわよ……」紫織が深いため息。
「担架こそが俺の誇り!」
「やっぱり頭おかしいんじゃないかな……」適見が小声で吐き捨て、相槌を打つように紫織がぽつりと言う。
「勇者ってのは、大体がネジぶっ飛んでるからしょうが無いのよ」
「勇者さまぁぁぁぁ!!」
さらに追い打ちのように、うるさい誤解が扉を蹴破り乱入してきた。、健康的に日焼けした肌にポニーテールの少女――冒険者見習い、桃雪 真白。
「わたしがついてますからね! 危ない実験なんて断ってください!」
「いや真白、俺は勇者として生活のためにバイトを始め――」
「危険は全部わたしが排除するの! 勇者さまは私が守るんだから!」
「守るよりも前に、働け」紫織は頭を抱えた。
そこへ研究員が、やけに誇らしげに箱を掲げた。
中に入っていたのは、羽根のような装飾が付いた奇妙な靴。
側面にはチカチカ点滅する魔法陣が刻まれていた。
「本日の新作はこれです! “アドブースター靴”! 高速で動けて一定間隔で広告が表示されます!」
「高速は良いとしても……、なんで靴に広告機能が」紫織が即座にツッコむ。
「開発部の予算は非常に少なく、こうしてアフィリエイトに頼るしかないのです……」
「絶対ロクなことにならないわよ……」
研究員は満面の笑みで勇者に靴を差し出した。
真白は慌てて勇者の前に立ちふさがる。
「勇者さま! こんなの絶対危険です! もし新種のウイルスにでも感染したら……!」
「真白……俺は勇者だ。危険に飛び込むのが勇者の務め……!」
「そんな勇者いやぁぁぁぁ!!」
「……小芝居かな……」適見は机に顔を埋めたままつぶやく。
「と言うわけで。はい、適見さん! これを命名してください!」
研究員がコンソールを突き出す。
「……はいはいだるだる。ポチポチっと」
適見は片手で入力を始める。
「ちょっと! そのまま名前入れてるけど、本当に大丈夫なの!?」紫織が慌てて声を上げる。
「えー、だって面倒くさいじゃん……」
「面倒くさいって言ってる時点で危険なの。……とか言ってみたものの、実験アイテムだと私もなんとも言えないかも……」
「……そうそう、こんなの開発者しか思いつかんしな……」
そのやりとりをよそに、コンソールには――
〈命名完了:アドブースター靴〉と表示された。
「よし、いいぞ! 早速履いてみよう!」
勇者は嬉々として靴を抱え、足を突っ込む。
「おおっ、なんだこれ……」
――靴がカタカタと震え始める。
広告のような光が壁に投影され、謎の宣伝文句が浮かび上がり、靴からは軽快な音楽とともに声が流れる。
『今すぐ契約! 15分で世界が変わる!』
「……やっぱり爆発する気しかしないんだけど」紫織が青ざめる。
「……疲れた帰りたい……」適見は机に突っ伏したまま目を閉じた。
――そして、ギルド訓練場。
円形の訓練場には、観覧席がは冒険者や研究員でぎっしりと埋まり、訓練場中央には勇者・七光 勇が立っていた。
足には例の《アドブースター靴》。側面の魔法陣はチカチカと不安げに瞬き、壁一面には既に広告の予告文が点滅している。
「えっ、ちょっとまって……。この広告表示は分かるけど靴の単価とか、実用性とか考えてるわけ?」紫織は研究員に聞いた。
「そこはスポンサー様のお陰で単価も安くしているんだすよ。そして広告の視聴時間に比例して防御力と歩行速度が上がる仕組みです! さらには広告先の商品を買っていただけることで、我々の懐にも優しいという次世代のブーツなんですよ!!」
まるで“よくぞ聞いてくれました”と言わんばかりに目を輝かせ、意気揚々と紫織に説明している。
「……広告邪魔でしかないだろ……」適見は頬杖を付きながら呟く。
「よし、いざ試走!」
勇者が胸を張り、力強く駆け出した――。
――タタタッ。
『いつもニコニコ限界ローン! お申し込みは今すぐこの番号へ!』
勇者の身体がピタリと硬直し、眼前の空間に広告パネルが召喚されると、そのまま動作を停止した。
「――うぐッ……、何故、体も足も止まる……!」
「……で、あれは一体何?」紫織が研究員に尋ねた。
「広告って、どんなに魅力的に作っても結局は邪魔者。全部見て貰えないじゃないですか。そこで、ブーツで重力波をコントロールし、空中であろうと無理矢理姿勢を固定、そのまま眼前に広告がバッチリ映って見て、100%見て貰えるという仕様です!」
「今、広告はハッキリ邪魔って言ったよね……。既に理論が破綻している気がするんだけど……」
「……無駄に凝った技術使ってる割りには、クソ鬱陶しい機能だな……」
紫織も適見は冷ややかな突っ込みを入れた。
「うっ、ふう……動けた。よし、かかってこいモンスターめ!!」
ようやく行動制限が解除されたのもつかの間、それは再び襲い掛かる。
――タタタッ。
『ただいまから15分以内にお電話頂ける方限定です!! この画期的なフライパン――』
「……は?」
勇者の身体は硬直。先ほどより一回りも二回りも大きいボリュームで音声が流れる。
目の前には宙に浮く巨大な広告パネルが出現し、その足は完全に止まってしまう。
紫織は額を押さえていた。
「ねぇ……。こういうのはどんな名前付けてもダメなんじゃないの……」
「そんなことは無いです! 足元と広告パネル、複数の魔道スピーカーから発せられるサラウンド効果で、装着者を臨場感あふれる広告の世界へと誘えるのです!」
「……開発部の連中ピンとズレすぎだろ……」
『すごーい!! 油引かなくても卵が焦げ付かないんですね――』
広告は一向に止まる様子を見せない。大音量を垂れ流し商品の説明を続けている。
そんな中広告パネルの裏から、訓練用の木製ゴブリン人形が数十体出現した。人形たちはぞろぞろと動き、停止状態の勇者に群がると、一斉に棍棒を振り下ろす。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
吹き飛ぶ勇者。鎧に木槌の跡が刻まれ、床を転がるたびに広告音声が追い打ちをかける。
『まだ残り14分! 今なら更に! 1つ買うともう3つ付いてきて――』
広告は止まらない。スキップ機能などは残念ながら付いていなかった。
「よしよし、15分広告も無事再生可能と……!」「この調子で行けば我々の予算も安泰バッチリですな!」「開発費は殆どタダみたいなもんですからね!」
研究員は乾いた笑いとともに、つぶさにメモを取っていた。
「えっ、これあと十四分も続くの!? 戦闘中に宣伝枠いらないでしょ!!」紫織が悲鳴を上げる。
観覧席がざわめく中、ひときわ明るい声が場内スピーカーを割った。
「――ご覧ください!」
マイクを片手に乱入してきたのは、突撃リポーター・リーネ。
彼女は堂々と訓練場中央に進み出て、広告パネルを背に実況を始めた。
「ただいま勇者さんが広告に無理矢理停止され、ゴブリンにフルボッコにされています! これぞまさに“広告に殺される時代”というヤツですね! 本日の提供は――」
「スポンサー読むなぁぁぁぁ!!」紫織の絶叫が場内を揺らした。
その横で勇者は、木槌の連打を受けながらも必死に叫ぶ。
「我は……勇者……七光 勇……! 担架に乗っても立ち上が……」
「勇者さまぁぁ! やめてぇぇ!」
真白が訓練場に飛び降り、木製ゴブリンと広告パネルを片っ端から粉砕していく。
「勇者さまは私が守るんだから! 誰にも傷つけさせない!」
「うわあぁぁあ! 我々の広告パネルがあぁぁ!」開発者が悲鳴を上げる。
だが真白は聞いちゃいない。ゴブリンを殴り飛ばすたび、広告は逆に明滅を増し、細かい広告となって散ってゆく。
『今もお電話が鳴り響いております! 残りあと僅かです!!』
しかしそれでも広告は止まらず、細かく砕けたパネルからは、それぞれ音声が流れ空間全体がスピーカーとし化しつつあった。
観客席は騒然とし、耳を塞ぐ者、卒倒する者逃げ出す者まで様々であった。
「バリア貼れ! バリア!!」誰かが大声で叫ぶが、全て広告サウンドにかき消される。
「……なんだこれ。ますますカオス……」
観覧席のソファに寝そべり、適見が頬杖をつきながらぼそりと呟く。
「……電話が鳴ってるていうのは、苦情の電話なんじゃないの……」
混乱のさなか。
「お前らなにやっとんじゃあぁぁぁぁ!!!」
訓練場の扉を蹴破り、巨体がなだれ込んできた。
中央ギルド長、グラッド=ハーゲン。その手には育毛ブラシ抱え、額には脂汗がにじんでいた。
「また勝手に実験して! 近隣の方から音が五月蠅いって苦情が入ってきたぞ!!」
「……あーあ、また始まった」
紫織が青ざめ、真白は涙目で勇者に駆け寄る。
勇者は担架に乗せられながら、かすれ声を振り絞った。
「勇者……七光 勇……。広告にも……俺は負けぬ……」
「いや負けてるから!」紫織が全力で突っ込む。
リーネはそんな騒ぎを背景に、マイクを高々と掲げる。
「勇者さん、広告と共に沈みましたね、これにて担架の退場です! これぞ“歩くだけで死ぬ時代”! 社会風刺の象徴ですね! ちょっと今の心境を勇者さんに聞いてみようと思います――」
ハーゲンは胃を抱えながら崩れ落ち、勇者は担架の上で意識を失い、真白は泣きながら勇者の手を握りしめる。
観客席は阿鼻叫喚、研究員は「データ取れました! これで我々の予算も給料もうなぎ登りですね!」と喜び、リーネはカメラ目線で締めに入る。
――そんなカオスをよそにソファに寝転んだまま、適見がリモコンをポチリ。
「広告に殺される時代、か……。ほんと、歩くだけで命削られるのね……」
彼女の投げやりな一言が、混乱に満ちた訓練場を静かに締めくくった。
「……でも爆発はしなかった……」
「そういう問題じゃ無いのよ……」
紫織はぽつりと呟いた。
後日、ギルドに苦情の電話殺到したのは、言うまでもあるまい。




