表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/9

第1話 適見さんちの“適当な”鑑定

 ――今は昔、中途半端に魔法が栄えた中世魔法時代。

 鑑定とは、本来、アイテムの由来や効力を読み解くための技術であった。


 だが近年、そのシステムに大きな変更が加えられた。

 アイテム名に日本語を使用できるようになり、商人や冒険者、ある人たちからは分かりやすく便利になったと喜んでいる。

 しかし同時に、鑑定士によっては「読めない」「意味が通じない」といった齟齬や、誇大な命名による事故も急増、挑戦的な鑑定結果を付けてはアイテムがロストするなど、呪物化の温床ともなっていた。


 その最たる現場が――街外れの一軒の鑑定屋である。


 鑑定屋の昼下がり。空は青く秋の日差し、空気はいよいよ冷たくなり始める。そんな小さな砂漠の中にぽつんとある一軒家。そこは度重なる爆散で木々は枯れ、大地は芽吹くことを諦めるほど荒廃していた。


 埃まみれの床とカウンター、淡く差し込む陽光は店内の塵をオレンジ色に染め上げている。棚には鑑定済の剣や兜、鎧といった冒険者の目を引くように並べられ、時折りパキパキと音を発している。


 そんな店主の適魔(てきま) 適見(かなみ)は、今日も床に寝転がり、魔道テレビをだらだら眺めている。

 長い髪と怠惰な身体を無造作に広げ、眠たげな目で天井を見つめる24歳の女性は、生活感の塊とも言うべきか、着衣は無造作にはだけ、死体なのか生活感なのかはその本人にもわかっていない。

 怠惰と皮肉を纏った姿は、誰が見ても「働く気ゼロ」だった。


「はぁ……身体が重い……」


 ――ちりん。

 扉のベルが鳴る。


「不吉なベルが鳴った……」


「ちょっと! 人が来るなり不吉って何よ!」


 扉を押し開けて入ってきたのは、『星河(せいが) 紫織(しおり)』。

 背筋をすっと伸ばし、適見と異なりスラっとした胸元、切れ長の目と黒髪が凛々しく光を弾く。

 その無駄のない身体と仕草は、いかにも「真面目すぎるS級鑑定士」という印象そのものだった。


「いい加減その寝方は、死体と間違えそうになるから辞めなさい! こっちは街に未鑑定アイテムが散乱してて、鑑定士はてんやわんやなのよ。……なのに、アンタときたら……」


「床……一番冷たいんだよ……」


「……冷たいのは判るけど、ちゃんと起きてないと本当に死ぬわよ……」


「とはいえ、身体重すぎて動く気おきん……」


「私より少し肥えてるからって、動けない訳じゃないでしょ。運動しないと年取ってから来るわよ!」


「この女、肥えてる言いおった……」


 紫織はこめかみを押さえ、心底呆れたようにため息をついた。


 ――ちりん!

 再びベルが鳴る。


「不吉なベルと共に参上! 我は勇者、七光(ななひかり) (いさむ)なりぃ!」


 入ってきたのは、ピカピカの鎧に身を包んだ青年。

 声量だけには自信のあるその声は、やたらと大きく静かだった店内の空気をかき乱す。

 今やトップレベルの被害者であり、担架で退場する常連客――だが本人はその自覚がまるでない。


「……今日の担架は売り切れだし、面倒くさいから帰んな……」

 適見は寝転がったまま手をひらひら。


「そうじゃないんだ! これを見てくれ!」

 人の話を一切聞かない勇者は、その手で何かを掲げた。


「……見えないんだけど」

 適見は眠そうな目をこすりながら、勇者を見上げる。だが、そこには何も見えなかった。


「そう、見えないのだ! 名付けて《インビジブルソード》!」


「また変なの持ち込んできたよ、このバカ勇者は……」

「……裸の王様かよ……」

 紫織は呆れるようにため息をつき、適見は面倒そうに寝返りをうった。


「便利なのだが、よく見失ってしまう。そこで――ちょっとだけ、見えるようにして欲しい!」


「何が便利なのか分からないけど“ちょっとだけ”見えるとか、一番危険なのよ! 近い名前ならまだしも、対局に触れたら店ごと爆散するのよ! ましてや見えない剣を見えるようにするとか、どうかと思うわ……」

 紫織の声が鋭くなる。


「頼む! ほんの少しでいいんだ! 今すぐ!」

 勇者は必死に両手を合わせ、適見に顔を寄せて懇願する。


「うーん……。まだ店のローン終わってないからなぁ……」

 適見は床に突っ伏したまま、うめくように声を返す。


「じゃ、倍だ! 倍だそう! 200ゴールドで頼む!!」

 それでもなお適見に近づいて懇願する。


「いや……、ちょっと近いって顔寄せんな……」

 適見が眉をひそめた、そのとき――


 誤解が乱入した。


〈バァン!〉


 押戸の扉は外から引っ張られたためか、蝶番を残し勢い良く店外へと吹き飛んでいくと、砂埃の中から少女が飛び込んできたのだ。

 健康的な小麦色の肌、ブロンドのポニーテールと赤い大きなリボン。贅肉の欠片もない引き締まった体つきは、まさに「猪突猛進が服を着ている」ようだ。

 冒険者見習い――『桃雪(ももゆき) 真白(ましろ)』である。勇者を盲信する彼女は、怒りで顔を真っ赤に染めていた。


「勇者さまから離れろォォォ!!」


「ぐはっ――!?」

 彼女は一直線に勇者へ突進すると、襟首をガシッと掴み、豪快にぶん投げた。

 その無駄のない鮮やかな動きは、勇者の体はまるで子猫のように片手で軽々と持ち上げ、放り投げたのである。


〈ドゴォンッ!〉


 勇者は背後の壁にめり込み、石壁には大きなひびが走ると、棚にあった剣や兜はガシャガシャと床に散らばる。


 紫織は目を丸くし、適見は眉ひとつ動かさず呟いた。

「……はい、扉代と壁代確定……」


 真白は肩で息をしながら、目に涙を浮かべて叫ぶと、適見に視線を向け睨み付ける。

「――勇者さま! この悪女に迫られてなかったですか!?」


「いや、誤解だよ真白……」

 勇者は、壁に張り付いたまま、弱々しく答えるのが精いっぱいであった。


 適見が面倒そうに口を開いた。

「リネームを頼まれただけよ。……あと、扉と壁代ちょうだい……」


「えっ……そ、そうだったの……?」

 真白は耳まで赤く染め、勇者の前にしゃがみ込む。


「いや、扉代……」


「ご、ごめんなさい勇者さま! わたし、また早とちりして……!」


 勇者はうっすら笑いながら親指を立てた。

「だ、大丈夫だ……これがいつものことだからな……」


「……ダメだこいつら人の話聞いちゃいねぇ……」

 適見の訴えは大体が無視されていた。


「じ……、じゃあ頼んだぞ適見殿……」

 グッタリしながらも、要求だけはしっかり伝える勇者であった。


 紫織は額を押さえた。

「……結局やるんでしょ、適見!」


「だるいけど、ローンあるしな……」

 適見はようやく身体を起こし、片手でコンソールを呼び出した。


 身体が僅かに青く光り、リネームが開始される。

 適見が持つ唯一のスキル。名前を決めることでアイテムの効果が無理矢理ねじ曲がるチートスキルである。


 他の者ではそうはいかない。きちんと効果を読み解き鑑定し、それ基づく適切な名前に近づけないと、その瞬間ロストしてしまうということであった。そして一度つけられた名は、長い時を経てその名が忘れ去られるまでは変更できない、それがこの世界の(ことわり)――。


 だが、適見は自然と世界の(ことわり)を覆し、気にせず自由に命名できる。

 唯一問題があるとすれば、相反した対局の名前を付けるとアイテムが爆散。あらゆる被害を周囲に巻き散らかしてしまう危険人物である。しかしそれであっても、効果を変えてほしいと適見を頼ってくる者は、後を絶えなかった。


「はい、終わったよ……」

 適見はコンソールにあるボタンから怠そうに手を離した。


 そして、入力された名は――


『チラ見えソード』


 先ほどまで視認すらできなかった剣は、その刀身と柄を僅かに現し、かすかに光を帯びてチラチラと点滅し始めた。そして不安を煽るように、周囲の空間には時折ノイズが走っている。


「おおっ……輪郭が少し見える! 敵が多い日も安心だ!」

 勇者は壁からずり落ち、ふらふらしながらも満面の笑みで剣を振り回した。


「言い方!」

 紫織がいらだった様子でカウンターをバンと叩いた。


〈――チラ……チラ……〉

 柄と刃は、ジジ……という不穏な音と共に交互に出現を繰り返していた。


「一応体裁は保っているようには見えるけど、本当に大丈夫なの、これ?」

 紫織が簡易鑑定器を剣にかざしながら眉をひそめる。


「辛うじて見えるから、間違って腰を刺す心配もないな! それに、“まだ”爆発はしていない!」

 勇者は胸を張った。


「それは確かにそうなんだけど……納得いかないわ!」


「んじゃもう紫織が名前考えとくれよ……」


「とは言え、わたしが適当なこと言って爆発したら、わたしのせいになるでしょ!」


 適見はソファにゴロンと転がり、リモコンをカチカチ。

「……責任の押し付けかよ……、ほいじゃ店が壊れる前に早う帰んなー……」


 ――剣はチラチラと明滅を続ける。


 まるで、爆発のカウントダウンを刻むかのように――。


――――

――


 翌日。

 昼下がりの石畳は、雲間から差す僅かな陽光に照らされ、人々の喧騒であふれていた。

 荷馬車が軋み、屋台からは香辛料と肉の匂いが漂い、街は平和そのものである。


 そんな中、勇者と真白がギルドで新しいバイトがあると聞き、街道を歩いていた。

 勇者は腰に《チラ見えソード》を携え、包帯姿のまま胸を張る。

 剣はなおもチラチラと明滅を繰り返し、過ぎ行く人々の不安と視線を集めていた。

 子連れの母は「見ちゃいけません!」と言い、距離を取ると足早に立ち去って行く。


「見よ、真白! 人々の目も我が剣に釘付けではないか!」

 勇者は誇らしげに笑う。


「で……、でも……なんかこう光ってるの、やっぱり危ないと思う……。なんか光る速度も速くなってきたみたいだし……」

 真白は勇者の腕にしがみつきながら、不安げに視線を剣に向けた。


 暫く進むとひと際大きな石造りの建物、中央ギルド本部が姿を現わす。周囲のレンガ造り建物とは異なり、重厚な佇まいはまさに街のシンボルとも言うべきか、アイテムの封印から取り締まり、クエストの手配や出生届までもがここで管理されているのだ。

 その正門前では、豪快な声が響いていた。


「ふははは……三時間並んでやっと手に入れた、Null越デパート謹製・極上幕の内!

 今日こそ誰にも邪魔はさせぬ!!」


 ギルド長グラッド・ハーゲンである。

 スキンヘッドを陽光に反射させ、筋骨隆々の腕で大事そうに抱えているのは高級弁当である。度々こうして仕事を抜け出して弁当を買いに行く彼だが、弁当を口にするのを見た者は誰一人として居なかったと言う。

 そして、腰には常に身につけている愛用の――育毛ブラシである。日課となっている頭皮へのケアは、何時も欠かさない。

 弁当もブラシも、彼にとっては命の次に大切な宝だった。


 そのときであった、勇者と真白が角を曲がって正門へと向かう。

 すれ違い様――その拍子に、ハーゲンの身体が軽くぶつかった。


〈――カチンッ〉

 腰に携えた剣の柄と、ハーゲンの腰のブラシの柄が、ほんの一瞬触れ合った。


「っと……! す、すみません!」

 勇者が頭を下げた瞬間――それは安定を失い弾けた。


〈――ドオォォォォン!!!〉


 轟音は広場を貫くと閃光は周囲の視界を奪い、白煙と爆風が門前を吹き飛ばす。

 人々は逃げ惑い悲鳴も似た声と、子どもの茶化す声が辺りを包んだ。

「また爆発したぞー!」「どうなってるんだこの街は!」「またギルド爆発してやんのー!」

 石の門扉は粉々に砕け散り、勇者は真白を庇うとそのまま吹き飛ばされた。


 突然の爆発から弁当を守れる訳もなく、手からは高級弁当が離れ、そして宙を舞う。開きつつある蓋と中から漏れ出ていく食材の様子は、ハーゲンの目にスローモーションのように感じられた。宙を舞うローストビーフ、瑞々しくプリンとした海老、黒豆。それは爆炎と硝煙に混じりキラキラと、そして優雅に空を泳ぐ。だがそれも束の間、無残にも一瞬で地の獄へと叩きつけられた。

 漬物とご飯粒、焼き魚といった様々な食材は石畳へと散らばり、香ばしい匂いが広場に漂った。


「うわあぁぁぁ、俺のッ! 俺の弁当がぁぁぁ!!!」

 ハーゲンは膝をつき、砕けた容器をかき集めながら絶叫した。


 だが次の瞬間――彼の指先が腰のあたりに触れる。


「はっ……まさか!」


 視線を腰へと向けたハーゲンの表情が一層蒼くなる。腰から脇にかけて黒くくすんだ爆発の跡があり、そこにあるはずの育毛ブラシが、影も形も残っていなかった。

 爆発と爆風に巻き込まれ、無残にも木っ端微塵になっていたのだ。


「愛用のセレスティーナ(育毛ブラシ)があぁぁぁ!!!」

 ハーゲンの可愛がっていた育毛ブラシには、何時からか名前が付けられていた。


 二重の絶望に、ハーゲンは広場に響き渡るほどの慟哭(どうこく)を上げた。

 石畳に膝をついたまま、弁当とブラシの残骸を前に両手を伸ばす姿は、まるでこの世の終わりを背負ったかのようだった。


 そんな空気を切るように、突撃リポーター・リーネがマイクを握り、煙の中へと飛び込んできた。

 明るい笑顔と派手なジェスチャーは惨状とまるで噛み合わない。


「はいっ! 冒険者や鑑定士を束ねる街の要、現在中央ギルドに来ています!

 未鑑定品や呪物が見つかれば、すぐに封印班と救護班が出てくるはずなのでしょうが、まだ見当たらないようです! ギルド前だというのに怠慢ですね!」


 しれっと毒を吐く彼女は、報道番組シンギュラリTのメインリポーター。ピシっとした淡いベージュのスーツを身に纏い、ほんのり紅色の唇とその口からは、選び抜かれた言葉と柔らかな響きが流れ出し、視聴者を虜にしていくほどである。もちろん化粧もばっちり、耐候性ファンデーションは欠かさない。


「――と、そんな訳で本日午後2時ごろ、ギルド前で爆発が発生したとの通報で、現在現場に来ています。

 辺りは騒然としているようで、慌ただしくギルド直属の封印班と救護班が周辺を調査し、呪物がないか確認しているところです」


 中継が繋がり、スタジオキャスターの山下がやつれた表情で原稿を読んでいる。

『リーネさーん。被害状況は分かりましたか?』


 原稿を持ったスタッフが近づくと小さく頷き、襟を整えマイクを握り直した。

「あっ、今入った情報によりますと、勇者1名が担架で運ばれ、ギルド長が叫んでいるだけで、市民らに被害は見られないようです!」


『つまり、いつもメンバーと言うわけですね』


「そうですね。いつものメンバーのみで、他の被害が出なかったのは幸いでしたね」


「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 リーネの後ろではハーゲンの叫びと共に、勇者が親指を立てたまま、担架で運ばれていく姿が全国放送に映った。


――


 ちょうどその頃、修繕も追いつかない鑑定屋で、適見と紫織は魔道テレビを眺めていた。


「本日の爆散現場からの中継は以上です!

 この番組は――


 当店自慢の地下惣菜売り場は、新鮮と豊富な料理、一流シェフであなたの舌を満足させます。

 揺り籠から服飾、剣までなんでも揃っている――Null越デパートの提供でお送りしました!」


 紫織「……剣まで売ってるのね」

 適見「呪われてなければいいけど……」


 そのとき、机の引き出しから一枚のメモがひらりと落ちた。

 そこには――


『働け』


「……なんのこっちゃ」

 適見は首をかしげると、丸めてポテチの袋に突っ込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ