第1話 適見さんちの“適当な”鑑定
――今は昔、中途半端に魔法が栄えた中世魔法時代。
鑑定とは、本来、アイテムの由来や効力を読み解くための技術であった。
だが近年、そのシステムに大きな変更が加えられた。
アイテム名に日本語を使用できるようになり、商人や冒険者、ある人たちからは分かりやすく便利になったと喜んでいる。
しかし同時に、鑑定士によっては「読めない」「意味が通じない」といった齟齬や、誇大な命名による事故も急増、挑戦的な鑑定結果を付けてはアイテムがロストするなど、呪物化の温床ともなっていた。
その最たる現場が――街外れの一軒の鑑定屋である。
鑑定屋の昼下がり。空は青く秋の日差し、空気はいよいよ冷たくなり始める。そんな小さな砂漠の中にぽつんとある一軒家。そこは度重なる爆散で木々は枯れ、大地は芽吹くことを諦めるほど荒廃していた。
埃まみれの床とカウンター、淡く差し込む陽光は店内の塵をオレンジ色に染め上げている。棚には鑑定済の剣や兜、鎧といった冒険者の目を引くように並べられ、時折りパキパキと音を発している。
そんな店主の適魔 適見は、今日も床に寝転がり、魔道テレビをだらだら眺めている。
長い髪と怠惰な身体を無造作に広げ、眠たげな目で天井を見つめる24歳の女性は、生活感の塊とも言うべきか、着衣は無造作にはだけ、死体なのか生活感なのかはその本人にもわかっていない。
怠惰と皮肉を纏った姿は、誰が見ても「働く気ゼロ」だった。
「はぁ……身体が重い……」
――ちりん。
扉のベルが鳴る。
「不吉なベルが鳴った……」
「ちょっと! 人が来るなり不吉って何よ!」
扉を押し開けて入ってきたのは、『星河 紫織』。
背筋をすっと伸ばし、適見と異なりスラっとした胸元、切れ長の目と黒髪が凛々しく光を弾く。
その無駄のない身体と仕草は、いかにも「真面目すぎるS級鑑定士」という印象そのものだった。
「いい加減その寝方は、死体と間違えそうになるから辞めなさい! こっちは街に未鑑定アイテムが散乱してて、鑑定士はてんやわんやなのよ。……なのに、アンタときたら……」
「床……一番冷たいんだよ……」
「……冷たいのは判るけど、ちゃんと起きてないと本当に死ぬわよ……」
「とはいえ、身体重すぎて動く気おきん……」
「私より少し肥えてるからって、動けない訳じゃないでしょ。運動しないと年取ってから来るわよ!」
「この女、肥えてる言いおった……」
紫織はこめかみを押さえ、心底呆れたようにため息をついた。
――ちりん!
再びベルが鳴る。
「不吉なベルと共に参上! 我は勇者、七光 勇なりぃ!」
入ってきたのは、ピカピカの鎧に身を包んだ青年。
声量だけには自信のあるその声は、やたらと大きく静かだった店内の空気をかき乱す。
今やトップレベルの被害者であり、担架で退場する常連客――だが本人はその自覚がまるでない。
「……今日の担架は売り切れだし、面倒くさいから帰んな……」
適見は寝転がったまま手をひらひら。
「そうじゃないんだ! これを見てくれ!」
人の話を一切聞かない勇者は、その手で何かを掲げた。
「……見えないんだけど」
適見は眠そうな目をこすりながら、勇者を見上げる。だが、そこには何も見えなかった。
「そう、見えないのだ! 名付けて《インビジブルソード》!」
「また変なの持ち込んできたよ、このバカ勇者は……」
「……裸の王様かよ……」
紫織は呆れるようにため息をつき、適見は面倒そうに寝返りをうった。
「便利なのだが、よく見失ってしまう。そこで――ちょっとだけ、見えるようにして欲しい!」
「何が便利なのか分からないけど“ちょっとだけ”見えるとか、一番危険なのよ! 近い名前ならまだしも、対局に触れたら店ごと爆散するのよ! ましてや見えない剣を見えるようにするとか、どうかと思うわ……」
紫織の声が鋭くなる。
「頼む! ほんの少しでいいんだ! 今すぐ!」
勇者は必死に両手を合わせ、適見に顔を寄せて懇願する。
「うーん……。まだ店のローン終わってないからなぁ……」
適見は床に突っ伏したまま、うめくように声を返す。
「じゃ、倍だ! 倍だそう! 200ゴールドで頼む!!」
それでもなお適見に近づいて懇願する。
「いや……、ちょっと近いって顔寄せんな……」
適見が眉をひそめた、そのとき――
誤解が乱入した。
〈バァン!〉
押戸の扉は外から引っ張られたためか、蝶番を残し勢い良く店外へと吹き飛んでいくと、砂埃の中から少女が飛び込んできたのだ。
健康的な小麦色の肌、ブロンドのポニーテールと赤い大きなリボン。贅肉の欠片もない引き締まった体つきは、まさに「猪突猛進が服を着ている」ようだ。
冒険者見習い――『桃雪 真白』である。勇者を盲信する彼女は、怒りで顔を真っ赤に染めていた。
「勇者さまから離れろォォォ!!」
「ぐはっ――!?」
彼女は一直線に勇者へ突進すると、襟首をガシッと掴み、豪快にぶん投げた。
その無駄のない鮮やかな動きは、勇者の体はまるで子猫のように片手で軽々と持ち上げ、放り投げたのである。
〈ドゴォンッ!〉
勇者は背後の壁にめり込み、石壁には大きなひびが走ると、棚にあった剣や兜はガシャガシャと床に散らばる。
紫織は目を丸くし、適見は眉ひとつ動かさず呟いた。
「……はい、扉代と壁代確定……」
真白は肩で息をしながら、目に涙を浮かべて叫ぶと、適見に視線を向け睨み付ける。
「――勇者さま! この悪女に迫られてなかったですか!?」
「いや、誤解だよ真白……」
勇者は、壁に張り付いたまま、弱々しく答えるのが精いっぱいであった。
適見が面倒そうに口を開いた。
「リネームを頼まれただけよ。……あと、扉と壁代ちょうだい……」
「えっ……そ、そうだったの……?」
真白は耳まで赤く染め、勇者の前にしゃがみ込む。
「いや、扉代……」
「ご、ごめんなさい勇者さま! わたし、また早とちりして……!」
勇者はうっすら笑いながら親指を立てた。
「だ、大丈夫だ……これがいつものことだからな……」
「……ダメだこいつら人の話聞いちゃいねぇ……」
適見の訴えは大体が無視されていた。
「じ……、じゃあ頼んだぞ適見殿……」
グッタリしながらも、要求だけはしっかり伝える勇者であった。
紫織は額を押さえた。
「……結局やるんでしょ、適見!」
「だるいけど、ローンあるしな……」
適見はようやく身体を起こし、片手でコンソールを呼び出した。
身体が僅かに青く光り、リネームが開始される。
適見が持つ唯一のスキル。名前を決めることでアイテムの効果が無理矢理ねじ曲がるチートスキルである。
他の者ではそうはいかない。きちんと効果を読み解き鑑定し、それ基づく適切な名前に近づけないと、その瞬間ロストしてしまうということであった。そして一度つけられた名は、長い時を経てその名が忘れ去られるまでは変更できない、それがこの世界の理――。
だが、適見は自然と世界の理を覆し、気にせず自由に命名できる。
唯一問題があるとすれば、相反した対局の名前を付けるとアイテムが爆散。あらゆる被害を周囲に巻き散らかしてしまう危険人物である。しかしそれであっても、効果を変えてほしいと適見を頼ってくる者は、後を絶えなかった。
「はい、終わったよ……」
適見はコンソールにあるボタンから怠そうに手を離した。
そして、入力された名は――
『チラ見えソード』
先ほどまで視認すらできなかった剣は、その刀身と柄を僅かに現し、かすかに光を帯びてチラチラと点滅し始めた。そして不安を煽るように、周囲の空間には時折ノイズが走っている。
「おおっ……輪郭が少し見える! 敵が多い日も安心だ!」
勇者は壁からずり落ち、ふらふらしながらも満面の笑みで剣を振り回した。
「言い方!」
紫織がいらだった様子でカウンターをバンと叩いた。
〈――チラ……チラ……〉
柄と刃は、ジジ……という不穏な音と共に交互に出現を繰り返していた。
「一応体裁は保っているようには見えるけど、本当に大丈夫なの、これ?」
紫織が簡易鑑定器を剣にかざしながら眉をひそめる。
「辛うじて見えるから、間違って腰を刺す心配もないな! それに、“まだ”爆発はしていない!」
勇者は胸を張った。
「それは確かにそうなんだけど……納得いかないわ!」
「んじゃもう紫織が名前考えとくれよ……」
「とは言え、わたしが適当なこと言って爆発したら、わたしのせいになるでしょ!」
適見はソファにゴロンと転がり、リモコンをカチカチ。
「……責任の押し付けかよ……、ほいじゃ店が壊れる前に早う帰んなー……」
――剣はチラチラと明滅を続ける。
まるで、爆発のカウントダウンを刻むかのように――。
――――
――
翌日。
昼下がりの石畳は、雲間から差す僅かな陽光に照らされ、人々の喧騒であふれていた。
荷馬車が軋み、屋台からは香辛料と肉の匂いが漂い、街は平和そのものである。
そんな中、勇者と真白がギルドで新しいバイトがあると聞き、街道を歩いていた。
勇者は腰に《チラ見えソード》を携え、包帯姿のまま胸を張る。
剣はなおもチラチラと明滅を繰り返し、過ぎ行く人々の不安と視線を集めていた。
子連れの母は「見ちゃいけません!」と言い、距離を取ると足早に立ち去って行く。
「見よ、真白! 人々の目も我が剣に釘付けではないか!」
勇者は誇らしげに笑う。
「で……、でも……なんかこう光ってるの、やっぱり危ないと思う……。なんか光る速度も速くなってきたみたいだし……」
真白は勇者の腕にしがみつきながら、不安げに視線を剣に向けた。
暫く進むとひと際大きな石造りの建物、中央ギルド本部が姿を現わす。周囲のレンガ造り建物とは異なり、重厚な佇まいはまさに街のシンボルとも言うべきか、アイテムの封印から取り締まり、クエストの手配や出生届までもがここで管理されているのだ。
その正門前では、豪快な声が響いていた。
「ふははは……三時間並んでやっと手に入れた、Null越デパート謹製・極上幕の内!
今日こそ誰にも邪魔はさせぬ!!」
ギルド長グラッド・ハーゲンである。
スキンヘッドを陽光に反射させ、筋骨隆々の腕で大事そうに抱えているのは高級弁当である。度々こうして仕事を抜け出して弁当を買いに行く彼だが、弁当を口にするのを見た者は誰一人として居なかったと言う。
そして、腰には常に身につけている愛用の――育毛ブラシである。日課となっている頭皮へのケアは、何時も欠かさない。
弁当もブラシも、彼にとっては命の次に大切な宝だった。
そのときであった、勇者と真白が角を曲がって正門へと向かう。
すれ違い様――その拍子に、ハーゲンの身体が軽くぶつかった。
〈――カチンッ〉
腰に携えた剣の柄と、ハーゲンの腰のブラシの柄が、ほんの一瞬触れ合った。
「っと……! す、すみません!」
勇者が頭を下げた瞬間――それは安定を失い弾けた。
〈――ドオォォォォン!!!〉
轟音は広場を貫くと閃光は周囲の視界を奪い、白煙と爆風が門前を吹き飛ばす。
人々は逃げ惑い悲鳴も似た声と、子どもの茶化す声が辺りを包んだ。
「また爆発したぞー!」「どうなってるんだこの街は!」「またギルド爆発してやんのー!」
石の門扉は粉々に砕け散り、勇者は真白を庇うとそのまま吹き飛ばされた。
突然の爆発から弁当を守れる訳もなく、手からは高級弁当が離れ、そして宙を舞う。開きつつある蓋と中から漏れ出ていく食材の様子は、ハーゲンの目にスローモーションのように感じられた。宙を舞うローストビーフ、瑞々しくプリンとした海老、黒豆。それは爆炎と硝煙に混じりキラキラと、そして優雅に空を泳ぐ。だがそれも束の間、無残にも一瞬で地の獄へと叩きつけられた。
漬物とご飯粒、焼き魚といった様々な食材は石畳へと散らばり、香ばしい匂いが広場に漂った。
「うわあぁぁぁ、俺のッ! 俺の弁当がぁぁぁ!!!」
ハーゲンは膝をつき、砕けた容器をかき集めながら絶叫した。
だが次の瞬間――彼の指先が腰のあたりに触れる。
「はっ……まさか!」
視線を腰へと向けたハーゲンの表情が一層蒼くなる。腰から脇にかけて黒くくすんだ爆発の跡があり、そこにあるはずの育毛ブラシが、影も形も残っていなかった。
爆発と爆風に巻き込まれ、無残にも木っ端微塵になっていたのだ。
「愛用のセレスティーナがあぁぁぁ!!!」
ハーゲンの可愛がっていた育毛ブラシには、何時からか名前が付けられていた。
二重の絶望に、ハーゲンは広場に響き渡るほどの慟哭を上げた。
石畳に膝をついたまま、弁当とブラシの残骸を前に両手を伸ばす姿は、まるでこの世の終わりを背負ったかのようだった。
そんな空気を切るように、突撃リポーター・リーネがマイクを握り、煙の中へと飛び込んできた。
明るい笑顔と派手なジェスチャーは惨状とまるで噛み合わない。
「はいっ! 冒険者や鑑定士を束ねる街の要、現在中央ギルドに来ています!
未鑑定品や呪物が見つかれば、すぐに封印班と救護班が出てくるはずなのでしょうが、まだ見当たらないようです! ギルド前だというのに怠慢ですね!」
しれっと毒を吐く彼女は、報道番組シンギュラリTのメインリポーター。ピシっとした淡いベージュのスーツを身に纏い、ほんのり紅色の唇とその口からは、選び抜かれた言葉と柔らかな響きが流れ出し、視聴者を虜にしていくほどである。もちろん化粧もばっちり、耐候性ファンデーションは欠かさない。
「――と、そんな訳で本日午後2時ごろ、ギルド前で爆発が発生したとの通報で、現在現場に来ています。
辺りは騒然としているようで、慌ただしくギルド直属の封印班と救護班が周辺を調査し、呪物がないか確認しているところです」
中継が繋がり、スタジオキャスターの山下がやつれた表情で原稿を読んでいる。
『リーネさーん。被害状況は分かりましたか?』
原稿を持ったスタッフが近づくと小さく頷き、襟を整えマイクを握り直した。
「あっ、今入った情報によりますと、勇者1名が担架で運ばれ、ギルド長が叫んでいるだけで、市民らに被害は見られないようです!」
『つまり、いつもメンバーと言うわけですね』
「そうですね。いつものメンバーのみで、他の被害が出なかったのは幸いでしたね」
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
リーネの後ろではハーゲンの叫びと共に、勇者が親指を立てたまま、担架で運ばれていく姿が全国放送に映った。
――
ちょうどその頃、修繕も追いつかない鑑定屋で、適見と紫織は魔道テレビを眺めていた。
「本日の爆散現場からの中継は以上です!
この番組は――
当店自慢の地下惣菜売り場は、新鮮と豊富な料理、一流シェフであなたの舌を満足させます。
揺り籠から服飾、剣までなんでも揃っている――Null越デパートの提供でお送りしました!」
紫織「……剣まで売ってるのね」
適見「呪われてなければいいけど……」
そのとき、机の引き出しから一枚のメモがひらりと落ちた。
そこには――
『働け』
「……なんのこっちゃ」
適見は首をかしげると、丸めてポテチの袋に突っ込んだ。




