あぶない友人
此頃は夏の足音も聞こえて楽しみな反面、春も将に去らんとしているので、嬉しくも在り淋しくも在る次第です。貴方の方は、最近どうでしょうか。
──元気なら好かったです。やっぱり「元の気」と書く様に、元気が無ければ何もできませんからね。
処で大分突然では有りますが、この前仲間に誘われて俄羅斯輪盤なるものをやったんです。あの近所の酒場で。ルーレットとは謂いますが、銃弾の一個だけ入った拳銃を蟀谷に当て引金を引くと云う、まあ何とも物騒な遊びなんですよ。そして私が最初に引金を引く事となったのですが、幸いにして無事でした。ただ引いた瞬間バーンと凄まじい音が響きまして、其れには皆ギョッとした顔をしていましたがね。まあ、あれ丈けの音が響けば私だって驚きます。
──えっ。音が出たなら、弾も出たんじゃないかって? だったら今頃こんな場所には居ませんよ、あはは。
それと今思い出した事ですが、先週家に訪問販売の方が居らしたんです。少し高級そうな背広を着て、金の首飾や時計の良く目立つ少し大柄な方でした。其の方が売っていたのは一見普通の束子でしたが、恐らく頗る高級な素材か、若しくは何等かの特殊な加工を施しているのでしょう、五つで十五万円と云う可也の高級品だったのです。
ただ束子と謂いましても其処迄沢山買うものでは有りませんし、既に家にも有ったので一度は断ろうとしました。すると向こうが「買わないとは何様だ」と曰ってきましてね。確かに長い道程を遥々歩き、私の家まで此れを売りに来たのです。そう思うとやはり失礼な気がしたので、どうぞ休んで下さいと思いパラチオンという飲み物を用意しました。之れ、中々売っているのを見ませんが私の大好物なのです。其れこそ、葡萄酒や珈琲等と並ぶ程に。
ですが其の方、之れを飲んだ途端突然倒れて了いまして。流石に私も怖くなって、其儘最寄の病院まで駆けつける事態となって了いました。本当に何から何まで無礼な事をして了ったなと、少し罪悪感を覚えましたね。
そうそう、同じく先週家に「ゴートゥーさん」と云う不思議な名前の方も居らしたんです。ただ訛りの強い為か、どうも「ゴートゥー」ではなく「ゴートー」とも聞こえました。彼が一体何処に行くつもりだったのか、其れは今でも判りません。
其のゴートゥーさん、私の顔を見るや否や「金目の物は無いか」といきなり訊いてきたんです。お金は有るかと突然訊かれても困るので、取り敢えず財布の中のお札を何枚か渡しておきました。ですがそれ丈けでは足りなかった様で、もっと寄越せと案の定謂って来ました。
ただ、やはりお金をポンポン給げて了うのは危険な事。ですので、頸懸垂を五分間できたら金庫の場所を教えるという条件を念の為に附けておきました。
──えっ。頸懸垂とは何だ、って? 普通の懸垂は腕の力でぶら下がりますが、之の頸懸垂は頸の力でぶら下がるのです。専用の器具等は売られていませんので、普段は自分で縄を結って行っています。私は結構得意なのですが、どうも周りの人が好まないので残念です。
其れからゴートゥーさん、最初の内こそ苦戦はしていましたが三分程で慣れて呉れました。其後五分経ったので金庫の場所を教えようと思ったのですが、困った事に其儘鼾もかかず熟睡して了いまして……ただ目を開けて寝る、少し珍しい方だったのが印象的でした。
其れから昨日、少しお出掛けでもしようかと銀座の辺りをふらふら歩いていたんです。そうすると前から誰か走ってきて、持っていた果物ナイフで胸の辺りをグサリと刺されて了いました。お蔭で襯衫にも大きな穴が空くわ汚れも出来るわで大変でした。
之れが普通の襯衫でしたら何とも思わなかったのですが、其の襯衫は前の日に買ったばかりの真新しい物だったのです。その為みっともない事に、つい苛立って「御前も同じ目に遭わせてやろうか」とナイフをうっかり刺し返して了いました。当然相手もショックで崩れ落ちて了い、周りも此れは不行と、大変な騒ぎとなって了いました。怒りに任せ仕返しをすると謂う我乍ら非常に大人げない事をして了ったので、此れを機に少し心持ちを改め度いと存ずる次第です。
──おっと、関係のない話ばかり続いて了いましたね。本当ならお茶とかパラチオンでも出す可きものを、勝手な話ばかり並べてすみません。でしたらば、今日はもう此辺で。復た会うのが楽しみです。
(了)