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SCENE 7

「あなたはまだ、ひとりきりで演技をしてる。良くも悪くも『独演』よ」


 座長イゾルデに指摘され、ケイは自分の舞台役者としての弱点克服のため、心新たに立ち稽古へ取り組むこととなった。


 悪役令嬢ロザレーヌの役を演じながら、間の取り方、演技の呼吸の合わせ方など、芝居に欠かせない要素を荒療治で身に付けていく。


 さいわい、座付きの看板役者二人も快く胸を貸してくれた。


 特に王子役の赤髪オリヴァーは張り切り、その華のある攻めの演技でグイグイと迫ってきて、人慣れしないケイにキラキラ男子への耐性を少しずつだが養わせていった。


 新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」の筋書きでは、王子ラファエルとその妃候補たる悪役令嬢ロザレーヌの仲は序盤こそ正統な婚約関係で結ばれているものの、ヒロインである平民特待生マリーの登場で次第にすれ違い、最後には婚約破棄と悪役令嬢の国外追放という結末を迎える。


 王子にも悪役令嬢にも貴族としての宿命と矜持があり、二人のやりとりを舞台で演じるにはやはり役者どうしの意思疎通が不可欠だ。


「わかってくれロザレーヌ。これは恋とか愛とか、そう言った問題ではないのだ」

「御言葉ですがラファエル殿下、恋とか愛とか、それ以外わたくしたちに問題とすべきものがございまして……?」


 アイドル顔のオリヴァーが演じる王子にはカリスマ性があり、ケイは慣れない距離間にときおり目をそらしそうになりながらも彼と共に稽古に励んだ。


 稽古の合間にはオリヴァーがしょっちゅう調子よくケイを口説こうとするので、「あんたのせいで、ケイに男装させてる意味が薄まるでしょうが」と座長イゾルデが彼の首を絞めたが。


 この国では、舞台の上は女人禁制。

 禁を破れば、誰かの首が飛ぶ。

 ケイはあくまでも、女形の男性俳優として悪役令嬢を演じるのである。

 女という素性を隠すため、ドレスリハーサルや公演本番意外、男装とカツラを解くことは厳禁だ。


 オリヴァーとはまた別のやり方で、ヒロイン役の女形役者アダムも力になってくれた。

 舞台「聖ドキ」において、金髪碧眼のアダムの演じる主人公マリーは可憐で無垢な性格の正統派ヒロインであり、平民ながら聖なる魔力を持つ娘。王子ラファエルと恋をし、運命に愛され、王子妃としても聖女としても覚醒し国難を救いハッピーエンドを迎える。


 悪役令嬢とはまさに対となるその女子像を、清純清楚な容姿の女形アダムは見事に演じきりケイをガイドしてくれる。

 対照的なヒロインという存在がいることで、その存在を感じ合うことでどれだけ演技の質が高まりうるかを、アダムの芝居を通してケイは日に日に感じていくことになるのだった。


「本当の世界は光にあふれていて、星の数ほどの輝きに満ちているの。ねえ、ロザレーヌ様。いつか私の魔法も、そんな聖なる輝きの一つになれるって信じたいわ。ううん、信じてるの」

「信じるだけでは成り立ちませんことよ、マリー。国も、世界も、それに、愛だって」


 座長イゾルデの指導のもと立ち稽古は身ぶり手ぶりもまじえ毎日夜まで続いたが、件の劇作家皇太子ベルトルトが顔を見せるのはいつもそんな稽古の締め時近くになってからだった。


 当然ながら日中は皇太子としての膨大な公務に追われているはずのその若き男は、それでも汗ひとつかかず冷然とした面持ちで稽古場へやって来ると、その日の進捗を淡々とチェックしていく。

 言葉を発することはけして多くはなかったが、一日を締めくくる稽古を見た後にはケイを含む全員に向かって必ず労いの声をかけた。


「昨日よりずっとよくなっている」、と。


 ただ、彼のインペリアルトパーズの瞳は少しも笑っていないので、冷然としたその美貌から本心を汲み取ることはできそうもない。

 

 いずれにせよ座長との手短な打ち合わせが済むと、濡羽色の髪をした劇作家皇太子ベルトルトはまた慌ただしく稽古場を出ていくのが常だった。

 一度、他の者の目を離れ悪役令嬢役の新人をそばへ引き寄せると、凍て付いた表情のままこうつぶやいたことはあったが。


「何か不足はないか、ケイ? ……そうか。次の稽古休みの日は空けておけ。お前を連れて行きたいところがある」





 ***





 この立ち稽古期間中、ケイは自室へ帰ってからも遅くまで自主練習に取り組んでいた。

 稽古場でオリヴァーやアダムと芝居を重ねるたびに、舞台役者として自分に欠けているものをまざまざと感じさせられる。

 どうにかして彼らに付いていきたかった。

 足手まといにならないように。


 生まれの貧しいそばかす娘で、ずっと人とは距離を取ってきた自分。

 いや、本当は、そもそも人との距離の取り方なんてわからない自分。

 もちろん役者としても、ずぶの素人。


 そんな自分が独りよがりにならず悪役令嬢を演じきるには、どうすればいいんだろう。

 劇作家皇太子ベルトルトの書いた舞台版「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」の台本を何度も見返しながら、ケイは試行錯誤をくり返した。


 しかしその自主練習は、数日のうちにいささか奇妙な稽古へと彼女をいざなっていく――。







 夜ふけの自主練習をはじめてから数日も経つ頃、ケイは不思議な物音に気付いて稽古の手を止めた。


 彼女の自室は皇都座の三階、その一角にある泊まり稽古者用の宿泊部屋。

 そう頻繁に使われるものでもないので、利用者は自分だけ。

 深夜帯は特に、フロアごとしんと静まりかえっている。


 しかしその夜は、廊下をパタパタと走る足音がした。

 遊技場ではしゃぎまわる子どものような、軽やかな足音。


(……こ、こんな時間に、いったい誰だろう?)


 気にしないわけにもいかず、ケイは部屋の扉をわずかに開けて隙間から辺りをうかがった。


 ちょうどその時、薄暗い廊下の角を曲がって青白い人影が階下へと消えていくのが見えた。

 一瞬のことだったが、消えた人影はやはり子ども、たぶん小さな男の子みたいだった気がする。


 どうやってここへ入り込んだのか知らないが、もしも迷子だったりしたら大変だ。親御さんだっていまごろ心配しているに違いない。


 かすかにこだまするその足音に導かれるように、ケイはそっと部屋を出た。 





 ***





 深夜の皇都座。


 足音のこだまを引く青白い小さな人影を追いかけ、ケイはメインホールへのドアを押し開けた。


 ……メインホール?


 おかしい。こんな時間にここの鍵が開いているはずはない。

 それに新米の身であるケイにとっては、まだろくに足を踏み入れたこともない場所だ。


 高い天井と、半すり鉢状に並ぶ無数の観覧席。

 その間を縫う通路を駆けて、青白い男の子の影があっという間に舞台へよじ登っていく――。

 幕は上がっていて、公演中は締め切られる明り取りの小窓からも、舞台を照らすようにまばらな月影がこぼれていた。

 

(……ね、ねえ、待って! か、勝手に上がっちゃ、ダメだったら……!)


 困惑して後を追うケイのことを、板の上から男の子が呼んだ。


「お姉ちゃん、早く。こっちだよ」


 お姉ちゃん?

 そう呼ばれ、ケイは自分がうっかり男装せずにここへ来てしまったことに気付いてギクリとした。


 劇作家皇太子ベルトルトにも座長イゾルデにも口酸っぱく言われているというのにまったく情けないが、いまさら嘆いても後の祭りだ。

 カツラもかぶっておらず、地毛のストロベリーブロンドはいつものバレッタでまとめたきり。

 身なりも、自主練習の妨げにならない簡素な布のワンピースのままである。


 仕方なく舞台へ上がると、ケイは半ば腹立ちまぎれに小さな声で男の子を叱りつけた。


「も、もう、ダメじゃない、こんなところに上がり込んじゃ。君、もしかして、ま、迷子なの? えっと、……お名前は?」

  

 ケイの真っ赤なふくれっ面を見てキャハハとひとしきり笑ってから、その男の子は言った。


「ボクはね、コンスタンティンっていうんだ。お姉ちゃんは、ケイちゃんでしょ」


「!? ……ど、どうして、わたしを知ってるの?」


「だって知ってるよ。だいじょうぶ、お姉ちゃんが女の子だってこと、ボクは黙っててあげる。その代わり、一緒にお芝居の稽古をやらせてよ。ボクね、役者さんになるのが夢なんだ」


 渡した覚えのない新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」の台本を手に、男の子コンスタンティンはおもむろに王子役を演じはじめる。


「わかってくれロザレーヌ。これは恋とか愛とか、そう言った問題ではないのだ」


 ――それは、年端もゆかぬ男の子が遊び半分にするレベルの芝居ではない。


 もともと才能に恵まれた者が、物心ついてすぐからたゆまぬ鍛錬を積み重ねた果てにようやく得られるような、そんな演技だ。

 オリヴァーのそれとはまた別物の、彼だけになしえる芝居。


(……す、すごい)


 置かれた状況も深夜の眠気も忘れて、ケイは一瞬で目を奪われた。

 不思議な青白い少年、コンスタンティンのその演技に。


 理屈ではなく。

 芽生えはじめたばかりの悪役女優魂のままに、ケイは気付けばその演技に応じていた。応えずにはいられなかったのだ。

 

「御言葉ですがラファエル殿下、恋とか愛とか、それ以外わたくしたちに問題とすべきものがございまして……?」


 こうしてこの夜から、王子役の少年コンスタンティンと悪役令嬢役の新人天才女優の奇妙な舞台稽古は始まったのである。

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