SCENE 6
はてさて、早くも稽古場で行われることになった、舞台役者たちの初顔合わせ。
しかしながら、皇都座座長イゾルデの掛け声でこの場に集められたのは、ケイを含めてもわずか三人。
精鋭の若きメインキャストのみだ。
すなわち、こたびの新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」における王子役の看板俳優と、ヒロイン役の美しき女形役者、そして悪役令嬢役の新入りケイの三名である。
(……ぅう、き、緊張する……)
事前に座長から王子役とヒロイン役の二人について多少聞かされつつ稽古場までやって来たものの、それでもケイの体は無意識にこわばる。
無名ながらも演技の才能を認められ、突然決まった、悪役令嬢役への抜擢。
それに加えて、人とずっと距離を取って生きてきた貧しい娘ケイには、この状況での正しい振る舞い方など想像もできない。
人との距離の取り方なんてわからない……。
おまけにケイは、ゆえあって慣れない男装に身を包んでいる。
信頼のおける舞台関係者ということで、これから挨拶を交わすメインキャスト二人にケイが女であるという素性は通達済みのようだが、用心のためドレスリハーサルや公演本番以外はどんな状況でも極力男装を貫いておくよう劇作家皇太子ベルトルトから言われているから。
舞台の上は、女人禁制。
その禁を覆せるまで、ケイもあくまで建前上は、女形の男優を装うように――と。
まったくもって、なんとも奇妙な事態だ。
はたと見渡せば年季の入った板張りの床に、三方を鏡面で囲われた手広な稽古スペース。
その一角に置かれた、ありあわせのソファーセット。
稽古着姿のメインキャスト全員が着席するや、座長の仕切りでもうさっそくたがいの自己紹介らしく。
ケイ以外は皆すでに勝手知ったる仲のようで、自然、新入りを取り囲むような格好で初顔合わせは始まった。
堂々と口火を切るのはケイの正面に座す王子役、赤髪のキラキラ男子。
「皇都座へようこそ、ケイ。オレはここの看板役者、オリヴァーさ。『聖ドキ』では王子ラファエル役だけど、舞台の下でなら君のプリンスになってあげてもい・い・よ?」
「……ひ、ひぇっ!?」
なぜか台本ごといきなり手を取って口説かれ、文字通り眼前までズイと迫ってきた赤髪のキラキラ男子フェイスにケイは思わず変な声をあげた。
「オリヴァー……、あんた盛大にひかれてるわよ。もう、ケイが戸惑ってんじゃないの。いい加減そういうチャラいのやめな」
座長イゾルデが見かねていさめるが、当の王子役は赤まつ毛に縁どられた飴色の瞳をさらにきらめかせると、ケイの男装をものともせず懲りずに近付いてウインクしてくる。
「大丈夫、怖いのは最初だけだよ。一から十まで、オレが手取り足取りエスコートしてあ・げ・る」
王子ラファエル役、オリヴァー。
――皇都座生え抜きの若き看板役者。
十代前半の育成校在籍中からプロの舞台で活躍しており、演劇校卒業まもないながらキャリアは充分。観客からも大人気で演技にも華があり、特に女子層の支持率は演劇界でも断トツのナンバーワンだとか。
それもうなずけるアイドル系の赤髪美男子だが、あまりにグイグイと距離を詰めてくるのでケイとしてはたじろがざるを得ないところだ。
さいわい、はす向かいにいた別の金髪男子がお調子者のオリヴァーを横へ押しやり、助け船の美声でピシャと割り込んできた。
「その辺におしよ、王子様。あまりはしたない真似をされては、皇都座にもこの芝居にも傷がついてしまう。……どうも、ケイ。僕はアダム。『聖ドキ』のヒロイン・マリー役で、君と共演させてもらうよ。仲良くやろうね」
劇中のヒロインたるマリー役を務めるは、このアダム。
カールのかかった金髪のミディアムヘアに碧眼の、まるで女の子のように清純清楚な容姿。
――代々女形を輩出する千両役者家系の、ご令息だ。
デビューはオリヴァーよりさらに早く、児童劇団の子役時代から女役を演じているとか。
育成校は飛び級首席で卒業。歳はオリヴァーの二つ下で、このアダムはケイと数え年こそおそらく同じらしいがプロ中のプロ。
劇中歌のある舞台作品では、美声のソプラノを披露することもあり大評判だという。
「ケ……ケイです。あ、悪役令嬢ロザレーヌ役です。どど、どうぞ、よ、よろしくお願いします」
三者三様の挨拶が終わると、座長イゾルデはパン、パンと手を叩いて若き役者たちをさっそく本読みに取りかからせるのだった。
日中は公務に追われ限られたタイミングでしか現場へ来られぬ劇作家皇太子ベルトルトから、イゾルデはその演出家としての辣腕を見込まれ稽古場の全権を託されていたのである。
***
新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」の、本読み稽古。
台本の読み合わせ。
その場は、新人役者ケイが悪役令嬢ロザレーヌの最初の決めゼリフを読み上げたとたん騒然となった。
「それでもわたくしは、愛に生きますわ!」
「ワオ。やるね、この子……」
「……!?」
稽古相手のオリヴァーはヒュウと口笛を鳴らし、アダムも清楚な顔で感心したように目をしばたたかせる。
彼らの眼差しは即座に、いずれもケイに引きつけられる。
そこにいるのはもはや先ほどまでつっかえながら自己紹介していた男装の新入りなどではなく、花のごとき悪役令嬢ロザレーヌそのもののよう――。
ただし。
当のケイとしては、前世から譲りうけた乙女ゲームと2.5次元舞台への愛と、そして悪役令嬢ロザレーヌへのあこがれのままに必死で演じるだけ。
周囲の反応を気にかける余裕はまったくない。
座長イゾルデの指示で抜粋されたシーンを、台本に視線を走らせながら夢中で追いかけ自分のセリフを読み上げる。
劇作家皇太子ベルトルトの手で文字に書き起こされた、実に悪役令嬢ロザレーヌらしい高飛車で魅力的なセリフの数々を。
「この学園の生徒として、恥ずかしくない振る舞いを期待したいものですわね」
「ごめんあそばせ。貴族には貴族の主義というものがございますの」
「たとえ何人の王子妃候補がいようと、殿下の瞳に映されるべきは正統な婚約者のわたくしよ」
――ちょっと、ケイ?
「ありえませんわ。厳しい妃教育に耐えてきたこのわたくしが、たかが平民で田舎娘のマリーごときに後れを取るなんて」
「許せないものは許さない。正すべきものは正し、導くべきものは導く。あるべき場所に愛を咲かせる。代々貴族とはそうやって生きてきたのですわ。そしてそれこそ、わたくしの人生。ええ、たとえ何があろうと」
――ちょっとちょっと、……ケイったら!
「それでもわたくしは、愛に生きま」
「はい、そこまでそこまで! ケイ、ストーップ!!」
(――?)
座長イゾルデの急な制止に、ケイはようやくはたと気付いて台本の世界から抜け出す。
顔を上げると、そこは稽古場。ソファーセット。
王子役のオリヴァーとヒロイン役のアダムが、なんだか困ったように目を見合わせていて。
「少しケイと二人にしてくれるかしら?」
座長イゾルデがそう言うと、看板役者二人は鷹揚にうなずいて席を立った。
「また明日ね、ケイ」
と、オリヴァーは去り際に赤まつ毛でウインクを寄越し、アダムも清純清楚な軽い会釈で部屋を出ていく……。
(ど、どうしちゃったんだろう?)
ケイの感じる違和感と疑問に、ソファーに座り直し答えてくれたのは座長イゾルデだった。
組んだ足の上に頬杖を突き、なだめるように、教え諭すようにベージュ髪のワンレンボブが傾いでため息まじりに告げた。
「ねえ、ケイ。――ううん、ケイちゃん。あなたの演技って素晴らしいわ。役への理解、キャラクターへの愛情に満ちてるし、それがあなたの表現に揺るがない軸のようなものをもたらしてる。普段がどうかは別として、花のごとき悪役令嬢ロザレーヌを演じるときのあなたは、ちょっと神がかってるわね。ただ――」
座長にして演出家イゾルデの瞳は、悪役女優として天性の才能を持つであろうケイをまっすぐに見据えたまま続ける。
「あなたはまだ、ひとりきりで演技をしてる。良くも悪くも『独演』よ。おそらく他人と接するのが得意じゃないのね。さっきの読み合わせ、オリヴァーともアダムとも途中からまったく噛み合ってなかった。間の取り方、演技の呼吸の合わせ方、そういうのは、他者との繋がり抜きには果たせないものなんだよ」
独演。
それも、悪い意味での。
イゾルデの指摘は適格だった。
本読みの間ずっと、ケイは稽古相手二人の存在を視野の脇へ追いやっていた。
無意識に、でもきっとあえてそうしたのだ。そうしないことには落ち着かなくて、役に入り込めないから。
ずっとずっと、人とは距離を取って生きてきた。
違う。
そもそも人との距離の取り方が、全然分からない。
惨めな自分を、恥ずかしいわたしを、誰にも見つけられたくない。
見られたくない。
本当のわたしはけっきょく、ただの貧民街育ちの暗い目をしたそばかす娘なんだから。
「……は、はい……」
指摘にうなだれてそう返事するケイのおでこを、けれど座長イゾルデはツンと指先で押し上げ、明るくこうたしなめるのだった。
「天才娘がくよくよしないの。荒療治だけど、明日からみっちり立ち稽古しよう。さあ頑張んな、新入りケイ。本番は待っちゃくれないんだからさ!」




