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SCENE 5

 生まれが貧しく、暗い柘榴石(ガーネット)の瞳をしたみすぼらしい娘。


 そんなケイの生活は、一変した。


 無名ながらも演技の才能を認められ、突然舞い込んだのは、悪役令嬢キャストオーディション合格という珍事。

 が、喜びも束の間。

 なんと、その新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」公演初日までは、あとひと月半ほどしかないという。


 数日中には告知を打ち、一カ月後の皇都花火祭りの翌日、皇都座で催される仮面舞踏会の余興として試演、いわゆるトライアウト公演を行う。

 試演が滞りなければ、その後に本格的な興行としてあらためて公演日程を組んでいくのだとか。


 むろん舞台経験のない素人娘ケイは、劇場皇都座に住み込みで本番までみっちり役者としての稽古を受けることに。

 いかに悪役令嬢を演じる天性の才能を見込まれたとはいえ、新人悪役女優が学ぶべきことは山と待っていよう。


 皇都座三階の一角に位置する、泊まり稽古者用の宿泊部屋。

 その新たな住まいでいま、ケイは渡された正式な台本を読み込んでいた。

 今日はこれからメインキャストとの顔合わせと、本読みが予定されているのだ。


 ベルトルト作の舞台版「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」の台本は、やはりケイの前世の記憶にあった乙女ゲームとうり二つのあらすじのようだ――。


 平民ながら聖なる魔力を持つ少女マリーが、貴族の通う魔法学園で特待生として奮闘しつつ、同級生の王子ラファエルと恋に落ちる。


 ヒロインであるマリーと王子の恋路には、王子妃候補たる悪役令嬢ロザレーヌがことあるごとに邪魔立てをする。その悪行は貴族としての誇りと責任感の裏返しではあるのだが、けっきょくは衆人環視のもと王子によって断罪され、悪役令嬢ロザレーヌは婚約破棄の上に国外追放。

 かたやヒロインは晴れて王子妃となりハッピーエンドを迎える。


 主人公たるヒロイン、結ばれる相手役の王子、そして悪役令嬢。

 それぞれの生きざまと織りなされる三角関係が、乙女ゲーム版の魅力そのままに、いや、その魅力をさらに異次元へ引き上げようとするかのような美しい筆致とセリフ回しで見事に再構成されている。

 皇太子でありながら本作で劇作家ベルトルトとしてもデビューするという奇妙な肩書きのあの人は、いったいどうやってこんな素晴らしい台本を書き上げることができたのだろう?

 

 娯楽的でありながら、ファンタジックで、かつ、ロマンスたっぷりに。

 実際にこれが舞台で上演されたとしたら……。

 その光景を思い浮かべるだけで、胸はほのかに甘く締めつけられる。


(――ふぅ……)


 一息入れて、ケイは室内を見回した。

 

 皇都座はメインホールの他にも稽古場やラウンジ、ミュージアムなどを含む四階建ての大規模劇場だ。


 三階にあるこの宿泊部屋はもともとがニ、三人での合宿を想定した造りのためスペースはかなり広い。そう頻繁に使われるものでもないので、利用者はケイのみだが。

 やたらと豪奢な装飾の家具や調度品がしつらえられているけれど、これらはベルトルトの計らいで不便のないように皇宮から運び込まれたものらしい。

 貧民街育ちのそばかす娘ケイには過分にもほどがあるが、悪役令嬢の役作りにはある意味で活かせるだろうか。


 大きなクローゼットを開けて見れば、そこにはケイの体型にほぼピッタリな衣類が稽古着から平服、部屋着や寝衣、男装用の紳士服からカツラにいたるまで抜かりなく取り揃えられている。これも夜ふけに通りでケイを見かけたベルトルトの問答無用の依頼を受け、委細も知らぬ皇室御用達の仕立て師が一夜ですべてを寄越したのだとか。


 男装用の簡素な稽古着に袖を通し、結い上げまとめたストロベリーブロンドの上からケイは桑の実色をしたショート髪のカツラをかぶる。

 姿見の前に立てば、女形の新人男優「ケイ」のできあがりだ。

 

 この国では、舞台の上は女人禁制。

 女が板の上に立てば、首が飛ぶ。

 芝居の女役は、若い男か少年が演じるのが掟。


 いにしえから続くその禁を破って悪役女優を採用するなら、何が必要となるか。

 悪役令嬢を演じるケイの才能を埋もれさせず、やがて来る開花まで守り抜くために。


 オーディション室にケイを呼びつけた日。

 劇作家皇太子ベルトルトは、無用な心労を課さぬようケイの母カレンを従者に療養施設へと引き取らせた後、冷然とした面持ちのままこう告げてきたのだった。


「舞台を女人禁制にするなど、愚かな慣例だ。だが、どんなに時代にそぐわぬ慣例であっても、それを覆すには相応の根拠を示さねば。その根拠こそが、ケイ、お前だ」


 まっすぐにケイを映すそのインペリアルトパーズの瞳は、冷ややかだが少しも揺らぐことはなく。

 鋭利な月のように薄い唇を、確固たる誓いの言葉に動かして。


「『聖ドキ』公演成功のあかつきには、お前の素性を明かし現真教皇聖下に法令の撤廃を進言する。悪役令嬢を演じるお前の演技と才能が認められ、慣例が覆り、女人が堂々と舞台に立てる日はかならずや訪れるとここに誓おう。だがその日までは」


 そう、その日までは。


「ケイ、お前には女を捨ててもらう」







 それが、劇作家皇太子ベルトルト、皇都座、新人悪役女優ケイの三者間における約束事となった。

 すなわち。


 舞台の上で悪役令嬢を演じる時以外、ケイは男装し、性を偽って女形の男優として振る舞うこと。


 いわば、二重の演技生活。

 板の上では悪役令嬢を演じ、舞台を降りれば女形の男優を装う人生。

 ケイの素性を知る者は、「聖ドキ」に携わる主要な舞台関係者のみ。

 さいわい、「ケイ」という名は、この国の民にとっては容易に性別を断じかねる響きである。まして移民のそれともなれば、男性の名であってもまあ取り立てて不自然はなかろう。


 はてさてそんな新生活のはじまりを、宿泊部屋のドア越しに皇都座座長イゾルデがあらためて宣言した。


「さあ、期待の新入り、ケイ! 準備ができたら稽古場に行きましょう。メインキャストと初顔合わせよ!」

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