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SCENE 4

 冷然たる皇太子。


 その者の名は、ベルトルト・フォン・ラークライゼン。


 ラークライゼン皇国を治める現真教皇を父に持ち、男子成人の儀から史上最速でエリート枢機卿に就任。以来、類まれな政務の才を容赦なく発揮。

 武芸にも秀で、いまやその剣さばきは聖騎士団も舌を巻くほどの剣聖。


 スラリと背高で精悍な肉体。

 見目麗しき完璧皇子。


 鼻筋の通った端正な顔立ち。薄い唇。

 青味がかった濡羽色の髪に、切れ長な光の筋を引くインペリアルトパーズの瞳。

 けしてこれ見よがしではないが、着ている衣服も身にまとうオーラも明らかに高貴なる者のそれ。


 齢二十一、二にして、同盟国にも敵対勢力にも、まして国中で沸き立つ引く手あまたの女たちになど一切媚びぬ冷たい美貌のポーカーフェイス。

 はやし立てる美辞麗句は周囲から尽きないが、当の本人にとってそれらは香りなきそよ風も同じ。


 ベルトルト皇太子には、作家になりたいという望みがあった。

 そう、舞台の台本を書く、あの劇作家に。


 宗教国家の面をかぶった軍事強国でもあるこの国で、権威ある者たちは演劇その他の芸事を不当に見下してきた古い歴史がある。

 聖典と剣、そして作物。

 国を治め民の魂を救済するのはこの三つ。それ以外は低俗で取るに足りぬ物だ。

 厳しい皇子教育の中で、ベルトルトも基本的にはそう叩き込まれてきた。


 だから劇作家になりたいという夢を、彼はずっと押し隠していた。


 夢……。

 そもそもベルトルトがこの奇妙な願望を抱くようになったのも、ある幼き日、目覚め間際に見た夢がきっかけだった。


 夢の中で、幼い彼は一作の台本を書き上げた。

 いや、自ら書き上げたというよりは、夢の中で賜ったと言う方が正しかろう。

 芝居など、閉鎖された皇宮御所生活の中で一度も見たことのなかったベルトルト皇太子なのだから。


 目覚めて朝まだきのベッドに半身を起こしたとき、彼の頭の中には新作演劇の台本が、始めから終わりまで完璧な形で収まっていた。

 おまけに、劇中主題歌の譜面に至るまで。

 彼の目覚めに気付いて宮仕えの女官たちが部屋に入ってくる前に、ベルトルトはそっと書物机に移って台本のあらましを手近な紙に書き綴った。劇中歌の譜面も走り書きした。台本の書式も記譜の仕方も習ったことすらないはずなのだが。

 蝋燭灯のもとで羽根ペンを動かしていると目の端からなぜか涙がひとしずくつたい落ちたが、気にかけている余裕はなかった。


 書き終えた台本を鍵付きの引き出しにしまいベルトルトが再びベッドへ横たわったのと、夜明けとともに世話好きな女官たちが恭しく部屋へ入ってきたのはほとんど同時だった。

 それからベルトルトは、いつもの完璧な皇太子に戻った。

 もうかなり昔の、静かな朝のことだ。







『聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園』

 

 それが、ベルトルト皇太子がかつて書き上げ、成人した現在なお大切にあたためている台本のタイトルだ。


 芝居の筋書きは、こう――。


 平民ながら聖なる魔力を持つ少女マリーが、貴族の通う魔法学園で特待生として奮闘しつつ、同級生の王子ラファエルと恋に落ちる。


 ヒロインであるマリーと王子の恋路には、王子妃候補たる悪役令嬢ロザレーヌがことあるごとに邪魔立てをする。その悪行は貴族としての誇りと責任感の裏返しではあるのだが、けっきょくは衆人環視のもと王子によって断罪され、悪役令嬢ロザレーヌは婚約破棄の上に国外追放。

 かたやヒロインは晴れて王子妃となりハッピーエンドを迎える。


 構成は幕間なしの一幕もの、一幕三場。

 第一場、魔法学園。話の大部分、学園生活はここで展開する。

 第二場、舞踊会場。宮廷大広間での卒業ダンスパーティー。その会場で、悪役令嬢は断罪され、王子と結ばれたヒロインは聖女の力に覚醒。国難を救い、正式な王子妃に。

 第三場、再び魔法学園。王子と結ばれたくさんの思い出の詰まった学舎を巣立つヒロイン、そして悪役令嬢それぞれの誓いを、劇中主題歌の歌唱によって表現し、幕。

 

 メインキャストは三名に絞る。

 すなわち、主人公たるヒロイン、結ばれる相手役の王子、そして悪役令嬢。

 それぞれの生きざまと織りなされる三角関係が、あくまでもこの演目の軸だ。

 総上演時間は時計の長針一回り半ほど。

 

 芝居といえばほとんどが聖典に基づいた寓話か童話劇のような物ばかりのラークライゼン皇国にあっては、前代未聞の娯楽的なファンタジックラブロマンスである。


 世情に逆らいこの作品「聖ドキ」の公演を実現させるためには、周到な用意が必要だろう。

 むろん、演劇は作家一人でなせるものではない。

 役者、演出、衣裳、音楽、座長……その他すべてにおいて、前例なき芝居を成功に導けるだけの人選こそが鍵を握る。


 長い時間をかけ、必要ならば時に己の皇太子という立場に物を言わせてでも、ベルトルトは精鋭の人材を選び抜いた。

 どういうわけか悪役令嬢役の人選だけが難航し、非公開の動きだけではこれという女形の役者を見つけられなかった。

 そう、この国では舞台の上は女人禁制。女役は若い男か少年が演じる。


 やむなく、悪役令嬢役のキャストオーディションを一般公開形式に切り替えた。

 そして。





 


 そして、ケイを見つけた。

 皇都座の窓辺から眺め下ろす、夜ふけの静かな通りで。


 他に人影もないその場所で、花のごとく悪役令嬢ロザレーヌを演じる娘がそこにいた。


 ――ついに、見つけた。


 ベルトルトは茫然と見惚れながらそう思った。


 永らく夢に描き続けたままの、イメージそっくりの、いやそれ以上の輝く似姿にめぐり逢って。


 彼女を見つけたこの瞬間が、いまここが、自分の世界のはじまりだ。

 本物の人生の幕開けだ。

 かりにこの生涯が、避けようもなく尽きる宿命にあろうとも。


 劇作家皇太子ベルトルトは確信する。


 出会えるはずのない人に出会って、時に予想を超える展開さえ訪れて。

 それでも。

 いま、たしかに舞台は動きはじめたのだ――と。

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