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SCENE 27

 ついに今日、夫婦の誓いが立てられる。


 花嫁の控室ではいま、新皇太子妃ケイが真紅のウエディングドレスに身を飾られドレッサーの前にチョコンと腰かけていた。


 着付けは仕立て師ダミアン監修のもと、宮仕えの女官数名が手伝ってくれた。

 ケイはまるで着せ替え人形のように、借りてきた猫のように髪結いもメイクもされるがままである。

 皇族としてひどく丁重に扱われることに、まだまだ戸惑いを感じてしまうのだ。


 鏡に映るのは、彫りの浅いそばかす顔。

 一重まぶたに暗い柘榴石(ガーネット)の瞳。

 小さく尖った鼻筋と、引き結ばれて歪んだ色の薄い唇。

 貧素で骨ばった体にはほとんど女性らしい凹凸がない。


 そんないかにも貧民街育ちの移民娘然とした自分の容姿が、素晴らしいドレスと巧みなヘアメイクのおかげで様変わりする。

 その変化に、我ながら気後れしてしまうほどに。


 しかし本人のそんな内心はさておき、結い上げる彼女のストロベリーブロンドや間違っても豊満とは言えぬその体型と見事な調和を果たしたウエディングドレスの出来栄えに、仕立て師ダミアンは満足げに天を仰ぎ歓喜した。


「ああケイ妃殿下、なんとお美しい! まさに完璧な仕・上・が・り!」


 作り手のえこひいきと自画自賛を差し引いても、その真紅のウエディングドレスは誰の目をも惹きつけるほど新婦によく似合っている。

 悪役令嬢役の衣裳ドレスと共通する真紅の色合いながら、こちらは装飾を排したオフショルダーのプリンセスライン。

 計算しつくされたシルエットと高貴なサテン生地のドレープのみで、花嫁の魅力を最大限に輝かすことに成功している。

 あとはその小顔に柔らかなベールを下ろすのみだ。


 ブライズメイド代わりの若き女官たちが思わずその様に見惚れていると、控室の戸口に皇都座座長イゾルデが現れて新婦に告げた。


「ケイちゃん、お母様がいらしたわよ」


 およそ一月以上振りの、母娘の対面である。 

 郊外の療養施設から駆けつけたのは、ケイの母カレン。

 その姿は、家にこもっていた頃よりいくぶん元気そうで血色もよかった。

 貧民街のベッドの上でくだを巻いているしかなかった母が、しゃんと両の足で立って揉み手をしながらこちらをうかがっている。

 振り向いてようやくそのことが確認できただけでも、ケイは素直に嬉しかった。


「ケイ……、お前……こんなに、……こんなに綺麗になって――」


 母がそうつぶやきながら、おずおずと近づいてくる。


 いつか。

 いつかこの人にも自分のお芝居を見てほしい。悪役令嬢を演じる自分の姿を。

 まだドレスを崩せないため椅子に座ったまま母を見上げながら、ケイはなぜかそんなことをふと思う。


「――おめでとう……、本当におめでとう、ケイ。ダメな母さんでごめんね。どうか――、どうか幸せにおなり」


 顔をくしゃくしゃに歪めて、母の頬に涙がつたう。

 そんな母の下ろしてくれるベールが、ケイの視界を柔らかく包む。


 悪役令嬢キャストオーディションの日も。

 そして、今日のこの時も。

 自分の大切な場面には、けっきょくいつもあなたがそばにいてくれた。

 お母さん。 


 ケイはその思いのままに、ベールの下で不器用に微笑んで伝えた。


「ありがとう、お母さん。わ、わたし、――幸せになるね……」





 ***





 大聖堂の鐘の音が、結婚式の始まりを告げる。


 会場となる本堂には列席者がすでにそろい、聖壇前に立つ濡羽色の髪をした新郎と共に待ちわびている。

 花嫁の到来を。


 そこに伸びるバージンロードを、ケイはゆっくりと歩いていく。

 母のエスコートにも助けられながら。

 歩む道を清めてくれるかのように鳴り響く少年合唱団の聖歌は、宮廷楽師マルコの指揮。

 

 迷うことなく、いま、ケイはたどり着く。

 その人の――新郎の隣へ。

 劇作家皇太子と、新人悪役女優。

 二人が静かに向かい合うと聖歌が止み、聖壇の司祭が口を開いた。


「皇太子ベルトルト・フォン・ラークライゼン、新皇太子妃ケイ。汝らの結婚と永遠の愛の契りの為に、我々は今日ここに集いました」


 聖典の朗読と祈祷とを織り交ぜながら、そして司祭は問う。

 まずは、高潔なる白き礼装の新郎に。


「ベルトルト殿、汝はこのケイを妻とし、聖なる献身で生涯守り抜くと誓いますか?」


「はい――」  


 気付けばすっかり心地よく耳に馴染む、冷然とした声。

 色ガラスの大天窓からあまたの光を受けとめて、インペリアルトパーズの瞳が花嫁をその中心に据え答えた。


「誓います」


 夢も奇跡も越えて。

 だからケイも彼と誓う。


「そしてケイ殿、汝はこのベルトルトを夫とし、夜明け前の最も暗い闇にさえ惑わぬ愛を、生涯捧げ抜くと誓いますか?」


 その答えにふさわしい言葉を、彼女はもう知っているから。

 ――きっと、つっかえずに言える。


「はい、それでもわたくしは、愛に生きますわ」


 歓声が列席者たちから上がり、その多幸感の中で指輪の交換は行われる。

 ついこの前まで、清掃婦仕事に荒れ放題だったケイの薬指に。

 ゴツゴツとした大きなベルトルトの手、その繊細な薬指に。

 たがいの愛を証明する指輪は、ぴったりと嵌まって。


 そして、夢も奇跡も凌駕する美しいベールをくぐり、まるで別世界に塗り変わるその場所で、二人は誓いの口づけに目を閉じた。





 ***





 挙式の後、この幸せな一日は新皇太子夫妻のお目見えパレードへと続いた。


 大聖堂に入りきれなかった者たちの撒きかけるフラワーシャワーを浴び新郎新婦が馬車に乗り込むと、その朗らかな蹄の音は皇都の中心街をゆっくりと一巡した。

 手を振る仲睦まじそうな皇太子夫妻の姿に民は歓喜し、その賑わいに送られるようにやがて馬車は皇宮御所の迎賓館に到着。


 館で盛大に執り行われた披露宴でのエピソードもまた心あたたまる素晴らしいものばかりで、挙げていけばきりがない。

 とりわけ、ケイの劇団仲間である看板役者オリヴァーと女形アダムによる余興芝居は来場者を大いに沸かせた。

 新郎新婦の馴れ初めを再現したそのロマンス演劇は軽妙洒脱でありながら、人生の驚きやもどかしさ、そしてだからこそのかけがえのない愛の尊さを見事に伝えてくれていた。


 時にたがいを見つめ合いながら劇を眺めていた新郎新婦二人のまぶしそうな素顔が、その何よりの証拠ではあろう。

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