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SCENE 21

 新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」。


 その初演は成功し、盛況冷めやらぬままにカーテンコールを迎えた。

 にぎやかな口笛が、満場の手拍子が、皇都座の一団をいま一度舞台へ呼びもどそうと煽る。


 いったんは閉じられたベルベットの幕がステージ中央から左右に割れて引き上げられ、さあ舞台には悪役令嬢を演じたケイを含むメインキャストが横一列に並んで再登場する……かと思われたが。


 唐突にも板の上に姿を見せたのは、ただ一人の不気味なほど場違いな男。

 その厳めしい黒装束の巨漢が、あぶらぎった顔の口髭をひねって冷やかにこうほくそ笑んだ。


「どうも、ご来場の皆々様。ここからが本当の見せ場だ。この私、憲兵総局長バルタザールが、世にも素晴らしき公開処刑をご覧に入れましょう」


 いったい、何ごとだろうか?

 どよめく客席をまあまあとなだめる芝居じみた手振りで、憲兵総局長の弁舌がそして始まる。


「驚きはごもっともです。だがまあ、簡単に言うとですな、いましがた皆様がご覧になったこの演劇には、重大な法令違反がございました。実に看過しがたい蛮行です。何しろこの神聖な舞台に、女を上げていたんですからな」


 劇場のざわめきは、その一言でいっそう大きくなった。

 この国では、舞台の上は女人禁制。

 禁を破れば、首が飛ぶ。

 それは誰もが知る、太古からの習わしなのだから。


「つい先ほど、たび重なる実地見聞と周辺調査を照らし合わせこの罪を確信した我われ憲兵総局は、皇都座に対し捜査協力をお願いいたしました。すなわち、今日の芝居で悪役令嬢を演じたケイという人物の、身体検査をさせて頂きたいと。だがあいにく断られましてな。で、こうすることにします。――おい、連れて来い」


 数人の憲兵が局長の指示に従い、舞台袖に取り押さえた皇都座一団の一人を引きさらすように舞台中央へ投げ入れた。


 手枷を嵌められ倒れ込んだそのストロベリーブロンドの罪人は、そう、ケイ。

 こたびの演劇で悪役令嬢を見事に演じきった新人役者である。

 身にまとうのは美しい真紅のロングドレス。

 劇中でも最も印象的だったその装いは、おそらくカーテンコールにこたえるためのものであろうか。


 しかしせっかくの衣裳はあえなく踏みにじられる。

 憲兵総局長バルタザールが、ケイを蹴倒して踏みつけにする。


「ウッ! ウ、ウゥ――」


 ブーツの下でもがく新人悪役女優の首筋に、もはやバルタザールの抜いた剣が振り下ろされようとしているのはあきらかだった。

 空いた片手で口髭をひねりながら、バルタザールは客席を見回し言い放つ。


「この者、ケイは女です。裏を取るのにいささか手間はかかったが、間違いなく、貧民街育ちの教養のない移民娘だ。そしてさらに嘆かわしいのは、どうやら巧妙な隠ぺい工作までしてこんな不浄な娘を女人禁制の舞台に上げたのが、何を隠そう今日の芝居の劇作家にして我が国の皇太子らしいということです。そうですな、ベルトルト殿下? おられましたら、張本人として何卒ご登壇願いたい!」


 大仰な呼びかけが、広い劇場のメインホールに響きわたる。

 と、ほどなく客席の奥の暗がりから、冷然たる足どりが迷いなく舞台に上がってきた。

 劇作家皇太子ベルトルト。

 その登場に、劇場内を今日一番のどよめきが見舞う。

 パンフレットに書かれていたその新人劇作家ベルトルトなる人物が、よもやこの国の皇太子当人であるなどとは多くの者が本気にとりあっていなかったようだ。


「事実は台本よりも奇なり、とはよく言ったものですな、殿下」


 黙したままの皇太子を尻目に、憲兵総局長は舞台の主役さながらの張りきり振りで一気にまくし立てた。


「まったく、かりにもこの国の皇太子が、劇作家を気取ったかと思えばまさかこんな貧困移民の娘を舞台に上げるとは。残念ながらベルトルト殿下、あなたは我が国の法と伝統を忘れ、気でもお振れあそばされたに違いない。ここは一つ、この憲兵総局長バルタザールめが模範を示し、罪人の首を教訓にこう進言して差し上げるしかなかろう」


 中空に、断罪の剣が舞台照明を映してひらめく。

 あぶらぎった男の野太い声が、欲望そのもののような野蛮さで処刑者のセリフを吐く。


「舞台の上は女人禁制。これは古より続く決まりなのだ。女なんぞ、絶対に舞台へ上げてはならん。では、罰を」


 宣告とともに、剣が即座に振りかかって。

  

 ケイはギュッと目を閉じる。

 それは彼女に残された最期の一瞬。

 まぶたの裏に、目前にした人の顔が浮かぶ。

 劇作家皇太子ベルトルト。

 その人との数日間が、走馬灯のように回る。


(か、神様、お願い――)


 理屈を越えてケイがそう願いかけた、まさにそのせつな。





「よい、そこまでだ」





 威光にみちた厳粛なる声が、桟敷席の一角から立ち上がった。





 ***





「よい、そこまでだ」


 威光にみちた厳粛なる声が、桟敷席の一角から立ち上がった。


 その人影は法衣に覆われいまだメインホールの闇の中にありながら、一声で満場の民をひれ伏させる。

 下々の茶番に、厳かな慈愛の水を打つがごとく。


「余はすべてを見ておった。我が名、真教皇ゲラルト・フォン・ラークライゼンの名において、ここに裁定を下そう」


 劇場にいる誰もが畏敬の念にひざまずき即座に顔を伏せるなか、その神聖な深い声音だけが語ることを許される。

 君主の声だ。


「今日は忍びでこちらへ参った。よい芝居を見た。そしてたったいま舞台が終わるとすぐ、皇太子ベルトルトから我が国での女優解禁の嘆願を直に受けとった。女人禁制のしきたりを取り払い、女たちが正当に活躍できる国として舵を切るべきだ、とな。やれやれ、歴史の重みもかえりみずたやすく言ってくれるものだ。有能な跡継ぎ息子を持つのも考えものであることよ」


 わずかに口の端を上げるような気配があり、そして君主の声は続く。


「だが、よい。今日のこの芝居に、この夢に、余もたしかに未来を見た。ケイという名の娘よ――命知らずの新人悪役女優よ、そなたの花のごとき熱演は特に印象的であったな……。さて、ではいま舞台にいる者たちに次の裁定を下す」


 引き絞られた舞台照明が、役者を一人ずつ浮かびあがらせるように。  

 舞台を見下ろす桟敷席から真教皇の告げる裁定が、ステージ上の人物を順に照らしていく。


「ではまず、憲兵総局長バルタザール・アショフ」

「はっ!? ははあっ、真教皇聖下! 一番に名をお呼びいただき、光栄の極みにございます」


 この期に及んで、バルタザールは事態を誤認しているようだ。

 そそくさと臣下の礼をとりながらも、まるでこれから最上級の褒美があたえられでもするかのように浮き足だっている。

 それは実に滑稽な姿勢なのだが、横柄ぶった小者が真に偉大な君主の御前でどう立ち振る舞うかのわかりやすい見本ではある。

 なんにせよ、そんな男に告げられるみことのりは――。


「そなたの今日の働きは、ことごとくこの素晴らしき時代の変わり目にそぐわぬ行為であった。皇太子ベルトルトの嘆願と余の皇命とにより、この国は今日より女優を解禁すると決まったのだ。せっかく生まれた悪役女優ケイを足蹴にするなど、無知なる早とちりも度を越えれば重罪と知れ。もとよりそなたの横暴についてはいささか目にあまっていたところだ。貴家アショフ家を甘やかしすぎた国の長として、余もそろそろ腹の決め時であろうな。そなたの職を解き、地位と財産のすべてを没収し、鉱山送りとする」

「へへっ、ははあっ、ありがたきしあわ……え? なっ、そんなバカな!?」


 顔面蒼白でバルタザールがとり乱した隙を、同じ舞台上の冷然たる皇太子は見逃さない。

 剣柄を蹴りあげ一瞬で武器を奪い、元憲兵総局長の腕をひねって配下の憲兵たちに引き渡した。

 そして冷たく言い放つ。

 

「さっさと連れて行け」


 その凄みにはじかれるように、憲兵たちが元上官の罪人を引き連れそそくさと舞台から消えていった。

 舞台袖に取り押さえられていた皇都座の一団、イゾルデ、オリヴァー、アダムも憲兵たちから解放され、それぞれに安堵の息を漏らす。


 板の上に横たわる真紅のロングドレス姿の新人悪役女優を、皇太子がそっと抱き起した。

 拘束を取り払い、かわりに自然とたがいの指先が絡み合う。


「怪我は? どこか痛むか、ケイ?」


 そう端的に問いかける劇作家皇太子の声には、何より大切な存在を危険な目にあわせてしまった己の不手際へのイラ立ちのようなものがにじむ。

 だがさいわい、ケイ自身はほとんど無傷だ。

 その花のごとき悪役女優は、気ぜわしげに眉根を寄せる劇作家皇太子ベルトルトの腕の中で心底ほっとしたように、珍しくにへらと笑って言った。


「殿下……、や、やりました。わ、わたしたちの、『聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園』の初演は、だ、大成功――……ですよね?」


 思わぬ言葉に瞠目する劇作家皇太子は、静かな嘆息とともに答えた。


「――ああ、そうだな」


 二人のそんな様を見届けてか、高い桟敷席の闇から法衣の君主が声をかける。


「ケイ、花のごとき新人悪役女優よ、そして劇作家皇太子ベルトルトよ、そなたらにも裁定を下そう。この真教皇の名において」


 ケイもベルトルトも口をつぐみ、真教皇に向かい居住まいを正し並んで低頭した。

 そしてその続きを聞く。


「我が国は本日のこの芝居をもって、女優を解禁する。すなわちケイよ、そなたは当国史上初の女優。そなたの今後の活躍が、引き続く後進たちの何よりの勇気となろう。悪役令嬢を演じるその見事な才にさらなる磨きをかけ、我が国が誇る悪役女優としてこれから大いに励むがよかろう」


 厳粛な真教皇のその言葉に、劇場のそこここで抑えきれぬ歓声と拍手が沸く。

 

「そして皇太子ベルトルトよ。真教皇の座を継がせる前に、まだまだそなたにも公務以外にやるべきことがあったようだ。今日の芝居、『聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園』の本格的な興行とロングラン公演を望む民も多くいよう。劇作家としても忙しくなるな。そなたの才にはいつも驚かされるが、よもや、こたびのこれは天から賜ったものではあるまいな?」


 沈黙。

 まつげを伏せた皇太子に無粋な返答の意志がなさそうなのをたしかめると、真教皇は最後にこう締めくくった。


「では、あと一つ皇命を言い渡す。今日より二十日後、ケイとベルトルトの婚礼の宴を開く。余はこの命知らずの新人悪役女優を気に入った。むろん、我が息子自身はなおのことであろうがな。結婚式の会場は大聖堂とする。以上」


「なっ!? 父上!!」

「ひ、ひぇっ!? ――け、……結婚? 殿下と、……わ、わたしが?」


 降って湧いた結婚の皇命。

 慌てふためくベルトルトとケイ。


 二十日後には新婚夫婦となることがたったいま決定された二人を、ワッと満場の喝采が飲み込んで。

 その盛り上がりは、夜通しの仮面舞踏会へと続いていくのだった。

 喧噪のただ中で、ついに舞台デビューを果たしたケイのさらなる能力覚醒を告げる天の声は、やはり誰の耳にも届かぬまま。


『悪役女優ケイはレベルアップ。新たなスキルを獲得しました。

・クラス:悪役女優 LV.3→LV.4

・スキル:独演、共演、競演、+熱演』

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