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20/20

SCENE 20

「ご来場の皆様。制作陣一同を代表し、上演前にこの座長イゾルデがご挨拶申し上げます。本日お目にかけますは、新作演劇『聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園』。聖典の寓話でも童話劇でもない、乙女心に満ちたファンタジックラブロマンス。果たしてこの演劇が我が国の品位を汚す猿芝居か、あるいは人の心と世を塗り変える名作となるか、それはぜひ皆様ご自身の目でお確かめください。ではこれより、舞台『聖ドキ』、いよいよ上演開始です。さあ幕上げろ、はじまりはじまり」


 開演を告げる、座長の口上。

 ステージ中央から左右に割れ、引き上げられていくベルベットの幕。

 魔法学園の舞台セットがあらわになり。


 いくらかの拍手と、品定めのまなざしと、壇下のオーケストラピットから奏であげられる音楽監督マルコの楽団の音を浴びて。


 ここ、皇都座のメインホールの舞台で。

 新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」がついに始まった。





 ***





 舞台「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」。

 第一場、魔法学園。

 

 幕が上がると、そこにはすでにヒロインの姿がある。

 この劇の主人公、マリーだ。


 平民の出ながら、清純清楚で生まれつき聖なる魔力に恵まれた娘。

 金髪に白い学生服の愛くるしい容姿。


 貴族の通うここ魔法学園に特待生として招かれた彼女にはいま、自分のいる教室の何もかもが輝いて見えるのだった。

 

「ああ、これからこの学園で、どんな素敵なことが待っているかしら」


 むしろ、胸ときめかすマリーのその純真さこそが、あたりを輝かせているとも言えるのだが。


 いずれにせよ、皇都座付きの女形アダム演じるその少女マリーは、彼女が主役であることをその無垢なるオーラですぐさま観客に理解させた。


 と、中庭の廊下を優雅に渡って一人の赤髪キラキラ男子が教室へ顔を見せる。


「やあ、君が評判の『聖なるマリー』かい? 同じクラスになれて光栄だよ。ボクはこの国の第一王子、ラファエルだ。これから一緒に頑張ろう。困ったときは、どうか力にならせておくれ。と言っても、魔法科の成績は君の方がずっと優秀そうだけどな」


 屈託なく微笑み、小首を傾げて主人公に救いの手をさしのべる王子。

 実際、この後何度となく、王子ラファエルはヒロインの窮地を救っていく。

 そんな予感めいた頼もしさと慕わしさが、座付きの看板役者オリヴァー演じる王子ラファエルから薫り立っている。


 舞台を見つめる若い女性陣の一派から、思わず黄色い歓声が上がった。

 ファンからのエールを赤まつ毛のウインクで軽くあしらって、王子ラファエルのセリフは続く。


「共に学び、共に乗り越えよう。そうさ、マリー。たとえ千年に一度の災いが訪れる日が来ようとも」

「はい、ラファエル様。そのお言葉を道しるべに、私も自分の中の小さな輝きを、この聖なる光の魔法をひたむきに磨いてゆきたいです」


 ヒロインと王子。

 運命の二人が巡り合う。

 魔法学園の教室で、心が通じあう。


 だが、薔薇の咲き誇る中庭を挟んだ向かいの別教室――その窓辺に、そんな二人をやるせなく見つめる人影が立ち現れた。

 王子妃候補の筆頭、ロザレーヌだ。

 目下、王子とは婚約関係にある貴族令嬢。

 その嘆きが、ヒロインとは対照的な悲愴さをはらんでステージに暗く響く。


「愛しいラファエル殿下、あなたの瞳はなぜこちらを向いてくださらないの? 殿下にふさわしいのは、いくらか光魔法が使えるだけの平民娘などではないはず。幼きより厳しい王子妃教育に耐え、ずっとあなたをお慕いし続けてきたこのロザレーヌがおりますのに」


 ルージュを引いた唇が漏らすのは、すでに屈折しかけた愛のささやき。

 縦巻きにしたストロベリーブロンドの髪と、気位の高さを見せるたたずまい。

 皇都座の新人女形だというケイ演じる悪役令嬢ロザレーヌ、登場。

 するとそのいわく言いがたい華麗なる存在感に、客席のそこここから早くもどよめきが起こる。


『おい……、あの新人、なんだかやるじゃないか。まさに役そのものって感じだぜ』

『本当……、あの妙な説得力はどこから来るのかしら。演じる役を知り抜いて、完全に入り込んでいるわ』


 むろん、話題の当人に観客たちの反応など気にする余裕はない。

 ケイは演技に集中して、悪役令嬢のセリフを続けるのみだ。


「いいですとも。それでもわたくしはこの愛に、愛に生きますわ!」


 舞台はいま、発光石をふんだんに使った照明装置で光と陰とにはっきりと分かたれた。


 聖なる光の精霊たちが祝福するかのような、ヒロインと王子のいる輝かしい教室。

 かたや、それを妬ましく見つめている悪役令嬢のたたずむ窓辺は、闇の精霊たちの領分を思わせる陰りの中に。


 その暗示的な構図のままに、本作の第一場は進んでいくのだった――。


 数年にわたる魔法学園での出来事が、その印象的な場面を紡ぎ合わせるように舞台の上で展開されて。


 驚きいっぱいな魔術の座学授業、中庭での魔法実践演習とハプニング。

 休憩時間の語らい。寝る間を惜しんでの試験勉強。

 進級課題、卒業課題への挑戦。

 どんな場面も二人して、力を合わせ乗り越えていくヒロインと王子。


 カラフルな照明と蒸気を応用した舞台装置が、魔法の世界を巧みに表現して。

 光の精霊の加護のもと、主人公マリーと王子ラファエルは共に成長し、たがいに惹かれあっていく。

 真実の愛を探りあてるように。


「私、気付いたんです、ラファエル様。どんなにつらいことがあっても、たとえ世界が闇に覆われても、あなたといれば輝ける。この愛があるから、きっとずっとどこまでも、聖なる光の魔法を生みだしてゆけるって」 

「ボクもさ、マリー。君を思えばこそ、底知れぬ力が湧いてくる。この愛が、国を背負う勇気を支えてくれる」 

 

 ロマンチックな二人の恋路は、しかしこの間いく度とない横やりにさらされもするのだ。

 もちろん、そんな邪魔立てをするのは悪役令嬢ロザレーヌ。

 同級生で顔なじみになっても、たとえばヒロインの清純清楚な夢語りにさえ水をさしてはつらく当たる。


「本当の世界は光にあふれていて、星の数ほどの輝きに満ちているの。ねえ、ロザレーヌ様。いつか私の魔法も、そんな聖なる輝きの一つになれるって信じたいわ。ううん、信じてるの」

「信じるだけでは成り立ちませんことよ、マリー。国も、世界も、それに、愛だって」


 厳しい苦言を呈されてマリーは落ち込むが、その度に王子に励まされ輝く笑顔を取りもどす。

 仲睦まじく微笑ましいその様が、しかし王子妃候補筆頭にして目下の婚約者たるロザレーヌの心をしだいに黒く染めていく。

 王子ラファエルともすれ違うことが増えていく。


「わかってくれロザレーヌ。これは恋とか愛とか、そう言った問題ではないのだ」

「御言葉ですがラファエル殿下、恋とか愛とか、それ以外わたくしたちに問題とすべきものがございまして……?」


 ロザレーヌは苦悩し、孤立の果てに闇へと堕ちていく。

 貴族としての誇りや責任感、そして王子への凛とした愛。

 皮肉にもそれらが、彼女をどんどん頑なにしてしまう。

 そしてそんなある日、闇の精霊たちがささやきかけ、ロザレーヌを完全なる悪役令嬢に変えてしまった。


「それでも……、それでもわたくしは、愛に生きますわ!」


 暗い独白。 

 心のタガを失って。

 ついに悪役令嬢ロザレーヌは道を誤り、邪悪な闇の魔法でヒロインに呪いをかけ、大けがをさせかけてしまうのだった。


 劇は続く。

 その悪行と断罪を描く、第二場へと。





 ***





 皇都座の舞台が一瞬の暗転を経て、再び照明に照らされる。

 またたく間に舞台装置が入れ替えられ、場面は転換。


 舞台「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」。

 第二場、舞踏会場。


 宮廷の大広間が再現されたステージの上で、ヒロインと王子が向かいあってダンスする。

 魔法学園の卒業パーティー。

 純白のシフォンをなびかせるヒロインのドレスと、王子のタキシード。

 たがいに熱く見つめ合い、いま手を取りあって。

 うっとりとかつ親密なステップのままに、そして交わされる真実の愛のささやき。


「私、なんだか夢みたいです、ラファエル様。こんなにも輝けるときを迎えられて」

「ボクも同じ気持ちだよ、マリー。君という光に巡り合えて」


 しかしその喜びの宴に、突然の大惨事が降りかかる。

 天井に吊られている大きなシャンデリアの一つが、暗黒の炎と化しヒロインめがけて落ちてきて。


「危ない、マリー!」

「きゃあっ、ラファエル様」


 さいわい、王子のとっさの機転で二人はその場を飛びすさり、事なきを得たものの。

 だが、ああ、一歩間違えば、ヒロインの体はどうなっていたことか。


 砕け散ったシャンデリアの暗い火影。

 その揺らめきのはるか奥にたたずむ者は……。

 なんと、そう、肩で息する悪役令嬢ロザレーヌだ。


「――はぁっ……はぁっ……」


 邪悪な闇の魔法で、たったいまヒロインに害をなそうとした女。

 まとう衣裳は、雅やかな真紅のロングドレス。

 宙空に手をかざしたまま、その表情は闇の精霊にとり憑かれた苦しみと、いまだ凛然と残る王子への愛のはざまで懊悩している。

 

 それでも、裁かれるべきは裁かれねばならぬが道理。

 ヒロインを連れ一段高い足場へ退避した王子ラファエルが、声高らかに悪役令嬢を指さしついに断罪した。


「ロザレーヌ、お前との婚約は破棄する! せいぜい悔い改めろ、性悪女め」


 憤る王子の片腕は早くも、心に決めたあらたな婚約者マリーをしっかりと抱き寄せて。

 いまや王子妃の座を確実なものとしたそのマリーが、王子の肩にもたれて愛くるしくも清純に嘆く。


「悲しいわ、殿下。あの人、あんな目付きでいつも私につらく当たってきたの。そうよ、いつもいつだって……。ほら、またよ。私はあの人のこと、たいせつなお友だちだと思ってたのに」

「泣かないで。大丈夫さ、可愛い君。ここはボクに任せて」


 決意と真実の愛に燃える王子が、ヒロインを抱いたまま今一度大げさな身振りで悪役令嬢ロザレーヌに引導を渡す。


「真実の愛を見つけたいま、お前のような性悪女など用なしだ。今日をもって、悪しきお前を国外追放とする!」


 ロザレーヌは膝から崩れ落ちる。愚かな悪役令嬢として。

 真紅のロングドレスの裾が、ビロードの床に広がり罪深き薔薇の花弁を開く。

 糾弾され、杭を打たれたに等しい胸にその手を当てて。

 けれどなお毅然と顔をあげ、ルージュを引いた唇は押し開かれる。


「それでもわたくしは、愛に生きますわ!」


 全身全霊を込めた悪役令嬢の決めゼリフ。

 それを演じるは、ストロベリーブロンドの髪を揺らす無名の新人役者、ケイ。

 その真に迫った花のごとき熱演に、劇場全体が一瞬息をのみ、そしてにわかにワッと沸いた。


 割れんばかりの喝采と、思いもかけずステージに投げ込まれる称賛の花々と、降り注ぐ舞台照明を一身に浴びて。

 このとき、役に没頭しながらもこの一瞬にいまケイは痛感する。

 芝居を演じることの喜びと悲しみ、その素晴らしさを。


 今日ここにいる人、もういない人、たくさんのたくさんの人の思いと共に、いまわたしは演じているんだ、悪役令嬢を。

 そう、ただのメンドくさい娘でしかなかったわたしが……。


 その気づきに、その事実に、甘く切なく張り裂けてしまいそうなほど胸がいっぱいになる。


 演じることに、意味があるなら。

 ままならない人生に、それでも価値ある瞬間が訪れるとすれば。

 ああ、きっといまこの瞬間こそが、きっと――。







 そして悪役令嬢は、照明を失い闇に消える。


 ヒロインと王子はバルコニーで肩を寄せあい、口付けを交わす。

 その真実の愛のキスが、王子妃となるヒロインに聖女の力を覚醒させる。


 聖女となった主人公マリーは、見上げる夜空に無数の夢を思い描いていく。

 舞台背景のホリゾント幕に映し出された、広い夜空に。


 やがて来る夜明けの、光あふれる未来のことを聖女マリーは思い描き、言霊に変える。

 熱っぽく耳を傾ける王子の隣で、そんなヒロインの語る夢が光の魔法を発動させ、大空に国をすっぽりと覆うほどの光のベールを生じさせる。


 白々と、聖なる輝きで満たされていく空。

 未来永劫の国難がすでに拭い去られたことを、その空を目にする誰もが悟る。





 ***





 ステージはさらなる暗転と場面転換を経て、いよいよフィナーレへ。


 舞台「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」。

 第三場、再び魔法学園。


 薔薇咲き誇る中庭を挟み、光と陰に分かたれた二つの教室。

 輝く教室には、たくさんの思い出の詰まった学舎から王子と結ばれ巣立とうとする主人公マリー。

 陰る教室には、犯した過ちを償うため国外へ旅立とうとする悪役令嬢ロザレーヌ。

 いずれも、着納めとなる魔法学園の制服姿。


 そして。

 壇下に控える楽団が、どこかノスタルジックで甘く、それでいて凛々しくも繊細なロマンに満ちた楽の音を紡ぎだして――。


 ヒロイン、そして悪役令嬢、それぞれの誓いを表現する劇中主題歌。

 その歌唱が、舞台の上でいま奏でられる。


 まずは、愛くるしく清純清楚なヒロインの歌声によって。

 それは、こんな曲だ。



 劇中主題歌『別世界』


(1番序楽節)

 その光は あなたと来たメモリー

 振り向けば涙さえも輝いて

 朝になれば消える魔法ならいらない

 遠ざけたわたしにさえ またたいて


(1番中間楽節)

 自由な夜明けまで 夜明けまで

 本当の声で呼びかけて

 壊れそな薔薇の調べ


(1番主題楽節)

 見つめて

 みつけて

 別世界に恋をして

 二度とない日々をあげるよ

 そう誓えるの

 どこまでも見つめて

 みつけて

 この世界を裏返して

 またとない夢を歩いているの

 さよならよりも

 熱い思いに出会えたから



 ――ヒロインパートの一番から、華麗に宝玉を転がすような間奏をまたいで歌い手が入れ替わる。

 次なる歌声は、そう。

 愛を追い求め生きる、悪役令嬢ロザレーヌ。

 


(2番序楽節)

 はじきあえば その度にもっと強くわかった

 朽ち果てたドアを叩くせつなさで


(2番中間楽節)

 時には闇を越え 旅をして

 光の美しさを知った

 踏み越えて

 あなたの夢を


(2番主題楽節)

 見つめて

 みつけて

 なぜ未来に恋いこがれ

 届かない日々を歌うの?

 でも魅かれるの

 目をこらし見あげて

 みつけて

 別世界に薔薇が降るよ

 地下街に舞う虹を描いてみせよう

 あなたのもとに

 飛び込めなくて 願った



 ……曲はここから、ヒロインと悪役令嬢の二重唱へ。

 光と陰に分かたれて立つ対照的な二人の声が、美しい矛盾をはらんで重なり合う。

 金色の薔薇と、真紅の薔薇。

 二輪の歌声が、そして響きあう。



(副主題楽節)

 いつか染まる青空を

 抱きしめていいの?

 こわくて

 消えないよに 忘れぬよに

 そっと もっと

 胸にやきつける


(3番主題楽節)

 見つめて

 みつけて

 別世界に恋をして

 二度とない日々をあげるよ

 そう誓えるの

 どこまでも見つめて

 みつけて

 いま世界を裏返して

 またとない夢を歩いているの

 さよならよりも

 熱い思いに出会えたから


 あなたといるの

 こんな世界を願ったから  





 ――そこで歌は終わる。

 すなわち、新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」、終幕。


 観客の胸を打つヒロインと悪役令嬢の歌唱はそして、気付けば満場の拍手に飲み込まれる。

 幕が閉じられ、それでもなお客席からは大喝采が鳴り止まない。

 にぎやかな口笛が、盛大な手拍子が、皇都座の一団をいま一度舞台へ呼びもどそうと煽る。


 カーテンコールだ。

 そんな観客の熱狂にこたえ、しばしの後に幕がふたたび引き上げられていく。

 おそらくメインキャストが横一列に並んでステージに再登場するのだろう。

 誰もがそう思った。


 が、それは誤りだ。

 なぜなら次の瞬間、舞台に現れたのは不気味なほど場違いな男だったからだ。


 ステージ中央から左右に割れ、引き上げられたベルベットの幕。

 舞台があらわになり――。


「どうも、ご来場の皆々様。ここからが本当の見せ場だ。この私、憲兵総局長バルタザールが、世にも素晴らしき公開処刑をご覧に入れましょう」


 厳めしい黒装束の巨漢が、あぶらぎった顔の口髭をひねって冷やかにそうほくそ笑んだ。

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