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SCENE 19

 ――皇都座。

 その名の通り、皇都の中心街の一角に建つ、大きな劇場。


 広い四階建ての館内には、メインホールの他にも稽古場やラウンジ、ミュージアムなどが様々に配されている。

 実際、住み込みの新人劇団員であるケイにとっては、いまだ足を運んだことのない場所がいくつもあった。


 その一つが、皇都座の屋上。


 さすがに座入りからもう何日も経っているので、ケイは稽古生活の中で劇場の大まかな造りくらいは自然とわかってきていた。

 館内の要所には入場客や来賓者向けの案内図も少なからず掲示されているので、迷うことはない。

 とはいえ、どこでもおいそれと立ち入れる身分ではなし、鍵付きの扉だって館内には珍しくなくて。


(ひ、一人になれそうな場所って考えて、い、いちかばちかで来ちゃったけど……)


 三階にある自室を出て四階へ。

 さらに長い廊下の奥の隠し階段を上りきり、思いきって屋上へのドアノブを回す……と。


 ――カチャリ。キィィィー――……。


 さいわい、屋上は閉鎖されてはいなかったようだ。

 あっけなく開いた扉を後ろ手に閉めなおし、ケイはそこへ出た。


 皇都座の屋上。


 歩ける敷地はそれほど広くなく、中央に張り出た尖塔を半円状に通路が取り囲むどちらかと言えばバルコニーに近い構造だ。

 石造りの欄干まで歩を運べば、夕刻からの花火祭りに早くも沸き立つ皇都の中心街を一望できる。

 空はまだようやく宵の口に差しかかったばかりだが、その青はすでに美しい暮色の澱をたなびかせて見えた。


(――も、もうすぐ花火も上がる……。外へ出たって、ろ、ろくなことにはならない気がするし、祭りが終わるまでここに隠れて台本を読んで過ごそう)


 ケイはそう決めて、男装を解かぬ格好のまま石の欄干に台本を広げた。


 するともうほんの一瞬で、彼女はその世界に引き込まれていく。

 劇作家皇太子ベルトルトが書き上げた、一冊の台本。 

 新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」。

 その作中の悪役令嬢に、すっかりなりきって……。







「探したぞ、ケイ。あまり体を冷やすな」


 ふわりと肩にかけられる上着と、もういくらか聞きなじみのある低い声。

 気付けば隣に立つ皇太子ベルトルトの横顔に、いつのまにか打ち上がりはじめた花火の火影が揺らめいている。


 今日の皇都座ミーティングに立ち会えなかったことを、冷然と侘びる劇作家皇太子。

 公務に忙殺される背高のその人に、ケイは小さく「い、いえ」と首を振り、それから夜空の花火を見上げた。


 咲いては散り、また咲いては散り――。

 遠く近くときに炸裂音をともなって、光の大輪がここ皇都座の屋上までいろとりどりの輝きを投げかけている。

 皇太子が、その端正な横顔のままで冷たい吐息のような言葉を吐いた。


「こんな滅茶苦茶な日程で、よくぞ明日のトライアウト公演までこぎつけたものだ。だがいまさらながら、ケイ、お前にはずいぶん無理をさせているな――」

 

 たしかに目まぐるしい日々だ。

 突然舞い込んだ、悪役令嬢キャストオーディション合格の報せ。

 ついていくだけで精いっぱいな稽古の連続――。


 頑張っているつもりでも、貧民街育ちのそばかす娘でしかない自分に果たして明日の舞台公演など本当に務まるだろうか?

 そんな不安に実は内心押しつぶされそうなケイの胸中を、劇作家皇太子ベルトルトの冷然たる労いは、静かになだめてくれるかのようで。

 

 だからケイも自分の素直な心の動きを、濡れ羽色の髪をしたその人に向かってこう伝えた。


「い、いよいよですね……、殿下。わたしなんだか少し、ぞ、ゾクゾクしています」


 皇太子は横顔を傾けて一瞬ケイに目を瞠り、それからなぜかわずかに、本当にわずかだけ冷然たる美貌をほころばせ小さく笑い、また夜空へと視線をもどした。

 ふいにからみ合ったまなざしを解き、ケイもそれにならう。


 咲いては散り、また咲いては散り――。


 そんなどこまでも輝かしい大輪の花々を、ただ二人は見上げていた。


 一度だけ、皇太子がケイの頭をポフと撫でたが、男装用のカツラの留め金ははずれなかった。





 ***





 翌日、皇都座はついに大一番を迎える。

 

 新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」。

 その記念すべき試演、トライアウト公演だ。


 初お披露目の会場は、もちろんメインホール。

 前日の花火祭りに飽き足らぬ好事家たちが、皇都座館内のラウンジで年に一度の仮面舞踏会に興じる宵。

 その余興のいわば目玉として、舞台「聖ドキ」はいよいよもって幕を開ける。


 芝居といえばほとんどが聖典に基づいた寓話か童話劇のような物ばかりのここラークライゼン皇国にあっては、前代未聞の娯楽的なファンタジックラブロマンス。


 その悪役令嬢役を演じる新人役者として、ケイは初めて楽屋入りを果たすのだった。

 むろん、あくまでも女形としてではあるが。

 ケイの舞台衣裳とヘアメイクは、この日のために駆けつけた仕立て師のダミアンが一点の抜かりなく仕上げる。

 鏡に映った華麗なる悪役令嬢ロザレーヌに、自分自身で見惚れる余裕などケイにはむろんないけれど。


 客入りは上々。

 観客の多くは舞踏会用の仮面を付けて身分を隠しているが、だからこそ忌憚のない反応を見せるだろう。


「出番みたいね、ケイちゃん。さあ、胸を張っていってらっしゃい」


 どこか感極まった表情の仕立て師ダミアンに送り出され、ケイは第一場用の衣装となる魔法学園の制服姿でいよいよ舞台袖に向かうのだ。

 劇作家皇太子ベルトルトは、劇場の闇にまぎれてすでに舞台を見守っているらしい。 


 初演挨拶の口上を述べるべく、座長イゾルデが(どん)(ちょう)の表へと出ていくのが見えた。


 そして、劇がはじまる。

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