SCENE 15
白熱する劇中主題歌の歌稽古と、ほぼ時を同じくして。
新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」の立ち稽古もまた、グングンと日を追うごとにレベルが引き上げられていった。
たとえば、王子ラファエル役と悪役令嬢ロザレーヌ役のこんな掛け合い場面。
婚約者同士のもどかしいやりとりが続き、見る者をせつなくさせるシーン。
「わかってくれロザレーヌ。これは恋とか愛とか、そう言った問題ではないのだ」
「御言葉ですがラファエル殿下、恋とか愛とか、それ以外わたくしたちに問題とすべきものがございまして……?」
王子を演じる赤髪の看板役者オリヴァーと、悪役令嬢を演じるケイの芝居も随分と息が合うようになってきた。
それは幾夜もの月影に、そばかす娘の稽古相手をしてくれた天才演劇少年コンスタンティンのおかげでもあろう。
ヒロインを演じる女形役者アダムと悪役令嬢役ケイの競演においても同様である。
魔法学園を舞台に、清純派主人公マリーと悪役令嬢ロザレーヌのやりとりがふさわしい身ぶり手ぶりや間を伴って表現される。
「本当の世界は光にあふれていて、星の数ほどの輝きに満ちているの。ねえ、ロザレーヌ様。いつか私の魔法も、そんな聖なる輝きの一つになれるって信じたいわ。ううん、信じてるの」
「信じるだけでは成り立ちませんことよ、マリー。国も、世界も、それに、愛だって」
一つひとつの場面が、オリヴァー、アダム、ケイという三者三様のメインキャストによって命を吹き込まれ、ついには点が線となってストーリーの全貌を浮かび上がらせていった。
もっとも、新人のケイにできるのはとにかく悪役令嬢ロザレーヌになりきるべく精いっぱい役を演じきることだけ。
前世からゆずりうけた乙女ゲームと2.5次元舞台への愛、そして最推しキャラだった悪役令嬢ロザレーヌへのあこがれのままに。
(……も、もっと頑張りたい。前世のわたしを支えてくれた乙女ゲームの、あこがれの悪役令嬢ロザレーヌを、もっともっと、上手に演じられるように)
悪役令嬢キャストオーディションに合格してからまだ一月と経たぬうちに、ケイの胸には自然とそんな思いが芽生えはじめていたのだった。
同年代ながら一流の看板役者二人と、座長としても演出家としても辣腕を振るう大人の女性イゾルデに導かれて。
「よし、いいわ。みんな、ちょっと早いけど今日はここらで切りあげましょう。明日から通しに移るわよ。どうせだから、場当たりとドレスリハーサルもかねてもう板の上でやっちゃおっか」
劇作家皇太子ベルトルトから現場の全権を託されている座長イゾルデは、パンパンと手を叩きしなにそう言った。
必死の稽古に汗みずくのケイと、座付きの若き看板役者二人をそば寄せて。
板の上。
つまり皇都座のメインホールにある舞台の上で。
新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」の開幕から終幕までを通しで行う立ち稽古がいよいよ始まる。
本番と同じ舞台で通し稽古を敢行できるのは、自前の劇場を持つ皇都座の強み。
しかし、初演の期日も確実に近付きつつあった。
迫る皇都花火祭りの翌日、皇都座で催される仮面舞踏会の余興としての試演。
いわゆるトライアウト公演まで、けして時間に余裕はない。
一座は急ピッチで、通し稽古へと舵を切った。
***
そして翌朝早く、皇都座メインホールの舞台。
この日、意外にも誰より先に板の上へ姿を見せたのは、赤髪の若き看板役者オリヴァーだった。
(おいおい、どうしちゃったのよ、オレ。らしくないじゃん?)
舞台の中央にあぐらを組み、オリヴァーは稽古靴の紐を結びながら内心でそう己を茶化す。
ガランとしたメインホールに、他の者の姿はまだない。
これだとまるで、自分が一番真面目な気合の入った役者みたいではないか。
(いや、ないないない。どんな役でも要領よく無難にこなす、キラキラ男子のオレにかぎってそれはないっての。罪なくらいにキラキラな、女の子みんなを夢中にさせる軟派なアイドル役者オリヴァー様じゃんよ、オレは……ふあ)
あくびを噛み殺すと、赤まつ毛に縁どられた視界がすこしぼやけた。
座ってばかりいるのも飽きるので、オリヴァーは仕方なくそこらをうろつき、とっくに覚えきった王子役のセリフのうちの幾節かを唇に浮かべ、動きを確認し、それから何を思ったかバックステージからモップを引っぱり出してきて舞台の掃除を始めた。
板の上のモップがけなんて、やらされたことも、やろうと思ったことだって一度もない。
オリヴァーは生まれつき、器量も要領もよかった。
記憶力にも長け、一度台本に目を通せばたいていのセリフは覚えられたので、役者の仕事はまさに天職だった。
演技力は中の上程度でも、何しろ見目がよい彼の仕草は常に他人を(特に年若な娘たちを)惚れ惚れさせる。
褒められたり騒がれたりすると、悪くない気分だ。
十代前半の育成校在籍中からプロの現場で活躍し、演劇学校卒業後ほどなくしてすでにキャリアは充分。
自他ともに認めるキラキラ男子フェイスの看板役者。
これも悪くない。
(でも――、悪くないだけじゃんかよ……チッ)
ゴシゴシと板の上にモップをかけながら、珍しくオリヴァーはイラ立つ。
現状に不満はないはずだった。
別に歴史に残る名俳優になろうというんじゃないのだ。
無難なレベルで役をこなして、それなりに褒められてモテていれば十分じゃんか。
「ああっ、もう、調子狂うなあ!!」
思わず声を荒らげ、モップを神聖な板に叩きつける。
まだ舞台には誰も姿を見せていないが、オリヴァーの見る世界にははっきりと彼女の姿が浮きたっていた。
(なんなんだよ、あのケイって子はさ……)
無実績の新人悪役女優。
貧民街育ちのそばかす娘。
悪役令嬢キャストオーディションに合格し、彗星のごとく目の前に現れて。
天才的な演技のカンで、悪役令嬢ロザレーヌをいきいきと演じてみせるあの才能。
(才能? チッ、そんな表現じゃ足りないっての。あれは、あの花のようなケイの演技は――)
オリヴァーの心は燃える。
あのケイという娘の演技が、役への並々ならぬ思い入れ、悪役令嬢へのただならぬ愛とあこがれによってなされるものであると感じて。
そして、それが役者として最も自分に欠けているものだと気付かされて。
はっきりとわかる。
なぜなら彼もまた、ほかでもない演劇にとり憑かれた者の一人であるのだから。
だから彼は叩きつけたモップの柄を神聖な板の上から拾い上げ、歩みはじめるだろう。
赤髪のキラキラ男子フェイスはそのままに、しかしこれまでとは違う情熱を胸に熱く抱いて。
その熱さを、演劇の神はなんと名付けるであろうか。
渇望。
憧憬。
さもなくば、若き恋心――?




