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SCENE 14

 本読み、立ち稽古、そして歌稽古……。


 日を追うごとに、ケイはどの場面でも輝きを見せていく。

 悪役令嬢ロザレーヌを演じる天性の才能を。


 そんな彼女の姿に、ひそかに心をざわめかせる若者がいた。

 同じ舞台でヒロイン・マリー役を担う女形、アダムである。


(なんだろうね、この感じは……)


 初めて生じる気持ちに金髪の(かぶり)を振り、アダムもまた新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」とは真摯に向きあっているつもりだ。

 台本も劇中歌の楽譜も本当に素晴らしい。

 けれどやはり、ふとした瞬間にどうしてもあの子のことがよぎってしまう。


 悪役令嬢キャストオーディションに合格し、彗星のごとく現れた貧民街育ちのそばかす娘。

 あらけずりだが、しかしおよそ無名の新人とは思えない天才的な演技のカンで悪役令嬢ロザレーヌを見事に演じるあの才能。


 女人禁制の法に触れる危険を冒してまで、かの劇作家皇太子ベルトルト殿下が彼女を舞台に上げようとしているのもうなずける。

 たしかにあんな輝かしい天才悪役女優を時代に埋もれさせてしまうようなことがあれば、一生後悔するに違いない。

 芝居にとり憑かれた者なら、誰だって。


(……フフ、悔しいな。どうやら君は、あきらかに僕にはないものを持ってそうだね、ケイ)


 アダムはつぶやきながらその碧眼をしばし台本と楽譜からはずし、虚空を見つめ、スッと背筋を伸ばしていくつかのことに思いをはせる。


 自分にはないもの。

 得られなかった悪役令嬢の役。

 そして――。





 ***





 この国の演劇史を語る上で、シェーラー家の名をはずすことはできまい。


 舞台の上を女人禁制とするラークライゼン皇国にあって、幾代にも渡り素晴らしい女形の千両役者を輩出してきた名家なのだから。


 そしてその血統の先端に、あるいはその逆さの頂きに、アダムがいる。

 伝統家系の令息として。

 当代きっての、清純清楚な女形役者として。

 

 古の時代から、演劇はあった。

 と同時に、舞台の上に女を上げることは禁じられ続けてきた。

 風俗紊乱、すなわち、いたずらに風紀を乱す行いであるという理由で。


 そのしきたりがいつから正式な法令に組み込まれたのかについてすら、専門家たちの間でもしばしば意見が分かれている。

 つまりそのくらい太古の昔から、この宗教国家において当然のこととして舞台の上は女人禁制だったのである。

 女役が必要な時は、少年か若い男がそれを演じるのが習わし。

 

 いずれにせよ、そのおかげでシェーラー家は名家となった。

 金髪碧眼の血統を保ち、女役を演じる若く美しき男子をいつの世も輩出し続けることによって。

 当代のアダムは、そんなシェーラー家が育てあげた生粋の女形なのだ。


「いいか、アダム。お前は女を演じるべく生まれてきたのだ。我が家の伝統に恥じぬ、立派な女形におなりなさい」

「お前のその髪も瞳も、陶器のような肌も、天使のごときソプラノの歌声も、すべてはご先祖様から頂戴したもの。その器は、板の上で巧みに女を演じるためにこそあるのですよ」


 一族のそんな教示を、アダムは素直に受け入れて生きてきた。

 期待を一身に背負い、それにたがわぬ美しき息子として。


 女を演じることに、はじめから抵抗は感じなかった。

 児童劇団や育成校在籍時も、その後プロデビューしてからも等しく。

 芝居に必要なたいていのことはすでにシェーラー家で厳しく叩き込まれていたし、アダムはことさら何かに反抗心を抱くようなタイプではない。


 品行方正にして清純清楚。

 アダムのそのたたずまいは、家系に裏付けされたたしかな演技力とともに彼を引く手あまたの存在にした。

 芝居といえばほとんどが聖典に基づいた寓話か童話劇のような物ばかりのラークライゼン皇国にあっては、まさに彼のような女形こそ求められるから。


 あたえられた女の役を、望まれるままに演じきる。

 人生とは、アダムにとってそういうものだ。


(なのに……、なぜだろうね)


 なぜだろう?

 こたびの新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」と巡り合って以来、アダムの心は静かに波立ち続けている。

 およそ自分とも思えない行動に打って出たのもそのせいだ。


 アダムは初めて、自分から役を望んだ。

 悪役令嬢ロザレーヌの役を希望したのだ。

 台本を一読した瞬間に、もう心は決まっていた。


(理屈じゃない。ただどうしても演じてみたい、この悪役令嬢を。僕にはきっと、それが必要なんだ)


 しかし彼の申し出に、作家は首を縦には振らなかった。

 かの劇作家皇太子ベルトルト殿下は、どうやら悪役令嬢のキャストについてかなりはっきりとしたイメージを持っているようだった。そしてそれはアダムではない。

 作家と皇都座からアダムに依頼されたのはけっきょく、清純清楚なヒロインの役だった。

 そして彗星のごとく、無名の新人悪役女優が貧民街から現れた……。


 ケイという名のあの一見そぼくな娘が演じる悪役令嬢に、アダムは気付けばもうすっかり目を奪われている。

 

 本読み、立ち稽古、そして歌稽古……。

 日を追うごとに、ケイはどの場面でも輝きを見せていく。

 悪役令嬢ロザレーヌを演じる天性の才能を。


 そんな彼女の姿に、アダムの心は今日もひそかにざわめくのだ。

 同じ舞台で、清純清楚なヒロイン役を務めるべき女形でありながら。


(本当になんだろうね、この感じは……)


 自分のことを、アダムはずっと選ばれし者だと思ってきた。


 ――女を演じる。

 それは、誰にでもできるという類のものではない。

 この髪、この瞳、陶器のような肌、天使のごときソプラノの歌声。

 ただ女を演じるためにこそ、生まれつきもたらされた器。

 血筋。

 金髪碧眼の血統を保ち、女役を演じる若く美しき男子をいつの世も輩出し続けてきたシェーラー家の。

 

 だが突然現れた天才悪役女優を前に、はたしてそれらは意味を持ちうるだろうか。

 自分をはるかに凌駕する才能と対峙するとき、女形としてなすべきことはなんだろうか。できることはなんなのだろうか。


(……ケイ、君は本当に素晴らしい。悪役令嬢を演じるために生まれた、花のごとき天性の悪役女優だ。だからこそ僕も、君に負けたくない)


 アダムはもう一度、フルリと金髪の頭を振る。

 その碧眼はじきに、ふたたび台本と劇中主題歌の楽譜へと淑やかにもどっていくことだろう。

 だがそれまでは。


 もう少しだけ虚空を見つめ、スッと背筋を伸ばし彼はいくつかのことに思いをはせる。


 それは羨望か、嫉妬か。

 あるいは、恋か。





 ***





 もう一人、ケイとの歌稽古に刺激を受けた男がいる。


 若白髪まじりのやさぐれた音楽監督。

 鼻眼鏡と、目の下にくまのマエストロ。

 マルコである。


「ったく、どういうんだいありゃ……(ブツブツ)。楽譜なんぞろくに読めるとも思えん貧民街育ちじゃなかったのかよ? しかもあの悪役令嬢そのものの凛として伸びやかな美声……。いくら期待の新人とはいえ、貴殿の見つけたケイ君ってのが、ほぼ初見の曲に即興の詞まで付けて歌い上げる天才だなんてこっちはちゃんと聞かされてなかったはずだよな、皇太子殿?」


 宮廷楽師でもあるこの男が、陽も落ちてから不躾にも皇太子ベルトルトの御所を訪ねてくることはまあ珍しくない。才ある芸術家とはそういうものだ。

 だがどうやら、今回はいつもとはわけが違う。

 少なくとも、マルコ自身にとっては。


「そら、見ろよ。こいつがケイ君の美声が紡ぎ出した歌詞だ。二番以降の欠けた部分がばっちり綺麗に埋まったぜ。ったく、何がなんだか……(ブツブツ)」


 困惑気味な音楽監督から受け取った楽譜に、皇太子ベルトルトは窓枠にもたれながら静かにインペリアルトパーズの目を通していく。

 新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」。

 その劇中主題歌「別世界」が、ふさわしい歌詞を得て完成していた。


「これでいい。引き続きケイの歌唱指導をよろしく頼む、マルコ」


 貴賓室内を歩きまわってブツブツと独りごちている音楽監督に、皇太子はそう告げて早々に帰してやる。

 マルコは芸術に関することとなると夜通しでも考察を続けかねない男だ。

 仕事熱心で、実は情熱に溢れ、信頼もおける。

 うながしてでも、ちゃんと休眠は取らせてやるべきだろう……。


 退室するマルコと入れ違いに、従者のエリアスが姿を見せた。


「殿下、やはりついに完成したのですね、『別世界』の歌詞が。……でも、なぜおわかりになったのですか、あの花のようなケイ様が、失われた歌詞を即座に紡がれると?」

「ただの私のカンだよ、エリアス。もしくは……そう、運命か」


 窓硝子越しの闇夜に向かって皇太子がそうつぶやくと、その横顔を見つめるエリアスの表情は気遣わしげに曇った。


「運命……にございますか、殿下?」


 問いかける従者をなだめるように、皇太子ベルトルトはすれ違いざまにポンと肩を叩いて答えた。


「案ずるな、ただの戯言だ……。お前はいつも、私を心配しすぎる」





 ***





 そして歌稽古は進んでいく。

 

 音楽監督マルコは、いっさいのえこひいきをしなかった。

 舞台の主要関係者としてケイの素性をあらかた知っていても、彼はケイとアダムとを同等の女形として扱い、その歌唱を熱心に指導した。

 ったく、まったく鬱陶しい、と毒づきながら。


 ヒロイン役の、若くして百戦錬磨の女形アダム。

 悪役令嬢役の、あらけずりだが役になりきる天性の感覚を持つケイ。


 役においても生身の存在においても、対照的な二人。

 いうなればまさに、ライバル。


「ダメだ、ケイ君! もっとしっかりブレスしろ。君、息継ぎもまともにできないのか? 役になりきるだけじゃ歌とは言えんぞ。おい、アダム君! 気をそらすな。いまの小節からもう一度」  


 打てば響き、磨けば磨くほどに光っていく。

 そんな二人の役者を導きながら、内心マルコは嘆息した。


(なんとまあ、美しい光景に出くわしたものだ。巡り合った二つの才能が、たがいを際立たせ、輝きをましていく。こいつらまぶしすぎるぜ……ったく)


 歌唱指導に手は抜かないが、マルコは同じ芸術家としてケイとアダムを尊敬する。心の内で敬意を表し、少しだけ妬ましくさえ感じながら。



 音楽家マルコには、その音楽人生において同業の友もライバルもいたことはなかった。


 幼少期からたいていの楽器は弾きこなしたし、理論の習得も誰より早かった。

 音楽院へ入る頃には芸術による革命をすでに志し、その高潔なる思想と突出した素養ゆえに周囲とはそりが合わず、音楽的技術知識のさらなる研鑚にすべてを捧げるため一切の交友を捨ててただ音楽にのみ青春時代を捧げた。 

 宮廷楽師試験には、当然ながら最優秀成績で合格した。


 以来数ある皇室の式典や催事で宮廷楽団の指揮を執り続けているが、楽団員に馴れ合いの者など一人としていない。


 才能とは孤独なものだ。

 それが音楽人としての、芸術家としてのマルコの人生哲学だ――。


(だが、君たちはそうじゃない。――そうではない道を、駆け上がってゆけ、ケイ君、アダム君) 


 鍵盤の向こうに、マルコは見る。

 やがて来る公演のその時。

 舞台の上で咲き開くであろう二輪の薔薇を。


 金色の一輪は、ヒロイン。

 真紅の一輪は、悪役令嬢。


 この二人こそ、その役にふさわしい。





 ***




 音楽監督マルコの歌唱指導のもと。

 女形アダムと並び競っての歌稽古は、柘榴石(ガーネット)の瞳をした男装のそばかす娘ケイに新たな能力を覚醒させた。

 

 例のごとく、それを知らせる天の声は楽音にまぎれ誰に気付かれることもなかったが。


『悪役女優ケイはレベルアップ。新たなスキルを獲得しました。

・クラス:悪役女優 LV.2→LV.3

・スキル:独演、共演、+競演』

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