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SCENE 13

 新作演劇「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」。


 束の間の休日と衣裳合わせを経て、その立ち稽古の日々が再開した。

 王子役オリヴァー、ヒロイン役アダムと呼吸を合わせながら、ケイも悪役令嬢役として場面ごとの演技に必死で取り組む。


 劇中では、平民ながら聖なる魔力を持つ娘マリーが、貴族の通う魔法学園で特待生として奮闘しつつ同級生の王子ラファエルと恋をし、結ばれて後に聖女の力に覚醒し国難を救う――。


 恋路を邪魔する悪役令嬢ロザレーヌにもめげぬそんなヒロインのファンタジックラブストーリーが、徐々にだが稽古場で一つの舞台劇としてのつながりを見せつつあった。


 さらにこの週から、悪役令嬢役とヒロイン役の二名には歌稽古の時間が日中に追加された。


 台本によれば一曲だけだが、舞台「聖ドキ」には劇中主題歌の歌唱シーンがあるのだ。

 第三場、魔法学園にて。

 王子と結ばれたくさんの思い出の詰まった学舎を巣立つヒロイン、そして悪役令嬢それぞれの誓いを、劇中主題歌の歌唱によって表現し、舞台は感動的に幕を閉じる。







「――ん? ああ、なんだ来たのか君たち。ったく、歌稽古なんてクソ鬱陶しいもんによく顔出すよな……(ブツブツ)」


 皇都座の音楽練習室に呼びつけられた役者二人を前に、若白髪まじりのやさぐれた男がピアノ椅子を軋ませてくだを巻いた。

 音楽監督のマルコである。


 宮廷楽師でもあるこの男は、その縁で劇作家皇太子ベルトルトから「聖ドキ」の劇中主題歌の譜面を託され、それをもとにした劇伴音楽全体を手掛けることになったのだとか。

 仕事の一部にケイとかいう新米の歌唱指導まで入っていることは後で気付いたようだが。


「ったく、鬱陶しい。ほら、そいつが正式な譜面だ。ケイ君、アダム君、心して向き合いたまえ」


 やる気がないのかあるのか、いまいちよくわからない音楽監督である。

 鼻眼鏡で、目の下にくまの浮いたマエストロ。

 しかしそんなマルコが指し示す通り、室内にはすでに二人分の譜面台が整えられ、劇中主題歌の楽譜が歌いあげられる瞬間を待っていた。


 金髪清楚な女形俳優アダムが静かに楽譜へ近付いて「どうも」と優雅に一礼したので、ケイも慌ててそれにならい自分用の譜面台の前に立つ。

 今日も今日とて男装のそばかす娘を、マルコはどうやら額面通り女形の新人男優として扱う立場のようだ。


「ではあらためて、ケイ君、アダム君。そいつが本作の劇中主題歌『別世界』だ。作曲は、あの劇作家皇太子ベルトルト。曲は一番から三番まであり、一番をヒロイン役が、二番を悪役令嬢役が、そしてそれに続く副主題楽節を両者で代わるがわる歌い交わし、三番をデュエットして感動的に幕を閉じるバラード形式。ではまずアダム君から、始めよう」


 説明もそこそこに、音楽監督マルコの鍵盤が前奏を紡ぎはじめる。

 どこかノスタルジックで甘く、それでいて凛々しくも繊細なロマンに満ちた楽の音。


(……えっ!? も、もう始めるの――?)


 と、動揺するケイの横で、ヒロイン役の女形アダムはスッと背筋を伸ばし歌唱姿勢に入った。

 カールのかかった金髪のミディアムヘアに碧眼の、まるで女の子のように清純清楚な容姿。

 その横顔と口ずさまれるソプラノはまさに、「聖ドキ」のヒロイン・マリーそのもの。


 彼女が歌う。

 それはこんな曲だ。



 劇中主題歌『別世界』


(1番序楽節)

 その光は あなたと来たメモリー

 振り向けば涙さえも輝いて

 朝になれば消える魔法ならいらない

 遠ざけたわたしにさえ またたいて


(1番中間楽節)

 自由な夜明けまで 夜明けまで

 本当の声で呼びかけて

 壊れそな薔薇の調べ


(1番主題楽節)

 見つめて

 みつけて

 別世界に恋をして

 二度とない日々をあげるよ

 そう誓えるの

 どこまでも見つめて

 みつけて

 この世界を裏返して

 またとない夢を歩いているの

 さよならよりも

 熱い思いに出会えたから

 






 ――ヒロインパートの一番を終え、曲がつと鳴り止む。


 歌い終えた女形アダムと伴奏者マルコの視線が、一点に留まった。

 譜面台の前で、立っていられないくらいにケイがいきなり号泣しはじめたからである。


「…………グシュ、ズビッ、ご、ごめんなさい。あの、もう……ヒック……た、たまらなくて――」


 涙と鼻水でぐしょぐしょになりながら、ろくな弁明もできずケイは盛大に泣いた。

 もうバカみたいに、抑えがきかなかった。


 どうしてこんなことが起きるんだろう?

 ケイはそう思った。

 いま耳にした音楽に、まるで魂ごと揺さぶられるみたいで。  


 劇中主題歌『別世界』。

 それは前世の記憶が覚えている、乙女ゲーム「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」の主題歌そのものだった。


 この曲が流れるエンドロールを眺めながら、どんなに胸を熱くしたことだろう。

 賃貸マンションとブラック企業の職場を行き来するだけな毎日の中で、何度この曲に救われただろう。

 ケイの前世である社畜OL赤井憬花のそんな記憶と感情が、乙女ゲームと過ごした思い出の日々が、いまはもう馴染みのない景色とともに奔流となって一挙に胸によみがえる。

 時空を越え、理屈を超え、あたたかく、鮮やかに。

 

 それはきっと、音楽こそがもたらす魔法だ。


「――えらく感動してるとこ悪いんだがな、この名曲には厄介な穴があるんだ。ったく、鬱陶しい……(ブツブツ)。いつまで泣いてるつもりだ、ケイ君。君のパートをよく見てみたまえ」


「は、はい、ず、ずびません。え、えっと、悪役令嬢役のパート…………あ、あれ?」


 音楽監督マルコの叱咤を受け、どうにか譜面台に立ち直すケイ。

 すると、男装娘の感じる違和感を先回りしてか、マルコが顎をしゃくった。


「ああ、ご覧のとおりだ、この楽譜には二番以降の歌詞が無い。それ以外は完璧なんだがね。作曲者ベルトルトいわく、『私の力では、どうしてもうまく書き起こせない』とさ。なかなかに詩的な表現だが、それにしたってこいつはかなり致命的だ。公演までたいして間はないんだぞ? 歌稽古だって、本来のスケジュールからしたら随分遅れている。で、音楽監督としていまにも発狂しそうな私に、あの冷然たる皇太子殿下はなんと言ったと思う?」


 くたびれきったくまに縁どられた目をすがめ、マルコがその瞳に映す。

 悪役令嬢役に抜擢された、無名の新人を。


「殿下のカンでは、君がこの問題の救世主になるやもしれぬ、というんだがね。カンだと? 私としてはまったく理解しがたいが、どうなんだ……ケイ君? 君は、この曲に歌詞を付けることができるのか? この欠落した歌詞を、君なら埋められるというのか?」


「こ、この曲に……か、歌詞を?」


 やれるはずない、と反射的にケイは思う。

 こんなに素敵な曲に、自分が歌詞を付けるなんてこと。

 作詞なんて一度も経験はないのだから。


(――あ……で、でも、……ぜ、前世の記憶を持ってる、わたしなら……?)


 ……そう、詩人でもなんでもないケイが歌詞を紡げるとすれば、その方法はおそらくただ一つ。


 前世ゆずりの記憶をなぞり、乙女ゲーム「聖なる恋の☆ドキドキ魔法学園」の主題歌であるこの曲『別世界』を歌いきること――。


 失われた歌詞を、取りもどすために。

 それはもしかしたら、前世を支え続けてくれたこの曲へのささやかな恩返しということになるのかもしれない。

 …………自分にしか、できないことなのかもしれない。


「――や、やってみます……。この曲を、べ、『別世界』を、…………歌わせてください――」


 遅ればせなケイの決意に、鬱陶しげにマルコはうなずき、繊細なタッチで二番への間奏を再び奏ではじめる。

 鍵盤に落とした視線を彼がもう一度上げるのと、すでに悪役令嬢ロザレーヌになりきったケイが歌いだすのはほとんど同時である。


 それはこんな歌だ。



 劇中主題歌『別世界』


(2番序楽節)

 はじきあえば その度にもっと強くわかった

 朽ち果てたドアを叩くせつなさで


(2番中間楽節)

 時には闇を越え 旅をして

 光の美しさを知った

 踏み越えて

 あなたの夢を


(2番主題楽節)

 見つめて

 みつけて

 なぜ未来に恋いこがれ

 届かない日々を歌うの?

 でも魅かれるの

 目をこらし見あげて

 みつけて

 別世界に薔薇が降るよ

 地下街に舞う虹を描いてみせよう

 あなたのもとに

 飛び込めなくて 願った


(副主題楽節)

 いつか染まる青空を

 抱きしめていいの?

 こわくて

 消えないよに 忘れぬよに

 そっと もっと

 胸にやきつける


(3番主題楽節)

 見つめて

 みつけて

 別世界に恋をして

 二度とない日々をあげるよ

 そう誓えるの

 どこまでも見つめて

 みつけて

 いま世界を裏返して

 またとない夢を歩いているの

 さよならよりも

 熱い思いに出会えたから


 あなたといるの

 こんな世界を願ったから  







 ――失われた歌詞がよみがえる。


 歌と言葉が、あらたな声で息を吹き返す。

 その瞬間にいま、彼らは立ち会っていた。


 やさぐれた音楽監督マルコと、花のごとく悪役令嬢ロザレーヌを演じ歌うケイと、そしてそのライバルたるヒロイン・マリー役の清純清楚な金髪の女形、アダムと。

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