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童話類

テストの点が低かった




 理科の小テストが返ってきた。

(10点満点中3点……)

 わなわなと震え少年はつぶやく。

 理由はわかってる。

 遊びすぎた。

(漫画に動画にゲームに宿題と勉強だもん)

 みんなとの会話についていく。

 少年は常にアンテナを立てていた。

(結果として勉強が後回しだったなあ……)

 とぼとぼと少年は通学路を歩く。

(どうしよう、怒られるかな?怒られるよね)

 落ち込む中少年は家の門を開ける。


「はーい。では問題です」

 少年はお母さんの元気な声を耳にした。

「この絵の中に羊さんはいるかなー?」

「いるー!」

 妹たちが声をそろえて答える。

(双子だから行きぴったりだね)

「んとねんとね、いーちにーいさーん……」

 上の妹が羊を数えだす。

「ぜんぶでごこ!」

「そうね。全部で5(ひき)羊がいるわね」

「ひき?」

 下の妹が母親に聞く。

「そう。羊は匹って数えるの」

「おうまさんはー?」

「いかさんはー?」


「お馬さんは(とう)烏賊(いか)さんは(はい)よ」

「へー」

 妹たちが母親と楽しそうに勉強している。

(この雰囲気を壊しに行くのか……)

 さらに気落ちして少年はしょんぼりした。

 

「どうしたんだい?門の前で暗い顔して」

「お父さん!?いつから?」

「家の門を開けるところからかな」

 とぼとぼと歩く姿を見られていた。

 そう思ったとたん、少年は恥ずかしくなる。

「というかもう帰ってきたの?仕事は?」

 ごまかそうと話題を変えてみた。

「会社が育児休暇を(しぶ)るからね」

 父親は話に乗って答える。


「交渉してフレックスタイム制を一新したんだ」

 フレックスタイムは働く時間に幅を持たせる。

「早朝に出て昼過ぎにいるのはそういうこと?」

「これも我が子たちのためさ」

 父親は少年に胸を張って答えた。

「それでどうしたんだい?」

 改めて父親は聞いてくる。

「おかーさんトイレー」

「わたしもー」

「あらあら。なら一緒に行きましょうね」

 幸いにも母親たちは移動してくれた。

 

「い家の中で話すよ」

 震える声で少年は父親に言う。

「OK。ならこっそり帰ろうか」


 ☆     ☆     ☆


 ただいまと小さな声で言いこっそり家に帰る。

 

「実は今日理科の小テストが返ってきたんだ」

 少年は腹を(くく)って父親に事情を説明した。

「うん、そうか。見せてごらん」

 スーツの上着を脱ぎ父親はハンガーにかける。

 父親の優しい声が少年の胸に響く。

(くんでくれた?ぼくの気持ちを)

 

 おずおずと少年は父親に小テストを渡す。

 

「なるほど。3点か」

 びくびくしながらお父さんの次の言葉を待つ。

 

「基本はできてるね。応用からが課題だね」


「え?」

「ん?どうした?」

「あ、うん。怒られるって思ってた」

「うん?ああ、そういうことか」

 なにかに納得した様子でお父さんは言う。

 

「そうだね、確かに全体から見れば10点中3点」

 お父さんの優しい声がぼくの胸に刺さる。

「できてるとこもある。まずそこを()めるよ僕は」

「3点なのに?」

「3点だからこそさ」

 少年は前向きにと父親に言われている気がした。

 

「大切なのは現状を全部受け入れることだよ」

 父親の言葉で少年は我に返る。


「頭ごなしに怒るとね」

 少年の目をしっかりと見て父親は話す。

「できているものまで怒ることになる」

 お父さんは記憶の扉を開くように話す。 

「点数が低いとおやつ抜きとか小遣い減らすとか」

「うわあ」

「こんなことしたら児童虐待になりうるからね」 

「逆は?テストの点がよかったら遊園地!とか」

「それも状況次第では逆効果になる」

 アンダーマイニング効果というのを教えてくれた。

(勉強する目的が褒められるになっちゃうのか)

 

「あと社会に出ると批判的思考ってのがあるからね」

 父親の真剣なまなざしに少年は息をのんで聞く。

「なにそれ?」


「物事を多面的に見る考え方かな」

「多面的?」

「プラス方向からもマイナス方向からも多方向から」

「いろんな角度で物事を見るの?便利そう」

 少年は素直な感想を漏らす。

「そうだね、そういう一面も確かにある」

「なにか問題があるの?」

「マイナス方向でものを見る(くせ)がつくことかな」

 お父さんは優しい目でぼくをみる。

「できてる所もあるのに点が低いから怒られるとか」

 優しい父親の声で少年は気づく。


「そっか。ぼくは自分で自分を批判していたんだ」

「マイナスな部分はすぐ目に入るからね」

 少年のつぶやきに父親が答える。

「見方や思考を変えてプラス部分を見つけるのさ」

「テストの点みたいに?」

「そう。全部まとめて受け入れることが大切だよ」

 ひと呼吸いれて父親は口を開く。

「ありのままの自分を受け入れて肯定ごらん」

 父親にそう言われ少年は自分を(かえり)みる。

 

(小テストの点は低かったのは遊びすぎたから)

 少年は勇気を出して自分と向かい合う。

 あるがままの自分を受け入れてみる。

 なんだか少し気が楽になった。


「ありがとうお父さん」

「マイナス部分を受け入れることは大切だからね」

「うん。そうだね」

 点数が低いという事実を受け入れる。

 それだけで自分を肯定できた気がする。

 少年は元気を取り戻し父親に言う。

「プラス思考で行けばいいんだね!」

「うーん……プラス思考は積極思考につながるから」

 父親は困った様子で言葉を返す。

「楽観的になりすぎるのが問題でね」

「あー確かに」

「引き寄せの法則とか宗教に近い考えに(おちい)りやすい」

 思考法にはどれも一長一短あると父親は伝える。

「そうだな……知ってそうなところでいえば」

 父親は少し考えこむ。


「プログラムを組む人に多いIF思考とか」

「あ今日学校でif文のプログラムでやったよ」

「そっか。ならこっちは省略するとして」

 父親は後で聞くねと目配せする。

「あとは論理的思考、ロジカルシンキングかな」

「いろいろあるんだね」

「その通り。いろいろある。落とし穴もね」

「さっきみたいな?」

「そう。ひとつの思考だけだとハマりやすい」

 父親の考えに少年は疑問を抱く。

 

「そうかな?IF思考は便利そうだよ?」

「便利な部分もあるよ。その逆もまたしかりさ」

 含みのある言い方で父親は少年に話す。

「IF思考は0か1かの考えになりやすい」


「ロジカルシンキングは?」

「言い方がきつくなる」

 日常会話でどうだったか少年は心当たりを探す。

 

「ところでどんなプログラムを組んだんだい?」

 父親が話題を変えてきた。

「カレンダー作ったよ」

「曜日が日曜なら数字を赤くするとかかな」

 お父さんは的を得た言葉を返してくる。

「ELSEは使ったかい?」

 ぼくは首をかしげる。

「そうか。IF文だけで構築したか」

「うん。最初に文字を黒くして日曜なら赤くして」

「そうだね。それもやり方のひとつだね」

 IF文を複数使ったと少年は父親に説明した。


「ELSEを使うとその他の枠ができるよ」

「あーなんか言ってたな、先生がそんなこと」

「ELSEIFでまとめられるとも言われたろ?」

 まるで同じ授業を受けた様子で父親は少年に話す。

「全体を見てやってくれるとお父さんはうれしいな」

 父親は優しい口調で少年に思いを伝える。

 

「それができるようになればテストの点も上がるよ」

「本当?」

「ああ。例えばここに電力の問題があるだろう?」

 小テストの問題に父親は指をさす。

「電力の公式は覚えてるかい?」

「うん。(電力)(電圧)×(電流)だよ」

「オームの法則は?」

「えーと(電圧)(電流)×(抵抗)かな」


「よし。ならこれらをつなげてみようか」

 父親は紙にペンを走らせる。

 紙には電力の公式とオームの法則が書かれていた。

 

「オームの法則を電力の公式に当てはめてごらん」

「えーっと……(電力)(電流)×(電流)×(抵抗)?」

「そう。その通り」

「電圧って省略できるの?」

「場合によってはね。ひとつ前の問題を見てごらん」

 言われたとおりに少年は問題を目で追いかけた。

「電圧を求めなさいってあるね……」

「先生も考えてるよ。基本は大事って」

 父親の言葉に少年はあることを思いつく。

「あれ?(電流)(電圧)÷(抵抗)だから……」

 少年は父親から紙を借りて追記し始めた。


「ひょっとして(電力)(電圧)×(電圧)÷(抵抗)でも出せる?」

「そうだよ。それが応用だ」

 父親はうれしそうに少年を見る。

 

「複数の式で答えを確認すると計算ミスを防げるよ」

「うん。任せて。パズルは得意だから」

「ははは。頼もしい。ならあとひとつ教えておこう」

 膝に手を置いて父親は少年を見つめる。

「人は忘れる生き物なんだ」

「え?なら今のも忘れちゃう?」

「そう。それを防ぐための方法がある」

「なになになんなの?」

「復習をしっかりして頭の中に叩き込むのさ」

 父親の言いたいことが少年は分かった。


「ありがとうお父さん。さっそく復習してくる」

「テストをもう一度全部やり直すと理解が進むよ」

 父親の声を背に受けて少年は階段を駆け上がる。

 そして自分の部屋の扉を開く。

 

  ☆     ★     ☆


「やれやれ……」

 息子がバタバタと階段を上がる様子を見送る。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 母親と父親は挨拶を交わす。

 

「あら?なにか計算?」

「ああ。小テストの点が低くて落ち込んでたからね」

 メモ用紙を見た妻に僕は答える。

「ちょっと注意と対策を教えといた」

「ありがとう。助かるわ」

 かいつまんだ説明に母親は納得してくれた。

「あら?おやつ忘れてる。もう」

 おやつと飲み物をお盆に乗せ母親は階段に向かう。

 母親のささっとした動きに父親は舌を()く。


「おにいちゃんてすとのてんすうひくかったのー?」

「ひくいのー?」

「そうだね。今回()低かった。それだけのことさ」

 娘たちがやってきて父親は質問に答える。

 

「てすとってなんのためにするのー?」

「するのー?」

「勉強したところがわかってるかの確認かな」

「べんきょうってなあにー?」

「なあにー?」

 矢継(やつぎ)(ばや)に娘たちが父親に質問してきた。

「んーそうだなー努力することかな」

「なんのためにー?」

(まるでWHY思考だな)

 知りたがる娘たちを見て父親はそう感じた。


「いつかやりたいことができた時とかにかな」

「ゆめとかー?」

「もくひょうとかー?」

「そうだね、夢とか目標とかだね」

「わーいあたったー」

 父親は娘たちの好奇心旺盛さを感じる。

(ここで注意したら好奇心を()()るからね)

 人の話は最後まで聞く。

 言いたい気持ちを父親はぐっと抑えた。

 父親は娘たちにひとつずつ答えながら話を進める。

「夢や目標を叶えるために努力するんだよ」

「たいへんそうー」

「そう。大変なんだ」

 同時に言う娘たちに父親は正直に答えた。

「だから努力を楽しめるよう工夫してるのさ」


「あそうだ!おかえりおとーさん!」

「おとーさんおかえりー」

「ただいま」

 急に話が変わる。

 いつものことさと、父親はネクタイを(ゆる)めた。

 そして娘たちをふたりとも抱きかかえる。

 

「なにしてたんだい?」

「おかーさんとトイレー」

「おかーさんといっしょにトイレにいった、でしょ」

 下の子の答えに上の子が付け加える。

「にほんごはただしくつかおうね、だよー」

「これからつかうのー」」

 きゃいきゃいと父親の腕の中でふたりがさわぐ。

「そうだね。これからだね」


 ★     ★     ★


 さわぎつかれたのか娘たちは眠りたがった。

 ベッドに連れていきぽんぽんと布団を軽く叩く。

 リズムが良かったのか娘たちはすぐに眠った。

 

(っと。寝たらぽんぽんは終了だったな)

 息子はしばらく続けるタイプだった。

 娘たちは続けると目を覚ますタイプ。

(子どもに合わせるのが親の役目だよな)

 すやすやと眠る娘たちから父親は静かに離れた。

 廊下(ろうか)を歩いていると父親は母親とばったり会う。

 

「将来なんになりたいのかしらね?3人とも」

 夕食の準備をしにふたりでキッチンに向かう。

「どうだろう。まだ3人とも夢を見てる時期だし」

「夢か……ならふたつ以上は持ってほしいわね」


 母親の声に昔の漫画家の言葉が頭をよぎる。

(この漫画家の話題がきっかけだったな)

 ふとなりそめが父親の脳裏にかすめた。

「そうだね。失敗したときのためにも」

 出会った頃を思い出しながら父親は母親と話す。

「挫折感を減らすためにもね」

「どうして壊れやすいものに憧れちゃうのかな?」

「ひとつの夢にかける姿はきれいだからね」

「甲子園の熱投186球とか?」

「あったね。延長再試合とか」

 父親は高校球児だったころに思いを()せる。

「あれは肩や肘を痛めて選手生命を縮めるからなあ」

「球数制限はそのため?」

「ルールがたびたび変わるのもね」

 気づくと野球はルール改正が行われている。


「まあ夢を見るのが子どもの仕事ってことさ」

「そうね。私たち大人は今をつくるのが仕事よね」

「うん。そして子どもの夢がかなうよう導くのが」

 父親と母親の目が合う。

「保護者の仕事!」

 声が母親と重なりふたりとも同時に笑いあう。


「さあて夕飯の準備よ。なにかリクエストある?」

「元気が出るもの、かな」

「となるとお肉ね」

「そうだね。食育にもなるし」

「ハンバーグを作るかレトルトで済ませるか……」

 母親はあれこれと考えだす。 

(そう。みんな考えてる)

 静かに父親は天井を見上げた。


(だから信じる。それだけでいい)

 困ったり悩んだりしたらまた手を貸そう。

 父親はそう心に決め、母親に視線を戻した。


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頭ごなしに怒ったりダメな所をあげつらって懲罰するのは論外ですが、かと言って好成績と報酬を結びつけるとアンダーマイニング効果が生じて勉強の本来の意味を見失ってしまう。 育児もそうですが、人を育てるという…
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