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奇妙な世界

作者: TOKIO.M

 奇妙な世界に迷い込んだ。

 最初は暗闇の中を手探りで進んでいたが、急に視界が明るくなった。

 有刺鉄線が張り巡らされた塀づたいを少年は歩いていた。鉄道の路線跡だろうか?鉄道車庫のような建物があるが車両は見当たらない。遠くには鉄塔が連なり、電波塔のような建物も見える。何かよからぬ電波を発しているのだろうか?耳鳴りのような音が聞こえる。

 先を進むと人気のない街に出て、大道芸人の一団に出会った。陽気な音楽を奏でながら近づいてきてピエロの格好をした男が少年の目の前で会釈をした。

 「ようこそ、奇妙な世界へ」

 ピエロの胸には◯◯◯◯ピエロと書かれた名札が下がっていた。

 「ごきげんよう」少年が言った。

 「凄ぶる気分がよい。天気もいいし、雲ひとつない青空の下で、これがあればなお最高なんだが…」

 そう言って道化師は口で音を立てながらさぞかしうまそうにビールを飲むパントマイムを披露した。

 「ところで…」

 「これか?」道化師は胸にかかる名札を指差した。

 「ヒントはカタカタで四文字だ。分かるかな?…」

 「ひょっとしてあれかい?」少年は少し考えた後にひらめいた。

 「おっ、ピンときたかい」

 「差別用語だから口にしないよ」

 「正解!まさにそれだよ」

 「ところで◯◯◯◯ピエロさん、この先どこへ進めばいいんだい?」

 「大道芸人に道を尋ねるかい?行き当たりばったりで生きているからね。正しい方向なんて指し示すことはできないよ。紆余曲折、敷かれたレールの上を進むのは苦手なんだ…」

 大道芸人の中に地球儀の大玉に乗りながらボール投げをしている曲芸師がいた。

 「これはすごい…奇跡の曲芸師だ」ピエロも脱帽して敬意を払った。

 鮮やかなカラーボールが空を飛び交い器用に足で地球儀を回していた。

 ちょび髭に山高帽、ぴっちりとした黒いジャケットにダブダブの灰色のズボンとまさに見たことがある出立ちだった。

 曲芸師はひとしきり玉芸を披露した後、地球儀の回転を止めてまるで平行棒の選手のように石畳の路面に降り立った。手に持っていたカラーボールはいつの間にかステッキに変わっていた。ステキな演出だ。周りはいつの間にか人だかりができていて拍手喝采が沸き起こった。曲芸師は山高帽を取り深々と会釈をした。首には○○○プリンと書かれた名札が下げられていた。

 「やはり、あたなはかの有名な…でもどうして地球儀なのですか?」

 少年が尋ねると○○○プリンは「いい質問だ」と言って微笑んだ。

 「地球を手球に取ろうとする輩がいるからね。そんな輩に警鐘を鳴らしているのさ」

 「どんな輩ですか?」

 「独占欲が強い輩さ。地球の至る所に線を引きたがる。縄張りを主張して他者を排除し、我が物顔で資源を貪りカネに変えようとする。資源は有限で与えられているものなのに自分たちのものだと勘違いしている。だから傍若無人に振る舞えるのさ。異を唱えるものがいれば力で弾圧する。机の引き出しやサイドボードに銃を隠しておかないないと不安で仕方がないんだ。力こそ全てと信じ込んでいる」

 「どうしてそんな輩が蔓延っているのさ!」少年は思わず拳を握りしめた。

 「力しか信じられない者は、結局は何も信じられないということなんだよ。分かるかな?」○○○プリンは優しい眼差しを少年に向けた。

 「何も信じられないから力に頼ろうとする。力がないと不安でしょうがないんだ。目に見えるものしか信じようとしないから実力行使に訴える。威勢よく見えてもね。実は飼い猫より臆病なんだよ…」

 「力に頼る者ほど臆病で懐疑的ということだな…」◯◯◯◯ピエロが頷きながら言った。

 「でもね。誰にも老いはやってくる。どんなに強靭に鍛えられた肉体でもいつか衰える。どんなに巨大な力を持っていたとしても死に立ち向かうことはできない。これは紛れもない事実なんだ。巨大な権力を振りかざして人々を脅かしたとしても、病床に伏せば力が無意味なことが分かるだろう。銃やライフルで病を癒すこができるか?世界にごまんとある爆弾や核弾頭で平安を得ることができるというのか?いや、ますます不安が増すばかりだよ…」

 「じゃ、なぜ力にしがみついている輩がいるのさ」少年が語気を荒くして言った。

 「モノがないと不安なんだろう。力の象徴がないと…形があるモノしか信じられないから、力を形にして温存する。挙げ句の果てに人類が生きる上で必要のない、むしろ害を及ぼすモノが大量に生み出され、力を誇示する。モノに執着してもね。肉体ですらいつかなくなるんだよ…」

 「いつかなくなるんだったら、そんなにモノに執着しなくたっていいよね」

 「まさに君の言う通りさ。力を誇示したり、権力行使して何が楽しいというんだい。虚しいだけだよ。そんなことより自然に囲まれた露天風呂で温泉につかっていたり、日本茶を注いで茶柱が立ったことを密かに喜んだり、美味しいクッキーとコーヒーの相性にニンマリしたり、マスクを外して外気を感じながら思いっきり息を吸い込むことの方が幸せだと思わないかい?」

 「何気ない日常に幸せがあるということが言いたいのかい?」少年が言うと○○○プリンは大きく頷きステッキを宙に投げた。ステッキは赤いリンゴに変わり、○○○プリンはそれを少年に手渡した。

 「命のバトンさ…」

 「ありがとう。○○○プリンさん。リンゴは大好きだよ」少年はリンゴを皮ごとかじった。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、どこか懐かしさを感じた。昔は皮ごとリンゴを食べたものだな。しかし、いつから皮ごと食べなくなったのだろう…物思いに浸っていると、大道芸人の一団はいつの間にか遠く離れていた。ああ、行ってしまったか…でも去る者は追わず来るものは拒まず先を進むとしよう。


 リンゴを皮ごと食べてから少年の体には底知れぬ力がみなぎってきた。これが命のバトンということか…不思議なものだな。あの世とこの世の境界線。この世にはいない著名人から訓示をいただけるなんてありがたい。いや訓示ではない。警鐘と言っていたな…その時、けたたましく警鐘が鳴り響いた。空襲警報だ。危ない、早く地下へ潜らなければ…慌てふためく人々がいた。中には幼子を抱いている母親も…おじいちゃん、おばあちゃん、手押し車のお年寄り、泣き叫ぶ子供たち。けたたましくサイレンが鳴り響き逃げ惑う人々。しかし、いったいどこへ逃げろというんだ。かつてあった防空壕はみな塞がれてしまった。そうか、地下鉄に逃げればいい。より深く掘られた地下鉄の方がいいだろう。しかし、すぐ近くに地下鉄の駅がない場合はどうする?万事給水、一巻の終わりだ。備えあれば憂いなしか…この国には地下シェルターすらないんだ。戦争なんて起こるはずがないと思っている。過去の戦争すら記憶の片隅に追いやっている。多くの人々の犠牲の上に平和が成り立っているということを忘れかけている。その瞬間、物凄い轟音と閃光が走り大地が裂け爆風に吹き飛ばされた。

 体はふわふわと大地を舞い、まるで燃え尽きた灰になったような感覚だ。しばらくふわふわと漂い、焼け野原になった昭和の風景を見下ろしていた。焼け野原の中からやがてポツンポツンと掘建小屋ができて、やがて闇市となり、人々の活気が戻り、新たな街が形成されて行く。新しい建造物が次々と建てられ、鉄道や道路が整備され車が行き交い、筍が生えるように次々と高層ビルが空に向けて伸びていった。これが高度成長期というやつか。こんなに急激に発展すれば感覚が麻痺して、過去に戦争があったことを忘れてしまうかもしれないな。かつてはアメリカと戦争をしていたことも知らない若者がいても不思議ではない…

 「全てをお手本にすることはない。彼らはいまだに脅迫観念にとられているから。だから銃や核弾頭を手放せないんだ」○○○○ピエロがまた現れて言った。

 「銃と核弾頭を一緒くたにするなんて極論だね」少年が言った。

 「脅迫観念という意味では一緒だよ…学校で銃撃事件が起きれば、学校の先生に銃を持たせればいいという。これはもう正気の沙汰じゃない。先生と生徒で撃ち合いしろと!相当病んでいるよ…」

 「そんなこと言ったってこの国も核の傘の下にいるよね」

 「本音と建前があって本音を語ろとしない。それがこの国の人々の特徴かな?…戦後GHQによって骨抜きにされた傀儡政権がいまだに続いているのかもしれない…」

 「何が正しくて何を信じてよいか分からなくなるね」

 「五感を研ぎ澄ますんだよ。五感を研ぎ澄まして耳をそば立てれば、ほら、聞こえてくるだろう。虫の音が…」○○○○ピエロが耳に手を当てるといつの間にか目の前にはのどかな田園風景が広がっていた。

 「あ、確かに聞こえる。いい音色だ…」

 気がつくと田園風景を前に白いテーブルを囲んでいた。○○○○ピエロに○○○プリン、そして笑顔の素敵な貴婦人がいた。

 「あなたはもしや…」

 首から下げられた名札には○○○○と書かれていた。

 「ヒントなしか…」

 「ご想像にお任せするわ」貴婦人は品のある笑窪を作ってティーカップにミルクと紅茶を注いでくれた。

 「さあ、召し上がれ」

 「うわ、なんて香り高くまろやかな味わいなんだろう」

 「食レポもまあまあね」貴婦人は百万ドルの微笑みを浮かべた。

 「なによりも尊い」

 「ティータイムは○○○タイムスよりも価値があるだろう」○○○プリンが眉毛を上げ下げしながら言った。

 「○○○タイムスもなかなかだったよ。確かにアクセクしていないのがなにより。アクセル全開で先を進むよりも、こうして虫の音をききながら、ゆったりと過ごす時間こそがなによりの贅沢だね」

 「ところで君は何年生まれだ?」○○○プリンが尋ねた。

 「千九百六十年代だよ」

 「ほう、六十年代の少年か…どうりで考えがませていると思った」○○○プリンが納得の表情を浮かべた。

 「ところで君はどこから訪れたんだい?」○○○○ピエロが少年に尋ねた。

 「それは永遠のテーマだよ。どこから来てどこへ行くのかなんて…誰にも分かりはしないんだから…」

 「ここはどこ?私はだれ?みたいな感覚かしら」貴婦人が優しい眼差しを少年に向けた。

 「ふわっとした感覚かな。さっきまでは灰になって空を漂っていたから…」

 「確かにこのミルクティーは絶品だね」いつの間にかテーブル席にお客さんが二人増えていた。一人は縞模様のユニホームを着ていて名札には○○○ルースと書かれていた。もう一人は言わずと知れたかの有名な○○○○○○○○博士だった。

 「こんなにいっぺんに著名人に出会えるなんて、なんて光栄なんだ…」

 「少年よ大志を抱け」

 「それは○○○博士だろう?」

 少年が言うと博士は舌を出した。あの写真はこうして生まれたのか?まさか…

 周囲が薄暗くなるとテーブルの真ん中に明かりが灯り、次々とご馳走が運ばれてきた。○○○ルースは目の前に運ばれてきたスモークチキンを手に取ると豪快にかぶりついた。

 「こいつは美味だ。間違いない」そう言って○○○ルースは満面の笑みを浮かべて親指を立てた。

 「どうだ一つ、よく燻されてるぞ」○○○ルースがチキンを頬張りながら少年に目線を送った。

 「イブサンローランよりも、これがいいや」少年は誰も気がつかない親父ギャグを放って、目の前の大きなフィッシュフライをフォークに差しかぶりついた。ころもがサクサクで中の白身はホクホクだった。

 「うま〜い。これがイギリスの味か。憧れるな…」少年はフィッシュ&チップスに舌鼓を打ちながら西側の島国に思いを馳せた。

 「日本のフィッシュフライもなかなかなもんだよ」そう言って博士はアジフライに醤油をかけ和がらしを付けて、器用に箸を使い口に運んだ。ザクッといい音がした。パン粉と小麦粉の食感の違いだろうか?まるで東西フィッシュフライ対決だ。

 「アジフライは醤油派とソース派に分かれるらしいよ。僕はどちらかといえばソース派かな…フィッシュ&チップスにはタルタルソースだけどね…」

 「カレーライスにもソースをかける派か?」博士が言うと少年はうなずいた。

 「○○○ルースさん質問してもいいかな?

 「守備範囲じゃないけれどキャッチしてあげるよ」

 「どうして、イギリスではそれほど野球が盛んじゃないんだい?」

 「性に合わないんだろう」

 「ただそれだけ?」

 「理由なんてあまり深く考えない方がいい」

 「じゃ、質問を変えるね。二刀流の記録が百年振りに更新されるかもしれないけど、どんな気分?」

 「記録は破られるためにあるものさ。むしろ百年間破られなかったことが不思議なくらいだよ…気分か…それはもう最高だよ。こんな美味いチキンにありつけて…」そう言って再び親指を立てた。

 どうやらチキンのことしか頭にないよいだ。

 「みんなはどんな関連性があってここにいるんだい?」

 「関連性などない。君が呼んだから来たんだよ。奇妙な世界ではなんでもありなんだ。だから君が六十年代の少年であってもなんの不思議もない…」山盛りサラダをつつきながら○○○○ピエロが答えた。

 「このメンバーでは最初で最後の晩餐になるかもしれないなあ…」○○○プリンが手づかみでエビを口に放った。意外と行儀が悪い…これも何かのシーンだろうか?

 「そうね。二度とないかも…」貴婦人はステーキを上品に切って赤い唇に運んだ。何をしても様になると少年は思った。

 「最後の晩餐なんて淋しいこと言わないで、もっとみんなとこうして食卓を囲んでいたいな」少年が言うとみなどことなく物悲しげな笑みを浮かべた。

 「腹八分目でやめておこう」○○○ルースが食べかけのスモークチキンを皿に置いた。

 「そうだな、満腹はよくない」○○○プリンがテーブルクロスで口を拭った。

 「ご馳走様」貴婦人は半分以上ステーキを残してナイフとフォークを揃えた。

 「魅惑的なティータイムだった」○○○○ピエロが飲みかけのカップをソーサーに置いた。カチャという平和な音がした。

 「平和が一番だな…」博士がどこか虚な眼差しで言った。

 「しかし、その平和も壊れやすい。傍若無人に振る舞う輩によっていとも簡単に壊されてしまう…」

 あっ、と思った瞬間、ぼんやりとしていた博士の手からカップが離れた。田園風景の中にいると思ったらいつの間にか超高層ビルの上にいた。少年は落下したカップを取ろうとして真っ逆さまに落ちていった。最後の晩餐の結末がこれかい…

 落下して行く間に独裁者の演説が耳鳴りのように響き渡った。いろんな国の言語が飛び交った。支配するものされるもの、この構図はいつになっても変わらないのだろうか…

 このままでは終わらない…目を閉じて強く念じたら体がフワッと空に浮き上がった。パラシュートが開いたらしい。パラシュートは偏西風に乗ってしばらく空を漂っていた。次第に陸地は遠ざかり、いつの間にかキラキラと輝く大海原の上を飛んでいた。天使のように背中に羽でも生えたか?まるでカモメのジョナサンになったような気分だ。このまま世界一周飛行と行きたいもんだ…

 そうは問屋が卸さないというのは世の常。パラシュートは急降下し磁力に引き寄せられるかのようにしばらく低空飛行して小さな島に降り立った。昔、子供の頃に読んだ絵本に出てくるような島だ。島の真ん中には海水を噴き上げる穴があって魚が打ち上げられた。周囲を椰子の木に囲まれたパラダイスのような島だ。遠い微かな記憶…

 こんな島では木陰でハンモックに揺られながら一日のんびり過ごしたいな。戦争からは縁遠い島だ…そう思っていたら、雑草の生い茂った中からガサガサ音がして日本兵の生き残りが現れた。

 「おい、坊主、何しに来た?」

 坊主頭ではないが、自分のことを言われているんだと少年は察した。

 「何かに引き寄せられるかのようにここに来ました」

 「そうか、飛んで火に入る夏の虫だな…」

 「ここはパラダイスでは?」

 「パラダイムかもしれないぞ」

 「言葉が似ているだけでは?」

 「もはや安全な場所などどこにもない。この周辺にも爆撃機が飛ぶようになった。

 「戦争はもうとうの昔に終わっていますよ」

 「世界のあちこちで新たな戦争が始まっている」

 「あなたはもしや、○○田さんでは?…」胸に縫い付けられた名札の漢字二文字がかすれて読めなかった。

 「時空と空間を乗り越えてここでサバイバル体験をしている」

 「出戻りですか?…著者は何冊か読ませていただきました。こうしてお会いできるのは嬉しいです。六十歳でブラジルの原野を切り拓いて牧場を開拓されたそのチャレンジ精神に感銘しました。六十歳といえばふつうは定年を意識する年齢ですよね。そこから新たなことにチャレンジできるというのがすごい」

 「人生の半分以上をジャングルの中で過ごしたからね。やる気になればたいていのことはできるものだよ。自分で自分の限界を作るから行き詰まるじゃないか…」○○田さんは周囲の枯れ木を集めて火を起こし始めた。手慣れたもんで、あっというまに火がつき即席のコンロが出来上がり、棒に刺さった魚を焼き始めた。

 「一人で淋しくないですか?」

 「みな一人だよ。家族がいたとしても一心同体にはなれないからね。おのおのが個体を持った生き物で個性もそれぞれ違う。こういう島に一人でいると余計にそれを感じるよ。誰も助けてくれないから、何でも自分でやるしかないんだ。我儘なんか言ってられないよ。我儘言えるのは相手がいるからだ。誰もいないこの島では、朝起きてからまず飲料と食料を確保することから始まる。幸いにしてここにでは魚とヤシの実を手に入れることができる。サバイバル体験をしているとね。余計なことを考えなくなるんだ。生きるために必要なことしかね…」

 「なるほど、それが目的なんですね。世界中のみんなが余計なことを考えずに、もっとシンプルに生きられたらもっと幸せになれるかもしれませんね」

 「例えば、敵対する人どうしを丸腰でこの島に放ったならば彼らはいったいどうなるだろうか?二人の他には誰もいない環境下で武器はないので素手で殴り合うだろうか?武器の代わりに木の枝やヤシの実を持って戦うだろうか?最初はお互いに警戒して近寄ろとしないかもしれないが、時間が経過すれば、争うことに意味がないということを理解するだろう。ただお互いの体力を消耗するだけだからね」

 「いろんなしがらみの中で生きていると何が大切なのかということを見失ってしまうんだね」

 「ブラジルの原野を切り拓いている時は、一心不乱で余計なことを考えている暇はなかったからね。ジャングルの中にいる時は生きることに必死だった…」頬に刻まれた深い皺が今までの生き様を物語っていた。

 「ほら、いい具合に焼けた。味付けは塩だけだ。百%ミネラルだよ」○○田さんは棒に刺した魚を少年にくれた。

 少年は少し躊躇したが、香ばしいにおいにつられ魚にかぶりついた。白身魚の旨味が口いっぱいに広がった。塩だけでこんなに味が引き立つのだろうか…少年はこの時はじめて魚の味を知ったような気がした。

 「どうだ、新鮮な魚は美味いだろう」

 「こんなに美味い魚を食べたのは初めてです」

 「そうか、自然の恵みに感謝だな…人々は自分勝手に生きているわけではない。自然の恵みを享受しながら、生かされているんだということを忘れてはいけない」そう言って○○田さんはヤシの実のジュースをぐびぐびと飲み干した。

 その時、水平線の向こうにキラリと光るものがあった。それを見た○○田さんはヤシの実を投げ捨て光の方向を凝視した。ただならぬ雰囲気が伝わってきた。

 「爆撃機だな…だが、普通の爆撃機じゃない。とんでもないものを積んでいるぞ…」

 「なんでそんなことが分かるんですか?」

 「長年の感だよ。自国から遠く離れた珊瑚礁でとんでもない実験をおっぱじめようとしている。ここにいては危険だ…」○○田さんは燻っていた火種に砂とヤシの実のジュースを交互にかけ足で踏み固めて消火した。

 「なんでもそうだが、火種を残したまま去ってはいけない…さあ、行こう。ここにいては俺たちが丸焼けになるぞ…」

 「行こうって、いったいぜんたいこの小さな島のどこに隠れ場所があるというんだい?」少年は周囲を見渡してやけを起こしたように言った。

 「まあ、ついてきな」そう言って茂みの中を指差した。

 半信半疑でついて行くと茂みの奥には深い穴があった。かなり深く、奥まで続いているようだった。

 「珊瑚礁が生み出した天然の要塞だよ。島は氷山の一角で、実は地下の奥深くまで洞窟は続いている。こんなに美しい珊瑚礁で核実験を行うなんて正気の沙汰じゃない」

 縄梯子なんてないから、ロッククライミングのように珊瑚の突起をたよりに地下に降りて行くしかなかった。洞窟はどこまでもどこまでも深く、人の手が及ばない地球の内部まで続いているように思えた。


 海の向こうから銀色に輝く爆撃機が近づいてきた。不気味に光り輝く機体から爆弾が投下され、赤い閃光が走った。水面から火柱が上がり、毒々しい雲が沸き起こって海原にはとてつもなく大きな波紋が広がっていった。美しい珊瑚礁は一瞬にして修羅場と化した。標的にされた島は跡形もなく吹き飛ばされ、死の灰が数日にわたって降り注いだ。


 夢なのか、誠なのか、生きているのか、死んでいるのか、ただ暗闇の中を手探りで歩いていた。そうすると一筋の光が見えてきた。光の方向へ進んで行くと急に視界が明るくなった。

 ゴーグルを外し、カプセルのような狭い空間から抜け出すとそこには奇妙な世界体験コーナーと書かれていた。

 「究極のVR体験はいかがでしたか?我が社の技術の粋を結集して作ったVR空間です。あなたの深層心理が万華鏡のように映し出される世界をご堪能いただけましたでしょうか?」自信満々に説明員が尋ねてきた。

 同僚に展示会の視察を頼まれて立ち寄った会場で、興味本位でのぞいた世界がとんでもない世界だった。しばらく夢うつつの中、賑わう展示会場の中で一人呆然と立ちすくんでいた。

 「大丈夫ですか?」しばらく反応がない自分を見て説明員が言った。

 「いや、なかなか見応えがあったよ。奇妙な世界ね。確かにそうだった。奇妙な世界だ。お陰様で目が覚めたよ。ありがとう。貴重な体験をさせてもらった…しかし、本当に奇妙なのはこっちの世界なのかもしれないね…」説明員にはこの意味が通じなかったのか笑顔で誤魔化された。まあ、いいさ、君にも分かる時がくる。なんだかスッキリとした気持ちだ。究極の体験をすると清々とした気持ちになるのだろう。サウナの後の水風呂みたいなものだ。風呂上がりのサイダーみたいなもんだ。

 しかし、暴力はよくないな。人を傷つけるだけで、悲しみと憎しみしか生まない。奇妙な世界を体感して切に思った。でも、どうして人類は力にしがみつくのだろう?力しか信じられない者は、結局は何も信じられないか…○○○プリンが言っていたな。力に頼る者ほど臆病で懐疑的と◯◯◯◯ピエロが言っていた。自分で自分の限界を作るから行き詰まるか…○○田さんが言っていたな…短時間でいろんなことを教わった。仮想現実の中にリアリティがあった。まるで生身の人間と接したような感覚だ。

 他の展示はろくに視察もしないで動く歩道を歩いて足速に展示会場を後にした。外に出るとギラギラと日差しが降り注いできた。そうか、今日は終戦記念日だったな。戦争はとうの昔に終わったものだと思っていたが、これほど身近に感じたことはない。

 どこからともなく陽気な音楽が聞こえてきた。あっ、大道芸人の一団だ。まさか…現実と仮想とが交差する。ピエロの格好をした男が行き交う人々にビラを配っていた。究極の曲芸師の姿はなかったが、少年、少女が広場でバトン投げをしていた。くるくるバトンを回転させながら、宙に投げたバトンを見事にキャッチし周囲に集った人々から拍手喝采が湧き起こった。これは仮想ではなく現実だよな…興味本位で一団に近づいて行くと、ピエロの格好をした男がこっちを見て手を振ってきた。胸に名札はかかっていなかった。

 「どこかでお会いしましたか?」ピエロの格好をした男が話しかけてきた。

 「きっと、どこかで…」人々は無関係なようでみなつながっているんだ。行き交う人々も、すれ違う人も、今日初めて会う人も、いがみ合っている人、悪態をつく人、陰口をたたく人、怒号を飛ばす人、いろいろいるけれど、人々はどこかでつながっている。

 ピエロの格好をした男は深々と会釈をして少年にビラを渡した。いつの間にか六十年代の少年の姿に戻っていた。夏の日差しの中でミンミン蝉が声高らかに鳴きはじめた。爆撃機の音やら独裁者の演説、泣き叫ぶ人々の声、様々な音が重なり合って聞こえてきた。

 あの仮想現実の中で見た電波塔からよからぬ電波が発せられているのだろうか?

 少年が手にしたビラにはこう書かれていた。

 奇妙な世界へようこそ一

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