悪役は裁かれない
とある国の王子が婚約破棄をしようとした。
理由は別の女性に惚れた為。名前はメアリーだ。
愛らしい容姿をした少女で勤勉で明るく優しい性格で多くの人達に慕われている。それがメアリーだ。
同じ学園に通っている生徒である為たまたま出会えてしまったメアリーに惚れた王子は婚約者を放ってメアリーに構う。
王子の周りにいる者達はメアリーが王子に相応しい相手だと思い王子を咎めず行動の後押しをする。
そんな王子達を遠くから見ていた王子の婚約者はやはりこうなったかと呆れていた。
何故、王子の婚約者である令嬢がそう思ったのか。
それは令嬢には前世の記憶というものがあり、その記憶の中に今令嬢の目の前で起こっている出来事に酷似しているものがある。
それはとある娯楽小説。内容は愚かな王子と王子を寝取って富と権力を手に入れようとする悪女が最終的にヒロインの活躍によって敗れ去るというもの。
そういったものを前世の令嬢は好んで読んでいた。
王子がやっている行為はまさに前世の令嬢が読んでいた小説の通り。
このままでは王子達が大勢の人がいるパーティの真っ最中に堂々と大声で婚約破棄を宣言し、傷物にした令嬢に重い罰を与えようとする。そして当然のように隣にいるメアリーが哀れな令嬢を見てほくそ笑む。
令嬢はそんな未来が待っていると思い、これはチャンスだと令嬢は考えた。
そんな事が起きれば必ず自分を助ける為に美しく権力の持った男性が助けに来てくれる。仮に来なくても元々王子とは仲が悪かった為向こうから婚約を破棄してくれるのであれば慰謝料を貰った上で離れられる。
令嬢はそう考えていた。
だから目の前で不貞行為をされても王子に蔑ろにされても他の生徒達から婚約者を繋ぎ止められない哀れな女と陰口を叩かれても全く気にしなかった。どうせ婚約破棄されるのだから何をしても無駄だと思っていたのだ。しかし本当に何もしないと後々自分が不利になると思っていたし小説の内容とかけ離れた行為をするのは危険だと判断し、小説のヒロインのように婚約者として王子の行為を咎めた。
それに対して王子は嫌そうな顔をして束縛するなと言ってくる。
表面上は無表情を取り繕い、内心では令嬢は笑っていた。あぁ、本当に小説の通りだと。
ある時、メアリーの方から令嬢に近づいて来たが、あらかじめ味方につけておいた生徒達が脅かすとすぐに逃げて行った。その後ろ姿を見て令嬢は表に出さず愉快に思った。
何せ令嬢はメアリーの秘密を知っている。
メアリーは生まれた時から魅了の魔法が使える。
過去の文献で魅了の魔法が使えるものは皆私利私欲の為にその魔法を使った。多くの人を不幸に国まで転覆させたその魔法は現在使用が禁止されており、もし許可無く使えば最悪死刑にされるほど重い罰を受ける事になる。
メアリーが魅了の魔法を使えると令嬢が思った理由はメアリーの周りの者達を見てからだ。皆メアリーと仲良さげで様々な立場の者達がメアリーを頼りにしていた。
大勢の人に囲まれて愛されているのは魅了の魔法を使っているからだと令嬢は考えていた。
愚かな王子と周囲の生徒達を陥れる為の証拠集めは順調。
メアリーの正体を暴く道具も手配済み。
後は時が来るのを待つだけ。
真実を皆の前で暴けばメアリーが本性を露わにして醜い素顔を見せる。そう考えて令嬢は婚約破棄される時を楽しみにしていた。
が、婚約破棄はされなかった。
婚約者だった王子と周囲にいた生徒の何人かがいつの間にか学園からいなくなっていた。どうやら王子が令嬢との婚約破棄を行おうとした上にメアリーを自分の妻にしようとしていた事がばれて王と王妃に伝わり、城に連れ戻されてしまった。王子の行動を積極的に後押ししていた生徒達も何人か実家に強制送還され、残った生徒達は愚か者として他の生徒達から避けられ肩身が狭そうに過ごしているそうだ。
予定は狂ったがざまぁみろ。次はメアリーの番だ。
令嬢はそう思っていたが、今度は令嬢は両親に呼び出しを受けて実家に戻った。そこで受けたのは両親からの激しい怒りだった。
令嬢が王子の愚行を知っていながら報告しなかった事とメアリーを中傷する言動をしていた事が両親にばれていた。情報元は令嬢の味方として引き入れた者数名。令嬢の行動を教師に報告していたのだ。生徒達から教師へ。教師から両親へと令嬢の目的が伝わってしまった。
1人の少女を集団で追い詰めようとするなんて、なんて性根が腐っているんだと父親に怒鳴られ、母親からは育て方を間違えたと泣かれてしまった。
令嬢は必死に言い訳をした。メアリーが悪い。メアリーは魅了の魔法で皆を騙している。そうしたら父親に頰を叩かれた。
何の証拠も無く誰かを侮辱するなど言語道断。お前は未来の王妃。今更変えられない為徹底的に教育し直してやる。そう父親は言った。
こうして令嬢は王子達と同じように休学する事になり、両親を筆頭に徹底的に再教育を受けることになった。学園に戻れるのは当分先だろう。
それを受けて令嬢は憤慨した。メアリーが悪い。メアリーが悪役なのにどうして私がこんな目に。もっとちゃんと調べてよ。と。
令嬢の要望が聞き入れられる事は無く、さらに教育が厳しくなっただけだった。
◆◇◆◇◆
幼い頃からメアリーは自分は恵まれていると実感していた。
裕福な家庭。
優しくて美しい両親。
教育の行き届いた使用人達。
そして愛らしい容姿の自分自身。
メアリーは可愛い自分が大好きだ。だからより可愛くなろうと努力は惜しまなかった。勉強だってきちんと受けた。
その時に魅了の魔法の存在を知った。
魅了の魔法の事を知ったメアリーは何やら嫌な予感がし、魅了の魔法の存在を教えてくれた教師が帰った後にある検証をした。使用人や両親に無茶振りをしたのだ。普段なら叱られる事を甘えた声で相手の目を見てお願いしたのだ。
すると皆快諾した。その時の目つきは心あらず。皆メアリーの虜になっている。
そんな皆の様子を見てメアリーは確信した。自分は魅了の魔法が使えてしまうと。皆に無茶振りをお願いした時、何度も練習した基礎魔法の感覚と似たものを感じた。
これはまずい。
魅了の魔法を使えると分かったメアリーは焦った。
何故か。
教師から魅了の魔法を教えてもらった時、過去の使用者の末路も教えてもらった。それは凄惨なものだったらしい。幼いメアリーに配慮してかなり表現を柔らかく伝えてはいたが、それでもメアリーの恐怖心を煽るのに充分だった。
もし自分が魅了の魔法を使える事が誰かにばれたら過去の使用者と同じ目に合う。そんなのは嫌だ。
どうすればいいのか分からず、寝る時間になりベッドの中に入って眠るまでの間も考え続けても良い考えは浮かばなかった。
眠りに入った後、メアリーは夢を見た。
真っ暗闇の中にメアリーよりも年上の見知らぬ少女が立っていた。少女の姿を見た瞬間、メアリーの中で嫌悪感が溢れた。
このままではいけない。
そう思ったメアリーは少女を見た瞬間に走り出し、その体を力いっぱい押し出した。すると体格差があるにも関わらず少女は悲鳴を上げて勢いよく飛んでいった。
少女が出した悲鳴に思わず目と耳を塞いだメアリー。次に目を開けた時にはもう少女はいなくなっていたが、代わりに数本の本が散らばっていた。気になって手に取ってみる。様々な色が使われたメアリーが見た事のない絵柄が表紙の本。文字は読めなかった。
実はメアリーが押し飛ばしたのはメアリーの前世の記憶が擬人化したもの。それもかなり自我の強いもの。もしあのまま放置すれば前世の記憶が今のメアリーの体を乗っ取り、メアリーの意識は消えていた。しかしそうなる前にメアリーが押し除けた事で前世の記憶のほとんどはもう2度と浮上出来ないほど意識の奥の奥へと沈んでいった。しかし押し出した影響で前世の記憶がほんの少し欠片がメアリーの前に散らばっている。
今メアリーが手に取っている本は漫画であり、形式はアンソロジー、内容は前世の世界で流行っていたジャンル悪役令嬢が主人公のもの。主な内容は悪役令嬢という役割を与えられた主人公が華麗に自身に冤罪を押し付けてくる者達を撃退するものだ。
文字は読めなかったが見た事の無い絵柄が気になったメアリーは散らばっている全ての本を見た。そして悪役令嬢のやられ役としてよく登場する可愛らしい少女を見るたびにメアリーはとても他人事とは思えなかった。
可愛らしい容姿や恵まれた才能に溺れ、調子に乗って身の丈に合わない待遇を望み、そして自滅した哀れな存在。
それが未来の自分自身の姿だとメアリーは思ってしまった。
そこでメアリーは目を覚ました。
全身脂汗で濡らして飛び起きたメアリーは誓った。あんな未来は嫌だ。絶対にあんな未来が来ないようにしようと。
そこからメアリーはより一層努力した。メアリーは可愛くある為の努力を惜しまない。
美貌。
知識。
地位。
財産。
人脈。
可愛さを保つ為に必要なものがあれば手に入れ、それを維持する。自分の可愛さの為の努力をメアリーは決して惜しまない。
そして魅了の魔法については絶対にばれないよう魔法の修練も怠らなかった。理由は魅了の魔法の力を抑え込み、あわよくばメアリーの中から消そうと考えていた。
その甲斐あってメアリーが学園に通える歳に成長した頃には魅了の魔法の力は使えなくなった。例え然るべき機関に隅々まで調べられても感知されないまでに退化した。
これでもう誰にもメアリーを裁けない。何もしていなければ罰せられないのだから。
これで安心して日常を過ごせるようになった、と思ったら同じ学園に通う王子に目をつけられた。
仲良くする分にはメアリーとしては構わなかったのだが、王子がメアリーに向ける感情は明らかに友人に対するものではない。王子がメアリーに向ける感情は明らかに色恋のものだった。婚約者がいるにも関わらずメアリーに構いデートに誘ってくる。やんわりと断っても照れ隠しと思われ何度も誘ってくる。
そのせいか王子の婚約者とその取り巻きの近くを通りかかった時、婚約者の取り巻きの1人がメアリーの事を男を誑かす淫らな女と罵ってきた。婚約者はそれを咎める事はせず当然のようにメアリーに向けて蔑んだ目つきをしてくる。
面倒ごとに巻き込まれる予感がしたメアリーはすぐにその場から立ち去り仲の良い友人達や教師に相談した。王子に言い寄られている。そのせいで王子の婚約者に誤解されてしまった。どんな対応をすればいいのか分からない。と。
周りからの信頼を獲得しているメアリーの言葉を疑う者はいなかった。
友人達はメアリーを慰め、メアリーを王子や婚約者から守った。
教師達は生徒達が問題を起こす前に調査やそれぞれの親に相談した。
その結果、王子達と婚約者達の目論見が崩れた。
王子達と婚約者達が休学したと聞いた時、メアリーは安堵と共にざまぁみろと思った。
何故ならメアリーから見れば王子も婚約者も生まれ持ったものに過信して努力をあまりしていないように見えたのだ。
そんな存在がメアリーの邪魔をしてくる。
メアリーは自分がより可愛くなる為の努力を惜しまない。だから時間はいくらあっても足りないのだ。だから自分の時間を奪おうとした王子とその婚約者を煩わしい存在としか認識していなかった。
あんなのが未来の王と王妃なのかとメアリーは残念に思ったが、噂によれば厳しい再教育を受けているようなので少しでもこの国の統治者としてふさわしい人格に矯正される事を願い、すぐに自分が可愛くなれる為の美容方法を探す事に思考を切り替えた。