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【短編】ホラー短編シリーズ

ささくれが示す親不孝

作者: 烏川 ハル

   

「指にささくれ出来てますね。大丈夫ですか?」

 自分の席に座って、書類仕事をしている最中だった。

 話しかけてきたのは、たまたま近くを通りかかった女性社員。今年入ったばかりの水元(みずもと)さんだった。

 彼女の視線は、ペンを握る私の手に向けられている。改めて自分でも確認すると、人差し指の皮膚が一部、爪の根元あたりで、毛羽立ったみたいに細く剥けていた。


「ああ、これか。こういうのって、無理して剥いたりすると、かえって傷になったり痛かったりするからね。昨日の夜、爪を切る時に気づいたけど、あえて放置しておいたんだ」

 軽く愛想笑いを浮かべながら答えると、彼女は少しだけ驚いたような表情を見せる。

「えっ、夜に爪切っちゃったんですか? ダメですよ、ほら『夜、爪を切ると親の死に目に会えない』って言うじゃないですか」

「迷信だろう、それって?」

「でも、一応は根拠があるらしいですよ。爪切りを夜やるってことは昼やる余裕がないからで、それほど忙しいならば、いざ親が死にそうになってもその場に駆けつけることが出来ない……みたいな」

「私が聞いたのは、ちょっと違う由来だったけど……。いずれにせよ、大丈夫だよ。なにしろ私は……」

 私の笑みが、微妙に苦笑いに変わる。事情を知らない彼女に対して、少しだけ説明しようかと思ったのだが、彼女は私の言葉を聞き流して、次の話題に移っていた。


「そういえば、ささくれにも親に関連する迷信がありましたね。『ささくれが出来るのは親不孝』みたいな……」

 ささくれが出来る原因の一つは栄養不足であり、それは不摂生な生活に由来。そんな「不摂生な生活」は親にも迷惑をかけるし、親に迷惑をかけるのは親不孝の一種だから、ささくれが出来る者は親不孝だ……みたいな話は、私も聞いたことがある。

 また、原因ではなく逆にささくれが出来た後を考えると、手が痛くて水仕事などが難しくなるし、親の家事手伝いが出来ないのは親不孝だから、ささくれが出来たら親不孝になる……という説もどこかで見た気がする。


 そんなことを考えて、適当に彼女に相槌を打とうとしたのだが、私が口を開くより早く、水元さんはさらに話題を変えていた。

「親不孝といえば、これも迷信の一種かな? 『一番の親不孝は親より先に死ぬこと』みたいな……」

 しかし彼女も、それ以上は続けられなかった。別の女性社員――確か名前は国城(くにしろ)さん――が慌てて駆け寄ってきて、水元さんを止めたからだ。


「ちょっと、水元さん! あなた、失礼でしょう……?」

「えっ?」

 きょとんとする彼女に顔を寄せると、国城さんは何やら耳打ちする。

 水元さんは目を丸くした後、焦りの色すら顔に浮かべながら、私に頭を下げ始めた。

「ごめんなさい。私、知らなくて……」


 まだ私が子供の頃に、私の両親は亡くなっている。その話は同僚たちにも知られているのだが、水元さんは「今年入ったばかり」だから知らないのも当然だった。

 国城さんから教えられて、無神経な話題を振ってしまったと後悔したのだろう。

「気にする必要はないよ。もう昔の話だからね。だから僕の場合……」

 彼女の気持ちを和らげる意味で、少し自虐的な冗談も加えてみる。

「……親より先に死ぬはありえない。『一番の親不孝』の心配はしないで済むわけだ」


 国城さんと一緒に、水元さんは立ち去っていく。

 去り際の国城さんが、微妙な――半ば呆れたような――表情を私に向けていたのは、最後の「自虐的な冗談」が不適切だったからだろうか。

 まあ、仕方がないだろう。その辺りの感覚が、私は少しおかしいのだ。両親に対する感情も、子供の頃から明らかに普通ではなく……。


 先ほどの水元さんの迷信を引き合いに出すならば、私はきっちり「親の死に目」に立ち会っていた。しかし、あの時の出来事を改めて考えてみると、それこそが「一番の親不孝」に相当するのかもしれない。

 なにしろ私の両親は、まだ小さかった私に殺されたのだから。




(「ささくれが示す親不孝」完)

   

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